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トロフィーヒロイン・モンスターガール  作者: タカリ
第一章 トロフィーヒロイン・モンスターガール
22/50

22 赤

 もうそろそろ四月が終わる。

 学生たちのパーティもおおよそ固定され、それぞれの狩場に分かれていた。


 【洞窟のダンジョン(★)】は大別すると浅層・中層・深層の三つに分類できる。


 浅層は無手のゴブリンが一匹でうろうろしている場所。一番弱い狩場なので、戦闘の苦手な生徒たちがここに来る。

 ジョブカードの力で最低限の動きができるようになったと言っても戦闘センスには個人差があり、また斥候系のような戦いが苦手なジョブもあるので浅層にもそこそこ人がいる。


 中層は非戦闘系スキルのゴブリンのグループか、戦闘系スキルを持ったゴブリン一匹がうろついている。

 少し戦闘に慣れてきたパーティがここにやってきて、複数対複数の連携の練習や、戦闘スキル持ちとの戦いの練習をする。

 斥候系ジョブの中には宝箱を発見するスキルなどもあるらしく、斥候系ジョブのいるパーティがこの中層で宝探しを行っていることもある。


 深層は敵も完全に本気で、戦闘スキル持ちのゴブリン群れを成して登場してくる。

 ボス戦の前哨戦であり、個人の戦闘力とパーティの練度が要求される高難易度の狩場だ。ちなみに以前助けたカップルがいたのがこの深層で、二人パーティだと特に魔石強化をしっかり行っていないと辛い。


「マスター、またあの人たちみたいです」

「そうだな。挨拶だけして別れよう」

「はい」

「ギャウ」


 俺たちのパーティは紅雪が単身で深層でも無双できる強さだったのでいつも深層に潜っている。

 この深さまで来れるパーティはまだ数が少なく、探索中に何度も遭遇したのでお互いに顔を覚えていた。


 ひらひらと手を振って別れを告げたのは【勇者】の少年が率いるパーティだ。

 パーティメンバーは【聖女】と【魔女】の女の子二人。

 三人とも非常に整った見た目と強力なジョブを有している、俺たちの学園の最強パーティと言われている三人組だ。

 俺はああいう勇者くんみたいなイケメンが嫌いなので会話したことはほとんどないが、トップパーティということで学校の人気者らしい。


 他にも有名な生徒を上げると【道士】というジョブの男子生徒がいる。

 この生徒は完全に一人で深層の探索をしていて、“最強のパーティ”の勇者パーティに対し、“最強の探索者”は道士だと学校で噂されている。

 ちなみに“最強のモンスター”は紅雪で確定だ。俺たち以外に★★ランクのモンスターカードを持っている生徒がいないので自動的にそうなる。


 勇者や道士以外にも深層を探索しているパーティはいるが数は少ない。

 深層で無事に探索を出来るパーティは学年でもトップレベルの一握りのパーティだけだ。


 ■


 ――ぎゃあああああああああ!!!!


 もうそろそろ今日の探索を引き上げようかと思った頃、ダンジョンの奥から悲鳴が聞こえた。

 以前のカップルの時と状況が似ている。

 急いで駆けつけようとしたところで紅雪が止めた。


「……どうしたんだ? 様子くらいは見に行かないのか?」

「マスター……今の悲鳴は違います」

「違う?」


 ――アアアアアアアアアアアアア!!!


 もう一回悲鳴が聞こえた。

 先ほどよりも大きな声で――近づいている?


