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五回裏「騎士の資質」②

 その小さな背中を見送った後、俺は元いた木箱の椅子に再び納まる。

 ミリッツァ同様、体は疲れ切っているはずなのに何故かまったく眠くならない。妙な気分だった。

 おそらく、話をしたがっているやつが誰かと言うのと、その内容が判明しないせいだとは思うが、とにかく気が気ではなかった。


(ノエルは何度も来てるし、リゼットは早々に床に就いたと聞いてる。もしかすると、ミシェルかサラかもしれないな……)


 しかし、程なくして扉をノックしたのは俺の予想をはるかに上回る人物であった。


「少し話がある。邪魔するぞ」


 勇ましくも流麗な声、汚れのない白銀の甲冑、煌びやかな金髪ロング、そして吸い込まれるような青い瞳――。


「ジゼル……様?」

「こんな夜分にすまないな」


 彼女が倉庫内に足を踏み入れると同時に、ふわりと甘い芳香が漂った。


「い、いや。汚いところで申し訳ないけど……」


 冗談とは言えミリッツァには斬り捨てられるかもしれないと脅されていたので、無意識に声が裏返る。


「ふっ。汚い……か。一応、これでもこの部屋は我がプラチナバスターズの大切な資産なんだが?」

「あっいや。そういう意味ではなくて……」


 俺の慌てようがよほど面白かったのか、ジゼルは口元を軽く押さえて笑いをこらえた。


「いいんだ。我も昔は、このような感じの部屋に住んでいたのでな……」

「えっ?」

「前置きはさておき、今日はキサマにふたつの話がある。ひとつは感謝、もうひとつは質問だ」


 ジゼルの物言いが気になったが、話の内容が感謝と質問と聞いて、俺は少しばかり胸を撫で下ろした。


「まず、ありがとう。キサマの……いや、()()()の勇気ある行動によって、リゼットと子供を失わないで済んだ」


 女騎士団長は、頭を下げる仕草すらも画になる。

 俺はしばしその姿に見惚れた後、恐縮気味に自分の首裏を押さえた。

 あれ? でも今、ショウって……。


「しかし、先ほども言ったように勇敢と無謀は紙一重だ。次も神がほほ笑むとは限らん。それだけはしっかりと胸に刻んでおけ」

「わ、分かった……(少しは認めてもらったって言う認識で良いのか?)」


 会話が一旦途切れひと息ついたとき、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。

 それは、地震が発生してからジゼルが現場に駆けつけるまでの時間が恐ろしく早かったことだ。

 いくら最速の馬を誇るラファールでも、たった数分でガンバレヤからエエンヤデまで到着するのは困難のはずだが……。

 俺はたまらず、彼女に疑問をぶつけていた。


「でも、どうしてあんなに早く駆けつけることができたんだ?」

「ふっ。それはな、プラチナバスターズの連携が良かったからだろうな」

「……?」

「もっと分かりやすく言えば、我が団は戦闘を主とした班と、監視・伝達を主とした班に分かれており、後者を偵察班と呼んでいる」

「偵察班?」

「危険な人物や見慣れぬものを発見したり、非常事態、緊急事態が発生したときに、国と団にすぐさま知らせるような役割だ」


(つまり、プラチナバスターズには俺のまだ会ったことのない人物がいると言うことか……)


