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七回表「晴れときどき尻」①

「ぷく……」


 ガンバレヤの設備倉庫に戻った俺を出迎えたのは、何やら不機嫌な様子のリゼットである。


「ずいぶんとのんびりしてたんですね」


 そう。ジゼルたちが半ば突発的に始めた演奏会によって、帰国時間を大幅にオーバーしてしまったのだ。

 この件についてはジゼル自身も謝罪し、ことなきを得た……かに思えたが、何故か俺だけが未だ詰問を食らっている。


 理由は明確だ。

 イテマエを出る前、ヴィヴィアンヌに野球道具一式を渡す代わりに、食料とお菓子を貰ったまではいい。

 問題はもうひとつ。明日の予定だ。

 彼女に対し、エエンヤデに外交に行く旨を話しところ、


『それでしたら是非わたくしもご一緒します。きっとお役に立ちますわ!』


 などと言う始末。

 外交に、他の国の人間が同行するなんて聞いたことがない。

 ないのだが、


『では、明日のイチゼロマルマルに、エエンヤデ正門近くのクロマツ下で待ち合わせしましょう。遅れちゃ、ダメですわよ♪』


 ウィンクとともに、まるでデートにでも行くような言い方をするものだから、リゼットの機嫌も悪くなったと言うことだ。


「ショウさん。あなたは紛争を止めるため、子供やお年寄りの未来のために外交に行ってるんですよね?」

「あ、うん……」

「レティシアさんとサンドラさんを助けたまでは良いです。でも、やきう勝負の報酬がショウさん自身になったと言うのは納得できません」

「それに関しては、俺も納得してないんだけど……」

「どうせヴィヴィアンヌさんの口車に乗せられたんでしょう? じゃあ私も一緒に行きます」

「じゃあ……って。いや、ちょっと待て。まだ足が完治してないんだろ? 無理だよ」


 リゼットの右足首には今もなお包帯が巻かれ、松葉づえをついている痛々しい状態だ。


「大丈夫です。だいじょう――」


 リゼットが意気込み、前に歩き出そうとした際、ふいにバランスを崩した。


「きゃっ!?」


 慌てて、俺は彼女の体を抱きかかえる。


「ほら、言わんこっちゃない」

「う、うう……ぐす……っ」

「どこか痛むのか?」

「いえ。そうじゃないんです。悔しい……。私、こんな大切なときに怪我しちゃって……。何の役にも立たなくて」


 リゼットは大粒の涙を溜め、上目遣いで訴える。


「何を言ってるんだ。リゼットがいなかったら、そもそも俺も生きてないし、外交の話も進まなかった。ここまでこれたのは君のおかげだよ」

「本当、ですか……?」

「ああ」

「ふふっ、ショウさん。やっぱり優しい。それに温かくて、まるでお兄様みたい……」


 以前、津波がすぐそこまで迫っていると言う切羽詰まった状態で、リゼットが口にしたお兄様と言う単語。

 ミリッツァから断片的に話を聞いていることを伝えると、彼女はさらに表情を緩めた。


「ショウさんを初めて見たとき、本当に驚いたし、嬉しかった。帰ってきてくれたんだ……って。たとえ後で人違いと分かっても、私はとても幸せな気持ちになりました」

「リゼット……」

「置手紙の温もりだけを頼りにプラチナバスターズの一員として活動をしてきた私に舞い降りた希望。それが、あなたです」


 手紙の件もミリッツァからそれとなく聞かされている。

 俺は内心、これ以上の詮索は無粋とは思いつつも、尋ねずにはいられなかった。


「その手紙には何て書いてあったんだ?」


 リゼットは一拍置き、しっかりと俺の目を見ながら答えた。


()()()()()()()()()。ただ、それだけです」


 その言葉を聞いて、ふと俺の脳裏にエエンヤデでリゼットとオリヴィアが剣を交えたときの映像がフラッシュバックする。


 リゼットが過剰なまでに他人に優しく接するのも、人であると言うことの誇りであるし、オリヴィアに対し激昂したのも、騎士であることの誇りなのだろう。

 つまり彼女は、ここに至るまでずっと、兄の教えを糧に歩んできたことになる。


「リゼット、お願いだ。せめて足が完治するまでは、ワガママを言わず待機していてくれないか」

