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五回表「騎士として、人として」①

 激しい筋肉痛が俺の起きがけの体を蝕む――。

 その理由は明確だった。


(結局、昨日の夜はノエルのみならず、ミシェルとサラにも付き合わされることになったからな……)


 蓋を開けてみれば、彼女たちもまた素晴らしい才能の持ち主であった。

 ミシェルはその見た目からもうかがえるように、ボールに対するストイックさが強く、素早いグラブさばきも相まって内野手向け。

 一方のサラは、ノエルとミシェルが捕球し損なった際、いち早くバックアップに向かう判断能力に長けており、おおむねレフトやライトと言った外野手向けと言ったところだろう。


(それにしても……)


 この腹部への重みはただの筋肉痛にしては異常だ。

 まるで金縛りに合ったように体の自由が効かない。

 いったいどういうことなのか?

 やがて頭に酸素がめぐり視界がクリアになっていくにつれ、ようやくその全貌が明らかになってくる。


「ショウさん、朝ですよ! 今日はエエンヤデに行くんですよねっ?」

「ズルいぞリゼット! その起こし方はボクの専売特許だ」


 ギシ、ギシギシ……ぼす! どすんッ!


 聞き覚えのある声、見覚えのある顔が、俺の目の前で無邪気にはしゃいでいる。

 いや、はしゃいでいるなんて生易しいものじゃない。

 むしろ殺しにきていると言っても過言ではないだろう。


「う……うう……」

「ちょ、ちょっとミリッツァ! ショウさん元気になるどころか顔が青くなっちゃってますよ!!」

「お、おかしいな。こんなはずは……」

「だから私は止めようって言ったんです!」

「なんだって? お前もさんざん乗り気だったじゃないか」

「い、いや。乗り気とかそういうのじゃなくて、単純に羨まし……って、変なこと言わせないでくださいッ!!」

「いきなり赤くなってどうした?」

「どーもしてません!」

「あ、あの……言い争いはせめて、別の場所でして……くれないか」


 必死の訴えも空しく、ふたりが俺の腹から離れて行ったのは、それからしばらく経ってからだった。

 

「悪かったなサワムラ。ボクは止めたんだぞ? でもこいつが強引に……」

「責任をなすりつけないでくださいっ!」

「先に乗ったのはお前だろ」

「抜け駆けしようとしたのはそっちが先です!」

「わ、分かった。分かったから落ち着いてくれ」

「ん」

「す、すみません……」

「起こしにきてくれるのは助かる。でも、もう少し常識的な起こし方をしてくれると嬉しいんだけど……」

「これでもちゃんと本に載っていた起こし方だぞ? そう言うなら、お前のいた世界ではどういった起こし方が常識的なんだ?」

「それは……」


 リゼットとミリッツァを黙らせるには、少々大げさなことを言った方が良いかもしれない。

 期待するような目を向けるふたりに対し、俺は一拍置いてから答えた。


「キスだな」

「キ……ス?」

「本で見たことがあるぞ。いわゆるベーゼ……口づけのコトだ」

「く、口づけ!?」


 顔を真っ赤にさせて動揺するリゼットの反応は想定内だったが、ミリッツァは極めて冷静だった。


「そうかベーゼか。なら明日はボクがそれでお前を起こしてやろう」

「だ、ダメですよっ! 口づけなんて、その、す、好きなヒトとする大切なものですし……」

「だからお前はお子様なんだ。ベーゼは普段の挨拶にも使う。起こすのに使ってもおかしくない」

「か、軽々しくしちゃダメなモノなんですっ!」

 

