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四回裏「確かな手応え」

 イテマエから帰国した俺は少しばかり豪華になった夕食を平らげたあと、設備倉庫の木箱ベッドに横たわっていた。


(豪華になった――と言っても、イモがふたつになり、スープに具材が足されただけだけどな)


 それでも、プラチナバスターズの一員やガンバレヤの一部国民の心とお腹は少なからず満たされたと言ってもいいだろう。

 特に、ヴィヴィアンヌから貰ったマカロンは子供たちに大ウケだった。

 今度リゼットが自作してみると言っていたし、野球外交の件も含め、今日のイテマエ訪問は色々な意味で実りがあったと言えるかもしれない。


 ごろんと寝返りを打つと、壁にたてかけられた美しい白銀の胸当てが視界に入る――。


(それにしても、プラチナバスターズか……)


 妙な縁である。

 まさか自分が異世界の土地で、その一員になるとは思ってもみなかった。


(でも、現実なんだよな。そして明日はエエンヤデに向かう……。この国にはどんな人物が待っているんだろうか)


 程好い満腹感と疲労感でまぶたが重くなってきたちょうどそのとき、どんがらがっしゃん! と言う尋常ではない音が廊下から聴こえてきた。


「な、なんだ……!?」


 すぐさま上体を起こし扉を開けると、足のつま先にコロコロと何かが転がってくる。


(……白球?)


 バットの跡が残ったそれは、確認するまでもなくヒイラギ選手の放ったホームランボールであることが分かった。

 何故なら、この世界には元々白球など存在しないのだから――。

 しかし、足元から廊下へと視線を移した先には、どういうわけか大量の白球が散らばっていた。

 白球だけじゃない。バットとグローブも数セット廊下にバラまかれている。どうやらさっきの騒音はこれらが発した音らしいが、いったい誰が……?


「ううう~。いたい、いたいのです~」


 などと疑問に思っていると、壁際の薄暗いところで誰かが小さくうずくまっていた……心底情けない涙声とともに。


「き、君は……?」

「あう~~」


 さすがに見ているだけと言うわけにはいかない。

 俺の差し出した手を見た女性(?)は、まるで藁を掴むように腕を伸ばす……伸ばし立ち上がろうとしたのだが。


「ひぃきゃぁぁッッ!!」


 あろうことか、足元の白球を踏んで大きくバランスを崩した。


(危ない!)


 即座に俺は手を伸ばし間一髪。

 何とか転倒の危機を防ぎ、自然と抱き寄せる形となる。


「あ……」


 硬く閉じた瞳が俺の顔を捉えたのは、それからしばらく経ってからだった。


「大丈夫か?」

「あ、え、えと……ひゃい! 大丈夫れしゅ!」


 抱きかかえられていると言う事実を知った彼女はすぐさま離れ、瞳をグルグルさせながら必死に謝り続ける。

 それと連動するように、少し長めのツインテールが上下に激しく揺れた。


「すみませんっ、ごめんなさ……ぃきゃぁぁんんッッ!!」


 すると、最早お約束のように二度目の転倒をしようとするが――そこもしっかりとクロスプレイ。


「落ち着け」

「は、はい!」


 プラチナバスターズの象徴とも言える白銀の甲冑をまとっている姿から察するに、彼女もまたその一員なのだろう。

 さらには、バットとグローブと白球に関係があるのはミリッツァの他に、あとひとりしかいない。


「まさか、君がロジーヌ?」

「あ、はい! わたし、ロジーヌ・ル・ノワールと申しますです。少女騎士団の武器防具の加工、開発担当を任されておりますのです」


 丁寧なのか天然なのか変な口調だが、気のいい人物だと言うことはその身振り手振りから伝わってくる。


「す、すみません。本当はもっと早く返却にくる予定だったのですよ?」

「返却って言っても……」


 こんなにたくさんの野球道具を貸し出した覚えはない。いったいどういうことなのか。


「ええと。ミリッツァに頼まれたのです。道具の素材を調べて、量産しろ……と」

「量産? それはかまわないが……いやちょっと待て。俺の、と言うか本物はちゃんと別にしてあるんだろうな?」

「もちろんなのです。ほら、こうやって大事に持って……」

「……ん?」

「持って……え?」


 見るまでもなく、ロジーヌの両手は空っぽだった。


「何もないぞ」

「……」


 そもそも彼女の不自然な鼻の赤さから察するに顔面から壁に激突したのだろうし、持っていた本物を離してしまったとしても不思議ではない。


(フェンス際の魔術師でもあるまいし……)


