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六回裏「未来への共同戦線」③

 待っている側と待たせている側。

 このふたつの時間の流れ方はどう考えても同じではない。


 また、嫌いな時間と好きな時間についても、だ。

 苦手な物理と数学の授業は果てしなく長く感じるし、得意な体育とお昼の休憩時間は光陰矢の如く過ぎていく。

 きっと時間をつかさどる神様が、誰も見ていないところで分針をいじって遊んでいるんだろう。

 

 そう。今だって――。


 いくら待てどもジゼルたちは現れず、さすがに待ちくたびれた俺は、住居の壁に背を預けるようにして座り眠りについていた。

 コー・シエンにきてから、どんなところでも眠れるようになった。この適応力って地味に凄いと思う。

 しかも、敵国のど真ん中で。


「まったく。我はキサマの姉ではないんだがな」


 どんなところで眠れるようになったのはいい。

 だが、もうそろそろで本格的な睡眠へと心と体が移行した際、決まって横やりが入るのも恒例となっていた。


「そんなに隙だらけだと、何をされてもしらんぞ?」


(あれ? このセリフ、どこかで……)


 淡い記憶が俺の脳内にゆっくりと構築されていく。

 ああ。たしかこのセリフの次は、温かで、柔らかくて、幸せな感触が優しく包んでくれたんだよな……。


 ぎゅ。


 そう。こんな風にぎゅって。


(ぎゅ?)


 ぎゅぅぅうううう……。


 いや、こんな風じゃない!

 ……って、いったい誰だよ、さっきから俺の頬を引っ張ってるのは!?