「ベアトリス、ドミニク、シルヴィ。以上三名が、国内の指定された場所に控え、監視・偵察の任務についている。彼女たちがいち早く地震に気付き、それを我らに伝えた……」

「そうか。それで連携……か」

「我らの目的は、ただ国を守るコトだけじゃない。国に不利益が生じる前に対処することも仕事だ。疑問は解消したか?」

「あ、ああ」

「それなら良い。では話を続けるとしよう」


 ジゼルはわざとらしい咳をした後、しゃべり始める。


「ふたつめは質問だ。よく考えてから答えろ」

「……」

「ショウ。キサマから見て、我には騎士としての資質があると思うか?」

「ししつ?」


 疾風と呼ばれるシュヴァル・ブランを巧みに操り、剣の扱いについても優れ、さらには騎士団長である彼女が、何故改まってそんなことを聞くのか俺は反応に困った。

 だからこそ率直に、そして端的に真実を伝える。


「当たり前だろ。皆、ジゼル様を慕っているからこそ、団員がついてきているんだと思うし」

「そうか。ではリゼットはどうだ?」

「リゼットは……騎士って言うよりかは、教師とか、医師とか、修道女のような感じがするんだよな」

「なるほど。たしかにあやつは自分よりも他人を心配するような性格だからな。あながち間違ってはいないかもしれん。だがな――」

「えっ……?」

「我は、リゼットの方がよっぽど騎士の資質があると思っている」


 怒りか、悔しさか、それとも別の何かか、ジゼルの語尾が若干震えはじめた。


「高波から逃れた後、オリヴィアが子供に対し剣を抜いたときがあっただろう」

「あ、ああ。それが何か……?」

「あのとき、リゼットは果敢にも子供を助けようと割って入った。違う国の、しかもまったくの見ず知らずの子供を助けるためにだ」


 無言で俺は慎重に頷く。


「オリヴィアの黒い剣はな、オプスキュリテと言う闇の力が宿った特殊なエモノなのだ。ひとたび斬られれば、傷口から血が止まらなくなり、ものの数分で命を奪うと言われている」

