七回裏「オリヴィアの陥落」②
「んなーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」
馬鹿でかい、それでいてどこか脱力感を匂わせる雄叫びが辺りを包んだ。
「ぬあぁんですの、コレはーーー!!!」
ビックリしたのは、俺たちだけではない。
オリヴィアも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして振り返る。
「ちょっとミリッツァ、よくもこのわたくしにこんなものを押し付けましたわね!」
「お前も嬉しそうな顔をしてたじゃないか。おあいこだ」
「ち、ちがっ! そんな顔なんてしてませんわっ!!」
ついさっきまでの暗く澱んだ空気をかっさらうかのようなド派手なやり取り。
これが後に喜ぶべき誤算へと転がるとは、今は知る由もなかった。
「な、な……。貴女はヴィヴィアンヌ。なぜこんなところに……ッッ!」
「ま、まぁ! コホン。これはオリヴィア。ご無沙汰しておりますわね」
「そんなことはいい! どうしてエエンヤデにいるのだ! 理解不能だ!」
たしかにオリヴィアが驚くのも無理はない。
これから紛争をしようと言う各国の主要メンバーが、ここ一帯に集結しているのだから。
「わたくしは、こちらにいるムッシュ・サワムラの外交の手助けとして一緒に同行しているだけですわ」
「違う国の人間同士で外交の手助けだと? 冗談はそのひねくれた髪だけにしておけ!」
「失礼な。まぁ、ひねくれもののあなたにはこの美しい縦ロールが理解できないですわよね。まったく気の毒ですわ~」
ヴィヴィアンヌのひょうひょうとした態度に、オリヴィアは飲まれ始めている。
どうやら強い苦手意識を持っているようだが……?
「とにかく少し話を聞きなさい。あなた、紛争が悲しみや憎しみしか生まないと言うことを理解しておりませんの?」
「はっ。何を言い出すかと思えば。余は今まで数多くの紛争を踏み越えてきたのだ。今更あれこれ考える必要もない」
「それは、あなただけの考えですわよね?」
「……何が言いたい」
「じゃあ、ひとつ賭けをしましょう」
「賭け?」
「あそこの住居でずっとこちらを窺っている子供十数名に対し、あなたとわたくしの思想、どちらが支持があるか――」
と言って、いつ間にか足元に置かれていた麻袋から何かを取り出すヴィヴィアンヌ。
(あれは、マカロン……? しかもとんでもない量だ)
赤、青、黄。
見るものの言葉を奪う、生地の色も形も美しい代物だ。さらには、匂いも……。
「そんなものでいったいどうしようと言うのだ」
「こうするんですわっ!」
何を思ったか、そのままエエンヤデの正門付近へと駆けていき――。
(いけない! その先に足を踏み入れたらきっと……)
以前俺たちがそうだったように、ヴィヴィアンヌも瞬く間に武装した子供たちに囲まれてしまう。
「皆さん! 耳の穴をかっぽじいてよ~くお聞きなさい。わたくしはあなたたちの団長であるオリヴィアの旧友……そんなわたくしが今、甘くて美味しいお菓子を持っておりますわ!!」
旧友、そしてお菓子と言う聴き慣れない言葉に、その場がにわかにざわつき始める。
「今日は皆さんにこのお菓子、マカロンを差し上げるためにやってきましたわ! 食べてみたい子は、今すぐ武装を解除して、こちらにいらっしゃ~い♪」
「ば、バカなっ! そんなものに余の軍がなびくと思うてか。皆のもの、すぐにこやつらを追い払え!!」
しかし、団長であるはずのオリヴィアの掛け声は、子供たちの耳には届いていない。
それどころか――。
ぼとっ、ぼす、ぼすん……。
鉄砲や胸当てが次々と打ち捨てられ、砂浜にめり込んでいった。
「なっ、何をしている!! それは命よりも大切な……」
「あの子供たちは、自らの意志で戦いたいとは言ったらしいが、どうやら子供ゆえの本能は失われていないようだな」
驚愕の表情を見せるオリヴィアの隣で、ミリッツァは言う。
「まだまだ遊びたい、食べたい盛りの子供が、おもちゃやお菓子の代わりに冷たい銃と胸当てを与えられるなんて、酷な話だ」
「知ったことを!! 余はあれぐらいの年の頃から武器を持ち、血で血を洗ってきたのだ!」
「自分が子供の頃にそうであったから、あの子たちにも同じ道を歩ませるのか?」
「う、ぅぅ……」
「お前が幼少の頃にとても苦しい思いをしたのは、その口ぶりからも分かる。でも、そうであったのならなおさら、次の世代にはそうさせたくないと思うのが人の筋じゃないのか?」
遠回しな言い方をしてはいるが、つまりミリッツァは騎士であり、人であれと伝えたかったんだろう。
「ほら、見てみろよオリヴィア。あの子供たちのキラキラした笑顔を。楽しそうな声を」
「見たことない……。余は、あの子らのあんな表情を、見たことがない」
「ミリッツァ! ロジーヌ! この子たち、やきうに興味があるみたいですわ! ちょっと道具を持ってきてくださいまし!」
「おっとお呼びがかかったか。ボクもリゼットほどとは言わないが、子供の扱いは得意だ。さぁ行くぞロジーヌ」
「は、はいぃ!」
呼ばれたふたりは何の違和感もなく子供たちに溶け込み、手を取り合い、やがて笑顔の花を咲かせる。
それとは対照的に、オリヴィアはただ茫然とその様子を見守っていた。