 しまった。

 黙らせるつもりが、かえって話をこじらせてしまったようだ。


「じゃあ俺は先にシュペルブのところに行ってるぞー」


 白銀の胸当てを抱えた俺は、そそくさと設備倉庫を後にしようとするが……。


「サワムラ。まだ話は終わっていない」

「なに逃げようとしてるんですか?」


 背後に感じる刺すような視線。

 程なく両肩に置かれ食い込む五指。


 ギリ、ギリギリ、ゴリゴリ……。


 それは女性らしからぬ、肩が抉り取られるような強さで俺は震え上がった。


「と、とりあえず明日のことは明日考えよう。今は一刻でも時間が惜しい。紛争まであと八日しかないんだぞ」

「ハハッ、そうだな。分かった。お前の言うことももっともだ」

「私も、行き過ぎた行動でした。自重します」


 口ではそう言っているものの、目は決して笑っていない。

 差し迫った紛争は元より、潜在する女性の恐ろしさをまざまざと感じる目覚めであった――。


 ◇◆◇


「では出発するぞ」


 シュペルブの調子は変わらず最高のようで、俺たちが近づくや否や、早く走らせろと言わんばかりに天高くいななく。

 座る配置はイテマエに行ったときと同じく、ミリッツァを先頭に俺、そしてリゼット。

 やがて軽快な手綱の音とともに、シュペルブの逞しい前脚がはるか西南に向けて動き出した。


「ミリッツァ、エエンヤデはどんな国なんだ?」

「コー・シエンで唯一海に面した国。いわゆる沿岸国と言うやつだな」

「新鮮な海の幸がたくさん取れるらしいですね」

「ん。海に面しているからこその恩恵も多くあるが、逆もしかりだ」

「逆?」


 移り変わる景色をバックに、ミリッツァはいつにもなく真面目な顔で振り返る。


「移民を乗せた船が多くやってくるらしい」

「移民……?」

「理由は様々だと思いますが、コー・シエンの外でも紛争は日々行われていますからね。戦渦から逃れた人が大半でしょう」


 俺の腰に回したリゼットの手の力が少し強くなった。


「移民の他にも、商売を目的とした船の寄航も少なくない。そして、取引される品のほとんどが武器と防具だ」

「つまり、軍事力と言う点ではガンバレヤやイテマエよりも上、と言うことか?」

「良い武器と防具が揃っている以上、そう考えるのが妥当だろうな。普通は――」

「……?」


 意味深に言葉を切り、ミリッツァは前方を指さす。

 その方向からは、かすかに潮風の香りがした。


「ここから一キロほど先に進めば、エエンヤデの領土だ」


 果てしなく伸びた鉄条網の先には、石で出来た多くの建造物、それらを覆い尽くすような背の高い樹木、そして広大な空と海――。

 一見、南国のリゾート地に迷い込んでしまったかのような錯覚さえも覚える。


「何だか、紛争とはまったく無縁な感じだな」

「だといいが……」

「どういうことだ?」

「妙に静かすぎる」

「……」


 言われてみればたしかにそうだ。

 イテマエは怪我を恐れるあまり、過剰な防衛線を張り意図的に閉鎖的な空間を作っていた。

 しかしエエンヤデはむしろ開放的ともとれる雰囲気を醸し出している。

 にもかかわらず、まるでゴーストタウンのように人の気配がまったくと言っていいほど感じられない。

 時折聴こえてくる波の音とカモメの鳴き声が、言いようもない緊迫感と不気味さを助長する。

 

「ひとまず、国の人間と接触し内情を探ろう」


 ミリッツァは昨日と同じ要領で手近の樹木にシュペルブを結びつけた。


「あれ? この木、イテマエに生えていたものと種類が違うような……」

「よく気が付いたな。これはクロマツと言って防潮林の役目も果たしているものだ」

「ぼうちょうりん?」

「主に津波や塩害などを防ぐためのものです。沿岸に住む人たちの知恵のひとつですね」


 リゼットの視線を追えば、海岸線に沿って同じ種類の樹木が植えられている。


「なるほど……」

「さ、おしゃべりもそこまでだ。イテマエのときのように、両手を上に上げて進め」

「と言っても、警備兵の姿なんか見えないぞ」

「見えないからこそ、警戒するんだ」


 その言葉の真意がいまひとつ掴めなかった。

 掴めぬまま、俺たちはあっけなくエエンヤデ国の正面入り口付近まで到達してしまう。


「住居の軒下には洗濯物、それに海産物の干物。やけに生活感が漂っていると思わないか」

「その割に、人の気配はしませんね……」

「いや……」

「どうした? ミリッツァ」

「どうやらやつら、ずっと監視をしていたようだ。住居の中で息を殺し、ひっそりとな」

「やつら?」


 珍しく冷や汗をかいたミリッツァの横顔に向けた視線を再び正面に戻した際、そこには驚きの光景が広がっていた。

 突如、俺たちの前に現れたのは、十数人の――。


(子供?)


