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七回表「晴れときどき尻」②

「相変わらずの役得だな、サワムラ」


 翌日の早朝、休息を取りすっかり調子を取り戻したらしいシュペルブを操りながら、ミリッツァはにんまりと振り返る。

 彼女の言葉の意味は、座る配置が以前と同じだからだろう。

 ただひとつ違うのは、俺の後ろに座ったロジーヌのさらに後ろに荷台があり、いわゆる馬車のような見た目になっていると言うことだった。

 荷台には消波ブロック(テトラポッド)がこれでもかと積まれ、ガタガタと音をたてている。

 石ころだらけで道の悪いガンバレヤでは、何かの拍子で荷物が飛び出てしまうかもしれない――。

 そんな心配もあったのだが、普段よりも走る速度が遅いからか、幸い俺たちにとっても荷物にとっても快適な走行が続けられている。


「この辺り、見覚えがないか?」

「ここってたしか、石ころだらけだった道だよな……」


 しばらく進んだ後、記憶に新しい道に入る。

 起伏が激しくデコボコで、とにかく歩きづらい道――だったのだが。


「そうだ。でも今はキレイになってるだろ?」

「誰かが掃除でもしたのか?」

「その答えは半分が正解なのです。要するにこの辺りにあった石は、姿かたちを変え、現在わたしたちの後ろに乗っかっているのです」

「後ろ……って、そうか! テトラポッドか」


 ショウの面前には、見渡す限りの美しい大地。

 また、乱雑に転がっていた石がなくなったことでここ一帯の地に太陽の光がまんべんなく降り注ぎ、土壌の状態も回復しつつある。

 カラカラの土の上にところどころ緑の草花が生えていて、つまりは野球場向きになったってことだ。


(後は上手く整備をすれば練習もできるし、試合もできるじゃないか)


 石を無駄にすることなく、新たな道具として変換。そして開発したものを他国に有効活用してもらう。まさに一石二鳥と言える。


「でも、大変だっただろ。石を運ぶの……」

「そりゃあな。何往復したか分からん。ロジーヌに至っては運びながら寝てたしな」

「途中からノエルも手伝ってくれたので、二百往復の見積もりが百五十往復で済みましたのです」

「ノエルが?」

「ん。鍛錬代わりにと買って出てくれたんだ。おかげで助かった」


 数キロある距離を二百往復しようと見積もりを立てていたロジーヌに驚くべきなのか、二百往復を百五十往復に縮めてしまうノエルに驚くべきなのか。

 どっちにしろ、俺にとっては途方もない話だ。


「よし。この森を進めば地点Bだぞ」


(偵察班の待機地点は、森林地帯と言うのがセオリーなのか?)


 おおよそ、隠れやすい見つかりにくいと言った利点があるのだろうが、となればベアトリスと同じようにドミニクもどこかに擬態して……。

 と思い、ふと視線を上に向けたとき――。


 ベキ、ベキベキ!!


 と言う枝が折れる音。そして甲高い悲鳴とともに()()が降ってきた。


 あれは、尻だろうか。

 珍しい天気だな。尻が降るなんて。


(えっ、尻って!?)


 面前に広がる尻。

 そう。突然尻が降ってきたのだ。


「うわああッッ!!」


 どすん! ドカっ、べきっ、ぐしゃぁッッ!!


 事態を把握することもできず、俺は尻の直撃を食らい、そのままシュペルブから振り落とされた。


「い、いでででで……。なんなんだよ、いったい」


 舞い上がる砂埃に紛れ、聴こえてくるお気楽な声――。


「あ、はは。悪い悪い。怪我はない?」


 悪いと言っている割にはその言葉の節々に誠意のかけらも感じられない。

 おまけにすぐにどこうともしないし、この失礼極まりないのはいったいどこのどいつだ……?