「これが、答えみたいだな」
「サワムラ殿……」
「さっき君は価値観を押し付けるな、とは言ったけど、俺だってあの子供たちの笑顔や未来を守りたいと思ってる。たとえ他国の人間とは言え……ね」
きっとリゼットも――と、付け加えた。
「だから、この消波ブロック(テトラポッド)を設置してエエンヤデ国の防御をさらに高めるんだ。未来への布石だよ」
「しかし、敵国に施しを受けるわけには」
「敵国じゃない。今から俺たちガンバレヤ、そしてイテマエとは友好国になるんだ」
「なっ……!?」
「友好国の証として、消波ブロック(テトラポッド)を渡す。でもその代わり、紛争を止めてくれないか」
「ふ、紛争を止めるだと。バカな! 第一領土問題はどうする?」
「友好国同士、共有するんだ。ガンバレヤが目的としていた田畑、そしてイテマエが目的としていた病院も、エエンヤデには必ず必要になるものだろ?」
「まさか、余の国の目的である住居も、いずれガンバレヤやイテマエも必要になると言いたいのか?」
「そうだ。でも紛争を行うために培ってきた力、鍛錬、連携技術などを今後どこへ持って行ったら良いのか――」
俺はふいに砂浜の方へと視線を向ける。
さすがに子供たちは真綿のように吸収が早い。あの短期間で、バットの持ち方、グローブのはめ方、ボールの握り方などを把握してしまっている。
「野球だ。野球の試合で決着をつける。正々堂々と、誰も傷つけることない、スポーツで」
「すぽーつ? やきう? しかしそれでは余たち少女騎士団の存在意義が……」
「……ありますわ」
そこへ、砂浜で遊んでいたはずのヴィヴィアンヌが突然口を挟む。
「エエンヤデが地震と津波に怯えるように、ガンバレヤは食糧難、そしてわたくしたちイテマエも獣の被害……と、各国は何かしらの不安要素を抱えて過ごす毎日ですわ」
「……」
「そこで、あなた率いる少女騎士団ブラックスワンの力を、獣討伐に貸してほしいのですわ」
しっかりと、そしてはっきりと明言し、深々と頭を下げるヴィヴィアンヌ。
俺も慌ててそれに倣った――のだが。
(ブラックスワンって、プラバスの自力優勝を逃したときの対戦相手じゃないか! クソっ、この世界では直接関係ないにしても、頭を下げるなんて複雑な気分だ……!)
「ムッシュ・サワムラ! ボケッとしてないで、あなたからも何か言ってくださいな」
いや、しかしここは背に腹はかえられない。
「あ、ああ。実はその獣と言うのは、今後ガンバレヤにも出没範囲を拡大する危険性があるんだ。だから頼む、力を貸してくれ」
「……」
しかし、これだけ頭を下げても、オリヴィアの態度は変わらず、未だ難しい表情をしたままだ。
また交渉は失敗してしまうのか――と思った矢先、俺たちの元へ多くの騒がしい足音が近づいてきた。
「「「「「オリヴィア様! 一緒に遊びましょう!!」」」」」
十数人の子供が、一斉にオリヴィアを取り囲む。
そして体のあらゆる部分を掴んで、砂浜に誘導させようとしていた。
皆、笑顔を振りまき、まるで本当の家族のように映る光景に、俺もヴィヴィアンヌも息を飲む。
「あ、遊ぶ? 余は遊んだコトなど……」
困惑するオリヴィアを、子供たちは問答無用で遊びに参加させる。
この強引さが、後に彼女の偏った思想を陥落させる要因にもつながったのだ――。
◇◆◇
「サワムラ殿、そしてヴィヴィアンヌ。すまなかった。余は、余の思想は、たしかにひねくれていたのかもしれない」
「あの子たちの笑顔を守れるのは、君なんだぞ」
「そうだな。移民を受け入れると言うことは、その者の未来も同時に受け入れると言うこと……。余は、なぜ気が付かなかったのだ。こんな簡単なことに」
「これから、今まで以上に愛していけば良いのですわ。人は常に未来を見据えて歩いて行きませんと」
「ヴィヴィアンヌ……。貴女は意外と良いやつだったのだな」
「ムキー! なんですのソレ!? わたくしは常に国民のことを考え、辣腕を振るってきましたから!」
「そうなのか? でもそれは自ら言うものでもないような気もするが」
「う、うるさいですわね。もう知らないですわっ」
「オリヴィア。ヴィヴィアンヌ。今から六日後、ガンバレヤ国が整備したガンバレヤ野球場で正々堂々と試合を行おう。それまでにしっかりと腕を磨いておくんだ」
「承知した」
「分かりましたわ。あっ、そう言えばオリヴィア……」
「?」
「このやきう勝負で優勝した団は、ムッシュ・サワムラを好きにできるんですわよ♪」
「んなっ!?」
すっかり忘れていた。
ヴィヴィアンヌもどこか抜けているようで、こういうどうでもいいところの記憶力は良いんだよな。
「ほう。貴殿を好きに、か。まぁ正直顔は好みではないが……」
好きにできると聞いて、オリヴィアは俺の体のてっぺんからつま先まで舐めるように吟味する。
「煮るもよし、焼くもよし……か」
不吉なことを言って微笑むオリヴィア。
黒い甲冑を着込んでいる相乗効果も相まってさらに恐ろしく見えたが、その瞳は以前よりもずっと清らかで美しいものだった――。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?
ヴィヴィアンヌは意外といいやつ。マカロンも作れるので嫁にするには優良物件です。