「命を……?」

「そうだ。我は、オプスキュリテを見た瞬間に、足が動かなくなってしまったのだ。命を奪われるかもしれないと言う恐怖によってな」


 ジゼルが騎士の資質について質問をしてきたことの意図が、おぼろげだが見えてきた気がする。


「でも、ジゼル様だって今まで多くの人の命を救ってきたんだろ? 立派な剣も持ってるじゃないか」

「立派な剣? ふふっ、これはそんなに大層なエモノじゃない。オリヴィアやヴィヴィアンヌが見たら鼻で笑うだろう」


 と言って、自嘲するジゼル。


「まさかキサマは、我が生まれながらに剣に触れ、ともに歩んできたと思っているのか?」

「い、いや。実は……」


 断片的ではあるものの、俺はノエルからジゼルの過去については聞かされていた。

 物心つく前に略奪から勃発した紛争で両親を失ったこと。紛争は両親の無念を晴らすたったひとつの道だと言うことを。


「ノエルが? ふふっ、そうか。あやつの言う通り、我は物心つくまでは剣などには触れたこともなかった。生まれも、決して誇れるようなものでもない」


 ジゼルは遠い目をしながら、自身の出生と過去について語り始める。


「我の生まれたところは、コー・シエンの地図にも載らない、スマ・ンナと言う山あいの小さな農村だった……」


 人口約二百人。

 家畜を育て、田畑を耕す。住民のほとんどが裕福とは程遠い、その日暮らしの生活をしていた。


「ベルジュラック家も例外ではなく、父と母、そして妹とともにつつましい毎日を送っていたのだ――」

「妹?」

「ああ、我には五歳年下のマリナと言う妹がいる」


 貧しいながらも幸せだと思っていたのは、家族が常に側にいたこと。そして、父が趣味としていた工芸品作りがあったからだ。

 竹や木材を使って作られた置物や楽器。これらは月に一度、ふもとの街まで行商に行ったものだった。

 そのときに得た金で、よく髪飾りや洋服を買ってもらったことを覚えている。


「父の工芸品で特に評判が良かったのが楽器で、我も吹いて音を鳴らす笛と言うものを愛用していた」


 マリナは、ジゼルの笛に合わせて歌を唄うのが得意であった。

 後に天使の歌と称されるその美しい歌声がウワサとして広がり、辺境のスマ・ンナに遠方から人が押し寄せるようにもなった。

 初めこそ、村の皆は喜んでいた。元々、人がいない場所に人が溢れるようになったからだ。純粋に村が潤うと思ったんだろう。


 しかし――。


 中には村の土地や環境に目をつけ、略奪をもくろむ連中も現れ始めた。そして十年前、最も恐れていた事件が起こる。


 ジゼルの声色が、突然重く低くなった。


「一日だ。たった一日で、村が壊滅させられたんだ」


 首謀者はふもとの街の人間と、金で雇われた賊。

 村民に戦闘の経験がないこともあだとなり、そのほとんどが無抵抗にもかかわらず殺された。


「スマ・ンナ全体に火の手が上がり、父と母は我と妹を抱きしめ、家の外の小さな納戸で震えながら、永遠とも思われる時が過ぎるのをただひたすら待った」


 やがて喧騒が収まったのを見計らい、両親は逃げ道を確保する為にジゼルらを置いて外に出て行った。


「だが、待てども待てども戻ってこず、嫌な予感を覚えた我は、マリナを残しひとり家の方へと向かったのだ」


 家も、畑も、川も、昨日までの原型をとどめておらず、まるで悪夢を見ているような……そんな気分だった。

 風に乗って飛び交い視界を奪うスス。

 血液とすえた臭いがまじり漂う異臭。

 それらを手探りでかき分けて前に進むと、ベルジュラック家の居間があっただろう場所に、見知らぬ大男がひとり立ち尽くしていた。

 男は下卑た笑いを浮かべ、すがるようにして足元に転がる何かを乱暴に蹴とばした。


 見覚えのある輪郭、髪、そして服……。


 男が蹴とばした、それは――。


()()()()()()()()()


