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九回裏「サヨナラ」

「ヴィヴィアンヌさんのマカロン……すごく美味しい」


 夕刻、試合が終わった後、ガンバレヤの正門付近では宴と称して各国の人間が思い思いに飲み食いを繰り広げていた。


「本当ですのっ? まだたくさんありますから、好きなだけ召し上がれ!」


 意思を取り戻したマリナはあの日以来、外出をしたり、物を食べたり、考えを口にしたりと徐々に普段の生活が送れるようになっていた。


「でも、おねえちゃんのケーキもすき……」

「そ、そうか! 今日は腕によりをかけて作ったからな!」

「たしかに、悔しいですケド、ジゼルのケーキも美味しいですわっ! 今度作り方、教えてくださいましっ」

「あ、ああ。いいぞ」

「それにしても、マリナさん、可愛いですわ~。いっそのこと、わたくしの妹になりません?」

「……う~んと、やだ」


 口を小さく曲げたマリナはジゼルの腕に絡みつく。


「あらら。フラれてしまいましたわ……」

「ふふっ。当たり前だ。マリナは我だけの大切な妹だ。なぁマリナ」

「うん。おねえちゃん、今日はスゴくカッコよかったよ。大好きっ」

「そ、そうかっ! 我もマリナのコトが大好きだ!」

「むぅ。なんだか妬けてしまいますわね……って、アネット、クラリス、さっきから食べ過ぎですわ!」


 黙々と咀嚼を続けるふたりに、ヴィヴィアンヌが呆れた声を上げる。


「い、いや。すみませんヴィヴィアンヌ様。あまりにもこのケーキが美味しくて」

「わたしも、実は甘いものに目がなかったんです」

「こんなときくらい兜を外したらどうですの? と言うか、そもそもそんなんでよく食べられますわね」

「食べるときに一瞬だけ兜を外しているのです」

「ほら、こんな風に……」


 こんな風に、と言われても兜が外される気配はまったくない。

 にもかかわらずケーキだけは着実に消えていく不思議な現象に、マリナは上機嫌で手品手品と手を叩いた――。


 ◇◆◇


「うわぁ、オリヴィアさん。魚のさばき方、上手……」

「ふふっ。慣れれば簡単だ。リゼット殿もコツを掴めばすぐにできるようになる」

「本当ですか? そのコツ、是非教えていただきたいですっ」

「良いぞ。魚がさばければ、子供やお年寄りが苦手としている魚特有の骨も上手に取り除いて調理することも可能だ」

「そこまで考えるなんて優しいんですね、オリヴィアさん」

「と、当然だろう。騎士団長として、仲間や国民の健康への気配り、栄養管理に至るまで決しておろそかにすることはできぬのだ」

「くすくすっ」


 剣を取り合い交えたふたりが、今は包丁を取り合い、和気あいあいと料理談話に華を咲かしている。


「それにな、台所で包丁を握り料理をしていると言う女の後ろ姿は、とにかく異性にウケが良いらしい」

「えっ! そうなんですかっ!?」

「リゼット殿も、意中の相手がいるのなら実践してみるといい」

「い、意中の相手なんてそんな……!」

「ま、料理そのものも異性にとっては評価が高いと聞くからな。俗にいう胃袋で心を掴むってヤツだ」

「こ、心を掴んじゃったらその後どうなるんですかー! や、やだもー! 恥ずかしいですよー! まったくオリヴィアさんったらー!」


 赤面しブンブンと包丁を振り回すリゼットに、間一髪オリヴィアは切られそうになる。


(あ、危うく余が料理されてしまうところであった。リゼット殿のこういう暴走と天然のところはヴィヴィアンヌ同様恐ろしいな……)


