48 戦後処理
「カードが無い!? なんで、しっかり握ってたのに!? ちょ、ちょっと待って、どこかにカード落ちてない!? みんなも探して!」
ダンジョンの魔法陣の上に這いつくばり叫ぶ男が一人。
これから世界にその名を轟かせるDチューバー、ちょんぼるその人である。
■
ダンジョンの【MVP評価システム】は直接的な戦闘以外に支援や回復でも評価をされる。
集団の指揮を執った人間、後衛で回復魔法に専念していた人間なども余さず評価される。
今回の戦闘の場合、例えばDチューバー集団の指揮を執っていたちょんぼるはその点を加点されて意外と高評価を与えられている。本人の戦闘力はそこまで高くなく、藤木のフォローにおんぶにだったで活躍らしい活躍はなかったが。
また、マサルたちは鋼の巨人のギミックを見抜いて他の探索者たちに攻略方法を伝えたこと、紅雪たちが鋼の巨人を相手に奮闘し、鋼の騎士が出てきた後に強化状態の紅雪が刃を交えて戦ったことなどから更に高い評価が与えられていた。
そして、未発見の隠しボスを日本で初めて発見し、マサルと同じように鋼の巨人の攻撃方法を見抜いてちょんぼるに伝え、鋼の巨人の持っていた武器を大量に破壊し、鋼の騎士相手にラストアタックを持っていった藤木は、貢献度としては最上位に位置していた。
貢献度だけで言うならMVPは藤木だった。
――だが、ここに一つの前提が存在する。
このダンジョンは【機械のダンジョン(★★)】であり、★★ランクの探索者が探索を行う場所である。当然、隠しボスも★★ランクの探索者たちが十分に渡り合える程度の強さに調整されている。
最初のギミック発動時の混乱で大勢の退場者が出てしまったが、逆に言うとギミックの種が割れた後なら落ち着いて対処すれば対応できる程度。
最後に登場した鋼の騎士にしても探索者側に犠牲者は出るかもしれないが、手も足も出ずに全滅させられるというような理不尽な性能ではない。
上手く戦えば数の暴力ですり潰せるし、逆に探索者が連携に失敗したら個の暴力で叩き潰される、そのくらいの難易度だ。
そんな戦場に、藤木という【★★★ランクの探索者】が混ざった。
★ランクと★★ランクに戦力の格差が存在するように、★★ランクの探索者と★★★ランクの探索者ではステータスが違い過ぎる。素の身体能力もスキルの性能も段違いだ。
だから藤木が貢献度一位だったのは【★★★ランクなら】当然の結果でしかない。
小学生の集まる大会に大人が混ざって優勝をかっさらっていくようなもの。そんな相手がMVPに選ばれるだろうか?
――否。選ばれるはずがない。
だからダンジョンのシステムは貢献度一位の藤木を不適格と判断し、マサルをMVPに選出した。
藤木がMVPを取ろうとするなら自分と同じ★★★ランクの探索者三百人を集めて、その中で一番活躍しないといけなかったというわけだ。
そして、マサルがMVPになった結果、【特殊使役術(撃破)】の効果が発動してボスのモンスターカードがドロップした。マサルがMVPであり、マサルのスキルの効果でドロップしたモンスターカードだったので、マサルが【カードの所有権】を有している状態だった。
その状態で藤木がカードを拾い、ちょんぼるに渡し、ちょんぼるが手に持ったままダンジョンから退出してしまったので【カードが本来の持ち主の元に戻ってきた】というわけだ。
これはMMORPGに登場する【ルート権】の概念に似ていて、権利者が権利を放棄しない場合、非権利者はアイテムをダンジョンから持ち出すことが不可能な仕組みになっている。
【MVP評価システム】や【ドロップアイテムのルート権】について、この後の研究で徐々に判明していく。
つまり日本初のレイドボス戦直後には一切情報は存在しない。
――そして、その結果、一人の男が不幸に見舞われることになるのだった。
■
「本当なんだって! さっきまであったけど、どこかに消えちゃったんだよ!!」
「嘘つけ! どこかに隠し持ってるんだろ!」
「さっさと出せ、この野郎!」
喧々諤々の大騒ぎをしている人たちを横目にさっさと部屋を出る。