「あ、す、すみませんすみません! さっきまでは確実にわたしの手の中にあったのですよ! さっきまではっ!」


 ロジーヌは半べそになりながら、周りに散らばった野球道具を集め始める。

 俺もその場に屈みこみ、彼女に倣う形となった。


「……事情は分かったから気にしなくていい。それに、今日は君のおかげで助かったんだ」

「ほへ?」

「リゼットの皮袋だよ。薬瓶が割れない加工をしてくれただろ? 結果として、あの薬がイテマエとの距離を縮める大きな役割を担った……」

「そ、そんな。わたしはただリゼットの悩みを解決してあげようと思っただけなのです……」

「それに――」


 俺は倉庫内の壁に立てかけられた胸当てに目を向ける。


「こんな素敵なものをありがとう。とても心強かったよ。イテマエではミリッツァに剣を突きつけられるかもしれないと脅されていたから、なおさらね」

「あ……」


 労う言葉の連続にようやく気持ちが落ち着いたのか、ふわりと表情を和らげるロジーヌ。


「ところで、どうしてミリッツァは野球道具を量産しろって言ったんだ?」

「詳しくは分かりませんのです。ただ、いずれ必要になるときがくるから――と言ってましたです」


(いずれ必要なとき、か。なるほど)


 おそらくそれは野球外交がいよいよ煮詰まったとき、実際にイテマエやエエンヤデ、そしてガンバレヤの少女騎士団に使ってもらおうと言う思惑からだろう。

 根回しの良さと言うか、それとも布石とでも言うのか、ミリッツァのこういうところは脱帽するしかない。


「これで全部かな」

「ありがとうございますです。本当に助かりました」


 廊下に散らばった野球道具を回収し、空の木箱に移し替えたロジーヌはようやくひと息をつく――と、同時に大きなあくびも飛び出した。


「だいぶ眠そうだな」

「あふ……。ええ、最近は仕事が溜まってまして……。それに加え、ミリッツァからの要望もあった、から」

「おい、ここで寝るな」

「ね、寝てなんかいませーんよ……では、今日はこれで失礼しますのです。やきう道具は預かっておいてください」

「あ、ああ」


 半目かつフラフラの状態で廊下を進んでいくロジーヌの小さな背中に若干の不安を覚えた俺は、それとなく彼女の行動に注視した。


 そして案の定――。


「ひゃんッッ!」


 宙を舞った体をすかさずキャッチ。

 白球を踏んで転ぶのならまだしも、何もないところで転ぶとは、見た目の割にどんくさいのかもしれない。


「平気か?」

「こく……こく」


 頷きか、それとも半分睡魔に浸食されているのか、依然として千鳥足のまま廊下の角に消えていくロジーヌ。

 嫌な予感でいっぱいではあったが、どうやら眠気と言うものは周囲に伝染するらしい。


(そう言えば俺も……)


