45 災厄の訪れ
あのDチューバ―と遭遇してから三日。
あの一件以降も普通にダンジョンに潜って敵を狩り続けていた。特に問題もなく、順調に魔石を稼げていた。
そして休日。朝から一日中ダンジョンに潜れる日。
いつものように学校の送迎バスでダンジョンセンターの駐車場まで送ってもらい、中に入る。
「……今日は人が多いな? 休日だからか?」
平日は普通に働き、休日に冒険者をしている兼業冒険者は多いと聞く。
この機械のダンジョンでよくドロップする魔石は★★なら五千円で買い取りだ。朝から夕までダンジョンに潜れば一人頭二、三万円くらいは稼げるんじゃないだろうか。
ダンジョン内は危険もほとんどないので、ストレス解消目的で来る会社員や、景色の良いダンジョンだとデート気分で来るカップルなんかもいるらしい。
「あんまり人が多いとモンスターの取り合いになって困るな……」
俺がメインで戦っているのは中層のあたり。入口の側と違って人気もなくも狩りやすい場所なのだが、これだけ人が多いと今日はどうなっているかわからない。
「……とりあえず中を覗いてみて考えるか」
あんまり人が多いようなら今日は素直に諦めて帰ろう。そう決めて俺は受付へ足を進めた。
「……あれ? 意外と空いているな?」
魔法陣に乗ってダンジョン内部に飛ぶと、予想よりずっと空いていた。まだ入り口の側だが普段より少ないくらいだ。
「もしかして奥の方が混んでるのか? まあいいや、とりあえず進んでみよう。来い、紅雪、赤華」
「マスター、今日もがんばりましょうね!」
「今日もいっぱい敵を倒すから、帰ったらご褒美ちょうだいね? ご主人さま♪」
ざわ……。
「ん?」
二人を召喚した途端、周りから視線が集まった気がした。
遠くにいる人間までこちらを見ている。
……気分が悪いな。見世物じゃないんだぞ。
「二人ともさっさと行こう」
「……はい」
「何かヤな感じね?」
二人に先導させる形で奥に進む。
さっさとこの場を離れたかった。
■
「は~い、みんなこんにちは~、ちょんぼるだよ~! 今日は集まってくれてありがとう~!」
マサルたちがダンジョンの中に入って間もなく。
ダンジョンセンターのロビーの一角で、一人の男を中心にして百名近い探索者たちが集まっていた。
撮影助手のスタッフにカメラを持たせ、今日の企画の説明を行う。
「今日はこのメンバー全員で機械のダンジョンの謎を解き明かそうと思いま~す! 実は前回の探索で目途をつけていたんだよね~!」
Dチューバーのちょんぼるの隣に二十代半ばの小男が立った。おどおどとして自信なさそうな態度をしている。
「実は彼が今回の協力者の藤木くんで~す! なんと★★★の探索者で斥候ジョブ! ダンジョンの偵察に関しては日本一の実力者なので~す!」
「ど、どうも……」
ちょんぼるの説明に照れ臭そうにしながら藤木が頭を下げた。★★★という説明に周りの参加者たちも驚きの表情を見せる。
現在の民間探索者で★★★まで上り詰めている探索者はほんの一握りだけしかいなかった。民間より先行している自衛隊や機動隊でも★★ランクの隊員が大半を占め、★★★まで到達している人員はあまり多くない。
★★★の斥候という人材を用意できたちょんぼるのコネが凄かった。
「ちょっと前に藤木くんから連絡貰って――」
「ちょんぼるさん、例の彼、来ました! 今ダンジョンの奥に向かっていったところです!」
「え、マジで! わかった、行く行く! すぐ行くよ!」
受付の奥からやってきたスタッフの一人がちょんぼるに声をかけると、俄かにちょんぼるたちは動き出した。
「みんな~! ここでサプライズだよ~! 前回の動画で大反響だったあの二体のモンスターカードの持ち主が、今回もこのダンジョンに現れました~! 今から突撃インタビューをしようと思いま~す!」
「「「「おー!!」」」」
「それじゃあ受付をすませて、ダンジョンにレッツゴ~!」
「「「「おー!」」」」
百人の参加者を連れてちょんぼるがダンジョンの中に入っていった。
■
「なんか嫌な予感がする」
「私も……」
「わたしも……」
奥に向かって進んでいるのだが、さっきの入り口の出来事が頭を離れない。
「……もしかして跡をつけられてたりしないよな?」
ただの妄想かもしれないが、以前学校のダンジョンでストーキングをされたことを思い出した。
ダンジョン内のストーキングは処罰の対象だからまともな人間はやらないと思うが。
「まともな人間ばかりなら罰則なんて要らないんだよな……」
平気でルールを破る奴はいる。そう思っていた方がいい。
「二人とも、誰かついてきているかわかるか?」
「すみません、わかりません」
「斥候系のジョブならわたしたちに気がつかれずに追跡ができるんじゃないかしら?」
「そうか、もしも相手が本職なら面倒だな。やっぱり斥候系は必須だな」
そのまましばらく進み、マップの隅の部屋を一つ占有した。入口には赤華の召喚した眷属レッドキャップを置いておく。
このまま何も起きなければいい、ただの気のせいならいい。
そう願っていたが、どうやらまた面倒な連中に目をつけられたらしい。大勢の人間が移動音も隠さずに俺たちの占有している部屋に近づいてくるのがわかった。
「こんにちは~! ちょんぼるだよ~! ちょっといいかな~? インタビューしに来たよ~!」
三十代くらいのチャラい男が顔を出し、カメラを持った男たち数人が俺に向かってレンズを向けた。
「あれ? 君とゴブリンたちだけ? あのかわい子ちゃんたちは?」