 一瞬、ガンバレヤに足を踏み入れたときのように歓迎でもされているのか……と思ったが、彼ら彼女らが持っているもの、着けているものを見て言葉を失う。


 身の丈ほどありそうな無骨な銃。

 小さな体躯に不釣り合いな鉄製の胸当て。

 震え、怯えた表情をしているものの、おもむろに彼ら彼女らは銃口をこちらに向け、やがて引き金に指を乗せた。

 一寸の狂いもない、まるで軍隊のような一連の行動に狂気すら感じ、まるで悪夢を見ているような気分になる。


「な、なんですか。これ……」

「おっとすまない。これは客人に対して無礼な真似をしてしまったようだな」


 リゼットが無意識に放ったひとりごとに、なんと背後から返答があった。


「なっ!?」


 前にばかり気を取られていたせいか、後ろに迫っていた人物にまったく気が回らなかったようだ。

 あのミリッツァでさえ、ビクリと肩を震わせ振り返る。


「すまないな。たとえ休戦期間と言っても、まだ分別がない子供たちだ。大目に見てやってくれ」


 深黒しんこくの甲冑と兜を見にまとった長身の女騎士。

 彼女が右腕を上げると同時に、それまで臨戦態勢に入っていた子供たちが一斉に構えを解除し、やがて蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 再び静寂が戻った後、女騎士はようやく兜を取り、改めて俺たちとあいまみえる。

 銀色の長髪、えんじ色の瞳、嘲笑すら思わせるかすかに上がった口角。

 冷血そうな女。第一印象はそれだ。


「余はエエンヤデの少女騎士団団長、オリヴィア・ストレイフと申す」


 今まで感じたことのない威圧感に皆、足がすくむ。


「ガンバレヤの参謀ミリッツァ殿、薬師やくしのリゼット殿、そしてこちらは……()()()()殿()か? ふふっ、久しいな」


 クロード?


 オリヴィアは、たしかに俺の方を向きそう言い放った。


(どういうことだ……?)


 疑問に思っていると、何故かリゼットが俺の前に勇み立ち、訂正をする。


「いいえ。この方はサワムラ・ショウと言います」

「ほう。それは失礼した。ところで……」


 オリヴィアは別段気にした様子も見せず、話を続けた。


「何用だ? 貴女きじょたちとて、こんなところにまで観光に興じている暇などないはずだが?」

「お話があります」


 ミリッツァや俺よりも半歩オリヴィアの近くにいるリゼットが、さらに一歩大きく前に踏み出した。

 その頼りない背中は小刻みに震えており、声の末端もかすれるように弱い。


「どうして……」

「なんだ?」

「どうしてあなたは、子供に武器を持たせるような真似をしているんですか?」


 絞り出すような声が辺りに響く。


「その質問の意味がよく分からんな。子供に武器を持たせてはいけない規則でも存在するのか?」

「そ、それは……」


 質問を質問で返され、リゼットは答えに窮する。


「あの子供たちはな、自らの意思で武器を持ち戦いたいと願ったのだ。だからこそ武器を与え、訓練をし、今の姿がある」

「自分の意思で……?」

「ここは土地柄、他国からの移民が多くてな……」


 移民という言葉を聞いて俺は、先ほどミリッツァがこぼしていたことを思い出した。


「紛争で家族を失い、命からがら逃げだしてきた子供も多い。それらを受け入れる代わりに、国を守る兵士として働いてもらっているのだ」

「そんなのデタラメです……」

「ん? 何がだ?」

「子供に必要なのは、武器の知識ではありません。人を思いやる、優しい心を持つと言うこと……」

「はっ。思いやりや優しい心で国が守れれば苦労はしない」

「紛争は、怒りや悲しみ、憎しみと言った負の感情しか生みません。それはあなたもずっと見てきたことでしょう!?」

「その言葉、疾風のジゼル殿にも言えるのか? あやつも家族を紛争で失った怒りや悲しみ、憎しみを糧に、騎士団長まで上り詰めた女なんだぞ」

「くっ……」

「自国の、それも同じ騎士団内で思想が食い違うとは滑稽だ。さ、他に話すコトもなければ、ここで失礼する。紛争までの八日間を大事にするんだな」


 力で打ちのめされたわけではない。

 言葉で打ちのめされたリゼットは、その場でひざを折るようにして崩れ落ちる。


(いけない。このままでは、何も収穫を得ずに帰ることになってしまう……)