 ◇◆◇


 まさに宴もたけなわ。

 夕日が沈みかける頃、俺は誰にも気付かれないようにガンバレヤの正門を後にした。


 やってきたのは、つい先ほどまで激戦が行われていたグラウンド。

 未だ熱気が沈殿し、足元から歓声や声援がマグマのように吹き上がってくるように感じられる。


 肝心の試合は三国とも一進一退の攻防で、終わってみれば勝ち星と負け星が同じ数。

 つまりは引き分けと言う結果となり、決着は来月へと持ちこされるようになった。


 今回のことがきっかけとなり、各国の子供たちはリトルリーグを立ち上げ、お年寄りはシニアリーグを立ち上げた。

 今後はイテマエやエエンヤデにも球場を作り、共に練習や試合に励むらしい。

 まさに、野球がもたらした平和――そんなものを今、俺は噛み締めている。


 移りゆく景色を頼りにしばらく歩き、やがてある地点で屈みこむ。

 そして大地に触れ、ゆっくりと感触を確かめた。


(ここは、俺が……)


 ひとり感慨にふける俺の背後から、土を踏む乾いた音がふいに近づいてきた。


「懐かしいな。この場所は、我とキサマが初めて顔を合わせた場所だ」

「ジゼル!?」


 夕焼けに照らされたジゼルの顔は、何だかいつもよりも色っぽく見える。


「あのときは本当に悪かったな」

「いや。今思えば初めて会ったのがジゼルで本当に良かったと思う」

「しかし、勝手に宴を抜け出してどうした? 主役がいないと話にならないではないか」

「そ、そうだな」

「キサマにはこれからも我がプラチナバスターズの一員として働いてもらう。明日からまた忙しくなるぞ」

「ああ……」

「時間ができたら、我の故郷スマ・ンナにも足を運ぼう。マリナには少々辛いかもしれないが、あの子にも次期騎士団員候補として少しずつ強くなってもらわねば」

「……うん」


 歯切れ悪く返答する俺に、ジゼルは若干語気を強めた。


「ちゃんと聞いているのか?」

「き、聞いてるぞ」

「ではなぜこちらを見ないのだ。話をするときはしっかりと相手の顔を見ろと教えたはずだろう!」


 ジゼルは渋い表情のまま、俺の面前へと迫ってくる。

 

「まさかとは思うが……」

「……」

「このままいなくなってしまうなんてことはないだろうな?」


 その一言に、俺の心臓がドクンと高鳴る。

 野球がきっかけでこの地へと赴き、近く起ころうとしていた紛争を野球外交を駆使して止め、無事この地に愛と平和をもたらした――。

 この名采配によってやるべきことはすべて終わり、ここでの俺の役目は終わったような気がしたのだ。前にベアトリスが言っていたように。


 だから――。


「我は、我は……イヤだぞ」


 ジゼルは俺の胸に顔を埋めた。


「ジゼル?」

「見せたい景色。踏ませたい土地。感じて欲しい風。我にはまだキサマに案内していない場所が山ほどあるのだ」

「……」

「そして、いつの日かスマ・ンナの再建にも手を貸してほしいと思って――」

「でも、俺は……」

「分かっている。キサマは元々異世界から来た人間。キサマにはキサマの世界があるのだ。それは分かっている……分かっているのだが!」

「ごめん……」

「やはり、ここに残ると言う選択肢はないのだな」


 無言で俺は頷くと、ジゼルは乾いた笑いを浮かべた。


「ははっ、こんなに良い女が帰らないでと言うんだぞ。男だったら誰でも――」


 珍しく冗談めいた口調で、彼女はそんなことを口にする。


「ジゼル……。今まで本当にありがとう。ここで過ごした十日間は、俺にとってかけがえのない一生の宝物になると思う」

「……」

「プラバスの皆、そしてマリナによろしくな。ガンバレヤの繁栄と、君たち姉妹の幸せを、俺は遠い世界からずっと願ってる」

「い、イヤだ。頼む、ここにいてくれ……」

「俺だって本当は皆とここにいたいさ。でも、いつか別れなければならないなら、早い方がいい。楽しい思い出が増えてしまう前に……」

「ぅ、ぅぅ……ぐすっ……」


 ジゼルは涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、声にならない声を上げる。


「ジゼル。君は騎士団長として、これからも皆を引っ張っていかなきゃならないんだ。それに、俺が好きなのは今の泣いてるジゼルよりも、毅然としたカッコいいいつものジゼルだよ」

