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九回表「野球の聖地コー・シエン」

「よし。じゃあ今日のスターティングメンバーを発表するぞ!」

「すたーてぃんぐ、めんばぁ? なんですかソレ」


 リゼットのどこか腑抜けた声に、俺の出足がくじかれる。


「まずそこからか……」


 周りには、普段ならよっぽどなことでもない限り集結しないプラチナバスターズの団員が神妙な面持ちで待機をしている。

 皆おそろいのユニフォームを身にまとい、横並びをするさまはまさに壮観――。


「試合開始時に出場する選手のことだよ。一般的に略してスタメンと呼ばれる」

「あーし、それ知ってる! 子育てに協力的な夫のことっしょ?」


 ドミニクが我先にと手を挙げて発言する。


「それはイクメンだろ……(ってか、なんでそんな言葉知ってんだよ)」

「違うのです。単純に、イケてるカッコいい男の人のことなのです」


 ロジーヌが控えめに横やりを入れる。


「それはイケメンだから……(ふざけてるのか?)」

「皆分かってないな。エジプトの王のことだぞ」


 ミリッツァが胸を張りながらドヤ顔で語る。


「それはツタンカーメン……(もはやメンしか合ってないじゃないか)」

「いい加減にしろ! カントクが喋っているのだぞ。静かにしないか」


 このボケとツッコミがどこまで続くのか……とウンザリした矢先、ジゼルの叱咤を匂わせる喝が飛ぶ。


「よし。ではカントク、続けろ」

「あ、ああ。ありがとうジゼル」


 ちなみにこの監督と言うのは、野球のルールを教える過程で彼女たちが勝手に覚えたものだ。

 そしていつの間にか俺を呼ぶ名前として定着してしまっている。

 正直、このような粒ぞろいの美少女軍団を従えることができるのだから、監督として、男として冥利に尽きる。

 ただ、皆発音がカン↑トク↓だったり、カン↓トク↑だったりちぐはぐで統一性がないのがたまにきずだが。


「一番ショート、ミシェル!」

「はいっ、承知しましたっ」


 艶のある藍色のポニーを颯爽となびかせ、ミシェルが元気よく返事をする。


「二番セカンド、ミリッツァ!」

「えー。ボクは頭脳派だからできれば控えが良かったんだが……」


 今ひとつ乗り気でないミリッツァは、しぶしぶグローブを装着した。


「三番キャッチャー、ノエル!」

「おしっ! 待ってましたその言葉。精一杯頑張るぜ!」


 気分が高揚し準備万端といった感じのノエルは、開いた左手に右こぶしを強く当てた。


「四番ピッチャー、ジゼル!」

「この役を貰えて光栄だ。精一杯善処する」


 腕を組み、努めて冷静にジゼルは語る。


「五番サード、ドミニク!」

「う~ん、正直そこのポジはあーし怖いんだけどー。カントクが言うなら頑張るよ♪」


 発言とは裏腹に、自信たっぷりに見えるドミニク。


「六番センター、ベアトリス!」

「まさかワタシがツタンカーメンとは……ビックリだ」


 未だ勘違いしっぱなしのベアトリス。


「七番ファースト、リゼット!」

「は、はいッ! 私、どんな送球でも掴んでみせます! たとえこの身が滅びようとも!」


 人一倍アツく吠えるリゼット。滅びたら困るけどな。


「八番レフト、ロジーヌ!」

「……すぅすぅ。くかーっ、くかーっ!」


 ロジーヌは返事をしているつもりらしい。


「九番ライト、サラ!」

「がってんですわ! 後方支援はわたくしにお任せください♪」


 頼りになることを自信満々に言ってくれるサラの心意気はたまらない。


「申し訳ないけど、シルヴィは控えに回ってもらう」


 プラチナバスターズの人数は十名。

 それに対して野球の試合に出られる人数は九名。どうしてもスタメンから外される人間が出てしまう。

 そのひとりを誰にするか――と、俺はこの数日ずっと悩みっぱなしだったが、苦渋の結果シルヴィと言うことになった。

 さぞかし気分を害しているだろうと、恐る恐る彼女の顔を見ると……。


「やったー♪ アタシ、実は筋肉痛で歩くのもままならなかったから逆に助かったよ!」


 怒るどころか喜ぶ始末。


「いや、控え選手ってのはいつ出番がきてもいいように、万全の状態にしておく意味では一番気を遣う位置なんだぞ」

「あー、はいはい。皆、アタシの筋肉痛を悪化させないために、せいぜい怪我をしないでね~」


 シルヴィの気の抜けた激励に皆の表情も柔らかくなる。

 良い意味でプレッシャーを回避できたかもしれない。


「いいか。今日は今まで頑張ってきた成果を試すときだ。勝ち負けよりも、まずは野球を楽しもう!」


「「「「「「「「「おーーーー!!!」」」」」」」」」


 誰かひとり声が聴こえなかった気がするが、白球の騎士団プラチナバスターズの野球伝説はここから始まったのだ――。


 ◇◆◇


「お~~~ほっほっほ! 皆さん、長らくお待たせいたしましたわね! 