玄関ロビーも大騒ぎで「ダンジョンの道が動いた!」「いきなり巨大なロボットが襲ってきた!」と騒いでいる人たちであふれかえっていた。
受付にも相談窓口にも長蛇の列が出来ていて、今から並んでいたのではどれだけ時間がかかるかわからない。
なので、手近な場所に立っていた警備員さんに話しかけた。
「すみません、ダンジョン内で他の探索者に襲われたんで警察に連絡して貰えませんか?」
「なんだって? わかった、すぐに連絡しよう。警備室に案内するのでそこで待っててくれるかな」
「はい、お願いします」
そのまま奥の警備室に連れていかれ、そこで警備員さんにダンジョンカメラを渡した。
待つこと五分足らず。ダンジョンセンターのすぐ隣にある交番から警察官が駆け付けてきたので事情を話して映像を再生してもらう。
『わざわざ俺に会うために跡をつけて来たんですか?』
『そうそう、あの美少女モンスターのカードがどこで手に入るのか、パソコンの前の視聴者は知りたがっているんだよ! ね、お願い、教えてくれるかな?』
『お断りします』
『おいおいお~い! ちょっとノリが悪いんじゃないかな~? 君のモンスターについて知りたいって人がこんなにいるんだよ~?』
『そうだそうだー!』
『レアモンスターの情報を独占するなー!』
『美少女モンスターをこっちにもよこせー!』
テレビの中でちょんぼるという名前のDチューバーとその取り巻きたちが、ストーキング行為をしていたと認め、集団で部屋の出口を塞ぎ、モンスターカードの情報を教えろと詰め寄っていた。
その後、こちらが何も言わずにいると好き放題に罵倒した後、やっと去っていく。
「これは酷いな……」
「多分まだこの建物の中にいると思うんですけど……」
「ああ、わかった。すぐに手配しよう。君はもうしばらくここで待っていてくれるかい?」
「はい、わかりました。あ、学校に連絡だけお願いしていいですか?」
「探索者学校の生徒さんだったね。わかった、こっちから連絡しておくよ」
「ありがとうございます」
先ほどからバタバタとひっきりなしに人が出入りし、外から応援を呼ぶ声が聞こえた。
それを警備室の中で聞きつつ、一緒に付き添ってくれた警察官さんと話をした。
日本ではダンジョン内部の犯罪行為は日本の法律で取り締まることができる。
今回のちょんぼるたちの行為で最も罪が重いのは強要罪というもので、これは罰金刑がなく懲役刑しかない。つまり有罪判決が出た時点で刑務所行きだ。まあ執行猶予がつく可能性もあるが、ちょんぼるには是非とも刑務所で自分の罪状を反省してほしいと思う。
それとちょんぼるが勝手に紅雪と赤華の動画をあげたのでこれも削除するように警察で動いてくれるらしい。現在ちょんぼるが投稿している動画サイトも規約違反で強制退会されるだろう。
個人が保存している動画データまでは消せないが、ちょんぼるがDチューバーとして再起することはほぼ不可能なので留飲を下げることにする。
ちょんぼるが犯罪者になれば探索者資格も取り消しだ。
もう二度とダンジョンであのうざい声を聴かなくてすむと思うと胸がすっとする。
■
学校からの迎えのバスが来たら帰っていいと言われたので大人しく待っている間に、疲れた顔の警察官がやってきた。
「堂島くん。君もボスモンスターとの戦いに巻き込まれていたね?」
「はい、あの鋼の巨人と騎士のモンスターですよね?」
「うん、そう。そのモンスターなんだが……」
苦虫を噛み潰したような顔で警察官が言う。
「……そのモンスターを呼びだしたのが、例のちょんぼるというDチューバーだったらしくてね。戦闘に巻き込まれた人たちがちょんぼるに集団訴訟で損害賠償と慰謝料を請求すると言っているんだ。堂島くんはどうする?」
通路を歩いていただけなのに突然ボス戦に放り込まれたと思ったら、全部あのちょんぼるのせいだったのかよ……。
あ、俺も請求したいんで手続きお願いします。
ダンジョン「★★ランクダンジョンだから★★★ランクのジョブはルール違反。汚い忍者はアウト!」
汚い忍者「」




