40 名前
【名付】。
モンスターに名前をつける行為であり、名前を付けたモンスターカードは他人に譲渡できなくなる制約にもある。
これを【個人登録】という言い方もできるが、モンスターカードだけではなく装備カードやスキルカードも個人登録をすることができる。
個人登録を行わない場合は使わなくなったら他者に譲渡・売却ができるというメリットがある。急場しのぎで使うカードならそれで問題ないだろう。
だが、個人登録を行った場合、様々な恩恵が与えられる。
例えば使用時のコスト、MP消費が減少したり。
性能が強化されたり。
使い続けたカードが【ランクアップ】したり。
個人登録を行った場合だけの強力なメリットがあるので、ずっと使い続けるつもりならさっさと【個人登録】――モンスターカードの場合は【名付】を行った方がいい。
俺がゴブリンくんをあだ名で呼び続けているのもそれと同じような理由だ。
俺にとってゴブリンくんはその場しのぎの為の肉壁、使い捨ての囮でしかないし、最初からそのつもりで運用している。必要以上にゴブリンくんに肩入れせず、必要ならいつでも切り捨て、手放せるようにしている。
それに、もしも万が一ゴブリンくんがランクアップした場合にMP消費が跳ね上がってしまうので、そんなことが起こらないように名付けをしないでいた。
それに対し紅雪はずっと使い続ける気でいる。
ずっと側にいてほしい。そう願うから名前を贈るのだ。
■
「これをわたしに?」
「ああ。プレゼントだ」
六月も半分を過ぎた頃、少し遠出をした時に綺麗な花を見かけた。
小さな花がたくさん集まって咲いている雨に濡れる姿が気に入って、近くの花屋を何件も回ってようやく買えた。
真っ赤な色をしたアジサイの花束だ。
「雨粒に濡れている姿が赤ずきんみたいでさ。ああ、これだって思ったんだ」
降りしきる雨の中で鮮やかに咲き誇るアジサイに、血の雨を降らせながら軽やかに踊る赤ずきんの姿が重なった気がした。
アジサイは少し変わった花で、花弁のように見える部分は本当はがくらしい。そのがくに囲まれた真ん中の部分に小さな花が咲いている。
このがくが赤ずきんの羽織っているコートのように思えたことも面白い。『花びら』と思ったものが実は『がく』だったように、『赤ずきん』と呼んでいるけれど本当は『赤帽子』だ。
そんなことにも思わず笑ってしまう。
花束を持った赤ずきんについに俺は告げた。
「【赤華】。それが今日からお前の名前だ」
名を贈る。
ずっと共にあれと願い、祈りを込める。
「アジサイの花言葉は『家族』。俺の新しい家族になってくれ」
「……はい、ご主人さま。私はずっとのあなたの側で――あなたの為に咲き続けるわ」
■
名とは証。
確固とした個であり、自分が何者なのかと世界に示す根底にあるもの。
他者から認識されるために、そして自分自身を認識するために必要なもの。
限界まで魔石を得て、数えきれないほどの経験を積もうと、個の名前を持たない【ゴブリン】は【ゴブリン】の枠組みを打ち破れない。【ゴブリン】はゴブリンだから【ゴブリン】なのだ。
――その枠から、一歩外へ踏み出す。
わたしが赤ずきんというあだ名で呼ばれていた【レッドキャップ】ではなくて、レッドキャップという種族の【赤華】に変わっていく。
ご主人さまの願いによって、アジサイの花が咲き誇るこの日。
赤ずきんは生まれ変わって――赤華は生まれた。




