一回裏「異界の地、コー・シエン」
参りましょう! とリゼットに意気込まれ、歩くこと三十分――。
あまりに様変わりしない風景とデコボコした歩きづらい道の連続に、俺の足腰は悲鳴を上げていた。
「リゼット。君の国はまだ先なのか?」
「すみません……。実は隣国の警備を警戒して、だいぶ迂回をしているんです。もうすぐですから頑張ってください」
リゼットは申し訳なさそうな顔をしながら歩みを進める。
そのたびに発するガチャガチャと言う甲冑の音に、俺はハッとした。
(そうだ。この子はこんな重い甲冑を着ながらも、先導してくれているんだよな。それにしても、こんな小さな体で凄い体力だ……)
「本来なら、私もシュヴァル・ブランを所持していたのですが……」
「シュヴァル・ブラン?」
「シュヴァルは馬。ブランは白。つまり白馬のことを言います。私たち少女騎士団は基本、それぞれが専用の馬を所持しているのです」
「そう言えば、ジゼル様も馬に乗っていたな」
「彼女の馬は、ラファール。つまり疾風と言う名前がついていて、コー・シエンで最速の馬と謳われています」
「コー・シエン?」
「あ。先ほどは国の名前だけに留めていましたね。ガンバレヤ、イテマエ、エエンヤデは、海に囲まれたコー・シエンと言う大陸に存在しているのです」
偶然とは言え、ここで甲子園と言う名前を聞くとは思わなかった。
それ以前に、ガンバレヤ、イテマエ、エエンヤデもそこはかとなく野球に通ずるものを感じることができる。
俺は無意識にバットを握った右手に力を込めた。
(電車から降りようとして足を踏み外したあの時、俺は――)
『プラバス』の優勝を逃し、悔恨と焦燥の念を抱いていた。
その野球に執着する強い気持ちが、この異界の地、コー・シエンに結びついたのかもしれない。
と言うことは、ここからニホンに帰る手がかりもまた、野球が関係するのかも……と自分なりの結論を出したところで、話を戻す。
「君も、馬を持ってるんじゃないのか?」
「正確には持っていた、です。私、先ほども言いましたが救護、衛生の担当で、常時薬品などを持ち歩いています」
リゼットはそれとなく腰の皮袋に触れた。
「でもその薬品は傷薬のみならず毒薬も含まれていて、馬の跳躍により薬瓶が割れ中身が飛び散ってしまうと言う事故が多発しまして……」
俯いた彼女がその先に何が言いたいのか、何となく想像はついた。
「いざ戦いの地に赴いても、肝心の傷薬がない。それどころか、こぼれた毒薬が馬の足に触れてしまい、走れなくしてしまう失態まで犯してしまいました」
「……」
「シュヴァル・ブランは高額。たとえガンバレヤお抱えの少女騎士団とあっても、そう易々と代わりを用意することができない……」
「だから君は……」
「ええ。戒めのため、今は自ら馬の気持ちになって歩いているのです。甲冑を着ながらの移動は辛いですが、薬品の破損はだいぶ減りました♪」
笑って言うことなのだろうか。
しかし、会ってから初めてリゼットの満面の笑みを見ることができたような気がする。
その束の間の笑みが、俺の疲れ切っていた足腰に再度ムチを入れる役目も担ったのだ――。
「見えてきました! あれがガンバレヤです」
それからまもなくして、リゼットは明るい声を上げる。
彼女の指差す方向には、高い城壁に囲まれた建造物……いわゆる城郭都市のようなものがそびえたっていた。
「すごい……。こんなに大きくて頑丈そうな建物、初めて見たよ」
「くすくすっ。でしょう? ガンバレヤは、他では真似できない防御特化型の国なのです」
ぽかんと見上げたまま固まっている俺の姿を見て、リゼットはさらに微笑む。
「中を見ればもっとビックリしますよ……と、言いたいところですが、私たち少女騎士団は、正面ではなく側面に専用の出入り口があるのです。まずはそこに向かいましょう」
「あ、ああ……」
まるで夢でも見ているかの気分で、俺は導かれるままに歩く。
城壁の西側を進んでいくと、やがて小さな入り口らしき門と、門の前にひとりの騎士が立っているのが見えた。
その騎士は、リゼットの姿を見つけると手を振って近づいてくる。
「遅かったなリゼット。どうだ? 目当ての薬草は取れたのか?」
短髪赤毛の長身騎士。
一瞬、遠目では男性かと思ったが、よく見ると精悍で凛々しい顔立ちをした女性だ。
「えーと。こっちの彼は?」
「こちらは、サワムラ・ショウ。実は……」
リゼットは、今までの経緯を順を追って話す。
勿論俺も、途中に相槌や否定を挟み、話の内容をさらに明確なものにした。
すると、それまで腕を組みながら黙って聞いているだけだった赤毛の騎士が、突然高笑いを上げる。
「はっはっ! こりゃおかしい。まさか、そんな不思議なことがあるなんて!」
「俺にとっては笑いごとじゃないんだけど……」
「ごめんごめん。なんせ初めて聞く内容の話だったからさ。あたしはノエル・ブラック。リゼットと同じ騎士団に配属されているんだ」
「ノエルは団の中でも、最高の腕力を誇るエースなんですよ。あのジゼル様とも決して引けを取らないんです」
「ジゼルはあたしの幼馴染なんだ。しょっちゅう競っては、勝ったり負けたり。ま、あいつがいるからあたしも強くなれるんだけどね」
ノエルは、右の拳をグッと握った。
「団の設備倉庫、たしか空いてましたよね? あの部屋を一時的に彼に使っていただこうと考えているのですが……」
「ああ。だいぶ埃が溜まってるだろうけど、男のお前なら大丈夫だろ。ほら!」
掛け声と同時に、俺の胸元を目掛けて投げられる、一本の鍵。
「あたしはまだ門の警備が終わらないんだ。終わったらまた聞かせてくれよ、お前のいた世界の話♪」
「あ、ああ……」
ノエルは見た目の通りさっぱりとした性格のようで、会話が終わるや否や顔を改め、門番としての役目を全うし始める。
俺はそんな彼女の隙のない背中を見送りながら、ガンバレヤの敷地内へと入っていった――。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
どうです? 続きが気になってしょうがないSHOE?
リゼットもまぁ、妹系キャラですね。しっかりしているようだけれど、実は……なんです。