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三回裏「天使の皮を被る虎」

 ミリッツァの所持しているシュペルブは一般的な馬よりも体がひと回り大きく、足の筋肉もガッチリとしていた。

 また先ほどから血気盛んな様子を前面に押し出しており、鼻息を荒げ、ひづめを地面に強く擦りつけている。

 いつでも走る準備ができていることを如実に表していた。


「すごい馬だな……」

「ん。当たり前だ。お前やリゼットくらいのガタイの人間なら、優に五人は乗せることができるんだぞ」


 悦に浸るミリッツァとは対照的に、リゼットの表情は優れない。


(そうか、うっかりしていた。リゼットは馬には――)


「リゼット。これをつけろ」

「えっ……?」


 そんな彼女を見、ミリッツァは思いついたように何かを投げてよこした。


「中で瓶が衝突しないように作られた特製の皮袋だ。これなら、馬の跳躍にも耐えられるだろ」

「うわぁ。これ、すごいです……!」

「ロジーヌが、ドジなお前にって言ってな」

「ど、ドジは余計です」

「事実だろ?」

「ぷく……」


 頬を膨らませるリゼット。それをカラカラと笑うミリッツァ。

 はたから見ると、姉妹のようにも映る。


「ボクが先頭で手綱を握る。ケツでかのリゼットは後ろでバランスを取れ」

「ケ、ケツでかって……変なこと言わないでくださいっ!」

「褒めてやってるんだぞ? ケツのデカい女は異性からモテる。な、サワムラ」


 ミリッツァは白い歯を見せながら、リゼットの尻を豪快にはたく。


「きゃぁ……ッッ!?」


 するとその衝撃で、まるで漫画のワンシーンのように一メートルほど飛び上がった。


「い、いきなり何をするんですかぁ!!」

「ほら、大丈夫だったろ?」

「あ……」


 たしかに、あれほどのジャンプをしたにもかかわらず、瓶が割れる音や薬品が漏れる気配はない。

 未だ見ぬロジーヌと言う人物の、加工、開発技術は申し分ないとも言えるだろう。

 とは言え、その実験方法は少々荒っぽすぎな気もするが……。


「さ、乗れ。出発するぞ」


 ひと足先に乗馬したリミッツァの手を借り、俺もまたがり、続けてリゼットも収まった。


(役得だなサワムラ。合法的にふたりの美女に挟まれて……。本当はこれが狙いだったんじゃないのか?)


 ほぼゼロ距離で囁くミリッツァ。


(そ、そんなわけ――)


