27 閑話・黄金の休日
「ふんふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら紅雪がキッチンで朝食の準備をしている。
トースターにパンをセットした後、卵とハムをフライパンで焼き始める。
目玉焼きはマサルの好みの半熟。マサルが二つ、紅雪と赤ずきんは一つずつ。ゴブリンくんはMPコストの関係で召喚できないのでご飯はなしだ。
「ふあぁ……おはよう、紅雪」
「おはよう、お姉さま。これはなあに……?」
「二人ともおはようございます。もう準備ができますよ。赤ずきん、これは『ハムエッグ』と『トースト』というご飯です。マスターの好きな物ですから貴女も覚えてくださいね」
「マスターの好きな物……これが……?」
紅雪が皿を用意しているとマサルと赤ずきんが二階から降りてきた。赤ずきんは眠そうに目をしょぼしょぼしていたが、マサルの好物と聞いて目の前に並べられた食事を観察していた。
ゴールデンウィークに入ったのでマサルたちは寮を出て一度実家に戻っていた。一か月ほど留守にしていたので様子見も兼ねていたが、特に何も変わりはなく、埃もほとんど溜まっていなかった。
昨日は家の掃除などで慌ただしかったが、今日から数日はゆっくりする予定だった。
「トーストはカリカリになるまで焼いてバターを塗って、卵は半熟、ハムは柔らかく、サラダのドレッシングは控え目。飲み物は牛乳。これがマスターの朝食です。明日から貴女にも作るのを手伝ってもらいますからね」
「ええ……上手にできるかなぁ……?」
お姉さんぶって赤ずきんにあれこれ教えている紅雪を見て、マサルはこっそり笑う。
確かに朝はトースト派だが、朝食の用意が大変なのでトーストで済ませているだけで和食も普通に好きだったりする。
けど、紅雪にはそのことを言うつもりはない。
この朝食はマサルの両親が避難所に移ってから――マサルと紅雪を恐れてこの家を出ていった後に、頑張って家事を覚えた紅雪がマサルの為に作ってくれたメニューだった。
食事の以外の家事も全部、紅雪と二人で試行錯誤しながら覚えた。たくさん失敗したし、思った以上に何もできない自分に情けなく思った時もあった。
だけど、紅雪と二人きりで半年以上一緒に暮らし――今日からは赤ずきんを交えて三人暮らしになる。
きっと今まで以上に賑やかに、楽しい暮らしになるだろうと思った。
「あ、マスター! 卵がこぼれちゃいます!」
「え……あっ!? しまった、ティッシュ取ってくれる?」
「もう! 洗濯するから脱いでください!」
「ごめん、ありがとう」
べったりと黄身がこぼれてしまったシャツを紅雪が回収していく。汚れが固まる前に落とさないと面倒なのだ。
「たくましくなったな」
最初の頃は……と昔を思いだし、感慨深くなったマサルだった。
■
朝食を食べ終えたマサルたちがリビングでまったりしていると、テレビでニュース番組が始まった。
「最初のニュースです。ダンジョンに関する情報を故意に改竄した上でネット上で拡散したとして、本日未明、二十代の男性が警察に逮捕され――」
ダンジョン関連のニュースは連日にように報道されている。今回のニュースはネットの匿名掲示板でデマ情報を流した男が捕まったらしい。
ダンジョンに関するデマの拡散だけでも罪に問われるのだが、どうやら犯罪教唆のようなことまでしていたようで被害者が大勢いるらしい。
こうした掲示板やSNSなどネット上の情報を鵜呑みにしないよう、改めて探索者に注意を呼び掛けて終わり、マサルや紅雪たちはすぐにこのニュースのことを忘れてしまった。
世間を揺るがすような大事件などそうそう起こりはしないのだ。
■
「ねえご主人さま、これはなあに?」
「これはゲーム機だよ。こうしてカセットをセットして……よっと、久しぶりに動かすと懐かしいな」
「ねえご主人さま、これはなあに?」
「これはマンガ。中に絵と文字が書いてあるだろ? この右上からこうやって読み進めていくんだ。文字は読めるよな?」
「ねえご主人さま、これはなあに?」
「これはDVDだな。パソコンで再生できるから見てみよう。オススメはこのトロモンアドベンチャーだ。面白いぞ!」
赤ずきんがこれはなに?あれはなに?とマサルを質問攻めにしている。
モンスターカードから召喚されるモンスターは最低限の常識を有している。この常識は地域ごとに差があるが、日本でドロップするカードは日本語での会話や読み書きに不自由しないくらいの知識を持っている。
だが、それはただ知識として知っているだけで、経験は一切存在しない。『ゲーム』や『マンガ』や『アニメ』という言葉は知っているがどういうものなのかは理解していない。それが今の赤ずきんの状態である。
小さな子供のようにあれこれ聞いてくる赤ずきんにマサルは一つ一つ丁寧に教えていった。
もしもモンスターをダンジョン内の戦闘にしか使わないのなら、一々こんな手間をかける必要もない。ダンジョンの中で必要な時に呼び出し不要になったらカードに戻す。質問や疑問が挟まる余地はない。
だが、マサルと紅雪がしっかりと絆を結んでいるように、赤ずきんともしっかりとした信頼関係を築くためにはこうしたコミュニケーションの積み重ねが重要であった。
一緒にゲームで遊び、漫画を読んで笑いあい、アニメを見て共に泣く。
人とモンスターの違いがあっても心と心を結ぶことは可能なのだ。
「こら、赤ずきん! マスターのお手を煩わせるんじゃありません! 私が教えてあげますから、マスターから離れなさい!」
「あたしはご主人さまに聞いているの。お姉さまは邪魔しないで?」
「邪魔をしているのは貴女です! いいから離れなさい!」
「いやー! 離してー!」
なお、マサルが一人に構ってばかりいるともう一人が騒ぎ出す模様。
「こら、二人とも暴れるな。こっちに座れ」
「むぅ……わかりました……」
「なあに、ご主人さま?」
ベッドに腰かけたマサルが両隣を叩くと、紅雪と赤ずきんがそこに座った。
「せっかくだし今日は俺の好きな映画の鑑賞会をするぞ。二人とも静かに見てくれよ」
両手に花という状態で、仲良く三人一緒にパソコンの画面をのぞき込む。
マサルたちはとても穏やかな休日を過ごしたのだった。