「ショウさん……」

「ここで無理をして余計に酷くなったらどうする? ガンバレヤの子供たちも、お年寄りも、元気になったリゼットの姿が見たいんだぞ」


 リゼットをエエンヤデに連れて行くのを避けたい理由は怪我の他に、実はオリヴィアに会わせたくないと言うものもあった。

 あれだけの剣戟をしでかしたのだ。次も起こらないとは限らないし、次も無事で済むとは限らない。


「分かりました。今回の遠征は我慢します。でも、代わりにひとつお願いがあります」

「お願い?」

「私と一日、デートしてください」

「で、デートって……」

「いいですよね?」

「う……」


 胸元を掴み有無を言わせぬその迫力に、


「……」


 俺は思わず首を縦に振るしかできなかった。


「……じゃないとイヤですから」

「えっ、今なんて?」

「お兄様であり、お兄様以上の関係じゃないと、私イヤですから」


 どういう意味だ?

 真意も掴めぬまま、俺はリゼットに肩を貸しつつ自宅へと送り届け、再度詰所へと戻ったところで、大きな箱を前に抱えたミリッツァとロジーヌに出くわした。


「おー、いいところにきた。ちょっと手伝ってくれ」


 ミリッツァは大きな箱の横から顔だけひょっこり出して言う。


「あ、あわ……あわわ……」


 ロジーヌに至っては、箱からツインテールが伸びている構図になっており、前がまったく見えていないような足取りだ。

 ふらふら、ふらふらと、とても危なっかしい。これは、いつものパターンだと――。


「あ、ぁぅぅ……。ん、んぅ、ぁ、あれっ、と、ととッ……んっ、ぁきゃぁぁッッ!!??」


 やっぱり足を踏み外した。

 予め彼女の前に立っていた俺は、箱と体を同時に押しとどめた。


「あ、ありがとうございましゅ!」

「いや。気にするな。あ、これはもしかして……」

 

 箱の中に入っていたのは、いわゆる消波ブロック(テトラポッド)と言うやつだ。

 

「試作品を持ってきた。後はこれを量産していけばオリヴィアに歩み寄るきっかけになる」


 素材はやはりガンバレヤの石なのだろう。

 ロジーヌの体の半分くらいの大きさにもかかわらず、軽くて丈夫な感じが手触りから伝わってくる。


「ああ。オリヴィアと言えば、明日の遠征にはリゼットを連れて行かない方がいいと思うぞ。また言い争いになるかもしれないからな」

「一応、その件に関してはさっきお願いしておいたよ。怪我が治るまで待機していてくれって」

「まったく……リゼットはお前のことが気になってしようがない感じだな」


 ミリッツァは、少しだけ口元を緩めた。


「たしかに、さっきもめちゃくちゃ言い寄られたよ」

「だろうな。それに聞いたところによると、あのヴィヴィアンヌを上手く丸め込んだらしいじゃないか」

「互いの国の不足している部分を補って助け合おうと言っただけさ。彼女も、話の分かる人で安心したよ。初めは面を食らったけどね」

「と言うことは、イテマエとの外交は成功したってわけだな」

「獣にやられて傷ついたレティシアとサンドラの治療もジゼルたちがしてくれたし、併せて良い方向に向かっていると思う」

「それで思い出した。ジゼルとミシェルとサラも、明日の遠征には参加できないらしい」

「そうなのか?」

「ん。何でも、楽器を作って子供たちに贈りたいとか言って、さっきも……なぁ? 素材が欲しいってロジーヌのところへやってきたんだぞ」

「は、はい。笛を作るらしいです」

「笛か。なるほど……」


 俺はイテマエの緑地公園で行われた演奏会について、かいつまんで話す。


「ジゼルの父親は手先が器用だったらしいからな。その血を引いてるんだろう」

「ジゼルたちが遠征に行けないとなると、他に誰が――」

「消波ブロックのコトもあるし、ボクとロジーヌは同行。後は……どういう経緯か知らないが、ヴィヴィアンヌと待ち合わせしてるんだろ?」

「な、なんでそれを! まだリゼットくらいにしか話してないのに……」

「ふん。ボクの情報網を甘く見るな。ベアトリスからの報告も上がってるんでね。ま、一番最初に伝えられたのは、お前にケツを揉まれたからもうお嫁に行けないってものだったけど」