「ようやく起きたか」

「ジ、ジゼル……!? い、いでででで!!!!」

「キサマ……我に対し待ってるとか言っておいてどうしてのんきに寝ていたのだ?」

「あ、あまりに待たされるもんだから、つい……」

「そんな子供染みた言い訳が通用すると思っているのか。だいたい治療を望んだのはキサマだろう。寝て待つなんて随分と良い身分だな!」

「わ、悪かったよ。ジゼルたちばかりに働かせて。今後は俺が――」


 ようやく指が離され、真っ赤になった部分を擦りながら俺は恐縮した。


「ふ……はははっ! そう。その顔だ! ベアトリスにひっぱたかれて落ち込んだ情けない顔。実に滑稽だ!」

「もう勘弁してくれよ……」

「これはおかしい! あはははッッ!!」


 騎士団長と言う仮面が外れ、ひとりの少女のようにはしゃぐジゼルの姿に、その場にいる全員が息を飲む。


「ふぅ。笑い過ぎて少々疲れた。おいヴィヴィアンヌ、この辺りに少し腰を下ろせるような場所はないか?」

「え、ええ。この道を真っ直ぐ進めば緑地公園がありますわ」

「恩に着る。では少し休ませてもらうとするか。ショウ、キサマはその間、やるべきことをしておくのだぞ」

「あっ! わ、私もご一緒します!」

「わたくしも!」


 ニコニコと上機嫌で石畳を鳴らすジゼルの後ろを、ミシェルとサラが慌てて追いかけていく。

 三人が立ち去った後、ヴィヴィアンヌは手近のベンチに俺を誘導し、今までの経過を簡単に話してくれた。


「本当に感謝しますわ」

「俺は何もしてないさ。それに、最終決断を下したのはジゼルだ」

「そのジゼルのことなんですけれど……何だか雰囲気が変わりましたわね」

「雰囲気?」

「ええ。わたくし、数年前からジゼルとは少なからず交流がありまして。でも、あんな風に笑うのは初めて見ましたわ」


 彼女の言うことももっともだ。

 俺がジゼルに初対面で感じた印象は、怖く、どこかとっつきにくい、冷酷な人間。それは紛れもない事実なのだから。


「以前はどんな感じだったんだ?」

「もっとこう……。常に焦燥感とでも言うのかしら。そう言ったものをまとい、同時に少し近寄りがたい空気も出していましたわ」


 ヴィヴィアンヌもまた、俺と同じように感じていたようだ。

 だが、ジゼルと向き合い、話すきっかけができたことによって、そんなイメージは徐々に払しょくされていった。


「いや。ジゼルは何も変わってないさ。おそらく、あんな風に笑うジゼルが、本来のジゼルなんだろう」

「本来の、ジゼル?」

「騎士団長としての重圧、国の問題、妹の病気のこととか色々なものが重なり合って、彼女の本来の姿を見えなくしていたんだと思う」

「あの、妹さんについて何かご存知ですの?」


 俺は内心、その質問にギクリとした。


「病を患っていると言っていましたが、そんなに深刻な……?」

「申し訳ないけど、その答えについてはジゼル本人から聞いてくれないか」

「あっ……! そ、そうですわよね。ごめんなさい……」


 さすがに踏む込み過ぎたと思ったのか、ヴィヴィアンヌは素直に詫び、肩を落とす。


「ところで、野球外交の話は団員にしてくれたのか?」

「は、はぁ。皆少々困惑しておりますが、ひと通り聞いてくれましたわ」


 ガンバレヤは食料が不足し、いずれ飢餓で国が壊滅する可能性がある。

 イテマエは薬が不足し、満足な治療をすることができない。さらには、獣の被害も今後よりいっそう加速する危険性がある。


「紛争で領土を奪い取るなんて考えはもう古い。ここは、両国手を取り合って互いの問題を解消しつつ、領土を共有する方法をとってみてはどうだろう?」

「しかし、それでは今まで培ってきた少女騎士団としての存在意義が……」

「そこで登場するのが野球だ。紛争の代わりに野球で勝負をつける。今から少女騎士団のゴールデンファイターズは、白球の少女騎士団ゴールデンファイターズに生まれ変わるんだよ」

「白球の、少女騎士団……」

「ヴィヴィアンヌ。聡明で仲間思いの君なら分かるはずだ。紛争の無意味さが……」

「そ、聡明って。たしかにそれは紛れもない事実なのですけれどー、面と向かって言われるとさすがに照れますわ~♪」


 ヴィヴィアンヌはクネクネと体を揺らし、ふいに俺の肩へと寄り掛かってきた。

 そのときである――。


「ッッ!?」

「ど、どうした? いきなり怖い顔して……」

「ムッシュ・サワムラ。先ほどあなた、ジゼルの雰囲気は変わっていない。あれが本来のジゼルだと言いましたけれど……」

「……?」

「嘘をついてますわね。そもそも変わるきっかけを作ったのは、あなたでしょう!?」

「な、何を言って……」


 とうとう、ほぼゼロ距離と言うところまで近づいたヴィヴィアンヌは荒い口調のまま、俺の首筋に自身の鼻を近づける。


「だって……すんすんすん。この匂い、ジゼルの香水ですわよね?」


 鎖骨にかかった彼女の吐息が、俺の全身を震え上がらせる。


「つまり、あなたとジゼルは互いの匂いを交換するくらいに体を寄せ合った。その際、何かきっかけを作ったのですわ!」

「い、いや。それは違う……」

「いーやそうですわ! ムキー! そうでもなければあの朴念仁ぼくねんじんがあそこまでヘラヘラするなんてありえませんもの!」 

「ヘラヘラって……。別にそこまではしてないだろ」

「ムッシュ・サワムラ。女性を甘く見ないでください」


 そう言って突然ベンチから立ち上がったヴィヴィアンヌは、俺の鼻先にビシッと人差し指を突きつける。


「分かりましたわ。プラチナバスターズとのやきう勝負、お受け致しましょう。ただし、領土とは違った報酬を用意していただきますわ」

「報酬……? なんだよ、それ」


 未だ、ヴィヴィアンヌの白くて細い指は俺の顔を指したままだ。と言うことは?


