39 ボスマラソン
ボスマラソンを終えて今更だが気がついたことがある。
俺は調子に乗っていた。それに焦っていた。
【機械のダンジョン(★★)】で探索をして一日で魔石を三個と素材を少ししか手に入らなかった。
なるほど、確かに少ないだろう。【洞窟のダンジョン(★)】なら一週間で五十個以上、スキルカードやモンスターカードなども手に入れることができた。それに慣れている俺の状態すると「たったこれっぽっちか」と思ってしまうのも仕方ない。
だが、そもそも前提が違うのだ。
【洞窟のダンジョン】を攻略する時は紅雪がいた。その後には赤ずきんも手に入れ、ランク差の暴力で敵モンスターを乱獲できた。上のランクのカードを使っているのだから簡単に感じてしまうだろうな。
だが【機械のダンジョン】に出てくるのは同ランクのモンスター。同格相手に苦戦するのは当然、報酬が減るのも当然。その当然を理解できていなかった。
さらに、学校のカリキュラムでは★ランクのダンジョンは夏休み前にクリア推奨――四月当初から七月半ばまでの、たかだか【三か月程度でクリアできる】程度のダンジョンだとされている。
それに対して★★ランクは一年生の夏休みから二年生の夏休み前まで、【丸一年かけて攻略する】難易度のダンジョンだとされているのだ。
魔石が一日三つしか手に入らないと言っても、これを一年続ければ千個以上の魔石が集まる計算になる。魔石による強化を踏まえれば倍以上の魔石を稼ぐこともできるだろう。途中でカードのドロップもあるだろうし、ダンジョンの奥に進めるようになれば更に収入が変わる。
そうした諸々の変化を込みで、★★ランクを攻略するには一年程度かかるだろうと学校は示していたのに、俺の頭からそのことがすっかり抜け落ちていた。
そうした情報から目をつむり、難易度が上昇していることに気がつかず、★ランクダンジョンと同じ調子で攻略できるなんて調子に乗って突撃した。そしてモンスターに手こずり、手に入った魔石が少ないと焦っていた。
……そりゃあダメだろう。こんなの上手くいくわけがない。
あの時の自分があまりに馬鹿すぎる。穴があったら入りたいくらいだ。今すぐ自分の記憶から消し去りたい。
でも同行した若槻教官にはばっちり見られていたし、ダンジョンカメラにも映ってるんだよな……誰かあの記録消してくれないかなぁ……。
まあ、そういうわけで、俺は自分がいかにバカなことしていたのか、ようやく自覚できたのだった。
■
「すうすう……」
「……むにゃ……まだするのぉ……?」
両隣で寝息を立てる二人を腕枕しながら、ステータス画面を呼び出す。
【ジョブ】魔物使い(★★)
【所有スキル】
・精力強化(★★)
・繁殖力強化(★★)
所有スキル欄に燦然と輝く【精力強化】と【繁殖力強化】の文字。
一週間続いたボスマラソンは決して無駄ではなかった。自分が大きく成長したことを今、とても実感している。
……この二人って【ハイゴブリン亜種】だから、元から種族スキルで【精力強化】とか持ってるんだよ……。
まるでハイゴブリンじゃなくてサキューーいや、何でもない。
とにかく俺はようやく心の余裕を取り戻せた。そうして、今までのあれこれを反省することもできたのだ。
心の余裕って大事だなと思いながら、この日、俺は久しぶりにゆったりとした気分で眠りについた。
■
――心機一転した翌日。
「というわけで、もうしばらくボスマラソンを続けようと思う」
「どういうわけですか?」
「一週間の予定じゃなかったの?」
不思議そうな顔をする二人に、俺は自分の考えがいろいろと間違っていたと告げた。
「★ダンジョンのボスを倒すと★★ダンジョンに入れるようになるだろ? だから俺はさっさと★★ダンジョンに進んでそこの敵を倒すべきだと思っていた。★★ランクのカードや魔石が欲しいからな」
「はい、そうですね。特に魔石は強化には必須ですから大量に集めないといけないので大変です」
ちなみに★ダンジョンのボスが落とす魔石は★ランクだ。いくら狩っても★★ランクの魔石は出てこない。
「うん、普通に考えるとそうなるな。だけどそれが間違いなんだ。今までは★ランクと★★ランクしかないと思っていたけど、正確にはその二つの間には★☆ランクがある。これが★ダンジョンのボスだ。
つまり、【★☆ランクのダンジョンボス】を狩り続けて、ドロップ品を集めて【★★ダンジョン攻略に備える】。これが正しい筋道だったんじゃないかと思うんだ」
「そういえば……★★ランクのスキルカードや装備カードはドロップするのね?」
「ああ。倒すのはちょっと大変だけど、その分カードのドロップ率も高い。実際にこのスキルカードもボスドロップだからな」
【精力強化(★★)】と【繁殖力強化(★★)】のカードを見せながら説明を続ける。
そう。ボスは魔石は落とさないが、★★ランクのカードはドロップする。それもボス補正込みなのかわりと高めの確率で落とすのだ。
「ボスは倒すのが大変と言っても俺たちならまず負けることはない。それにドロップ品に★ランクのカードが混ざることもあるけど、★★ランクのカードはそれなりに落ちる。だったら無理して★★ダンジョンに行くより、手堅くボスマラソンを続けた方が俺たちの強化に繋がる。それが俺の結論だ」
「なるほど……そう言われてみると確かにその方が私たちにあっていると思います」
「でも、それならどうして他の人はボスマラソンをしないの?」
「それは最初に言った★★の魔石がドロップしないっていうのと、あとは相性のいいダンジョンならボスマラソンしなくても普通に戦えるからだろうな」
俺たちは他のメンバーを入れずに俺とモンスターたちだけで攻略を考えているが、他のパーティは普通にメンバーを入れ替えたり追加したりして、ダンジョンに合わせた編成が容易にできる。
ちゃんと相性を考えて探索をすればボスマラソンをしなくてもなんとかなるはずだ。この点は素直に羨ましい。
「先に進んでいる勇者パーティやソロの道士も普通に★★ランクで戦えているんだろうな。だからボス部屋に戻ってこない。そして他の生徒もまだボスまで到達していない。つまり、今はボス部屋を専有できる絶好の機会なんだ。これを逃す手はない」
これからどんどん後続パーティが追い付いてくるだろう。そしたらボス部屋を俺たちが占領するわけにもいかなくなり、回転効率がガクッと落ちてしまう。
「だから今から数週間が勝負だ! 他のパーティがいない今のうちに★★カードをたくさん稼ぎまくる! 二人とも頼むぞ!」
「はい、わかりました、マスター!」
「わかったわ。わたしに任せて、ご主人さま♪」
ここが俺たちの勝負所だ。どれだけ★★ランクカードを集められるかが今後の攻略速度を左右する。
気合を入れ、俺たちはボス部屋に足を向けた。