 大型の馬車を引き連れ、声高らかに登場するヴィヴィアンヌ。

 黄金の甲冑をモチーフとした、煌びやかなユニフォームはまるで歩く太陽のようだ。

 見ればアネットとクラリスもすでに姿を現しており、試合への意気込み、やる気がにじみ出ている。


「ジゼル、今日の試合負けませんわよ」


 シュヴァル・ブランから飛び立つように降りたヴィヴィアンヌは、縦ロールの髪を風にふわさとなびかせた後、ビシッと指を差す。


「ああ、望むところだ」

「ところであなたのぽじしょんはドコですの?」

「四番でピッチャーだ」

「あ~ら、わたくしとまったく同じですわ。ますます、どちらが格上か示す必要がありそうですわね!」

「うむ。正々堂々勝負をしよう」


 ジゼルとヴィヴィアンヌが和気あいあいと談笑にふける横で、馬車の中から子供が飛び出してきた。


「「リゼットお姉ちゃん!」」

「リュリュちゃん!? エマちゃんも!!」


 傷を負っていたリュリュとエマ。

 今ではすっかり回復し、自分の足で自由に走り回れるくらいに良くなっていた。

 そのまま、リゼットの脚にまとわりつく。


「今日はねー、ゴールデンファイターズの応援だけど、リゼット様のことも応援するね!」

「エマも、両方応援するっ!!」

「あはは。ありがとう。お姉ちゃん、いっぱい活躍するからね!」

「それに、もし怪我しちゃったら、リュリュが治してあげるからっ」

「えっ……?」

「リュリュちゃん。大きくなったらリゼットお姉ちゃんみたいに、怪我をして泣いてる人を治して笑顔にしてくれる人になりたいんだって!」

「エマちゃんも一緒になろうよ! きっとママも喜ぶよ?」

「そうかな? じゃあエマもリゼットお姉ちゃんみたいになる!」

「リュリュちゃん。エマちゃん……」


 無邪気であどけない子供たちの笑顔とは対照的に、嬉しさで涙が溢れるリゼット。

 そのまま膝をつき、リュリュとエマを優しく抱きしめた。

 