「あ・な・たですわ。勝った団が、あなたを好きにできる」

「な、なんだって!」

「お二人とも! 今の話、聞きましたわね!?」

「はい。たしかに」

「サワムラ様も、やきうで勝った団に好きにされても良いとしっかり明言されました」

「うわぁぁ!!」


 突如、影からヌルッと染み出るようにして、ごく自然に会話へと参加するアネットとクラリス。

 多少は慣れたとは言え、こうもいきなりではたまらない。


「ちょ、俺はそんなことは言ってないぞ!!」

「ヴィヴィアンヌ様が言ったと言えば、何が何でも言ったのです」

「ヴィヴィアンヌ様のためでしたら、たとえ火の中水の中。やきうでも何でもやりましょう」

「……」


 女性三人から見下ろすような形になった俺は無抵抗を余儀なくされる。


「ふふっ、楽しみですわ。笑うようになって少しばかり可愛くなったジゼルの面前で、ムッシュ・サワムラとのイチャイチャをこれでもかと見せつける……なんて甘美で小気味いいことでしょう!」


 背後にパッと薔薇の花を咲かせて天高く笑うヴィヴィアンヌに、ドッと疲れが沸き起こる。

 いや、理由はどうあれ、イテマエとの野球外交が良い方向に向かってきたのは間違いない。

 報酬に俺が追加された件は、ひとまず聞かなかったことにしよう。そう、聞かなかった――。


「楽しみです。やきう」

「ヴィヴィアンヌ様の話を聞いて、実はやってみたかったんです」


 兜を被っているため、表情はうかがえないが、いささか興奮した様子の側近ふたり。

 彼女たちの声の抑揚の違いまで何となく分かるようになったのは、それだけ俺がイテマエの空気に馴染んだってことかもしれない。

 そう。何気なく言った空気に意識を集中すると、どこからか風に乗って笛の音のようなものが聴こえてきた。


「あら? この音はなんですの」

「これは……笛の音じゃないか」

「ふえ?」

「知らないのか?」

「え、ええ」


 ヴィヴィアンヌの反応から察するに、イテマエ自体楽器に馴染みがなさそうだ。でも、そんな国になぜ笛の音が響く?

 笛を持っている人物。笛を吹くことができる人物なんて俺の近くにいただろうか?

 

(いや、いる……)


 ジゼルだ。


 昨日マリナを紹介された際、サイドテーブルに笛のようなものがたしかに置かれていた。

 これは、その笛の音なのだろうか?


「見に行ってみよう」

「分かりましたわ」


 ◇◆◇


 向かった先は緑地公園と呼ばれ、イテマエ国民にとって憩いの場として親しまれているところらしい。

 そこには、ヴィヴィアンヌが思わず目を見開くほどの驚きの光景が広がっていた。


 それほど大きくない公園を埋め尽くすほどに集まった、子供からお年寄りまで年齢や性別を問わない大勢の人。

 その中心にいたのが、ジゼルとミシェル、サラであった。

 ジゼルは俺の予想した通り、あの曲がった笛を吹き、観客を魅了していたのだ。

 さらにはその演奏に合わせ隣にいるふたりが歌を唄い、やがて観客たちも口ずさむようになる――。


「これは、天使の歌……」

「ヴィヴィアンヌ。知っているのか?」

「え、ええ。その昔、地図に載らない辺境の村で、娯楽の代わりに唄われていたものと聞いたことがありますわ」

「……」

「ちょっとムッシュ・サワムラ。さっきからジゼルばっかり見てますけれど。まさか見惚れてるとかじゃないですわよね?」


 彼女にはもう下手な嘘は通用しないと悟った俺は、せめて問いにははいかいいえで答えることにした。


「少しだけな」


 内容はさておき、その方が少なからず誠実さは伝わるだろう。


「……悔しいですケド、たしかに今のジゼルはそこそこキレイですわ。でも、もっとキレイなのは――」


 人込みの間を縫うようにたたっと駆けだすヴィヴィアンヌ。


「「ヴィヴィアンヌ様です!!」」


 その背中を、追いかけるアネットとクラリス。

 程なくして、彼女たちは手を取り合い、歌と演奏に参加する。

 紛争を控えた敵同士が紡ぐ華やかかつ奇妙な

 俺はその光景に、ふとガンバレヤとイテマエの未来の姿を重ね合わせた――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

ジゼルの特技は笛。ミシェルとサラは歌担当。スポーツに国境がないように、音楽に国境はないって話やね。

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