「ぁ……ぁぁっ、くっ、ぅぅッ……我は……ずっ、我はぁ……ぁくぅ……ん」

「だから、せめて最後くらい、俺の好きなジゼルを見せてくれよ」

「我は、これでも……ぅっ、も、物わかりが良い方なのだ。キサマがどうしても帰ると言うなら、これ以上止めるわけにはいかない……」

「……」

「ミリッツァとロジーヌからの伝言だ。設備……倉庫の扉から、不可解な、力の……んッ、存在を確認した。もしかしたら、キサマのいる世界に……つながっている可能性がある、と……ぐすっ」

「あのふたりが?」

「あやつらは、ショウの顔を見たら帰るのを止めてしまうとか言って我にあえて伝言をよこしてきてな。まったく見た目同様、まだまだ子供だな。帰ると言っている人物を止めようなんて……」


 ジゼルは腕を広げ、俺の体を強く抱きしめた。


「でも、我が団にはもうひとりとにかく頑固なヤツがいる」

「えっ?」

「リゼットだ。あやつもキサマの顔を見れば必ず止めに入るだろう。だが――」

「……」

「別途の仕事を頼んでおいた。今なら顔を合わさずに去れるはずだ」


 ジゼルはそう言うと名残惜しそうに俺の体から離れ、背を向ける。


「う、ぅぅ……ぐすっ、ずずっ……」


 俯き、嗚咽を漏らす彼女に、俺は思わず半歩近づこうとした。


「来るなッ!!」

「……」

「それ以上来ないでくれ。頼む……」

「ジゼル」

「もう一度キサマの顔を見たら、我は我慢できなくなってしまう……。感情が抑えきれなくなってしまうだろうがッッッ!!!」


 ジゼルの息遣いがより一層激しくなる。


「早く行け! どこへでも行ってしまえ!!」

「君のことは忘れない。忘れないよ。ずっと……」


 それ以上、ジゼルからは何も返事がもらえなかった。

 ただ、肩を落としぽつんと佇む彼女の背中は、騎士団長としてのジゼル・ベルジュラックのそれではなく、ひとりのか弱い女性ジゼル・ベルジュラックそのものであった――。


 ◇◆◇


 宴が行われているのは、ガンバレヤの正門付近だ。

 俺はジゼルに別れを告げ、西門から皆の視線をかいくぐるように詰所へと足を運ぶ。


 この城下町の風景も、もう見ることはないだろう。

 この石畳の音を、もう聞くことはないだろう。

 この風の匂いを、もう感じることはないだろう。


 詰所に入る前に俺はいま一度振り返り、ここから見える景観をしっかりと胸に刻み込んだ。


 中は当然ながらひっそりとしている。

 慣れ親しんだアルコールの匂い。

 使い込まれたテーブルに刻まれた傷。

 手すりの力を借りなくても下れるようになった地下へと続く階段。


 その何もかもが大切な思い出だ。


 ランタンの灯りを頼りに、突き当りを曲がると設備倉庫の扉が姿を現す。

 見れば、たしかに扉の中から不思議な光が淡く漏れていることに気が付いた。

 確証はないが、この先を抜ければもしかしたら……と思ったそのとき、誰もいないはずの廊下の先から、かすかに人の気配を感じた。


「ショウさん……?」


 現れたのはリゼットだ。

 ジゼルに仕事を頼まれていたはずの彼女がなぜここにいるのか……そんなことを考える暇もなく、足早に近づいてくる。


「急に姿が見えなくなったので、探してたんです」

「そうか」


 俺は努めて冷静に答えた。


「これからキャンプファイヤーを囲んで、皆で踊るらしいですよ。さぁ行きましょ!」


 と言って俺の手を引くリゼット。


「どうしたんですか? ショウさん」

「……」


 だが、一向に足を動かそうともしない俺を見て、彼女は即座に力を緩める。


「イヤ。私を置いて行かないでください……」


 あえて何も言わなくても、別れが迫っていることを薄々感じているような、そんな悲しい顔だった。

 その顔のまま、リゼットは俺にすがりつく。


「カルムの調子が戻ってきたんです。今度、一緒に走りにいきましょう?」

「……」

「面白い草花が生えた場所をこの間見つけたんです。きっとショウさんもビックリすると思いますよ」

「……」

「ガンバレヤとイテマエの境に、清流が流れてるのって知ってましたか? あそこの水、すっごくキレイなんです。水浴びにいきたいですよね?」

「……」

「オリヴィアさんから魚のさばき方を習ったんです。近いうちに美味しい魚料理をご馳走しますから、楽しみにしていてくださいね」

「……」

「どうして……。どうして何も言ってくれないんですか?」

「リゼット。残念だけど、俺はもう帰らなきゃいけないんだ……」

「帰るってどこへ? ショウさんにとって帰る場所はここじゃないですか」

「いや。そういう意味じゃなくて」

「じゃあ、私も一緒に行きます。ショウさんの帰る場所へ」

「ごめん。それはできないんだ」

「どうしてですかっ!」


 ドンッ――!!


