23 紅
「キヒ、キヒヒ、キヒヒヒヒ♪」
「くっ! こいつ……強い!!」
ガギン、ガギンとお互いの武器を打ち付けながら赤コートと紅雪が目まぐるしく入れ替わる。
だが、よく見ると紅雪は相手の攻撃を防ぐのに精一杯だ。赤コートの速度は紅雪を上回り、ナイフがぶつかりあった衝撃で紅雪の体が押されている。ステータスが違う。
それでも紅雪が赤コートの攻撃を受けられるのは――
「キャキャキャ♪」
――赤コートが紅雪を嬲っているからだ。
遊んでいるのだ、あのモンスターは。
加藤を切り刻んで逃げる姿を悠々と追いかけていたように、誰かを傷つけ、血が流れるのが大好きなのだ。
「お、おお! あの化け物と互角に戦っている! 勝てる! 勝てるぞ!! いけ、そこだ!」
だというのに加藤はそのことに全く気がついていない。
紅雪が必死になって赤コートに抗おうとしているのに。
この元凶となったこいつはもう安心しきってのんきに声援を送っている。
頭が煮えたぎりそうだ。
腹の中からマグマのようにグツグツと激情が沸き上がり、今にもこの馬鹿を殴って痛めつけたくなる。
だが、その気持ちに必死に蓋をする。
このままでは紅雪は負ける。
そして俺も加藤もあの赤コートの玩具にされるだろう。
嬲られて刻まれて醜悪なアートのように体中を自分の血で染め上げてることになる。
命は助かるかもしれないが、そんな目にあうのは絶対にごめんだ。
あいつに勝つ為の方法を考えなければならない。
紅雪。
俺。
加藤。
そして強化途中のゴブリン・バーバリアン。
ゴブリン・バーバリアンが強化カンストまで至っていれば、あの赤コートにも少しは食らいつけたかもしれない。
俺のジョブカードの強化をもっと本腰をいれておけば、紅雪を強化するスキルを覚えていたかもしれない。
そんな“かもしれない”と今更悔やんでも遅い。
今ある手札をパズルのように組み立て考える。
一つ間違えれば破滅が待っている綱渡りのような挑戦。
だが、何もしなければ、紅雪に飽きた瞬間に崩壊する。
「ゴブリンくん、突撃! 死ぬ気で食らいついていけ!!」
「ガアアアアアアアアア!!!」
俺の護衛として隣に立っていたゴブリン・バーバリアンを投入する。
★★モンスター二体の戦いに★一体を投入したところで天秤は変わらない。
それでもゴブリンくんに賭けるしかなかった。
■
ある一室で一人の男がパソコンを開いていた。
画面に映っているのはよくある匿名掲示板。そこでレアモンスターの情報はないかと質問者が聞いていた。
「レアモンスターの情報が知りたい? 教えてあげるよ。絶対に、ぜえ~~ったいにレアモンスターが出てくる情報をね」
男の顔には真一文字に刻まれた傷痕があった。
顔だけではない。服の下には縦横無尽に走った無数の傷痕があった。
ダンジョン発生直後の黎明期。
そこでタブーを犯した男に襲い掛かった理不尽の結果である。
「お前も、お前も、お前も……。みんな教えてやるよ、真っ赤な真っ赤な血の花が咲き乱れる、とびっきりのレアモンスターの情報を」
男は思い出す。
赤い記憶を。
痛みを。恐怖を。
「どいつもこいつもみんな……俺と同じ目にあわせてやる……ぜえ~~んぶ、真っ赤に染まってしまえ……!」
ブラッドモンスター。
鮮血の怪物。
ダンジョンのルールを破り血を流した人間に対するペナルティという役割を与えられたモンスター。
このモンスターの最も恐ろしいところは【強さがダンジョンランクに依存しない】という点だ。
【ペナルティを与えられた人間たち】の強さを基準にしてブラッドモンスターの性能が決定されるという性質がある。