「ケツを揉むって……。サワムラさん、酷いのです! 最低なのです!」


 そう言って、ロジーヌは軽蔑の眼差しを向ける。


「ち、違うって。それは誤解で、たまたま俺が尻餅をついた手の先に、彼女のお尻があったってだけで……」

「ま、なんにせよサワムラ。お前はヴィヴィアンヌと言い、ジゼルと言い、ベアトリスと言い、いろいろなところにちょっかいを出しているようだな。これじゃ、リゼットも気が気じゃないわけだ」

「なんでそこでいきなりリゼットが出てくるんだよ?」

「やれやれ。男の鈍感は罪だな」

「まったくなのです」

「え? どういうことだ?」


 俺の疑問にもミリッツァは軽く微笑み、ロジーヌも呆れ顔をするばかりで何も答えてくれない。そして、勝手に会話は進む。


「鈍感大バカモノはさておき、ひとつ気になるのは獣の問題だな」


 ベアトリスの報告によれば、獣の発生源である巣はイテマエのはるか西に存在しているらしい。


「詳しく位置情報を調べたところ、どうやら地点B。つまり、偵察班のドミニクが待機している箇所の近くの洞窟のようだ」

「危険じゃないのか。そんな近くで待機してて……」

「刺激さえしなければ大丈夫らしい。蜂の巣みたいなもんだ」

「逆に言えば、刺激しようものならタダじゃすまないってことか」

「だろうな。でも対抗しようにも、あいにくボクやロジーヌは戦闘向きじゃない。分かるだろ、こんなにか弱い乙女なんだぞ」


 それは胸を張って言うことなのだろうか?


「じゃあ、まずは動向を探るだけってことか」

「ふふ……」


 ミリッツァはそのままの姿勢で続ける。


「そこでだ。うまくヤツをけしかけようと思ってるんだ」

「ヤツ?」

「オリヴィアさ。ヤツの持つオプスキュリテに少し活躍してもらおうと思ってな」


 オプスキュリテは、ひとたび斬られれば出血が止まらなくなり、ものの数分で命を奪うエモノだ。

 人に使われればもちろん恐ろしいが、それは獣に対しても同じ……。


「うまくヤツを丸め込めば、獣を一掃してくれるかもしれない」

「でも、オリヴィアは一筋縄ではいかない性格だったぞ」

「そこで役に立つのが、何の因果か知らないが、同行に買って出たヴィヴィアンヌだ」

「ヴィヴィアンヌが? なんで――」


 待てよ……。たしか初めてイテマエに行ったときの帰り際、リゼットと彼女が言い争っているとき、たしかに……。


(エエンヤデには古くからの知り合いもいるって言ってたよな。まさか、オリヴィアのことなのか?)


「とにかく、明日は早朝から出発する。せいぜい寝坊をしないように気を付けるんだな。心配ならボクが起こしてやるぞ」

「頼むから普通に起こしてくれよ……」

「普通ってベーゼか? ふふっ、サワムラ。まさかこのボクもその気にさせようって言うのか? そしてゆくゆくはロジーヌも手中に……」

「その気ってなんだよ」


 そう言えば、さっきからロジーヌの気配が消えていると思ったら、彼女は部屋の隅っこの方で直立不動のまま寝息を立てていた。


「昨日も無理をさせたからな。どうやら、潮時のようだ」

「じゃあ俺も寝ることにするよ」

「ん。じゃあお休み前のベーゼを――」

「お休み」


 唇を尖らせ近づくミリッツァのおでこを、俺は軽くデコピンしていなす。


「照れるなよ。ボクとお前の仲だろ?」

「お休み」


 その後も何度かくんずほぐれつし、やがて夜は更けて行った――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

リゼットとのデートフラグげっと。

ここでミリッツァとキスしてたらミリッツァ孕ませルートでした。


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