六回裏「未来への共同戦線」①
「待て。お前たちはプラチナバスターズの……疾風のジゼル殿ではないか。エモノを構えてどういうつもりだ」
休戦中にもかかわらず剣を抜いているジゼルたちに対し、フランツの顔にも緊張が走る。
「フランツ。キサマは自国の危機に気付いていないのか?」
「なんだと……?」
「レティシアとサンドラは重傷を負ったらしいな」
「な、何故それを!?」
「その諸悪の根源である獣が再び貴国に迫っている。至急、ヴィヴィアンヌに合わせて欲しい」
「いきなりやってきて何を言う!? そんなことができるわけないだろう!」
しびれを切らし、フランツもとうとう腰に備えられた剣の柄に手をかける。
「国境警備隊の名にかけて、ここはネズミ一匹たりとも通さん! さっさと立ち去れ!!」
「ふっ。職務に忠実な人間は嫌いではない。ミシェルやサラにも見習わせたいところだ。だが、今は一分たりとも時間が惜しい。できればこの策は使いたくなかったが……」
「……?」
ジゼルは懐から一通の封書を取り出すと、しかめっ面のフランツに押し付けた。
「リゼットから預かったものだ」
「り、リゼット殿からだと!?」
手紙はたった一枚。しかも、文言もそれほど多くはない。にもかかわらず、フランツはその一字一句を余すことなく熟読していった。
そして――。
「ジゼル殿、貴方に従おう。で、何をすればいい?」
この変わりようである。
手紙に何が記してあったかは知らないが、効果はテキメンだ。
「今から五分後に大型の獣がやってくる。至急ヴィヴィアンヌに伝えるんだ。プラチナバスターズが加勢に来たとな」
「分かった。他には?」
「キサマたち国境警備隊の力も必要だ。全員速やかに正門へと周り、国民に被害が出ないよう全力で警備にあたれ!」
「はっ、承知しました!」
ジゼルの活に、国境警備隊が動き出す。
「よし! 我らも行くぞミシェル、サラ!」
「「はい!」」
◇◆◇
徐々に強くなってくる、おぞましい気配。身の毛もよだつ下卑た咆哮。そして、濃い血の匂い……。
「くぅ……。こ、こんなときにまた獣が出るなんて。アネット、クラリス、全国民に向け非常事態宣言を発動! 安全が確保されるまで一切の外出を禁ずる!!」
イテマエ国正門前に陣取ったヴィヴィアンヌは、冷や汗をかきながら弱々しい号令を発した。
「ハッ!」
「承知!」
心なしか、アネットとクラリスの語気も弱く小さい。
いや、違う――。
それらをかき消すほどの雄叫びがその場を包み込んだからだ。
グオオ……ガルルルゥゥ……ッッ!!!
「き、来ましたわねっ……」
手当り次第に田畑を荒らし、人に危害を加えてきた諸悪の根源が、はるか前方からとてつもない速さで突っ込んでくる――。
「わたくしたちの領土に土足で入り込む不埒な輩は――」
ヴィヴィアンヌはおもむろに腰に備えられた鞘から剣を抜く。
「シュルマイスター家に伝わる、この聖剣リュミエールでお仕置きしてさしあげますわっ!!」
刀身が淡い光に覆われた煌びやかな剣。
しかし、その切っ先は小刻みに震えていた。
なぜなら……。
ヴィヴィアンヌの脳裏には、負傷したレティシアとサンドラの深い傷跡が焼き付いているからだ。
本来、前衛を任されているこのふたりは、ちょっとやそっとの傷や怪我にはびくともしない強靭な肉体の持ち主である。
そんな彼女たちが、いとも簡単に倒れ、予断を許さない状態とは――。
(もし、わたくしが攻撃を受けるようなことがあったら……)
思わず、背筋が凍る。
「ヴィヴィアンヌ殿!」
そこへ、転がるように駆けてきた数人の兵士。
「フランツ!? 国境警備隊のあなたたちがなぜここに?」
「話は後です。ひとまずイテマエ正門の警備は我々にお任せ下さい! それと、獣の注意は現在、プラチナバスターズの面々が引きつけてくれているようです!」
「プラチナバスターズですって?」
「ハッ。ジゼル殿筆頭に、イテマエに加勢に来た……と」
「加勢? あっ……」
突如、一陣の風がヴィヴィアンヌの金髪をなびかせる――。
その視線の先の平野では、獣を取り囲むようにして動き続けるジゼルたちの姿があった。
「あの陣形は、扇の陣……」
三名で扇形を作り、その中心に敵を追い込み仕留める。
結成当時、まだそれほど頭数の多くなかったプラチナバスターズが、少人数でも最大の力を発揮できるよう開発した特殊な陣形。
時間の経過とともに扇形をどんどん狭めていき、敵の行動範囲を狭める。特に素早い動きをするものには効果は絶大だ。
ジゼルたちはあっという間に獣の自由を奪い、主導権を握り始める。
瞬きすら許されぬ疾風の太刀。
背を向けることも叶わぬ蒼き槍。
一矢ずつ、着実に動きを鈍らせる正確無比なクロスボウ。