 いや。地点Bに来たと言うことは、大体予想はついてるんだけど。


「おいドミニク。いったい何をやってるんだ?」

「いや。この木のてっぺんに……ほら、果実がなってるっしょ? 腹も減ってたんで、ちょいと登ろうとしたら案外枝がもろくてね」

「冷静沈着が掟の偵察班として、そんな軽率はあるまじき行為なのです……」

「そう言うなよ。腹が減っては偵察できずってね。おかげで取れたよ。ほらほらほら♪」


 果実を見せびらかしはしゃぐドミニクの下で、未だ身動きが取れない俺がいる。


「そ、それは良かったな……。もうそろそろ、どいてくれないか」

「あっ……と! 今どくからそんな怖い顔をするなよー。それにもし、あーしが甲冑を着てたなら、今頃アンタはお陀仏だったんだからね」

「……」

「それどころか、あーしのお尻をたっぷり堪能できたんだ。十分元は取れたっしょ?」


 この能天気で軽い口調は、どことなく現代のギャルを思わせる。

 こんな人間がプラチナバスターズの一員なのか?

 苛立ちを通り越して呆れの無言を貫く俺の耳元で、ミリッツァとロジーヌが囁く。


(まぁ、なんだ。人にはそれぞれ個性って言うものがあってだな)

(ふざけた風に見えますが、あれでもジゼル様やノエルに続く、れっきとした、ぶとうは、なのです……)

(武闘派? マジかよ……)


 チラリと横目で窺うと、ドミニクはシュシュで一本に結わった長い金髪をなびかせながら、美味そうに果実を頬張っていた。

 その視線に気が付いたのか、彼女はニコリと笑い近づいてくる。

 どこからどう見ても、そこらにいる普通の女の子だ。


「自己紹介がまだだったね。あーしはドミニク・クライトマン。プラチナバスターズの偵察班のひとり。で、アンタは?」

「俺はサワムラ・ショウ」

「ああ~、アンタがそうか。ジゼルから聞いた。異世界から変なヤツが来たってね。きゃははっ、おっかしいの! まぁヨロシクね、ショウ♪」


 ベアトリス同様甲冑を脱いでいるため、上目遣いで屈んだ彼女の体の線がよく分かる。

 実に良い肉付きを……って、そうじゃない。


「で、獣の様子はどうなんだ?」

「んー。よくないな。この間デカブツを倒されただろ? それで仲間がだいぶ殺気立ってるみたい」

「まずいな……。早急に策を打たねば」

「ところでアンタたちは何しにきたん?」

「何しに……って、君のところには情報が回ってきてないのか?」

「いーや。回ってきてるよ。ただ、聞いてなかっただけで」


(おいミリッツァ。この子、大丈夫か?)

(元からこんな調子だからな。軽く受け流せ)


