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五回裏「騎士の資質」③

 詰所を出てから数分歩いたところにある、とある民家。

 夜が更けていることもあり、できるだけ物音をたてないようにしろと言うジゼルの指示に、俺は従った。

 室内は、窓から月明かりがかろうじて差し込んでいる程度の明るさで、夏にもかかわらずひんやりとした空気が漂っていた。

 こんなところに会ってほしい人なんているのか?

 俺は半信半疑ながらも、彼女が開けた扉の先を窺う。すると、そこには――。


 上半身を起こす形で、ベッドに沈むひとりの女の子。

 彼女は微動だにせず、ただじっとカーテンがわずかに開いた窓の方を向き続けていた。

 体の線も細く、歳の頃も分からない。ただ、俺にはその流れるような金髪に見覚えがあった。


「まさか、この子は……」

「マリナだ」


 ジゼルはマリナの枕元へと寄り、髪を優しく撫でる。

 普通なら、姉妹同士の朗らかなやり取りに映るだろう。

 しかし、マリナが何の反応も返さないことによって、ジゼルの右手はまるで肩透かしを食らったようにその後の行き場を失っていた。

 を進め、俺もジゼルの側に立つ。

 遠目では分からなかったが、寝ていたと思われたマリナの目はしっかりと開かれていた。それでも、その瞳は生気を宿しておらず、焦点も合っていない。


「生きてはいるのだ。だが、話すことも体を動かすこともできない……」

「……」

「我は今でも思う。もしあのとき、両親とともに死んでいたら、マリナも苦しむことがなかったのだろう――と」


 静寂に包まれた空間に、床を跳ねる水滴の音が響く。


「それに、我らが紛争を続ける限り、第二第三のマリナのような境遇の子供たちが増えるのもまた事実だ」

「ジゼル……」

「分からない。我は最近分からなくなっているのだ。紛争の意味と、理由が」


 と言って振り向いたジゼルは、目尻に大粒の涙を溜めていた。

 騎士団長としての重圧、妹の病に対する不安、故郷を略奪したものへの怒り……。

 それらが複雑に絡み合い、結果として彼女を混乱させ自らの気持ちを押さえつけているのだろう。


 だからこそ俺は、いやそれとも無意識にと言ってよいのか、その小刻みに震える肩を引き寄せていた。


「――っ!? な、何を……」

「なぁジゼル。騎士の資質があるかないかって、そんなに大事なことなのか?」

「どういう、ことだ」


 しようと思えば抵抗はできただろう。だがジゼルは、俺を無理やり引きはがしたり、逃れようともしなかった。


「騎士だから強くあれ。騎士だから涙を流すな。もし騎士の資質って言うものがそういう堅苦しいものだとしたら、俺はそこまで意識する必要はないと思う」

「えっ」

「初めて君と会ったとき、とても怖かったし、どこかとっつきにくい、冷酷な人間だなって思ったんだよ。ああ、これが騎士団長と言う人となりなのか、と言う偏見も含めてね」

「……」

「でも実際に話をしてみると、ガンバレヤの事情を詳しく説明してくれたり、勝手にしろと言いながらミリッツァを紹介してくれたり、津波に巻き込まれそうだったリゼットと子供を危険も顧みずに救いにきてくれた……」


 ジゼルは何も言わずただ俺を見つめ、話を黙って聞いている。


「なんだ、凄く話の分かる、仲間思いの優しい人なんじゃないかと意識を改めたんだ」

「わ、我は別に……。ただ当たり前のコトをしたまでだ」

「当たり前のことか。でも、その当たり前のことを当たり前にできる人間は多くないと思う」


 俺は少しだけ彼女を抱く腕の力を強めた。


「あっ……」

「もし、騎士の資質と言うものが、優しくて、仲間思いで、当たり前のことを当たり前にこなす……そういう温かくて忠実なものだとしたらジゼル、間違いなく君は騎士の資質があると思う」

「我は……我は……っ」

「泣いてもいい。ひざをついてもいい。そのために、プラチナバスターズが……支える仲間がいるんじゃないのか?」

「くっ」

「何もかもひとりで抱えるなよ。ジゼルは、ジゼルだろ?」

「我は我か……。ふふっ、そうだな。騎士団長と言う決められた枠組みに囚われ、我は本当の自分を見失っていたかもしれない……」


 ようやく俺の胸元から離れたジゼルは、先ほどよりも肩の荷が下りたような、そんな顔を見せる。


「紛争はもう七日後まで迫ってる。国のこと、団のこと、そして妹のことを考えるなら、俺の野球外交に力を貸してくれないか」

「外交に? だが……」


 ジゼルはふいにマリナの方へと視線を向ける。

 俺もその後を追うと、ベッドの近くのサイドテーブルの上に、いびつな形の髪飾りと少し曲がった笛が置いてあるのに気が付いた。


「我には、生命の木の果実がどうしても必要なのだ……」

「仮に多くの犠牲を払って紛争に勝ち、それで得た果実でマリナが治っても、彼女は心から喜ぶと思うか? ご両親は浮かばれると思うか?」

「それは……」

「明日の朝、俺は君が来るのを待ってる。今日はありがとう」

「あ……」


 部屋を出ようとする俺の背中に向けてジゼルは何か言いたげな様子であったが、マリナの手前か、それともまだ結論に迷いがあるのか、それ以上の言葉は聴こえてこなかった――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

これぞ主人公補正! まさにチート! ジゼルフラグ立ってます。

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