こいつらが近づいていると判明した時点で紅雪と赤華はカードに戻していた。今いるのは眷属ゴブリン三体だけだ。
「ちょんぼるさんでしたか。前回撮影はやめてほしいと言ったはずですけど、この騒ぎは何なんですか?」
何人いるのかわからないが、通路をびっしりと埋めつくすほどの人数が集まっているのがわかった。視線にさらされるのを避け、ローブのフードを目深にかぶる。
「あれ? 僕の動画見てくれていないの~? 残念だな~、前回の動画、すごい反響でね~! あの動画に映っていたモンスターの子たちについて知りたいって声がすごい多かったんだよね~」
「……勝手に動画をあげたんですか? 撮影はやめてほしいって言いましたよね?」
「大丈夫! 君の姿はちゃ~んとモザイク入れてるから! モンスターなら問題ないでしょ?」
「…………はあ」
話が通じない。常識がない。どうしてこんな奴らが度々俺の前に出てくるんだ……。
……紅雪と赤華が可愛すぎるからだな。
あの二人が美少女過ぎるからこういう連中に目をつけられる、と。美しさが仇になるとは本当に嫌になる。
カチリと胸元に止めていたダンジョンカメラを外して手に取った。
そのままゆっくりとカメラを回し、こちらを興味津々の様子で見ている連中のバカ面を撮影していく。
俺の様子に慌てて後ろに下がった奴が何人かいたが、ほとんどは面白そうにニタニタと笑っていた。
「撮影を止めてほしいと言ったんですからモンスターだろうとモザイクだろうと勝手に使われるのは困ります。それにインタビュー? 俺のモンスターについて知りたいってことですか? わざわざ俺に会うために跡をつけて来たんですか?」
「そうそう、あの美少女モンスターのカードがどこで手に入るのか、パソコンの前の視聴者は知りたがっているんだよ! ね、お願い、教えてくれるかな?」
「お断りします」
ちょんぼるの顔をアップで映して、再びダンジョンカメラを胸元に戻す。
「おいおいお~い! ちょっとノリが悪いんじゃないかな~? 君のモンスターについて知りたいって人がこんなにいるんだよ~?」
「そうだそうだー!」
「レアモンスターの情報を独占するなー!」
「美少女モンスターをこっちにもよこせー!」
ちょんぼるが周りの取り巻きたちを煽ると、簡単に釣られたバカ共がヤジを飛ばす。
そいつらに向かって冷めた眼差しを向けながら、眷属レッドキャップを部屋の入口に並べて奥に引っ込んだ。
「あ、ちょっと~! まだインタビュー終わってないんだけど~?」
「何も答えることはありません、お引き取りください」
「横暴だ~!」
さすがに眷属レッドキャップたちを退かそうとすることはなく、部屋の外でしばらく喚いた後、ちょんぼるたちは来た道を引き返していった。
うるさい連中がいなくなったところで、ようやくほっと一息をついた。
「無断で動画に使用、ストーキング、集団で囲んでモンスターカードについて話せと強要し、断れば罵倒……この証拠を出せばあいつら終わりだな」
ちょんぼるだけじゃない。一緒になって調子に乗っていた連中全員、後悔させてやる。
■
ちょんぼるは人生の絶頂にいた。
ダンジョンが発生し民間探索者制度が制定された時、トップ探索者になって大活躍することを夢見て真っ先に探索者資格を取得したちょんぼるだったが、理想と現実はかけ離れていて、凡庸な探索者として埋もれる毎日を送っていた。
そんな中でちょんぼるが出会ったのはダンジョンの投稿動画。Dチューバ―として有名人になろうと考えた。
才能があったのかタイミングが良かったのか、登録者数も千人を越え、★★★探索者の藤木というファンの協力で機械のダンジョンの謎まで解くことができた。
そしてつい最近投稿した動画が大反響で再生回数は過去最高、ちょんぼる主催の今回の企画には百人を超える参加者が集まり、しかもちょどいいタイミングで前回の動画の彼とも再会した。
残念ながらインタビューは失敗だったが、まあ後で動画編集すればいい。それよりも自分の味方をしてくれた大勢の仲間たちがいることが心地よかった。
「それじゃあ気を取り直して~! 今日の企画内容を発表しま~す!」
気分は最高潮、口の動きも滑らかに、ちょんぼるが今日の企画の内容を参加者に説明し始める。
「機械のダンジョンの謎、衝撃の新事実~! 実は、このダンジョンは~!」
撮影助手にカメラを預け、両手持ちの大きなハンマーを振り上げ。
「すごく大きな、モンスターの一部だったんだよ~~~!!!」
ガゴォン!!!と大きな音を響かせながら、振り下ろしたハンマーが壁の一部を破壊した。
――ウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!
鳴り響くサイレン。ダンジョン内部のライトが真っ赤に変わる。
【非常モード、非常モード! 緊急警報ヲ発令シマス!】
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
【“ガーディアン”ヲ起動シマス――!!!】
天井が、壁が、床が。
動き、起き上がり、組み合わさり、変形する。
複数のレーザーライトが合わさり、マニピュレーターハンドが絡まり合って巨大な武器を作り上げる。
そして現れたのは見上げるほどに巨大な人型ロボット。
右手に大剣を、左手に銃を持った、冗談のような大きさの鋼鉄の塊。
いつの間にか部屋や通路も変形してコロシアムと化してしまったダンジョンの中で、機械のダンジョンの【隠しレアモンスター】・“鋼の守護神”と、不幸にも巻き込まれた三百人の探索者の戦いが始まった――。