 まさに眠る途中だったことを思い出し、再び木箱ベッドに横になる――のだが、どうやら今日は俺に会いたい人が多い日のようだ。

 まんじりともしないうちに、扉が音を鳴らす。


「ショウ。起きてるか?」


 現れたのはノエルだった。


「あ、ごめん。寝るところだったのか? なら改めて……」


 俺があくびを噛み殺しながら応対したのを見て、彼女は気まずそうにする。


「いや大丈夫だ。それより、どうした?」

「少し、話がしたくてさ。あと、これ……」


 ノエルは両手で大事そうにカップを抱えていた。中からはほんのりと湯気が立ち上っている。


「温めたヤギの乳だ。これを飲むと夜ぐっすり眠れるんだよ」

「へぇ、ヤギの乳か。珍しいな。ありがたくいただくよ」

「珍しい……。そうなのか?」

「ああ。俺のいた世界ではミルク……いや、乳と言ったら牛だからさ」

「牛の乳か。それってどんな味なんだ?」

「味って言われてもなぁ。まず俺はヤギの乳を飲んだことがないからなぁ」

「なら、飲んでみろよ。美味いぞ。ほら」


 白い歯を見せながら手渡すノエル。

 温めたミルクが入っているためカップが温まっているのは当然だが、彼女の手の温もりまでしっかりと上乗せされているような気がした。

 そのため、当然味も――。


「うん。甘くて美味いな!」

「だろ? 搾りたてだからな」

「ガンバレヤに来てから気の休まる暇もなかったから、なおさら身に染みるよ」

「それは良かった。あたしも持ってきたかいがあるよ」

「ところで……」

「ん?」

「肝心の話ってのは何なんだ?」


 ノエルはハッと気が付いたような顔をする。


「そうだ。いや……ジゼルの件だよ。あのとき仲裁に入れなくて悪かったな」

「そんなことないさ。彼女が怒るのも無理はないと思う。いきなりよそ者がやってきて国や団の方針にあれこれ言い出したら誰だって気分を悪くするさ」

「正直、あたしもショウの言う外交の話は完全に否定するわけじゃない。あたしだって、紛争が悲しみや苦しみしか生まないことを知っているからな」

「……」

「でも、ジゼルは違う。あいつはまだ物心つく前に故郷と両親を、略奪から勃発した紛争で失い、自分の無力さを呪ったそうだ。以降、憑りつかれたように剣を振るい始めた」

「そう、だったのか……」


 たしかに、俺がジゼルに初めて剣を向けられたとき、気持ちだけでは大切なものを守れない――と叫んでいた気がする。


「同じ時期、あたしもジゼルと出会い共に剣を振るう仲間として行動するようになったんだ。言わば、あいつにとって紛争は、両親の無念を晴らすたったひとつの道なんだよ」


 ノエルは眉間にしわを寄せながら語り続ける。


「それとは別に、食糧難を解消する為に領土を得たい……と言うのも、ジゼルにとって建前に過ぎないんだ」

「どういうことだ?」

「生命の木……」


 その言葉に聞き覚えがあった俺は目を見開く。


「ショウ、まさか知ってるのか?」

「今日イテマエに行ったとき、ヴィヴィアンヌがポロッと漏らしたんだ。どんな病にも効く果実がなるって話はそのあとミリッツァから聞いたよ」

「ヴィヴィアンヌが? そうか、じゃあウワサは本当だったんだな」

「ウワサ?」

「あの土地に生命の木が存在してるってコトだよ。あたしたちはまだ、存在しているらしい……までしか把握してなかったからな」

「なるほど。じゃあジゼル様にとって生命の木は何の関係があるんだ?」

「それは、あいつの――」


 そこまで言ったところ、ノエルは口をつぐんだ。


「いや、止めておこう。ここからはあいつの私的な問題だ。もし、真実が知りたいと言うなら、直接聞いてみてほしい」


 そう言えば、リゼットも同じようにジゼルの目的を口止めしていたな。何か大きな理由がありそうだ。


「ところでさ、これはそのやきうに使う道具なのか?」


 話が一段落つき、若干声質が柔らかくなったノエルが問う。


「そうだよ。さっきロジーヌが持ってきてくれたんだ。バット、グローブ、ボールって名前がついてる」


 興味があるのか、ノエルがグローブを手にはめようとする。


「これ、どうやって使うんだ?」

「ええと。どこから説明するべきかな。バットでボールを打つ。打ったボールをそのグローブで掴む。こうした一連の流れが野球の基礎だよ」

「複雑だな。もっと初歩的なコトから教えてくれよ」

「そうだな。じゃあやっぱりキャッチボールからかな」

「きゃっちぼーる?」

「例えば、俺とノエルが互いにグローブをつけるだろ? で、距離をとって、ひとりが相手に向かってボールを投げる。投げられた方はグローブでボールを掴む。その繰り返し」

「なるほど! ボールを投げ合う掴み合うってわけか。あたし、ちょっとやってみたいんだけど!」

