全てがあまりに懐かしくて
僕は死んだのか?
だが、おかしい。
例えるなら、浅い眠りの最中に夢を見ているような感覚だ。
「……ううっ」
死んだはずなのに目が開けれる。
眩しい。
頭痛い。
ここは天国なのか?
正面には、黒板が見えた。
何故、僕は教室にいるのだろう。
それに、この場所は知っている。
僕が通っていた高校だ。
「ずっと寝てたけど大丈夫?」
隣から女の子の声がした。
僕は声の主の方へと振り向くと、そこには制服姿の朱音が何故か僕の隣の席に座っていた。
「……朱音!?」
ここは天国だった。
「うわっ! びっくりしたー」
しまった。
思わず朱音を驚かせてしまった。
僕は自分の姿も確認すると、なんと制服を着ていた。
ズボンのポケットには、懐かしのガラケーまで入っていた。
いや、待て。
なんだこれは。
もしかしてタイムリープというものか?
確かに僕の好きな漫画やラノベにタイムリープ物とかも存在するが……公園のピストルといいタイムリープ現象といい非現実的なことが多すぎる。
だが、今はそんなことどうだっていい。
目の前に朱音がいる。
この状況だけで、僕はあまりに嬉しく震え上がった。
「朱音ぇぇー!! 会いたかった……我が妻よ本当に会いたかったっ!」
あまりの興奮に、僕は朱音に抱きついてしまう。
「……えーっと、妻? それに、宗也くんって、いきなり女子にハグする人だったけ?」
僕が思っていた朱音の反応とは違う。
いつもなら喜んでくれて、ハグを返してくれるはずなのに。
「……あれ」
僕は気まずくなり、朱音から離れる。
やってしまったかもしれないと思った。
「お前らー、もう放課後だからそろそろ教室でろよー!」
この気まずい状況を切り裂くように、背後から男子の声が聞こえた。
朱音同様、聞き覚えのある声だった。
声の主を確認すると、やっぱり知っている人だった。
「……優司、だよな?」
「そうだけど、急になんだよ」
「……まじかよ、ここまじの天国じゃん。優司ーっ! お前にも会いたかったよーっ!」
「ちょっ! いきなりなんなんだよ!」
僕は佐伯優司に飛びついた。
優司とは中学生からの友人で、僕の親友でもある。
茶髪にピアスが特徴的な僕とは真逆の存在だが、どんな時でも優しくて心強い理解者でもある。
なにより、僕が朱音と付き合ってる時に一番に応援してくれたいい奴なんだ。
大学を卒業して入社した会社が倒産してクビになったらしく、それ以来連絡が一切つかなくなったので心配していたのだが、まさかこんな場所で再開できるとは思ってもみなかった。
「優司ー! 会社がクビになったって聞いたから、ずっと心配してたんだよー!」
「はああ!? 俺はまだピチピチの高校生だよ!」
また、やらかしたと思った。
つい興奮にしてしまって、僕は現在タイムリープ中の高校生だということを忘れていた。
「馬鹿なこと言ってないで、宗也も朱音さんもそろそろ帰れよ」
ため息を吐きながら、優司は言った。
「朱音は僕と一緒に帰るんだ。なんだって、朱音は妻……今は彼女なんだからな!」
「……まじで何言ってんだよ」
「……え?」
「ちょっとこっち来い!」
何かまずいことでも言ったのだろうか。
僕は突然優司に腕を引っ張られて、廊下に連れ去られた。
「今日のお前まじでおかしいぞ!」
「どこがだよ!」
「いきなり朱音さんを呼び捨てで呼び出したり、彼女って言い出したり全部だよ!」
「事実なんだから、仕方ないだろ! 優司だって、僕たちの関係を応援してくれたじゃねえか!」
「なわけねえだろ! 妄想と現実をごっちゃにすんじゃねえっ! 確かに、本当に恋人だったら応援はするよ? たがな、お前が学校一の美少女の高嶺朱音さんと付き合えるわけねえだろ!」
高嶺とは、朱音の旧姓である。
それが僕と籍を入れて、柊に変わるわけだが。
当然、この世界では高嶺のままだった。
朱音は学生時代から、男女問わず人気が凄まじかった。
その美貌から、男子はもちろん、女子にも告白されるくらいだった。
だがしかし、その告白にはいの二文字を返すことなく、朱音に想いを伝えたものは皆撃沈していた。
まさしく、その名の通り高嶺の花であったのだ。
そんな朱音とは、未来では僕と結婚するわけだが。
「付き合えるさ! 現に付き合って、結婚までしたんだからな!」
「だから、現実と妄想をごっちゃにするんじゃねえっ!」
どうやらこの世界では、交際にすら至ってないようだ。
非常に残念だ。
「……まさかとは思うが、朱音さんにそんな夢物語話してないだろうな?」
「いや、あまりに興奮しすぎて『我が妻よ!』と言ってしまった」
「何に興奮したか知らねえが、朱音さん引いてただろ」
「引いてたというよりは、少し困惑していた? というのも何か違う。確かに笑顔はなかったが、実は内心喜んでたり……やっぱりかなり戸惑っていたかもしれない」
「引いてるじゃねえか」
朱音に限ってそんなはずはないが、もしそうだったら結構落ち込む。
「今日のお前まじでおかしいぞ。何か変なものでも食べたか?」
「食べてない」
変なものを拾って、使いはしたが。
優司は、はあ、とため息を吐いた。
「まあ、いいや。とりあえず俺はもう帰るから、宗也もそろそろ帰れよ」
優司はそう言って、僕の前から去っていった。
廊下で一人になってしまった僕は、まず一旦教室に戻ることにした。
朱音はまだ待っていた。
「大丈夫だった?」
「……ああ」
朱音は心配そうな表情で僕を見てきた。
「……あの」
朱音は小声で僕に声を掛ける。
「よかったら、一緒に帰らない?」
僕に気を遣ったのか、朱音の方から帰るのを誘ってくれた。
今思えば朱音の病気が悪化する前、こうしてよく一緒に帰るのを誘ってくれていた。
僕はふと、朱音と初めて出会った時を思い出す。
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