 この小さな体からは想像もできないくらいの強い力で、俺は壁に押さえつけられた。

 同時に、彼女特有の甘い芳香が近くなる。


「リゼット。ガンバレヤには君の力が必要なんだ。分かるだろ?」

「分からないっ、分かりませんッ! 私は、私はっ、ショウさんと一緒にいるんですッ!! 一生、一緒にいたいんですッ!!」


 いやいやとリゼットは顔を振り、半ば狂乱したように泣き叫ぶ。


「いいかい。もしリゼットがこの国からいなくなったら……いったい誰が怪我の手当てをするんだ?」

「……ッ!」

「リュリュもエマも、リゼットのようになりたいと言ってたじゃないか。君は彼女たちの目標であり、支えでもあるんだぞ」

「ぅ、ぅ、ぁぅ……ぐずッ、ぅん……。で、でも……私……。私……ぃぃ」


 それでもなお泣き続けるリゼットの頬に、俺は優しく手を伸ばす。

 そしてこぼれる涙をすくい、しっかりと見詰め合った。


「リゼット。もう泣き虫は直ったんじゃないのか?」


 ビクンと彼女の体が大きく揺れる。


「こんな風に泣いてるのを見たら、子供たちはどう思うかな。きっと笑われちゃうぞ」

「お、お兄様……?」

「それに、リゼットが人一倍頑張れる子だって言うのは、ずっと近くで見てきた俺が一番良く知ってる。だから、これからはひとりでも歩いていけるよな」

「……」


 ()()()()()()()()()


 俺はリゼットの耳元でそう囁いた。


「そ、その言葉……私、それだけを胸に……ずっと、生きてきた……」

「これからも、この言葉を糧に生きるんだ」

「ぁ、あぁ……」

「忘れないよ。俺も――」


 微笑む俺の顔をしっかりと凝視したリゼットは、やがてゆっくりと体を離す。


「最後に、最後に……ひとつだけ思い出を下さい……」

「えっ……?」

「もう一度抱きしめて。そしてベーゼを……。あなたの証を私に刻んで下さい」

「……」


 俺は小さく頷くと、リゼットの体を引き寄せ、震える唇同士を重ね合わせた。


 三秒、五秒、十秒――。


 時間にしてもっと短かったかもしれないが、俺にはこのときの一秒一秒がいつもよりもずっと長く感じた。


 柔らかく、甘美で、幸せなその感触は、離れてもなお唇に温かく保ち続ける。


「ありがとうございました。私、あなたのことが――」


 急にリゼットの声が聴こえなくなった。


 何かを言っている。


 気付けば、俺も言葉を発することができなくなっていた。


 徐々に薄れゆく視界と意識。


 その背後で、扉から漏れる光はさらに激しさを増す。


 とても眩しい。でも、一度目を閉じたらもうこの世界から消えてしまうような気がして――。


 逡巡する気持ちの中で、俺が最後に見た彼女の顔にはもう涙のあとはなく、かげりのない笑顔。


 笑顔のまま、口を開く。


 声こそ聴こえないが、たしかに感じることができた。


 ()()()()、と――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


ちなみに最終回じゃないぞよ。もうちょっとだけ続くんじゃ。


基本的に、すべてのキャラとの恋愛フラグが立っているのですけど、一番はリゼットなんよな。

ジゼルももちろん惚れてますし、マリナも姉と一緒なら丸め込める。

ミリッツァとロジーヌのロリ系女子も手籠め、ノエルもいい女、ミシェルとサラも好印象!

次回作は学園ハーレム騎士団ラブコメディになりますのでお楽しみに。

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