「ここじゃさすがに狭くて無理だよ。もっと広い場所に行かないと……うわっ!」

「じゃあ広いところへ行こう! ショウ!!」


 言葉よりも行動とばかりに、ノエルは俺の腕を強引に掴み駆けだす。

 無邪気に微笑むその横顔は、まるで生まれて初めておもちゃを手にした子供のようにも見えた――。


 ◇◆◇


 やってきたのは少女騎士団が使用している、国の西側の門前である。


「ノエル? 今夜は非番のはずだろ?」

「あら? あなたはもしや……」


 俺たちの気配を感じ、門番をしていたと思われるふたりが兜を脱ぎながら近づいてきた。


「初めまして。サワムラ・ショウと言います」

「私は、ミシェル・アジャーニ」

「サラ・ラグレーンです。よろしくお願いしますね」


 夜が更け、たいまつの灯りを背にポッと浮かび出るように現れたミシェルとサラは、友好的な表情で手を差し伸べてくる。


 長い藍色の髪の毛を後ろで一本に結い、目がキリッとした気の強そうな方がミシェル。

 対照的に、母性を醸し出す緩い弧を描く瞳をし、髪の毛も性格を象徴するようなゆるふわ茶髪ロングがサラだ。


「で、こんな時間に何しにきたんだ?」 

「あらあら。まさか逢引きが目的ですか? ノエルも隅に置けませんわね」

「本当か? まったく男を知らないみたいな顔をしてるくせに、やるコトはコソコソやってるんだな」

「ち、違う! そんなんじゃないって!」

「必死に否定するところが怪しい。でもまぁ当然か。異世界から面白い男がきたって、団の間では持ちきりだからな」

「そ、そうなのか?」

「ええ。しかも紛争を止めようとしている……と聞いて、なおさら皆興味をもっていますわ」

「そ、そう! あたしたちは紛争を止めるためのやきう……。きゃっちぼーるってヤツをしにきたんだ」


 聞いたことのない言葉に、首を傾げるミシェルとサラ。


「ショウ。実際にやってみようか」

「ああ。ここなら広さも十分にある」


 周りはすっかりと暗くなってはいるが、たいまつと月の光が相まって、まるでナイターのような舞台を作り出す。


「キャッチボールの基本は、相手の取りやすい位置に投げることなんだ」

「相手の取りやすい位置?」

「ノエル、思い出してみてくれ。設備倉庫の鍵を俺に放ったときのことを」

「倉庫の鍵……あっ!」

「しっかりと胸元に投げてくれただろ。キャッチボールは、あのイメージなんだ」


 俺とノエルのやり取りを横から見ていたミシェルとサラも頷きながら話に加わる。


「なるほど……。つまり相手のことをしっかりと考えて投げろってことだな」

「自分が相手のことを考えれば、相手もまた自分のことを考えてくれる……まるでぼーるを通じて会話をしているような感じですわね」

「そうなんだ。ただ投げれば良いんじゃない。相手との気持ちや呼吸を合わせて投げるのが、キャッチボールの醍醐味なんだよ」

「よし! ショウ、あたしときゃっちぼーるしよう!」


 グローブをはめたノエルは意気揚々と距離を取り、やがて両手を広げた。


「この辺りでいいかー?」

「ああ!」

「お前の気持ちをドンとあたしにぶつけて来い!」

「行くぞ!」


 そして、薄暗い空間に白い流星が放たれる――。


 俺はノエルが初心者であることを考慮して、若干緩めの投球をしたつもりだったが、そんな心配は杞憂だったようだ。

 どっしりとした構えで、決して目をつぶることなく捕球する彼女の様は、抜群の身体能力と運動神経の良さ、さらには適応能力の高さを物語っていた。

 さらに驚かされたのは、程なくやってきた返球である。

 普通、初めてボールを投げる人は勝手が分からず、軌道が山なりになってしまうことがほとんどだ。

 しかし俺の胸元には、まさに理想的とも言えるようなレーザービームが返され、さらにはグローブから煙が出るくらいに球速もすごかった。


(最高の腕力を誇る……とは聞いていたけど、まさかこれほどとは)


 思わず無言になってしまったのは、ミシェルとサラも同じである。ふたりとも、ノエルの剛速球にぽかんと口を開けてしまっている。


(この肩の良さと抜群のコントロール……。これを生かすにはキャッチャー。もしくはセンターも面白いな)


 キャッチボールを続けるうちに、俺の中では着々と白球の少女騎士団プラチナバスターズの姿が構築されていったのだ――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

ロジーヌ=ひんぬー ミシェル=ひんぬー サラ=ひんうー

一方、ノエルの頼りになる率は異常! ここで色々ハーレムフラグ立ってます。

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