八回裏「甲冑を脱いだ少女たち」②
陳腐な表現かもしれないが、きっと俺が今まで聴いてきた音楽の中で一番心に響く、美しい音色だった。
それでいて、時に優しく時には激しく、まるでジゼルそのものが曲になったかのような調べ――。
いつしか目を閉じ、息をするのも忘れ、体のあらゆる部分でひとつひとつの音をじかに感じるようになる。
時間にしてたった数分。しかしこの数分に凝縮された想いや力はとてつもないものだった。
やがて演奏が終わると、充実感、高揚感、幸福感が全身を駆け巡り、涙腺を刺激する。
最高の感動を与えてくれた奏者には、最高の賞賛によって迎えられるべきだろう。
俺とノエルは夢心地から覚めると同時に、手を叩くために両腕を胸元に寄せた。
ぱち、ぱちぱち……。
集中していないと聞き逃してしまいそうなか細い拍手の音が、狭い室内にこだまする。
(ノエルにしてはずいぶんと小さく叩くんだな)
(ショウにしては控えめだな)
互いにそんなことを思いながら見詰め合ったとき、ふと不可解なことに気付く。
俺たちはどちらも拍手なんてしていなかったのだ。
ぱちぱち、ぱち……。
されど、未だ聴こえ続ける小さな拍手。
じゃあいったい誰が……。
音のする方へと目を向けると――。
「マリナ……?」
なんと、マリナが手を叩いているではないか。
「マリナ、お前……」
「おね……ちゃん。その、おと、好き……」
しかも瞳には人間らしい光が戻り、とぎれとぎれになりながらもしっかりと言葉を発している。
「ごめ……ね。おねえ、ちゃ……。め、わく、かけて、ごめんね……」
「あ……ああ……っ。あっ、ぅぁぁッ、ぁぁぁぁっっ……んぁぁぁ……」
ジゼルは体を震わせ、声にならない声を上げたあと、両腕を大きく広げマリナの体に覆い被さった。
「マリナ! マリナ! ああっ、我の大事なマリナ!!」
「そんなに、つよ……くしたら、いた……いよ。おねえ、ちゃん……」
「マリナ! マリナ! マリナ……ぁ!!」
今まで八方ふさがりで、十年以上も意思を取り戻すことのなかったマリナ。
そんな彼女が、姉による懸命の介護と、好きだった音楽の力で目を覚ます――。
まさに、奇跡としか言いようがない。
「マリナ。何かして欲しいことがあるか? なんでも言ってくれ」
「そんな、こと……いきなり言われて、わかんな、いよ……」
「あ、ああそうだな。じゃあ、食べたいものとか行きたい場所とかあるか……?」
「おねえちゃんの、てづくりけーき、たべ……たい。とび、きり甘いの……」
「作る! 作ってやる!! いくらでも作るから!」
「おひさま……あびたいな。ことり……さんと、あそび、たい……」
「ああ! 連れて行ってやる! どこへでも好きなところに!」
「でも、いまは……そのままぎゅって、して、て……。あったかいから……」
「……ぁっ、ああ。ぎゅってしてる! お前が満足するまで、ずっと、ずっと……!!」
ジゼルは号泣し、鼻をすする音を幾度となく鳴らしながらマリナへと声をかけ続けた。
今までなくしていた姉妹の時間を取り戻すように、何度も、何度も……。
その様子を側で見守っていた俺は、控えめに袖を引かれる。
(ノエル……)
ジゼル同様涙を流し、必死に声を押し殺したノエルが、扉に向けて目配せをした。
しばらく姉妹水入らずにしてやろう、と言う彼女の心遣いを感じることができた。
◇◆◇
「信じられないよ。こんなコトが起こるなんて……」
ジゼルの家を出たあと、ノエルは未だ興奮冷めやらぬ様子で語る。
「ノエルも、ジゼルと同じくらいの間、見守ってたんだもんな」
「そうだ。毎日、欠かさずマリナの頭を撫で、話しかけるジゼルをずっと見てきたんだ」
懸命なその行い、願いが天に通じ、マリナの心を再び動かしたのかもしれない。
「ショウ。これもお前のおかげだよ」
「どうしてだよ。俺は何もしてないぞ?」
「何言ってんだ。お前が紛争を止めてくれたから、無事明日を迎えることができるんだぞ」
「あっ」
「もし明日紛争が行われていたなら、ジゼルは騎士団長として今この時間、出撃の準備に追われていたはずだ。マリナの頭を撫でることも叶わずにな」
「……」
「だから、この奇跡はお前がもたらしてくれたんだ」
「ノエル……」
ノエルは満面の笑みで言う。
「それに、見つかったよ」
「何が?」
「生命の木」
「えっ、そんなもの、どこにあったんだ?」
「ココだよ」
と言って、ノエルは俺の胸を軽く小突く。
「ジゼルの心の中にある、優しさや愛情が、やがて大樹となってマリナを包み、その想いが通じた――」
「……」
「ははっ。どうりでいくら探しても見つからないわけだな!」
その後俺たちは、空に浮かぶ満月のように、やがてジゼルの歓喜の嗚咽が聴こえてこなくなるそのときまで見守り続けるのだった――。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?
マリナも攻略キャラに昇格するのだろうか! ま、姉妹丼案件ですな。