24 ペナルティ
赤と紅が交わる。
すでにジョブカードの恩恵を失った俺では目で追うのがやっとの攻防。
ゴブリン・バーバリアンはダメージが大きすぎてとっくに退場し、二人だけの戦場で戦いが繰り広げられている。
手にした武器でお互いに致命の一撃を狙うが、皮一枚で回避して反撃を狙う。
急所をかすめた攻撃が皮膚を切り裂き、血飛沫がダンジョンに舞う。
それは赤い雨のように。
それは紅い雪のように。
かつて俺のクラスメイトたちを襲い、恐ろしい血の惨劇を作り上げた紅雪が、今は俺を守るために戦っている。
あの頃のように俺のジョブが【剣士】だったら一緒に肩を並べて戦えたのに。
今の俺は無力な【魔物使い】で、わずかな恩恵もジョブカードの機能停止と共に失ってしまった。
洞窟の中を駆け回る赤と紅。
二つの影は固唾をのんで見守る人間たちのことなど忘れて切り結んでいた。
■
不甲斐ない。
大事なマスターを傷つけて、その血を我が身で受けたというのに、赤コート相手に押し切れない自分に対しては紅雪は怒りを抱いていた。
紅雪はチュートリアルダンジョンに挑んでいた十七人の生徒たちにペナルティを課すために創られた存在だった。だが、人数は多くても所詮はチュートリアルダンジョンの挑戦者。数を頼みにした烏合の衆である。
対し赤コートは加藤たちのパーティを殲滅するために創られた存在。人数は劣るが★ランクのダンジョンの深層で活動を行えるくらいの練度は保っていた。
両グループの人数の差、練度の差を考慮して戦力を計算すると、紅雪と赤コートの強さはほぼ同等という結果になった。
そして、おそらく赤コートは紅雪の【吸血】と同種の強化スキルを有していると紅雪は感じていた。
赤コートの有するスキルは『犠牲者の血を浴びることで自らに強化をかける』効果を持つスキル――【血浴】とでも称すべきスキルに違いない。
自分と同類の【ブラッドモンスター】であり、犠牲者の血に赤く染まった禍々しいコートから、紅雪はそう推測していた。
(……このままだと不味いですね)
紅雪と赤コートの実力はほぼ互角。
だが、紅雪はすでに【吸血】を使ってしまいこれ以上の強化はできない。
それに対して赤コートは紅雪が傷を負って血を流せば流すほど強化のチャンスが訪れる。
時間は敵に味方する。
(――たとえ、刺し違えても絶対に倒します)
マスターからいただいたゴブリンナイフを握りしめ、相手の隙を伺う。
自分は死んでも三日経てば蘇れる。だが赤コートは殺せば死ぬ。二度目はない。
ならば紅雪に我が身を惜しむ理由はない。
じりじりと戦いの天秤が赤コートに傾いていくのを感じながら、紅雪は確実に赤コートを仕留められる好機を伺っていた。
■
加藤は何もわからなかった。
自分がしでかしてしまったことの重大さも、呼び出されたモンスターの強さも、今の状況も、彼には全然理解できていなかった。
裕福な家庭に生まれ、社会的に成功していた親から溢れるほどの愛情を注がれ、望めば何でも与えられた。
周りの人間は加藤の顔色を窺い、加藤が持っている様々な物を少し貸してやるだけで何でも言うことを聞いてくれた。
美味しいお菓子だったり、有名なゲームだったり、人気のカードゲームのレアカードだったり。
親にねだって買ってもらったゴブリンたちのカードをちらつかせればすぐに取り巻きたちができたし、ダンジョンの探索も上手くいった。
加藤が望めば何でも望みが叶う。
レアモンスターに会いたいと願えば会える。
レアモンスターが欲しいと願えば与えられる。
それが当然だった。そうならないはずがなかった。
だから。
「は、ははは、いいぞ! やれ! やっちまえ、紅雪!!」
傷口の痛みも忘れて加藤は喜んだ。
もうすぐ望みが叶うから。
「そうだ、そのまま倒せ!! ――【俺のモンスター】を早くよこせっ!!」
【赤コートの怪物】を加藤は【俺のモンスター】と呼んだ。
紅雪が倒した後に、当然自分の物になると思っていた。
だって【赤コートの怪物】を呼び出したのは自分だから。
自分がこんなに苦労したのだから。
自分がこんなに欲しがっているのだから、当然与えられると思い込んでいた。
「紅ゆ――ぐぼっ!?」
大声で喚く加藤の顔を、誰かが思い切り殴った。
思い出したように傷口が痛み、倒れそうになる。
そんな加藤を誰かが――堂島勝が支えた。
「俺の紅雪を、お前みたいなクズが呼ぶな。黙ってろ!!」
「ガッ!?」
ガツン、と加藤の鼻っ柱に堂島の頭突きがさく裂して意識が点滅する。くらくらして今にも気絶しそうな加藤だが、堂島が支えるので倒れることすら許されない。
「こいつはオマケだ!! 食らっとけ!!!」
「――ッッッッ!!!!」
堂島の放った蹴りが加藤の股間に突き刺さった。
股間から脳天へと突き抜ける雷のような衝撃に悲鳴すら上げることができず、加藤の目の前が真っ白に染まった。
【ダンジョン内での『暴行』を感知しました】
意識が飛びかけている加藤の耳に、
【ペナルティを発動します】
ダンジョンのアナウンスが届いた。
【ペナルティ:保護モードの解除及びダンジョンモンスターのヘイト増大】
何かが近寄ってくる気配、
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
ナイフが肉に突き刺さる音がした。