例えば、もしもペナルティを与えられた人間が★★★ランクだったなら、★ランクのダンジョンの中に★★★ランク以上の怪物が突如湧いてくるということもあり得る。
ペナルティモンスターはダンジョンが生み出した罰の化身であり、もしも狙って呼び出した人間がいるのなら必ず後悔することになる。
どれほど戦力を用意しても、必ずその戦力を上回るモンスターが出てくるのだから。
■
「――紅雪、一旦戻れ!!」
「はい、マスター!」
突撃したゴブリンくんと入れ替わって紅雪が俺の元へと戻ってくる。
「ガアアア!!」
「キヒ? キヒ?」
新手のゴブリンくんを前に赤コートは首をひねっている。「なんでこんな弱いのが出てくるんだろう?」とでも言いたげだ。
実際にゴブリンくんが振り回した棍棒をあっさりと回避し、手にしたナイフでゴブリンくんをめった刺しにしてしまう。
「キヒヒヒ♪」
「ギャアアアア!!」
ゴブリンくんが悲鳴をあげる。赤コートが返り血を浴びるように動きながら嬉々としてゴブリンを痛めつける。
悲鳴を聞き、心の中でゴブリンくんに謝罪する。
ゴブリンくんは完全に捨て駒だ。赤コートに勝てないのは最初からわかっていた。
だが、赤コートは弱者を嬲る性質があった。紅雪相手に遊んでいたように、ゴブリンくん相手に遊び始めるんじゃないかと思ったのだ。
そしてその狙いはドンピシャだった。
ゴブリンくんの尊い犠牲によって、本来なら格が違う相手を足止めすることができた。この貴重な時間を無駄にはできない。
「紅雪、あのスキルを使え」
「……はい、わかりました、マスター」
黒いワンピースがあちこち切り裂かれ、少なくない傷を負っていた紅雪を抱きしめる。
赤コートに勝てる可能性があるのは紅雪だけだ。俺もゴブリンくんも、当然加藤ですら赤コートには敵わない。
だからこそ全てのリソースを紅雪に集める必要がある。
「――いただきます」
紅雪が俺の首に口づけをした。
その瞬間、俺の体から力が抜けていく。
俺の体中に満たされていた力、HPやMPというエネルギーが減っていく。だが、エネルギーは消えてしまったのではない。
紅雪に吸収されたのだ。
俺の体から全てのエネルギーが失われてHPバリアも消滅した。MPもなくなったので新たなモンスターを呼んだりスキルを使うこともできない。だが、事前にMPを消費して召喚されていた紅雪やゴブリンくんは残っている。
そして、俺の全エネルギーを吸収した紅雪は力を増していた。
赤コートとの戦いで負った傷は癒え、ワンピースもいつの間にか新品のように綺麗になり、体中に力が漲っている。
だが、これでもまだ足りない。
「――やれ、紅雪」
「はい、マスター」
紅雪がその小さな唇を開き。
「【吸血】」
伸びた牙が俺の首元に突き刺さる。
こくり、こくり、と紅雪の喉が鳴り、俺の体の一部が彼女の中に飲み込まれていくのを感じた。
痛みはない。ただ不思議な安らぎがあった。
ゴブリンくんの悲鳴や赤コートの不快な笑い声さえ遠く感じた。
「――はぁ」
いつの間にか唇を離していた紅雪が熱い息を吐いた。
ぺろりと、最後に惜しむように湿った舌が俺の首を舐めた。
「いってきます、マスター」
紅い瞳は爛々と輝き、銀の髪がふわりと舞う。
「必ずや、勝利を貴方に」
《第一次ダンジョン災害》の際。
チュートリアルダンジョンに飲み込まれた俺たち、十七人の生徒のうち。
十六人の生徒を血の海に沈めた、紅の魔物。
俺が最初に出会った【ブラッドモンスター】、
【ハイゴブリン・吸血種】。
――真の力を解放した紅雪が、赤い災厄へと躍りかかった。




