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五回裏「騎士の資質」①

「ご苦労だったなサワムラ。疲れただろう」


 その日の夜、ガンバレヤ国の設備倉庫に戻った俺は、ミリッツァとともに情報の整理をしていた。

 目の下にクッキリとクマがある彼女の放った労いの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようにも感じる。


「リゼットは平気なのか?」

「あちこちに擦り傷がある程度で何の問題もない。しばらく安静にしていれば大丈夫だ」

「あの子供は……?」

「行く宛てがないそうだ。だからガンバレヤの方で保護するコトになった。かなり衰弱しているが、命には別状ない」

「そうか……」

「だが、シュペルブは連日長距離を走らせたためか疲労が溜まっている。少しの間休ませた方が良さそうだ」

「なんだか、悪いことをしたな。俺の身勝手な行動のせいで……」


 俺が恐縮すると、ミリッツァはわずかに厳しい口調となった。


「そうだぞ。今回助かったのは奇跡に等しい。次はないと思え。しかし――」

「?」

「ボクも悪いコトをした」


 一変、俯き加減となり声の勢いが弱くなるミリッツァ。


「行動を起こす前から、諦めようとしていたんだ。でも、諦めた人間に奇跡は起こらないし、手を差し伸べる神もいない。地震の一報を聞きつけ駆けつけたジゼルもそう言ってな。目が覚めたよ」

「ジゼル様にも、改めて礼を言いにいかなきゃならないな」

「今回の件がいよいよ逆鱗に触れて、斬り捨てられるかもしれないぞ」

「ま、マジかよ!?」

「いや、冗談だ。ジゼルは、むしろリゼットと子供を見捨てず勇敢にも守りに行ったお前に心を打たれ、救助を決意したらしいからな」

「そ、そうなのか? まぁ、あのときは無我夢中だったから――」


 唐突に、当時の様子がフラッシュバックする。

 あのときのリゼットは、危機的状況下にもかかわらず毅然とした態度で、しかも自分よりも子供の方を心配し優先していた。

 そして駆けつけた俺に放ったひと言は、たしか……。


「なぁ。『クロード』って言うのは誰なんだ?」


 その名前を聞き、ミリッツァの表情が引き締まる。


「リゼットを助けに行ったとき、確かに俺に向かって言ったんだ。クロードお兄様って」

「……なるほど。ようやく納得がいった」

「どういうことだ?」

「お前を初めてみたとき、妙に既視感があると思ったら、それだったのか。特に――」


 ミリッツァはひとり頷き、座る木箱の位置を変更する。


「斜めから見ると、骨格や目鼻立ちはたしかに似ている節はある」

「似ている?」

「クロード・ボワッソン。リゼットの実兄に、だ。昔、ガンバレヤに住んでいたことがある」

「ガンバレヤに?」

「リゼットも元々、両親を紛争で失い海外から逃げてきた移民のひとりなんだよ」

「……」

「両親は生前、教師をしていたらしく将来は子供たちに学問の道に進んでもらいたかったらしい。息子のクロードも優秀な男で、特に薬学に精通していたそうだ」

「薬学……」

「クロードは薬学の知識を生かし、たどり着いたガンバレヤで当時不足していた医師として働き、妹の世話をしていた」


 俺はミリッツァの話にただ相槌を打って先を促す。


「しかしあるときクロードは、ガンバレヤのみならず世界の傷ついている人たちを救うため、国境なき医師として旅立って行ったんだ。リゼットが、晴れて『プラチナバスターズ』に入団する前日だった」

「プラチナバスターズに?」

「ん。リゼットとしてはようやく兄孝行できると思った矢先の出来事だったし、置手紙だけを残して消えた兄に疑問符を投げかけ続けた」

「……」

「入団当日、あいつは子供のように泣いてな。それはもう凄かった。事情を知らない周りからは、そんなに嬉しいのかと揶揄されたものだったが」


 ミリッツァはよほど鮮明に覚えているのか、まるで昨日のことのように言う。


「でも、三日ほど経ってからかな。ようやく吹っ切れたんだろう。リゼットはそれ以降、兄への執着や未練をおくびにも出さず活動に参加してきた」

「そうだったのか……」

「だが、あいつが救護、衛生を担当しているのも、心の中では今もずっと兄とのつながりを追いかけているのかもしれないな」

「クロードは今どこに?」

「分からん。もう五年以上音沙汰がないからな。リゼットには悪いが、おそらく亡くなっているのだろう。でもあいつの手前、ボクたちは未だ行方不明と言う認識を示している」


 彼女自身もその可能性を信じ続けているようだとミリッツァは付け加えた。


「それを裏付けるように、何故あいつがシュヴァル・ブランに乗らずに、わざわざ徒歩での移動をしているか分かるか?」

「え……。前に、馬の跳躍で割れた瓶の毒薬が馬の脚にかかって走れなくしてしまったからと聞いたけど……」

「そうか。リゼットはそう言っていたか。しかし、所詮は建前だな。あいつの持つ馬、静かなと言う意味を持つカルムはもうすでに治療は済んでいていつでも走ることができるんだ」

「走ることができる? じゃあ何故……」

「馬での移動は便利だが、周りの警戒がおろそかになりがちだ。特に、木陰や草むらの中などはよほどのことでもない限り見落としてしまう……」


 たしかに、ここ数日シュペルブにまたがり移動をしてきたが、せいぜい前方を確認するくらいでいっぱいいっぱいであった。


「もしかしたら、敵が潜んでいるかもしれないってことを警戒してるのか?」

「その答えは半分は正解で半分は間違いだ。つまりリゼットは、見落としがちなところに兄や、兄の痕跡があるかもしれないと思っているらしい」


(コー・シエンで初めて会ったのはジゼルだが、もしリゼットがカルムに乗って移動をしていたら、俺の存在に気付かなかった可能性もあるってことか……)