「おいおい。そんなに難しい顔するなよー。あーしだってちゃんと給料分は働いてるんだからさ。この間の地震のときだって、いい連携してたっしょ?」

「まさか、ジゼルにいち早く知らせたのは君なのか?」

「ま、あーしの前にエエンヤデからもっとも近い地点Cにシルヴィがいるけどね。シルヴィ、あーし、ベアトリスの順に連携して、ジゼルに知らせたってわけ」


 と言うことは、結果として津波から辛くも助かったのはそもそもドミニクたち偵察班のおかげってことか。

 何も考えてないように見えて、実はすごい能力の持ち主なのかもしれない。


「お? 見直したって顔してるじゃーん。じゃあミリッツァ、ジゼルに来月からの給料を上げるように言っておいてくれよ」

「お前の、そうやってすぐ調子に乗るところはいかん。だいたい、今月は給料が出たばかりなのに何言ってるんだ」

「……」


 すると突然動きが止まり、顔面蒼白になったドミニクにロジーヌが突っ込みを入れる。


「まさか、使っちゃったのですか?」

「こく……」

「何に?」

「えーと……アクセサリーと、コスメと、洋服と、別冊コー・シエンウォーカー。後は……」


 ドミニクはそのまま自身の指が足りなくなるくらいの品を上げていく。

 そんな彼女の様子に、ミリッツァはため息と同時に肩をすくめた。


「あー、もういい。分かった。ジゼルにはそれとなく伝えておく。だが期待するなよ?」

「やったー♪ わんわんっ!」

「伝えておくだけだからな。それにいきなり犬みたいになるな」

「わんわん! わふっ♪ なのです」

「ロジーヌもどさくさに紛れて加わるな」


 俺の妹のセリナも、入ったバイト代をその日のうちにほとんど使ってしまって、次の給料日がくるまでみじめになることが多かった。

 なんだかドミニクを見ていると、ふとセリナのことを思い出して、情けなくても懐かしい気持ちになってしまう。

 ま、どこの世界にも、無計画な人間はいるもんなんだよな……。


「わんわんっ、わ――。んん?」


 やかましく遠吠えを続けるドミニクだったが、急に静かになって再び俺の側にトコトコやってくる。

 そしてそのまま俺の下半身を目掛けてしゃがみ込んだ。


「お、おい! いきなりなんだよ」

「くんくんくん。なんかー、ここから、良い匂いがするー」


 下半身は下半身でも、ドミニクの標的は皮袋だったようだ。

 リゼットには何かがあった時のために薬を補充してもらっている。だが、今日は薬以外のものも入れられていた。

 それは――。


「ドミニクは常人よりも嗅覚が優れているんだ。言わば犬なみにな」

「偵察班の三名はそれぞれ、嗅覚、視力、聴力に優れた人材を配置しているのです。よってドミニクは嗅覚の専門と言うことになりますです」

「そうなのか? じゃあベアトリスは……」

「ベアトリスは視力。ヤツは視力が11.0あるらしい。遠方にいる兵士の鼻毛が出てるとかも分かるみたいだぞ」

「11.0ってどんな世界だよ……」

「ま、犬なみのドミニクに知られたからにはもう観念するしかないようだな、サワムラ」

「う……。本当はこれ、エエンヤデの子供たちにってリゼットから言われてるんだけど……」


 俺はしぶしぶと皮袋からリゼット手製のマカロンを数個取り出す。


「なぁにコレ! お菓子? すっごい、宝石みたいじゃん! 食べていいの?」


 文字通り、宝石のように目を輝かせ食いついてくるドミニク。


「あ、ああ。でもあげる代わりに……って、食べるの早いよ!」

「ぱくぱく、もぐもぐ、もふもふ……。むふー♪ 分かってるって。で、代わりに何をしたらいいの?」

「獣の様子をしっかり監視していてほしい。それに、イテマエに限らず危険が迫ったらすぐに知らせてくれ。それと」


 ミリッツァがまとめた野球のルールブックを手渡し、理解しておくように促した。


「そんなことでいいの? わぁーた、わぁーた。ひまんほころはらいじょーぶらからはふはふ」

「今のところは大丈夫だからたぶん、らしいですわん♪」

「食べながらしゃべるなよ……。で、ロジーヌ、通訳はありがたいけど、もう犬はいいから……」


 その後もドミニクにこれでもかとマカロンを搾取され、ようやくエエンヤデに向けて出発することになった。

 念のため、獣の巣を刺激しないよう大幅な迂回ルートを取る。


「はぁ~、何だか異様に疲れたよ」

「ん。まぁドミニクはプラバスの中ではかなり異色の存在だしな」

「あれでも武闘派なんだろ? どうやって戦うのかまるで想像がつかない」

「ぶとうはぶとうでも、ドミニクは舞踏派だがな」

「……って、そっちの舞踏かよ!」


 ますますどうやって戦うのか分からない。改めて謎の人物だ。

 まぁ謎って言えば、これから会う人物も、他国の人間でありながら外交に同行するなんて言い出す、相当謎の人物なんだけどな……。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょ?

木から女の子の尻が降ってくると思うか? いわゆる顔騎プレイってやつやね。

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