「私なんかが、子供たちの目標になれるなんて……」

「あれー? リゼット様、泣いてる。どこか痛いの?」

「こういうときはこうするんだよ。痛いの痛いの飛んでけーってね。いつもママがやってくれるんだ」

「くすくすっ。ありがとう……本当に嬉しい」


 ◇◆◇


 話が一段落しリュリュとエマを見送った後、満を持してブラックスワンの登場だ。

 黒で塗り固められた一際強固な馬車を引き、深黒しんこくの甲冑をモチーフとした、威圧感のあるユニフォームを着たオリヴィアが颯爽と姿を現す――。


 現れ、開口一番飛び出したのはリゼットへの謝罪の言葉であった。


「リゼット殿。余が間違っていた」

「オリヴィアさん……」

「戦渦を逃れ、海外から移民してきた子供は、それぞれが心に深い傷を負っている。その傷を武器や防具で無理やり覆い隠そうとしていたのだ」

「……」

「でも今は違う。子供たちには遊ぶための玩具を与え、教育のために絵本や教科書を取り入れるようにした。今度、是非遊びにきてくれ。歓迎する」

「私も、いきなり剣を向けてしまって申し訳ありませんでした。今考えてみれば、とても恐ろしいことをしてしまいました……」

「それは、余に対してか? それともオプスキュリテに関してか?」

「どっちもですね……」

「ふむ。どちらにしろ、余も貴女きじょに対してはどこか恐怖を感じておる」

「えっ?」

「なにしろ、その小さな体躯で余の剣を弾き返したのだからな。ふふっ、まったく末恐ろしいな……」

「あなたにそこまで言っていただけるなんて光栄です。それと――ほら、ね?」

「……?」


 リゼットは自身の背後に隠れていた女の子に対し、目配せをする。


貴方きほうは、ポーラ……?」

「オリヴィア様。本当に申し訳ありませんでした……」


 ポーラが謝罪と同時に地面に伏せ、頭を下げようとした瞬間、オリヴィアもまた跪き彼女の行為を止めた。


「謝るのはむしろ余の方だ。すまないことをしてしまった」


 優しく肩に手を這わせ、オリヴィアはポーラを立ち上がらせる。


「オリヴィア様。わたし……また一緒に……」

「ああ。帰ろうエエンヤデに。よろしいか? リゼット殿」

「ええ。あなたの帰るべき故郷はここではありませんから……」

「ありがとうございますリゼット様、今までご迷惑をおかけしました。また、いつでもエエンヤデに来てください」

「はい。楽しみにしています」


 ◇◆◇


 ガンバレヤ、イテマエ、エエンヤデの三国は、紛争をして勝ったものが領土を得ると言う元々あった決まりを破棄し、三国で共有しようと言う結論で合致した。


 ガンバレヤの石を作った防壁加工技術はイテマエに伝えられ、今まで景観を損ねる原因となっていた過剰な柵を完全に取り払うまでにもなった。

 見返りとして、イテマエは陸路の舗装技術を教え、同時に耕作のノウハウを指導。

 そのおかげで、各国間の移動がだいぶ快適となり、農作物の運搬や輸送が効率的になった。


 また、ガンバレヤ産の消波ブロック(テトラポッド)はその後も量産され、エエンヤデへと随時送られた。

 結果として、防潮林との相乗効果もあって、地震による津波や高潮、塩害などの二次災害は限りなく最小限に抑えることが可能になった。

 代わりにエエンヤデは豊富な海産物を提供し、魚介のさばき方や調理法を伝授。

 後述する住居の一部も、ガンバレヤの国民に使用許可が与えられるようにもなった。


 イテマエは、提言通り大型の病院を設置する計画をたて、どの国の人間でも自由に利用ができるよう、医療の窓口を広げた。

 また、腕利きの医師を海外から呼び寄せ、今まで八方ふさがりであった病にも対応できるようにした。

 さらにはガンバレヤのリゼット、サラも少女騎士団としての活動の傍ら、看護師の助っ人として駆り出されるようにもなった。

 

 イテマエの獣被害に対しては、エエンヤデのオリヴィア率いるブラックスワンが筆頭に、獣対策チームを組むことになった。

 もちろん、ガンバレヤのジゼル、イテマエのヴィヴィアンヌもチームに含まれ、まさにオールスターで対策にあたることで合意。

 

 エエンヤデは戦渦を逃れた移民を受け入れる住居を作り、そこへ住まわせる代わりに、国の発展のために働いてもらう新たな決まりを作った。

 仕事の内容は主に住居作りや耕作、漁が課され、中には教育に携わっていた人間もいたため、子供たちに勉学を教える教師としての仕事も与えられた。


 各国が抱える不安材料は、各国の協力により、日に日に改善されつつあった――。


 ◇◆◇


 そして肝心の野球の試合。


 ガンバレヤのグラウンドには多くの観客席が用意され、子供やお年寄りが選手と一丸になって手に汗握ることができる工夫が施されていた。


 アウトを取れば歓声が上がり、三振をすればため息が漏れる。

 まさに一挙手一投足にドラマが生まれ、皆時間を忘れて試合にのめり込んで行った。


 もちろん、俺も――。


 ミシェルの華麗な横っ飛びキャッチに目を見開き、ミリッツァの力を抜いた絶妙なグラブトスに感動する。

 ノエルの肩を生かしたセカンド盗塁への阻止に強く拳を震わせ、ジゼルの剛速球による三振奪取にガッツポーズを挙げる。

 ドミニクのふざけ半分の背面キャッチには冷や汗をかき、ベアトリスの長身を生かしたダイビングキャッチには思わず感嘆の声が出てしまった。

 リゼットはショートバウンドで送られた難しい送球も体を低くしながら何とか掴み、ロジーヌは予想した通り壁に激突しながらもホームラン性の当たりをさばく。

 サラは長打になりそうな打球も適切なバックアップを行い、単なるヒットに留め、試合に良い流れをもたらした。


 攻撃においては――。


 ミシェルはストライクとボールをしっかりと見極め、フォアボールを選ぶ。

 ミリッツァはバントやバスターと言った小技でランナーを確実に進め、ノエルの長打で一点をもぎ取る。

 ジゼルはお手本のようなセンターへのクリーンヒットを放ち、ドミニクがそれに続き塁を埋め、ベアトリスは外野への大きな犠牲フライを上げ、リゼットが根性のスクイズを決め得点を重ねた。

 ロジーヌはファールで粘りながらも最後は三振に倒れ、サラは三遊間や一二塁間に向かって正確無比なゴロを打ち、ミシェルへとバトンをつないだ。


 それぞれがあるべき場面で活躍し、主張し、歓喜する。


 時には悔しがり、涙し、膝を折り。


 最早勝ち負けでは語りつくせないその感動のすべてが、後に野球の聖地と呼ばれることになるここ、コー・シエンで繰り広げられたのであった――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

プラチナバスターズの打席順や守備配置は、プロやなんj民でも唸る設定となっております。

特にショートのミシェル、セカンドのミリッツァは、キャラクターの性格や特性を考慮した我ながら感動する神配置ですね。

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