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君がいる世界、もう一度

「私が死んだら、君はどうする?」


 入院中の僕の妻である柊朱音は、ベッドで仰向けになったままそう聞いてきた。


「自分の頭をピストルで撃つ」


 僕がそう返すと「なにそれ、どんなブラックジョークだよ」と大笑いした。

 冗談のつもりではなかった。本気だっだ。


 朱音は生まれつき重度な心臓病を患っており、残りの寿命もあと半年と医者から告げられた。

 僕はそれを初めて聞いた時絶望した。

 朱音は僕に向かって、大丈夫、と微笑んでいたが、きっと裏で泣いていたに違いない。


「ねえ、宗也くん」

「何?」

「私と結婚してくれてありがとう。君との時間はとても幸せだったよ」


 朱音は僕をじっと見つめて、はっきりとした口調で言った。

 学生時代から変わらない綺麗な黒髪ショートに凛とした顔つき。


 普段は明るく、時に冷静な性格。

 僕は朱音の全てを好きになったんだ。

 大学を卒業してから結婚して3年が経過しても、一度もこの想いを忘れたことはない。


「そんな最後の言葉みたいに言うなよ。これからもお互い長生きして、ずっと幸せでいよう」

「ずっとってどれくらい?」

「うーん、300年くらいかな」

「それ宗也くんもきつくない?」

「全然平気だ。さっきは冗談で言ったが、朱音とならあと千年は余裕で暮らせる」

「年数伸びてますけど」


 また朱音は笑う。

 僕は朱音が笑った顔が好きだ。

 見てるこっちも元気な気持ちになる。

 その後も二人で雑談を交わして、僕は病院を後にした。




 翌日。

 昨日と同じように見舞いに向かうと、そこには寝たきりの朱音が待っていた。

 ふと、朱音は言った。


「宗也くんの絵が見たい」


 僕は漫画家として活動している。

 思えば、人生で初めて僕の絵を好きだと言ってくれたのは朱音だった。


 一度は諦めかけた漫画家の道。

 それでも尚挫けずやってこれたのは、朱音の支えがあってこそだった。


「もちろんいいさ」


 僕は持参してきた黒のバッグから紙とペンを取り出して、一番得意なキャラを描いた。

 描き始めて30分程が経過して、ついに出来上がった。


「わあ、可愛い!」


 僕が朱音に完成した絵を見せると、とても感激していた。

 僕が描いたキャラは『ネネ』と言う名前だ。

 誰よりも強さに飢えて負けず嫌いなキャラである。

 僕史上最も売れた漫画のヒロインで、モデルも朱音ということもあり非常に思入れのあるキャラだ。


「私、やっぱり宗也くんの絵が好きだな」

「そう言ってくれて嬉しいよ」


 僕は照れた。

 人に褒められるのは、どんな時でも嬉しいに決まってる。

 それが好きな人なら尚更だ。


「私のわがままもっと聞いてくれる?」

「当然だ。どんな願いも聞いてやる」

「だったら……」

「なんでも来い!」

「続きは明日のお楽しみに」


 朱音は僕をからかうように笑った。

 その顔がすごく可愛かった。


 それに朱音は今、明日と言った。

 明日も会えるんだ。生きてるんだ。

 明日だけじゃない。

 これからもずっと朱音と話すんだ。

 それから日を跨ぐにつれて、朱音は様々な要求をした。


「宗也くんの歌が聞きたい」


 とか


「今描いてる世に出てない新作の漫画読ませて。……え、だめ?」


 とか


「段々病院飽きてきちゃった。私にも漫画の描き方教えて」


 そんな要求が徐々に暗いものに変わっていった。


「……死ぬの怖い。宗也くん、手、繋いで」


 とか


「なんで私ばかりなの! こんな病気さえなければ、もっと色々なことやりたかった! 宗也くんと美味しいスイーツ店に行ったり、遊園地に行ったり。なのに、なんで……!」


 今思えば、二人で本格的なデートなんてしたことなかった。

 朱音とのほとんどの時間を病院で過ごしていたからだ。


「……昨日はごめんなさい。宗也くんに八つ当たりなんかして」


 もはや要求ですらなくなっていた。


「いいよ。朱音が辛いのは、僕も痛いほど分かってる」


 日が経つにつれて、朱音の身体は弱っていた。

 朱音が苦しいのは当然なんだ。

 だからこそ、二人の時間を大切にするんだ。


「私の最後のわがまま聞いてくれる?」

「最後なんて言うなよ」


 朱音は首を横に振る。


「……きっと、これが最後。宗也くん、私にキスをして」


 そう言って、朱音は目を瞑る。

 僕は朱音の唇に自分の唇を近づけた。

 柔らかいくて、ほんのりいい匂いがした。


「退院したら、いっぱいキスもしよう」


 唇を話して、僕は朱音に言った。

 朱音は目を瞑ったままだった。


「……朱音?」


 反応はない。

 まさか、と思った。

 今この瞬間、人生で一番最悪な出来事が起こった気がした。


「先生っ! 朱音の……妻の意識が戻らないんです!」


 僕はいつの間にかナースコールの前で叫んでいた。

 すぐさま何人かの看護師と担当の先生が駆けつけて、しばらく様子を確認した後、かなり危ない状況だと判断されて緊急手術を行うために手術室へと向かった。


 手術は8時間に及ぶほど長時間行われた。

 しばらくして、先生が手術室から出てきた。


「先生っ! 妻は大丈夫なんですか! もちろん生きてますよね!?」


 僕は周りに響くくらいに叫んだ。

 先生は数秒何も言わず、息を呑んでから口を開いた。


「大変残念ですが、ただいま柊朱音さんはお亡くなりになりました」

「……嘘、ですよね?」


 それ以上先生は何も言わなかった。


「……少し外の空気を吸ってきてもいいですか?」

「え、ええ……。構いませんよ」


 僕は今、どんな顔をしているだろうか。

 どんな歩き方をしているだろうか。

 そんなことはどうだっていい。


 朱音が死んだ。

 この世界から消えたんだ。


 病院から出ると、外はとっくに暗くなっていた。

 僕は近くの公園のベンチに座った。


「……うう、朱音……君がいなくなったら、僕はこの先どう生きていけばいいんだ」


 僕は思い切り泣いた。

 ただ、ひたすらに。


 そのまま泣いていると、地面に何か光ってる物が視界に映った。

 僕はその正体を探るため近づく。


「うわっ!」


 あまりに見慣れないその光沢の正体に、僕は思わず声を上げた。

 ピストルだった。

 本物だろうか。

 万一そうだとしたら、殺し屋の落とし物とかだろうか。


 いや、待て。

 そんな非現実的な話があるはずがない。

 だが、もし本物だったら?


 僕はピストルを手に取り、銃口を自分の頭に向ける。

 僕が今から行おうとしてる行為をしても、朱音が悲しむのは分かっている。

 だけど、僕はそんな出来た人間でもない。


「もう一度、朱音のいる世界に行きたいんだ」


 それを人生最後の言葉にして、僕はピストルで自分の頭を撃った。

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