(これが、プラチナバスターズの連携。なんて華麗な……)
ゾクゾクと、先ほどとは違った意味で背筋が凍るヴィヴィアンヌ。
(しかし、あの獣はわたくしたちイテマエ国の問題……。ただ傍観しているだけと言うわけにはいきませんわね)
「ヴィヴィアンヌ様!」
「全国民に向け、発動完了致しました!」
「ありがとう。アネット、クラリス。さっそくで悪いのですけど……」
彼女の持つ聖剣リュミエールの刀身はもう震えてはいなかった。
「わたくしたちもいきますわよ!」
さらには、その表情にも若干の余裕を見せ始めていた。
◇◆◇
一方、平野では動きの鈍くなった獣を、ジゼルたちがとどめを刺すべく追い詰めにかかっていた。
「サラの毒矢が効いているようだ!」
「あの距離からよく当てるなぁ……」
先ほどまでは目にも止まらぬ速さで爪や牙を振るっていたにもかかわらず、今は鼻息を荒くし、立っているのがやっとのように見える。
「ジゼル様とミシェルが隙を作ってくれたおかげですわ」
サラの放った矢の先端には、リゼットの作った即効性の毒薬が塗り込まれており、傷口から入り込むと、しびれやめまいと言った症状が即座に現れる。
しかも狙ったのは手足で、相手の生命線とも言える箇所を的確に射抜いていた。
グル……グルルルゥ……。
「ミシェル、とどめを刺すぞ!」
「はいッッ!!」
ジゼルは正面から、ミシェルは背後から、それぞれ渾身の一撃を叩きこむ。
硬い獣の皮膚を砕き、貫通させる鈍い音が鼓膜に響く――。
…………
………
……
程なくしてどす黒い血しぶきが上がった。
手応えは十分。
グ……ギャゥゥ……ォォォ!!!
断末魔のうめき声とともに、獣はゆっくり地へと沈んでいく。
…………
………
……
「ふぅ。ようやく退治できたな。それにしても、何て皮膚の硬さだ」
「まるで鉄を叩いているような感じでしたね」
「我々だけではらちがあかなかったかもしれん。サラ、お前の毒矢が功を奏した。ありがとう」
「恐悦至極に存じますわ」
「さ、ひとまずイテマエの方へと向かうか」
獣の亡骸を背に、歩き出そうとするジゼルたち。
だが――。
グル……ガルルゥゥ……。
未だ、獣は闘いの意思を失っていなかった。
その気配に気が付かなかったのは、ガンバレヤの騎士たちに獣退治の経験が少なかったからだろう。
あれだけの血を流し、あれだけの傷を負わせればさすがに息絶える……そんなおごりが、鋭い牙となって再度彼女たちに襲い掛かる。
「な、なにっ!?」
血だまりの中、妖しく揺れる眼光と鋭利な爪――。
それらはたった今、納刀し終わったばかりのジゼルに向けられた。
「「ジゼル様っ!!」」
(し、しまっ……!)
ミシェルもジゼル同様、すでに戦闘状態を解除しており、再び臨戦態勢へと戻るには、若干の時間を要する。
そしてサラは、そもそも接近戦向きでない。
つまり、誰も反撃のカードを持っていない……?
(くっ……! 我としたことが。まさかこんなところで死ぬのか……?)
グオオオオオォォォォッッ!!!!
打開策を考える暇もなく、獣の爪は無常にも面前へと迫っていた。
(ああ、許してくれマリナ。お姉ちゃんは、もう……)
「さっきからな~にボケッと突っ立っているんですの!?」
「えっ……?」
「ま~ったく。ちょっと劣勢に立たされたくらいですぐさま凹んでしまうような弱気な性格で、よく騎士団長の座に就いておりますわね?」
突如、割り込んできた皮肉たっぷりの声、ボリュームのある金髪、あまり好みではない香水の匂い、さらには周囲を包み込む温かい光。
そのすべてにジゼルは覚えがあった。
(聖剣リュミエールの加護……)
オプスキュリテと相反する存在のリュミエール。
剣を振るう者たちにとっては憧れの存在……。
ジゼルもまた例外ではなく、名家の出であるヴィヴィアンヌに対しては羨望と嫉妬を織り交ぜたような感情を抱いていた。
「アネット、クラリス! 後ろをお願いしますわ!!」
「「かしこまりました!」」
レイピアを構えたアネットとクラリスは大きく跳躍し、獣の背後へと回る。
そしてヴィヴィアンヌは聖剣リュミエールから放たれる光で獣の目をくらまし、一気に距離を縮めた。
「ジゼル! あなたの力も必要ですわ!! 早く剣を抜きなさい!!」
「……!?」
空気が一気に張り詰める。
「こいつの弱点は顔……。同時に顔面へと叩きこみますわよっ!!」
「承知!」
地を蹴ったジゼルはヴィヴィアンヌと息を合わせ、標的に向かって剣を突く。
すでに深手を負っている獣には最早四方から襲い掛かる太刀をかわす術もなく、ただ黙って自らの命が朽ち果てて行くのを見ているだけ。
呼吸が止まり、瞬きも許さぬ、その瞬間――。