「ま、この広大な地でひとりの人間を探し出すなんて途方もない話だがな……。でも、そこへサワムラ、お前がやってきた」

「……」

「あの日の夜、会議に遅れてジゼルに厳しい説教を食らってもなお、どことなく機嫌が良さそうに見えたのは、人違いと分かりつつも、兄の面影があるお前と出会ったからだろう」


 ミリッツァはしっかりと俺を見つめながら言う。


「リゼットがやけにお前に入れ込むのだって、在りし日の兄の姿を重ねているのかもしれない」

「入れ込む? そうなのか?」

「そうだぞ。最近は何かって言えばショウさんショウさんって、もう耳にタコができるくらいにな」

「……」

「サワムラ。どうかリゼットの心の拠り所になってやってくれないか。これはお前にしかできないし頼めない問題だ」


 リゼットにそんな辛い過去があったとは知らなかった。

 普段の彼女を見る限り、いつもニコニコとしていて悩みなどには無縁と思えたから――。


(でも、俺が初めてガンバレヤ国に足を踏み入れたとき、たしかに……)


 ガンバレヤの子供たちもこう言っていた気がする。

 リゼットはさびしがり屋で、小さな失敗でもズンと落ち込むタイプだからうまくフォローしてやってくれと……。


(自分から大丈夫だとか平気だとか連呼する人ほど、ただ表面上で取り繕っているだけに過ぎなかったりするんだよな)


「分かった。俺もリゼットのことは気にかけておくよ」

「すまないな。ありがとう」


 ミリッツァは感謝の言葉とともに大きく頷いた後、ハッと気付いたようにそう言えば、と続ける。


「今日の遠征で、エエンヤデが抱える事情はある程度察したようだな?」

「ああ。ガンバレヤとイテマエも含めて、ここで一回整理してみよう」


 ◇◆◇


 ガンバレヤ国は土壌状態が悪くそこらじゅうに石が転がっているため、国内の移動も難く、植物や野菜が育ちにくい環境にある。

 故に、長期に渡り食糧難が続いており、それらを解消するために領土を得、田畑として活用したいと考えている。

 その一方、転がっている石を加工して武器や防壁を作ったり、石に生えた苔を薬草と調合して薬を作ると言った、不利な状況を逆転させる発想も兼ね備えている。


 イテマエ国は土壌状態が良く植物や野菜の栽培に適した土地をしている。また、道の整備や舗装もされているため快適な移動には事欠かない。

 食料も潤沢にあるようで、食べきれないものは道の一角に捨てられていると言った場面も見られた。

 しかし、慢性的な薬不足に陥っているため、騎士団含む国民が怪我や病気を恐れる生活をしており、領土を得たときの目的も病院を建てることであった。


 エエンヤデ国はコー・シエンで唯一の沿岸国で、移民が多くやってくるそうだ。

 海の恩恵を受け豊富な海の幸もたくさん取れるようだが、同時に津波や塩害と言った自然災害にも怯える毎日で、防潮林をもってしても不安があるらしい。

 防波堤でも作れないかと聞いたところ、国内には適した素材がなく、どこかに軽くて丈夫な石でもないものか、と騎士団長のオリヴィアはこぼしていた。

 領土を得たときの使い道は、移民を受け入れるための住居を建てること。併せて、自然災害で被害をこうむった国民のための住居を建てることの両方である。


「三国同士の抱えている事情を上手く解消できれば、紛争を止めるきっかけにならないか?」

「たしかにな。それに、各国の領土の使い道である田畑、病院、住居は、長期的に考えれば結局どの国にも必要になるものだ」


 そこで、俺の出した結論はこうだ。


 ①リゼットに薬を大量生産してもらいイテマエに分け、野球外交をさらに煮詰める。

 ②ガンバレヤの軽くて丈夫な石を使って防波堤を造り、エエンヤデに見せるとともに野球外交について歩み寄るきっかけを作る。


(でも、薬はまだしも防波堤については未だ何も着手されていないんだよな……)


 難しい顔をして悩む俺に対し、ミリッツァはドヤ顔で口を挟んできた。


「安心しろ。防波堤については、すでにロジーヌの方に話を通してある」

「ほ、本当か?」

「ん。だが、生産には少し時間がかかる。だから明日はイテマエに行って、やきう外交を煮詰めたらどうだ?」


 薬の在庫はまだあることだしな、とミリッツァは付け加える。


「それと申し訳ないが、明日はボクもロジーヌを手伝うつもりでいる。シュペルブも休ませたいからな」

「そうか。あっ、でもそれじゃあ――」

「足がないって言うんだろ? その点もしっかり考えてある。お前と話をしたがっているやつがいたからな。そいつにまとめて頼んでおいた」

「話をしたがっているやつ?」

「ま、もう少ししたらここへ来るだろう」


 そこまで言ったところで、ミリッツァは小さな口を大きく開けてあくびをする。


「ボクも今日はいろいろあって疲れた。この辺りで退散するコトにする。じゃあな」

「あ、ああ」


 挨拶もそこそこに、彼女は設備倉庫から立ち去って行った――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

リゼットはブラコン?

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