散文詩1
風の強い日だった。
夕暮れの空が、ビビッドなピンクと涙色のまだら模様を描き出していた。
センチメンタルに浸るには絶好の日和だと思った。
わざと白線の外を選んで歩いた。
車の通らない住宅街の赤信号を渡った。
重たい鞄を背負って、川沿いの道を歩いた。
空がまるでカリウムの炎色反応みたいに燃えていた。
いつも通る上の道じゃなくて、もっと川に近い遊歩道に降りた。
スマートフォンを天に翳して、数枚の写真を撮った。
不意に、ふわふわとした、しかし確かに強い衝動がぼくの体内に広がった。
今なら、何だってできる気がした。
スマートフォンを放り投げた。
周りから浮かないようにと選んだ黒いリュックサックも地面に投げ出した。
背中に翼が生えたみたいに身体が軽かった。
窮屈なジャケットとローファーを脱ぎ捨てて、川に向かって走った。
何だってできる気がした。
人と自然とを隔てた柵を乗り越えて、川に飛び込んだ。
裸足に川の濁った水がぬるく絡みついた。
そのままざばざばと音を立てて水の中に入っていった。
水が膝を濡らし、スカートを濡らし、胸を濡らし、やがて何もわからなくなった。
ボチャン。
橋の上から投げ込んだ小石が、暗緑色の液体の中に吸い込まれて見えなくなった。
そうだ。
ぼくはそういう人間だった。
想像力しかなくて、実際的なことはなんにも出来ない人間。
だからいつも、想像の自分を現実の自分と切り離して、それだけで終わるんだ。
想像の自分はいつだって自由で、何度も何度もしんでは生き返って、現実の自分を置いてどこまででも行ける。
ため息一つ落として、ぼくはまたローファーの踵を怠惰に鳴らしながら、駅に向かって歩いた。
もうすぐ夜が来る。