4 ダンジョンの教科書
「マスター、ネクタイが曲がっています」
「おっと、ありがとう。ブレザーはまだ慣れないな」
探索者学校の制服のブレザーを着ていると紅雪がネクタイを直してくれた。
中学の制服は詰襟だったから今までネクタイを結んだことがなかった。ネットで簡単な結び方を調べて紅雪と二人で練習したのがつい最近のことだ。
一応一人でも結べるように練習したけど紅雪の方が得意なんだよな。いろいろと物覚えが早いし器用なんだと思う。
「それではマスター。何かあったら私を呼んでくださいね」
「だから心配し過ぎだって」
心配する紅雪をなだめてカードに戻す。
今日から初登校だ。学校に通うなんて一年以上ぶり。
「……今更だけど緊張してきたな」
紅雪がいなくなった途端に不安になってきた。ちゃんとやれるだろうか。
■
無理でした。
「お前ら春休みに何してた?」
「こいつと映画行ってきた」
「え、何で俺を誘ってくれないんだよ!?」
「だってお前、爺ちゃん家行くとか言ってたじゃん」
「久しぶり~! 元気だった~?」
「またみんな一緒で嬉しいよ~!」
「私も~!」
教室に入った途端に味わう疎外感。
あっちもこっちも既にグループが出来上がっていて俺一人だけポツンと取り残されている。
(……ああ、そうか。同じ中学のグループなのか)
今知り合ったばかりという雰囲気ではなく、以前からの友人のようだ。
俺は越境入学で隣の県からこっちに来たので知り合いがいないので、完全に一人ぼっちである。
まあこうなってしまっては仕方ない。自分から積極的に話しかける気力ないのでカバンから教科書を取り出して読みだした。
『ダンジョン学入門』。
一年の間に発覚した様々なダンジョンの【仕様】について書かれている教科書だ。
内容が少なく薄い本なので貰った時に一度読み終えているが、暇なのでもう一度眺めるくらいはいいだろう。
■ 『ダンジョン学入門』
・ダンジョンについて
ダンジョンは20××年1月23日に発生した空間です。
地上とは魔法陣を経由して行き来でき、一番最初にダンジョンに入る際には必ず【チュートリアルダンジョン】に飛ばされ、ジョブカードを手に入れることになります。
チュートリアルクリア後に再び魔法陣を使ってダンジョンに入場する場合、【○○のダンジョン(★)】という表記に変わり、チュートリアルダンジョンには入れなくなります。
【○○のダンジョン(★)】の★はダンジョンのランクを示していて、現在★から★★★まで確認されています。
★のダンジョンのボスを倒し攻略した後、再び魔法陣を使うと★★のダンジョンが出現します。下位ランクのダンジョンを攻略することで上位のダンジョンに入場できるようになります。
ダンジョンは屋外屋内どちらのパターンも存在しますが、地球上ではない特殊な空間だと言われています。ダンジョン内部と外部では連絡が取れません。
ダンジョン内部にはモンスターが出現し、罠が設置され、宝箱が置かれています。
モンスターを倒すことでアイテムがドロップし、宝箱からもアイテムが手に入ります。このアイテムを地上に持ち帰るのが探索者の基本的な仕事です。
日本国内に出入り口の魔法陣が存在するダンジョンは暫定的に日本国の一部として扱われます。
ダンジョン内での犯罪行為は日本の法律に基づいて罰されます。
・ジョブカードについて
ジョブカードの最も重要な機能は【HP】と【MP】です。
【HP】はジョブカード装着者を外部から保護する機能があり、HPが残っている状態なら怪我を負うことがなくなります。疲労も軽減されます。
ダンジョン探索の際にモンスターや罠が探索者に襲い掛かりますが、探索者が無事に探索を続け、地上に戻ることができるのもこのHPのお陰です。
そして、このHPが0になるとジョブカードは全ての機能を停止します。ジョブカードの再使用まで三日間の使用禁止期間が課せられます。
【MP】はカードやスキルを使用する際に消費されるコストです。
探索者は装備・スキル・モンスターカードを装備する際にこのMPをコストとして支払います。
また、ジョブごとに設定されたジョブスキルや、スキルカードを装着すると使えるようになるアクティブスキルを使用する際にもMPをコストとして支払います。
MPがマイナスになる時にはパッシブスキルを使えません。
MPが0になるとアクティブスキルの類は全て使えなくなりますが、パッシブスキルや装備はそのまま使用可能です。
探索時には常にHP・MPの残量に気をつけて余裕のある撤退を行いましょう。
HPもMPも一晩ゆっくり休むことで全回復します。
回復用のポーションもありますが、アイテムに頼るのではなく無理のない探索を心掛けるようにしましょう。
■
「皆さんおはようございます。出席を取るので席についてください」
しばらく教科書を読んでいると、教室の前のドアから若い女性の先生が入ってきた。
おしゃべりしていた生徒たちが急いで自分の席に戻るとすぐに出席が取られ、クラス全員が揃っていることがわかった。
「では入学式の行われる大ホールに移動します。出席番号順に列を作ってついてきてください」
先生の後について移動を開始した。
移動中に校内の様子を見て回ったけど、この学校は元は大学だったらしい。
中庭のど真ん中にダンジョンの入り口ができてしまって一旦休校、その後中庭だけ封鎖して授業を再開したところに第二次ダンジョン災害が発生してトドメになったんだとか。
中庭周辺の建物はその時の騒動で壊れてしまったところが多いが、俺たちが集まっていた教室やこれから入学式を行う予定の大ホールはほぼ無傷で済んだようだ。
政府が存在を認識していたダンジョンにはジョブ持ちの自衛隊や機動隊の人が二十四時間体制で警備をしていた。その人たちの奮闘のおかげだろう。
その一方で、発見者が報告せずに存在を隠していたダンジョンはそういう人がいなかったので大きな被害が出てしまっている。
■
無事に大ホールに辿り着き入学式が始まった。
(人が少ない)
国立の県で唯一の探索者学校なのに参列者が少ない。生徒の数は二百人くらいだけど、保護者はその半分もいないし、こういう時にずらりと並んでいるはずの来賓の姿も全然なかった。
来賓はいないのに祝電がたくさん届いていて、それがずっと読み上げ続けられている。
(この学校がダンジョンの側だから逃げたのかな)
ガラガラの式の惨状を見ながら考える。
お偉いさんたちはきっとダンジョンに近寄りたくなかったから祝電だけ送ってきたんだろう。
保護者の姿が少ないのは……探索者になることに反対している、とかだろうか。