 そこから、よく覚えていない。


「ただ、日ごろから父がこんなこともあろうかと、と軒下に隠していた一本のロングソードが、たまたま我の手の届く位置に転がっていたのだ」


 気付けば、ジゼルはその男をめった刺しにしていた。


「今まで武器の類を手にしたコトがなかった我が、何故剣を扱えたのかはよく分からない。きっと、必死だったんだろう」


 ジゼルは自身の右手を見つめ、そのままゆっくりと閉じる。


「そこへ、運が悪いか気配を聞きつけやってきたマリナが、男の返り血を浴びた我を見て絶句し、そのまま声が出せなくなってしまったのだ」


 それどころか、両親が動かなくなってしまったことのショックで、感情さえも失い、ついには植物人間のような状態となってしまった、と彼女は付け加えた。


「故郷を奪い取られた我らは、両親を埋葬する暇もなく、スマ・ンナから逃げるように旅立って行った。行く宛てもなしに、な」

「……」

「その矢先に知り合ったノエルから、ガンバレヤの少女騎士団が団員を募っていると言うおふれを聞き、はるばるここまでやってきたのだ」

「そう、だったのか……」

「我は両親を救えなかったのが自分の力不足と呪って、無我夢中で剣を振るい続けた。そうでないと気が狂ってしまいそうだったからだ」


 結果努力と執念が実を結び、ジゼルは晴れて少女騎士団プラチナバスターズの団員として迎え入れられることになった。

 これからは、自らの力で、自らの大切なものを守ると誓って――。


「つまり、そのロングソードは……」

「父と母の形見だ。さっきも言ったろう? そんな大層なエモノじゃない……って」


 口ではそう言っているものの、ジゼルはまるで壊れ物を扱うかのような手つきでロングソードの柄に触れる。


「プラチナバスターズに入団してからしばらく経ったころ、団の中で世代交代を匂わせる話題が上がった」

「世代交代?」

「団長と言う役職も例外ではない。我はまたとない好機と思い志願したのだ。しかし、同じようにノエルも名乗り出た――」


 騎士団長の役職に就くには、剣の腕前は元より、乗馬技術、部下に適切で的確な指示を行う判断力、優れた人間性など、多岐にわたり求められるものが多かった。


「ノエルの夢も騎士団長になることだったと、そのとき聞かされたんだ。つまり、我らは騎士団長の座をかけて勝負することになった」

「ノエルが……」

「あやつはあのとき純粋な目で、悔いのない勝負にしようと言ったんだ。しかし、我はその目を直視することはできなかった……」


 当時の様子がフラッシュバックしたのか、ジゼルも俺から目を反らす。


「何故なら、我の最たる目的はガンバレヤを守るためではなく、ただ自分の大切なものを守りたいと言う私欲のために団長の座に就こうとしていたからだ」


 今にも泣きそうな、そんな悲しそうな目。

 俺は、彼女のこんな横顔を見るのは初めてだった。


「大切なもの? それってまさか……」

「妹のマリナだ」


 感情を失い、植物人間となってしまったマリナの体調は芳しくなかった。

 そのうえどんな書物を調べても、あらゆる治療法を試してみても、改善へと向かう手だてが見つからない。

 万策尽きた……と思ったとき、たまたまガンバレヤに立ち寄った旅人から、あるひとつの有力な情報を得ることができた。


「生命の木。知っているか?」

「あ、ああ。あらゆる病に効くって言う果実がなる木のことだろ?」

「そうだ。我は、どうしてもその実が欲しかった。たとえ、どんなことをしても……」


 しかし団に入隊している以上、身勝手な行動はとれない。だから――。

 自ら団長の座に就き、国を守る活動の傍ら、生命の木を探そうと決意した。


 そして騎士団団長の座を賭けた勝負の日。

 ノエルの様子が普段よりもおかしかった。どこか覇気がないと言うか、そのような感じだった。

 いや、それも杞憂だったのだろう。いざ勝負が始まると彼女の太刀は相変わらず重く、気を抜けばすぐにでも打ち砕かれてしまうくらいにすさまじいものであった。

 腕力も体の大きさも劣っているジゼルが対抗するには、より速く急所へと太刀を浴びせるしかほかにない。ジゼルはただひたすらその瞬間を待ち続けた。


 どんなに重くて強力な攻撃でも、当たらなければどうということはない。

 そのうえ、同じ生身の人間であるゆえ、いつかは疲れ太刀は鈍る。これは、ジゼルが長年の経験で培っていた剣術の心得でもあった。


「ノエルがエモノを振り抜き、体の平衡が乱れた一瞬の隙を狙って我は素早くそのガラ空きの背後に回ったのだ」


 貰った、と思ったのも束の間――。

 素早く身をひるがえし放ったノエルの後ろ回し蹴りが、ジゼルのみぞおちに深く突き刺さる。


「まるで腹部がえぐりとられるような痛みと苦しさに、我は意識を失いそうになった。そうこうしている間に、ノエルは体勢を整え、再び我の前に立ったのだ」


 言いようもない恐怖と絶望がジゼルを襲った。それでも、負けるときはせめて騎士らしく――。


「そう思った我は震える両手でしっかりと剣を握り、最期まで騎士としての気概を示し続けた。ノエルが、剣を振り下ろすそのときまで……」


 だが、最期のときは一向に訪れない。

 それもそのはず、ノエルは剣を振りかぶったまま、ジゼルの真横を今まさに倒れ込もうとしていたからだ。


「不思議だろう? ただ剣を構えていただけなのに」

「あ、ああ」

「でも倒れ込む瞬間、ノエルがふと口元を緩めたコトで我はすべてを悟ったのだ」


 審判員の見えない角度に立ち、ジゼルが()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う細工に。


「つまり、勝ちを譲ったってことか?」

「ノエルはその件に関して何も言わなかった。ただひとこと、おめでとうと。ありがたさと悔しさと情けなさで、我は泣いたよ。とうの昔に涙は枯れ果てたと思っていたのにな」


 ジゼルは目を閉じ、眉間に指を乗せる。


「我は、せめてノエルの思いに恥じぬよう、よりいっそう剣に励み、体力をつけ、知識を深めた」


 それ以降、騎士団長としての頭角を現したジゼルの方針に、ノエルは文句ひとつ言わずについてきてくれた。

 時折、予定よりも大幅に外れた巡回ルートをとったり、決められた遠征期間をオーバーしたとしても、それが団の方針だからといつもかばってくれた。


 そんな日々を積み重ね、今のプラチナバスターズがある――。


「どうだ? これでも我は、騎士としての資質があると思うか?」

「そ、それは……」

「ふっ。思えば意地悪な質問だったな。無理に答える必要はない。我はただ、少し話を聞いてほしかっただけなのだ」


 もうすでに少しでは済まなくなっているがな、とジゼルは柔らかく微笑み、胸元を押さえる。


「今まで頑なに胸中に仕舞い込んでいたこの出来事を、何故キサマに話す気になったのかは謎だ。でも、心のつかえは幾分軽くなったよ。ありがとう」

「……」

「ここまで話したついでだ。ひとり、会ってほしい人物がいる。良いか?」

「も、もちろん」

「場所は少し離れた民家だ。では、行こう」

「分かった。ジゼル様――」


 スッと立ち上がったジゼルは、俺に背を向けながらポツリと漏らす。


「ジゼルだ」

「えっ……?」

「呼ぶときはジゼルでいい。キサマに様をつけられて呼ばれると、何だかむず痒いのだ。だからジゼルでいい」

「ああ。じゃ、じゃあ……ジゼル」


 表情こそ伺えないが、かすかに頷いた後、彼女は歩き出した――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでSHOW?

ジゼルの好感度爆上がり! 次回はさいかわマリナちゃん登場!

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