突き、刺し、抉り、引き抜く。
…………
………
……
まさに絶命へと導く烙印を刻まれた獣は、今度こそ抵抗をすることなく崩れていった。
「はぁ、はぁ、はぁッ……」
「す、すまない。ヴィヴィアンヌ」
「ハッ。相変わらず温い太刀ですコト! そんな体たらくですから、クソ雑魚い獣に寝首をかかれるハメになるんですわ。でも……」
「……?」
「ありがとう。あなたたちが加勢に来てくれていなかったら、今頃わたくしたちがやられていましたわ」
「む。キサマが面と向かって礼を言うなんて珍しいな」
「ムキー!! 先日、ミリッツァにも同じことを言われましたわ! わたくしだって人の子、感謝ぐらいはしますから!」
「ふふっ、はははっ。そう怒るな。我は褒めてやってるのだぞ?」
「余計なお世話ですわ!」
「……く、くくっ。ふははっ! すまない!」
「えっ」
ヴィヴィアンヌがジゼルの満面の笑みに驚いているよそで、ミシェルとサラが合流をしてきた。
「ジゼル様、ご無事で!」
「これはヴィヴィアンヌ様。お初にお目にかかります。わたくしはサラ・ラグレーンと申します。どうぞよしなに。そしてこちらが――」
「ミシェル・アジャーニと申します」
「あなたたちの動きも実に見事なものでしたわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「右に同じ」
事態が収拾し、和気あいあいと談笑に耽るジゼルたちだが、これでも紛争を控えた敵同士なのである。
事情を知らない者たちにとっては、異様な光景に映ったことだろう。
フランツは非常事態宣言を解除しに国中を回った後、持ち場である国境警備棟へと戻り、アネットとクラリスもヴィヴィアンヌの背後へと消えて行った。
一方、獣を無事撃退した知らせをベアトリスから聞いた俺は、その足でイテマエ国へと向かっていた。
「無事か!?」
「ショウ。ああ、我はだいじょう――ぶはっ!」
「ムッシュ・サワムラーーー♥」
ジゼルの体を押しのけ、光沢をまといながら乙女走りで駆け抜けるヴィヴィアンヌ。
そのまま、全体重をかけるようにして俺に飛びついてきた。
「う、うわっ!」
「ああーん。わたくし、あんなでかい獣に襲われて、とても怖かった~! でも頑張って退治しましたからぁ、ご褒美が欲しいですわ~」
媚びた猫なで声が、場の空気を凍りつかせる。
「ヴィヴィアンヌ。近いよ……」
「それで、今日はどんな用でいらしたんですの? まさかわたくしに会いに?」
「ま、まぁ。それもあるかな」
本来の目的は野球外交と、重傷を負ったレティシアとサンドラの治療、そして半ば突発的に発生した獣の退治である。
だが、その目的を達成するには彼女の協力は不可欠だ。以前ミリッツァから助言を貰ったように、彼女の性格を考慮しとりあえず相槌を打っておく。
「嬉しいですわっ! じゃあさっそくどこかでお話しませんこと? もちろんふたりっきりで……」
「そうしたいのもやまやまだけど、俺たちは君の仲間の治療に来たんだ。怪我をしたんだろ? 案内してくれないか」
「どうしてそれを……!」
「話はあとだ。今は一刻を争う」
「わ、分かりましたわ。ではこちらへ」
それまで夢見がちであったヴィヴィアンヌの表情が途端に険しくなる。
俺たちは足早で進む彼女の背中を追いかけるように、イテマエ国内部へと足を踏み入れて行った。
「あの、ムッシュ・サワムラ。ここまで案内しておいて、大変申し訳ないのですが……」
しばらくしてたどり着いた小奇麗な住居。
ヴィヴィアンヌは入り口の扉を開ける前に、俺と向き合う。
「ここからは、その……男子禁制なんですの」
彼女は禁制の理由をあえて濁し、それ以上を口にしようとはしなかった。
(もしかすると、レティシアとサンドラのふたりは体を傷つけられたのかもしれないな)
同性ならまだしも、初対面の異性に傷跡を見られるのは抵抗があると思っての発言なのだろう。
「分かった。俺はここで待ってる」
「ご理解頂き感謝しますわ」
「では、治療は我々で行おう。サラ、お前はたしかリゼットに教育を受けていたな?」
「はい。まだまだ至らない点はありますが」
「よし。ミシェルも一緒にくるんだ。武闘派のお前も、今後薬学の知識が必要になるときが必ずやってくる」
「はっ。かしこまりました」
「ショウ、皮袋を。治療には少し時間を要しそうだ」
「ああ」
しかたがないが、ここはジゼルたちに任せるしか方法はなさそうだ――。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?
野球小説なのに熱いバトルシーンと傷の治療シーンもある! 一粒で二度美味しい、それがにわか野球フリーク!