31 閑話・お休みの終わり
「それではこちらをお願いします」
「わかった。任せてくれよ」
紅雪が用意したお買い物メモを手に外出の準備をする。今日は暖かいので薄手のジャケット一枚で大丈夫だろう。
「ご主人さま、わたしは一緒についていけないの?」
「ごめんな。モンスターは外を出歩けない決まりなんだ」
「それができるなら最初から私がマスターについています」
「そうなの。ここって思った以上に窮屈なのね?」
「そのうちモンスターも外を出歩けるようになるといいんだけど、難しいだろうな」
紅雪たちが家事を用意してくれるが食材や雑貨の買い出しに関しては俺が担当している。街中ではモンスターを出せないので俺しか買い物ができる人間がいないからだ。
赤ずきんは家の外に興味があるようだが、さすがに連れ歩くと捕まるので無理だ。
でももし紅雪や赤ずきんたちと一緒に買い物とかデートをできたらきっと楽しいだろう。体を動かすのも得意だしレジャースポーツなんかも気に入りそうだ。
モンスターカードを自由に呼び出していいテーマパークみたいな場所が出来れば二人と一緒に遊ぶことも可能かもしれない。そういう施設の情報がないか今度探してみよう。
「さ、そろそろ買い物いくから二人とも戻すぞ」
「はいマスター」
「わかったわ」
買い出しに向かう前に二人をカードに戻す。
モンスターカードで呼び出したモンスターには距離制限がある。体育館の端から端くらいの距離なら問題なく維持できるが、家から店までの距離だとさすがに遠い。家の近所のお店は避難していて閉店しているので遠くの店しかやっていないという事情もある。
スーパーに到着すると意外なくらい買い物客が多かった。
駐車場にワンボックスカーが何台も並び、若い団体のグループが大量に食料を買っている。
「なんだこれ……」
こんな人たち今まで見たことがない。
年齢は二十代から三十代くらいだろうか、俺よりも年上に見える。
「探索者って思ったより儲からないな……」
「ああ……今日ももやしパーティだ……」
「たまには肉が食べたい……もうもやしは嫌だ……もやしは嫌だ……」
「今日はスキルカードが高値で売れたからお祝いだよ! このちょっとお高いお肉もお高いお酒も買っちゃうからね!」
「やったー! テンション上がってきたー! 今日は飲み明かすぞー!」
「お酒は多めに、つまみも忘れずに買っていこうね! 夜中に買い出し行くのは大変だから! ほらみんな好きなのカートに入れて入れて!」
「だからあの時に左に避けたのがダメなんだよ。俺が居るんだから右に動くべきだろ。そのまま左右から挟撃をして――」
「いや、あのタイミングだと左にしか避けられなかったんだよ。あそこで右に避けるとそのまま攻撃の軌道を変えて追撃が――」
「それならお前が敵の攻撃に合わせて――」
暗い顔でもやしを買い込んでいるグループ。
明るい顔で大量の食材とお酒をカートに乗せているグループ。
真剣な顔で買い物そっちのけで討論を始めたグループ。
その他にも大勢の買い物客がいたが、耳に入ってくるのはダンジョン関連の話題ばかりだった。
「……ああ、そうか。うちの近くのダンジョンに潜っている人たちなのか」
ダンジョンは全て国に管理されていて、探索者向けに開放されている場所ならどのダンジョンにも自由に入れる。うちの近くのダンジョンも例外ではない。
スーパーからの帰り道で注意深く見ていると、見慣れないワンボックスがあちこちの駐車場に停められて、人気のなかった家に住人がいるのが伺えた。
「あそこの家、避難していた家だ……。あの家も、あの家も……見たことない車が停まっている……」
スタンピードの後に住人が避難し、空き家になっていた家に探索者のグループが入り込んでいた。
空き家を探索者向けの貸家として貸しているんだろう。テレビでそんなニュースが流れているのを見た。
「……もう、みんな戻ってこないのかな」
学校に行く途中にいつも挨拶していた通学路の家のおばさん。
町内会のお祭りでお世話になった閉店してしまったお店のおじさん。
庭の柿のお裾分けをしてくれた裏の家の一家や、角のタバコ屋で店番をしながら日向ぼっこしていたお爺さんとお婆さんたち。
俺の良く知る人たちが住んでいた家に、今はまったく知らない人たちが住んでいる。
「……ただいま」
「どうしたんですか?」
「……ちょっとね」
誰もいない家の玄関をくぐり、さっそく紅雪を呼び出して抱きしめた。
どんどん変わっていく。街も人も、俺の知らない場所になっていく。
この家も俺がこうして使っていなかったら貸家になっていたんだろうか。家族の思い出がつまったこの家に知らない誰かが住んでいたんだろうか。
どうせもう元の家族に戻ることなんてないのに。
それでも胸が苦しくなる。
「大丈夫ですよ。私はここにいます。ずっと貴方と一緒にいます」
紅雪の胸に頭を埋めるように、ぎゅっと抱きしめる。
「わたしもいるの忘れてないよね?」
赤ずきんも一緒になって、俺を抱きしめてくれた。
二人の温もりと優しさに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「……ありがとう」
周りはどんどん変わっていくけれど。この二人はずっと俺の側に居てくれる。
彼女たちが俺の新しい家族なんだ――。
■
ベッドの中、眠りについたマサル見つめながら紅雪は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
『マサルの家族を奪ったのは自分』だと自責の念に駆られていた。
マサルが紅雪を手に入れたばかりでまだ名付けをしていなかった頃。
マサルの両親はマサルにモンスターカードを手放すように言ったのだ。
ダンジョンというわけのわからない場所で手に入れたモンスターを呼びだすカードである。危険だと思う人間がいてもおかしくない、ごく普通の反応だ。
だが、マサルは手放すことを拒否した。
再三の両親の説得にも耳をかさずにずっと紅雪を使い続け――やがてマサルと両親の間に大きな溝が生まれた。結果マサルだけがダンジョンの側の家に残り、両親はマサルたちから逃げるように避難所に居を移した。
『マサルは家族よりも自分を選んでくれた』
紅雪の為にマサルは家族を失ったから、紅雪がマサルの家族になるのは当然で。
一生懸命家事を覚え、マサルのご飯を作り、甲斐甲斐しく世話を焼くのも、居なくなった母親の代わりになるためで。
家族を失ったマサルへの申し訳なさと、それでも自分を選んでくれた喜びを胸に、紅雪はマサルと共にあり続けるのだった。
■
――こうして二人の絆を再確認して、マサルたちのゴールデンウィークは終わりを迎えた。




