3 お引っ越し
春うららな三月のある日。
「マスター、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「わかったよ。ま、電車にのって隣の県まで行くだけだし大丈夫さ」
玄関でバックパックを背負った俺を紅雪が心配そうに見つめていた。
「やっぱり私もマスターと一緒に……」
「いや、紅雪を外で連れ歩いたら電車乗れないし。通報されて警察に捕まっちゃうよ」
「でも……」
「本当に大丈夫だから、安心して」
さっきずっとこの調子だ。一年前までは普通に遠出したこともあったし何も問題ないのだが、紅雪は俺が何時間も一人でいるのが不安らしい。
俺のことをどんな風に思っているんだ……いや、この一年の生活を思い出すとめっちゃ社会不適合者だったわ。心配されても仕方ない気がしてきた。
「っと、そろそろ出発しないとバスに遅れるな」
「そうですか……ではまた後で……」
「ああ、またな」
紅雪に向かって右手を向けると、彼女の体が光の粒になって弾け、俺の手の中に集まって一枚のカードに姿を変えた。
【名前】紅雪 【所有者】堂島勝
【種族】ハイゴブリン 【ランク】★★
【モンスターカード】に戻った紅雪を“自分の中”に仕舞い込む。
これもダンジョンに入った影響らしく、自分の意識の中にカードホルダーのようなものがあり、そこにジョブカードやモンスターカード、装備カード、スキルカードなどをセットできるのだ。
ちなみに現在セットしているジョブカードは【魔物使い】。装備カードとスキルカードはなし。モンスターも紅雪だけだ。
【ジョブ】魔物使い 【ランク】★
【装備】
・なし
【スキル】
・なし
【モンスター】
・紅雪 【ランク】★★
しっかりとカードがセットされていることを確認し、スマホや財布を持っていることを確認して家を出た。
「いってきます」
人気のない静かな町に俺の声が響いた。
■
【国立・第十六探索者学校】。
これがこの春から俺が入学する学校の名前だ。各都道府県に一校ずつ作られたので第一から第四十七まで存在している。
よくそれだけの学校を用意できたなと思ったが、学生寮を見てその理由が少し理解できた。
「完全にビジネスホテルじゃん」
『第十六探索者学校 学生寮・C』と真新しい看板が出ているけど、外見はどこからどう見ても普通のビジネスホテルだった。
私服姿で出入りする同年代の男子に混ざって入口を潜り抜け、入ってすぐ横に会った受付に向かう。
寮の管理人からルームキーを受け取って自室に向かうと、ベッドと机を置いたらもうスペースいっぱいの小さな一人部屋だった。お風呂とトイレがちゃんと各部屋にあるのが個人的にポイントが高い。
そして何より一人部屋なので周りの目を気にせずに紅雪を召喚できるのも嬉しかった。さっそく紅雪のカードを使って部屋の中に呼び出す。
「やっと呼んでくれましたねマスター。ここが新しい家ですか。……ずいぶん狭いですね?」
「家じゃなくて部屋ね、部屋。そのドアの向こうから先は紅雪は出れないから気をつけてくれ」
「……狭いですね」
「本来は一人部屋だしな。二人だと確かにちょっと狭いよな」
さっそく呼び出した紅雪が物珍しそうに室内を眺めていたが、家具にスペースを圧迫された間取りに驚いていた。俺の家と比較しているんだろうけど早めに慣れてもらおう。最低三年間は寮住まいだ。
廊下に続くドアから出ないように言って、先に郵送しておいた荷物の荷解きを始める。
「手伝います」
「ありがとう」
制服やこまごまとした雑貨を段ボール箱から取り出し、壁の収納スペースにしまっていく。
「マスター。私が仕舞うので箱から出して渡してください」
「はい」
俺がごちゃごちゃと適当に積んでいくのが許せなかったらしく、紅雪監督に主導権を握られてしまった。言われたとおりに取り出して渡していくとちゃんと分類して置いてくれる。社会不適合者なマスターですみません。
元々荷物も少なかったので二時間足らずで荷物の整理も終わり、Wi-Fiに繋いだパソコンでちょっと調べてみた。
「ああ、やっぱり。この辺ってダンジョンのせいで人がいないんだ。このホテルもダンジョンのせいで潰れたか退去させられたんだろうな」
「例の事件のせいですか。それなら仕方ないのでしょうね」
第二次ダンジョン災害、通称【スタンピード】。
最初にダンジョンが発生した時から半年後に突然モンスターがダンジョンから溢れ出て、ダンジョン周辺の建築物を破壊して回った世界的大事件のことだ。
このスタンピードが発生した後、ダンジョン周辺の土地から住人がどんどん出ていき、空いた土地を国が買い上げてダンジョン対策用の施設を建造しているとテレビが言っていた。モンスターに家を破壊された人の多くは未だに仮設住宅で暮らしていて厳しい生活を送っているという話も聞く。
ネットで調べたところ、この学生寮の近くにあるダンジョンからスタンピードでモンスターが溢れたらしく、近隣住人はすでに避難済み。ダンジョンの周りは壁に囲われていて、探索者学校もそのダンジョンの近くに存在していた。
そういうわけで、この学生寮は元々ホテルだったのを設備を流用して用意したとかそんな感じなんだと思う。
「まあ、この周辺に住んでいた人たちには悪いけど、一人部屋を使えるのは助かったよ。ルームメイトがいたらこうして紅雪とイチャイチャできないからな」
「もう、マスター。変なところ触らないください」
口では文句を言いつつ膝の上から動こうとしない紅雪を抱きしめながら、二人でネットサーフィンを楽しんだ。
ちなみにモンスターとコミュニケーションを取るために自室で召喚するのはOKと寮の規則にしっかり書いてあった。さすがにロビーとか食堂とか共同スペースに連れて行くのはアウトだけどな。