 面前には目鼻立ちのはっきりとした美しい顔――。


「ん……ボクの顔に何かついてるのか?」

「い、いや、別に」


 そんな目で見つめられると、思わずその後の言葉を詰まらせてしまう。

 決して狙ってこんな状況になったわけではないが、例えるなら、満塁時のセカンドベースランナーのような気分だった。

 タッチアップや内野ゴロでの進塁判断。ヒットにおいてのホームへの走塁判断など、難しい決断を迫られる位置だ。

 しかしそんな苦悩も、急に襲われた腹部に走る鋭い痛みによって簡単に端へと追いやられてしまう。


「リゼット、手甲が当たって痛いんだけど……!」


 即座に振り返り抗議しても、リゼットは返事もせず口をへの字に曲げているだけだった。

 それどころか、俺の腰に回した両手の力をさらに強めてくる。


「い、いだだだだ!!!」

「こうしていないと、振り落とされてしまいますから」

「その通りだぞサワムラ。お前もしっかりボクの腰につかまっていろ。ただし、変なとこを触ったら承知しないからな……? さ、行くぞ!」


 どこか意味深な笑みを浮かべながら鞭を振るうミリッツァ。

 どこか不機嫌なオーラを醸し出すリゼット。

 まさに前門の虎、後門の狼の状況下で馬に乗る俺。

 何ともややこしいが、程なくいななきを上げ、シュペルブは北東に向け走り出した――。


 ◇◆◇


「サワムラ。この道に見覚えがないか?」


 走り始めて数分。移りゆく景色と向かい風を切る心地よさを肌で感じているさなか、ミリッツァは問う。


「ここは、リゼットと一緒に歩いた……」


 そこらじゅうに石が散らばり、道の起伏も激しくデコボコした歩きにくい道――。

 初めてここを通ったときはただそれだけの感想であったが、ガンバレヤを見てからはまったく別の視界が開けてくる。


「この石、もしや……」

「そうだ。よく気が付いたな。ここ一帯にある石は、すべてガンバレヤの城壁や家屋に使われているものなんだよ」

「それだけではありません。軽くて丈夫な特製を生かし、投石器や石弓と言った武器にも幅広く用いられているんです」

「つまり、守るための盾としてだけじゃなく、攻めるための矛としても利用されていると言うわけか」

「正解だ。一見石だらけで酷いところだと思うかもしれないが、ボクたちはこれらに生かされていると言っても過言ではない」

「しかし、同時に植物や野菜の生育を妨げているんです」


 敵からの攻撃を断ち、退くための素材は潤沢にある。

 だがそのために、人の生活の根幹となる糧が枯渇しているとは、皮肉なものだ。


「そしてあともうひとつ重要な点がある。リゼット?」

「はい。私の常備している薬品に使われている素材も、実は石に付着した苔を活用しています」

「苔……って、まさか俺の手に塗った緑の……」

「そうです。長い年月を経て成長した苔と、その他薬草を煮詰めてできたものがこの傷薬なんです」


 リゼットは腰の皮袋を大事そうに擦った。


「手の方はほとんど大丈夫みたいですね」

「あ、ああ。そう言えばすっかり痛みはなくなったよ。ありがとうリゼット。君のおかげだ」

「え、いや、その。わ、私は当たり前のことをしただけで……」

「はいはい。楽しいおしゃべりはそこまで。ここからあと一キロほど進めばイテマエの領土だ。気を引き締めろ」


 ミリッツァの視線の先には、果てしなく伸びた鉄条網、ポツンと建つ塔のような建物、武装した兵士数人――。


「あの建物が国境警備隊の監視棟。その周りにいるのが、国境警備兵です」

「やつらは、もうすでにボクたちの存在と位置を嗅ぎつけているはずだ」

「そ、そうなのか?」

「いきなり剣を突きつけられることもあるかもしれない。そこでだ、お前にこれを渡そう」


 ミリッツァが先ほどから胸元で大事に抱えていた袋から取り出された、白銀の板状の物体。


「大事な心臓を守るための胸当てだ。急きょロジーヌに作らせてな。これを着ければ、お前も今から我が()()()()()()()()()の一員だ!」

「……」


 プラチナ……なんだって?


「ごめん。もう一回言ってもらっていいかな?」

「何度でも言ってやるぞ。この白銀の胸当てを着ければ、お前も我がプラチナバスターズの一員だ!」


(プラチナ……バスターズ?)


 一瞬、ミリッツァが言っていることがよく分からなかった。

 プラチナバスターズは、俺が応援しているプロ野球チームの名称だ。

 そして目の前には白銀の甲冑を身にまとった少女騎士団がいて、その名前がプラチナバスターズ……。


(こんな偶然があるのか……)


「ショウさん……? いきなり黙ってしまってどうしたんですか?」

「い、いや。今こんなこと言うのも変だけど、俺の好きな野球チームの名前もプラチナバスターズって言うんだよ」

「……」


 暫しの沈黙の後、ミリッツァは吹き出す。


「ふふっ。これは傑作だ! どうやらボクたちは出会うべくして出会ったようだな」

「運命、みたいなものなのでしょうか……」

「じゃあ改めて少女騎士団プラチナバスターズの一員としてよろしく頼むぞ、サワムラ。ま、お前は少女、ではないが」

「あ、ああ……」


 俺たちがそんなこんなで騒いでいたせいか、周囲の空気もどことなく張り詰める。

 監視棟の方を見ると、先ほどまで数人だった兵士の数が倍以上に増えており、おまけにその全員が直立不動でこちらの様子を窺っていた。


「おっと、先方もしびれを切らしているようだ。では行こうか。皆、両手を上に上げたまま監視棟まで進め」

「このポーズは、戦う気がないってことか?」

「ああ。いくら休戦中とは言え、一応な。ま、あいつらもいきなり斬りつけてくるほどバカじゃないとは思うけど」


 ミリッツァはシュペルブを紐で手近の木に結びつけた後、先導する。それに倣う形となった。


「止まれ。キサマたちはガンバレヤの少女騎士団か。いったい何の用だ」


 開口一番、イテマエの屈強そうな男が警戒心とともに歩み出る。


「そう怖い顔をするなフランツ。見ての通り、ボクたちは争いにきたわけじゃない。少し話がしたいと思ってな」

「話……だと? 笑止! こちらはキサマたちと話すことなどない。とっとと失せろ!!」

「ほう。そんなことを言っていいのかな?」


 ミリッツァはニヤリと笑い、それまで俺の後ろに隠れるようにしていたリゼットを矢面に立たせた。

 すると、面白いようにフランツと呼ばれた男の顔色が変わる。


「あ、あなたはリゼット殿!! あ、いや、その節は、うちの娘が大変お世話になりました。本当に感謝しています」


 体が一回りも二回りも小さいリゼットに対し、即座に跪き深々と頭を下げるフランツの姿は実に異様であった。

 しかし、いったいどうして――。

 不思議に感じている俺の耳元で、ミリッツァが囁く。


(言ったろ? 顔が効くって。リゼットは以前、獣に襲われて大けがを負ったフランツの娘を助けたことがあるんだ)

(なるほど……)


「リュリュちゃん。その後の経過はいかがですか?」

「は、はい! おかげさまですっかり傷も塞がり、今は何とか歩けるようになるまで回復しました」

「そうですか。良かった……」


 まるで天使を崇めるような姿勢で居続けるフランツに、ミリッツァが横やりを入れる。


「ヴィヴィアンヌと話がしたい。手配を頼む」

「な、何だと! 誰がキサマの言うことなど聞けるか――」


 するとフランツは激昂し、ミリッツァに掴みかかろうとする……が。


「私からもお願いします。大事な話がありまして」


 リゼットの追い打ちにより、再度体が傾ぐような格好になる。


「は、はい! 承知しました! ただいま、手配を致します!!」


(コントかよ……)


 まさに虎の威を借る狐……と言った感じだろうか。

 でも待てよ。さっきは前門の虎がミリッツァであって、後門の狼がリゼットであった。

 しかし今は、狐がミリッツァで虎がリゼットと言う構図になっている。状況が違えば、人は虎にも狼にも、はたまた天使にもなるってことだろう――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? プラチナバスターズの続きが気になってしょうがないでしょう?

リゼットはお尻がデカいです。

リュリュはょぅι゛ょ需要に応える万能キャラです。

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