 身をひるがえし、程なく去ろうとする黒い背中。

 俺は恐怖も顧みず、オリヴィアに向かって叫んだ。


「ま、待ってくれ!」

「クロ……いや、サワムラ殿と言ったか。なんだ」


 彼女は見た目以上に慈悲深い性格なのかもしれない。

 しっかりと立ち止まり、俺の話を聞こうという姿勢を見せてくれる。

 いや、もしかすると『クロード』と言う名前が大きく関係しているのかもしれないが……。


「もうひとつだけいいか?」

「かまわん。続けろ」

「八日後に迫った紛争。もしあの土地を得ることができたなら、それをどう使うつもりなんだ?」


 ヴィヴィアンヌのときのように、そうやすやすと自国の情報を漏らすわけがない。

 そう予想していたが、当のオリヴィアは何の迷いもなく答える。


「移民を受け入れるための住居を作るのだ。もちろん、国民のものも含めてな」

「住居……」

「見ての通り、エエンヤデは沿岸国。日々、津波や高潮の危険におびえる毎日だ」

「そのために防潮林があるんじゃないのか」


 今まで横で黙って見守っているだけだったミリッツァがようやく口を挟む。


「それだけでは限界がある。さらには、本来盾の役割を持つ膨張林が倒壊し、住居に被害をもたらすと言う事案も発生している。これは早急になんとかせねばいかん」

「防波堤のようなものは作れないのか?」

「残念ながら、エエンヤデには満足な強度を誇る素材がないのだ。軽くて、丈夫な石でもあれば良いのだが……」


 軽くて、丈夫な石。

 それって、どこかに大量にあったような……?

 でも、どこだったっけ?

 

(……あっ!!)


 ミリッツァも何かを感づいたようで、俺と視線を合わせた、ちょうどそのときだった。


 突如、立ちくらみに似た現象が俺を襲う。

 異世界にやってきて早二日……。慣れぬ土地での生活で、いよいよ肉体的にも精神的にも疲労が溜まってきたのだろうか。

 そう思ったのも束の間。

 周りにいるミリッツァ、リゼット、そしてオリヴィアでさえも、同じように体を屈めていた。


(な、何が起こったんだ――?)


 ゴゴゴゴ……!!!


 続けて、地表からくぐもった音が発生し、瞬く間に巨大な亀裂が走る。


「オリヴィア様! 地震が発生致しました!!」


 オリヴィアの部下らしい、同じ深黒の甲冑をまとった別の女騎士が声を荒げた。


「仲間を高台に退避させろ!」

「ハッ!!」

「サワムラ、リゼット! 立てるか!? シュペルブのところまで走れ! 早く!!」


 オリヴィアやミリッツァがここまで焦るのは、地震が理由だけではなかった。


 ゴウゴウ、ゴウ……。


 はるか沿岸側から響く不気味な音――。


(海が……鳴いている?)


「何を呆けている! もうすぐここも津波に飲まれてしまうぞ!」


(そうか、津波か!)


 気付いたときには、数メートルの高波が防潮林へと差し掛かっていた。

 俺は揺れる足場に悪戦苦闘しながらも何とかミリッツァの姿を捉え、彼女の導く方向へと向かう。向かったのだが……。


(リゼット? リゼットはどこだ!?)


 一緒に逃げてきたはずのリゼットの姿が見当たらない。

 自ら足が遅いと豪語し、おまけに白銀の甲冑を身にまとった彼女が、すでに俺よりも前を走っていると言うのは考えにくい。


(……と言うことは、後ろか!?)


 やはり、未だリゼットはその場で四つんばいとなり、エエンヤデの住居の方を見つめていた。

 いや、正しくは住居ではなく――、


「ま、まだあの子が取り残されています!!」


 地面に伏せるようにして倒れる子供の姿だった。


「待て、リゼット! ムチャだ!! こっちに来い!!」

「ミリッツァの言う通りだ。あんな高波、俺たちがどうこうできる代物じゃない!」

「でも、でも……私!」


 俺たちの制止をよそに、リゼットは子供がいる方向……つまり高波に向かって走り出す。


「わずかな可能性があるなら、それを信じたいんです!!」

「……っ!?」


 振り向きざまに語ったその言葉に俺は目を見開く。


(前に俺がリゼットに放った、『プラバス』イシグロ選手の決まり文句……)


 どんなに暗雲が立ち込める状況でも、九回裏のゲームセットまであきらめるんじゃない。きっとどこかに光が差すから。

 そんな高校球児のような泥臭さが『プラバス』の特色であり、最大の持ち味であるが――。

 勢いとは言え、随分と無責任なことを言ってしまったと後悔すると同時に、突然異世界に飛ばされ右も左も分からない中、優しく手を差し伸べてくれた彼女をここで失いたくないと言う気持ちが、俺の震えあがった両足に火をつけた。


 気付けば、俺の足も高波の方へと向かっていた。心底情けない雄叫びとともに。

 その際、後方でミリッツァが何やら叱声を放っていたが、刻々と強くなるうねりと地割れの音によってあえなくかき消されてしまった。


「無事か!?」


 子供を抱き抱えるリゼットは、こんな状況下にもかかわらず満面の笑みで答える。


「はい。この子、気を失っていますけど、体に異常は見当たりませんよ――」

「そ、そうか。だったら早く……」

「――()()()()()()()


(えっ……)


 彼女は、しっかりと俺の顔を見つめながらたしかにそう呼んだ。

 いったいどういうことだ?

 しかし、そうこうしている間に激しい水しぶきが迫ってくる。


「と、とにかく早く逃げなきゃ! 立てるか?」

「はは。でも、私は足が、もう……動かなくて」

「じゃあ俺が背負っていく! 早く俺の背中に乗れ!!」

「私のことはいいです。せめてこの子だけでも助けてあげてください」

「でも!」

「大丈夫です。私は平気ですから……」


 大丈夫、平気と連呼し弱々しく微笑む姿に、胸が苦しくなる。

 自分がもう助からないことを悟り、言っていると思うと、なおさら――。

 だからこそ、俺もリゼットをこんなところに置き去りにするのは、悔恨を残しそうで嫌だった。

 初めて出会ったとき、そう彼女が言ってくれたように。


(そうだよな。俺はリゼットに命を救われたようなもんだ。なら、今度はリゼットのために命を投げ出しても良いよな……)


 俺は、子供を抱えたリゼットもろとも包み込む。

 すると彼女は一瞬驚いた顔を見せ、その後どこか安心したように身を寄せてきた。

 互いに言葉はない。

 高波はもう目と鼻の先。せめて苦しまない最期にしてほしいと願った、ちょうどそのとき――。


「サワムラーーーーーーーーー!!!!!!!」


 地をえぐる重低音に次いで、天に轟く咆哮。

 これは、馬の足音だろうか? そして、この声の主は……。


「掴まれ!」


 ふと顔を横に揺らしたとき、目に飛び込んできたのは大きく広げたミリッツァの手だった。

 わけも分からず、俺は言われた通り差し出された五指を掴む。

 すると視点が一気に高くなり、ふとももに慣れ親しんだ温かい毛並の感触が広がった。


(これは……シュペルブ?) 


 鼻息を荒くしながら、高台に向けて一心不乱に駆けるシュペルブ。

 助かった、そう思ったのも束の間。


「ちょっと待ってくれ! リゼットと子供が……!」


 ミリッツァの手を掴み、シュペルブに乗ったのは自分だけであることに気付き、俺は再び焦った。


「大丈夫だ。あいつらはラファールに任せておけ! お前はしっかりボクに捕まっていろ、振り落とされたらもう助からないぞ!!」

「ラファール? それって……あっ!!」


 刹那、俺たちの真横を白い流星が駆け抜ける。

 それはまるで、外野に放たれた打球を野手がレーザービームのごとく本塁へと返球する様のようで、とても美しく、かつ力強く見えた。


「サワムラ、ボクたちも飛ばすぞ! 舌を噛まないように歯を食いしばれ!!」


 一方、シュペルブもラファールの背を追うように走り続ける。

 水の追手が届かない先の、先の、光が差すその先まで――。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


どうです? 続きが気になってしょうがないでしょう?

美少女が馬乗りになって起こすシーンって、あれ絶対挿入ってるよね。

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