「逃げてください! あの悲鳴は――『痛み』に泣き叫んでいる声です!!」

「――っ!?」


 紅雪が俺の背中を押して走り出そうとしたところで、通路の向こうからが姿を見せた。

 加藤。俺に紅雪を売れと迫った後、パーティに入れと執拗に粘着してきた男。二週間の謹慎が解けて奴のパーティもダンジョンに潜っていたようだ。

 戦闘スキル持ちのゴブリンが三匹いれば深層でも問題なく探索ができる。加藤がこの場にいること自体は不思議じゃない。


「あああああああ!! 痛い、痛い!! もういやだあ! やめて!! もうやめてくれえええ!!!」


 だが、今の加藤に取り巻きは一人もおらず、自慢していたゴブリンたちも一匹も存在せず。



 ――ジョブカードのHPバリアがない(・・・・・・・・)状態で


 ――禍々しい真っ赤なコート(・・・・・・・)を身につけた小柄なゴブリンに


 ――滅多切り(・・・・)にされながら必死に走って逃げていた



「ぎゃああああっ!!!」


 赤コートのゴブリンが手にしたナイフを振るい、必死に逃げる加藤の背中を切り裂く。

 血飛沫が舞い、こちらまで鉄錆びた匂いが漂ってくる。


「――ど、堂島!! た、助けてええ!!!」


 加藤が俺たちの存在に気がついた。

 同時に、ゴブリンが俺たちに気がつき、赤いコートの奥でにたりと笑ったのが理解できた。


 ――ああ、見つかった


 加藤をいたぶるのに満足したのか、赤いゴブリンが今度は俺たちを標的に選んだようだ。

 圧倒的な速度で接近する赤コート。その速さは紅雪と遜色ない。


 ★★ランクのハイゴブリン亜種。


 加藤が引き連れてきた化け物が、俺たちに襲い掛かってきた。


 ■


 ――ほんの少し前、ダンジョン深層


「加藤さん、本当にレアモンスターを呼び出せるんですか?」

「ああ、俺がネットで調べた確実に成功する方法だ! 絶対に大丈夫だ!」

「まあ試してみるだけならタダですし。まずはやってみましょうか」

「そうだな。加藤さんがここまで言うんだし試しに一回やってみるか。

 で、加藤さん、その方法ってどうやるんですか?」


 二週間の謹慎が終わり久しぶりに顔を合わせた加藤と取り巻きたちだったが、特に反省をした様子もなく謹慎明けとは思えないお気楽な様子だった。

 加藤の提供したゴブリン三匹のお陰で楽に探索ができるので、取り巻きたちは甘い汁を吸うことに躊躇がなかった。

 今回加藤が調べてきた【レアモンスターを絶対に呼び出す方法】というのも、本当にレアモンスターを呼べるなら儲けものだと思っていたくらいだった。


「ああ、まずはHPバリアを消滅させるんだ。というわけで、お前のHPを0にするからそこを動くな」

「え…‥? ――ひいっ!?」


 ろくな説明もないまま加藤が魔法使いジョブの少年を殴った。

 HPバリアによって怪我も痛みもなかったが、いきなり殴りかかられた少年はビビッて声も出なかった。


「か、加藤さん!? HPを0にするってヤバいですよ!? ここダンジョンなんですよ!?」

「大丈夫だ、HPが0になったらモンスターから狙われなくなる! 問題ない!!」

「や、やめて……ひいい!?」


 【格闘家】ジョブの恩恵を存分に生かして魔法使いの少年を殴り続ける加藤。

 そのままあっという間にHPが0まで削られ、本当にジョブカードが機能停止してしまう。


「あ……ああああ……い、急いで戻らないと……!」

「待て」


 青い顔でダンジョン入口まで戻ろうとする少年を加藤が抑え込む。怯える少年を意に介さず、とても楽しそうに笑っていた。


「実験の本番はここからだぞ」

「ほ、本番って……な、なにをするつもりですか……」


 ゴブリン・ソードマン――加藤が先に二人から取り上げていた――が代わりに少年を抑え込むと、加藤がポケットからあるものを取り出した。


 カッターナイフ。文房具屋で普通に買えるあれだ。


「か、加藤さん……それを、どうする、ん、ですか……」


 震える声で、途切れ途切れに少年が尋ねる。なぜか口元がへらへらと笑っていた。面白くも何ともないのに。全身に嫌な汗が噴き出していた。

 横に立つ斥候ジョブの少年は何も言えず、ただ黙って息を殺していた。加藤の目に入りたくなかった。


 二人が見守る中、加藤はカチカチとカッターの刃を出していく。


「これからちょっと切るけど安心しろ。血を少し流すだけだ」


 むき出しのカッターの手に、これからお前を切ると真顔で言う加藤。

 ああ、こいつ頭おかしいんだ、と二人は今更気がついたがすでに後の祭りだった。


「ダンジョンの中で探索者はHPバリアに守られている。HPがある限り怪我をしないし、HPがなくなったらすぐに帰るのが当然だ」


 加藤が掲示板に書かれていた情報を思い出して口にする。


「だから、あえてその裏をかく。HPをわざと全損して、ダンジョンの中で怪我をするんだ。普段だったら絶対にありえない状況を自分たちで引き起こすんだ」


 興奮した様子で、目を輝かせて、大人気ゲームの【裏技】を発見したんだと自慢する子供のような顔で加藤が言う。


「これでレアモンスターを手に入れられるんだぞ……! 凄いだろ……! なあ……!!」


 加藤の脳裏に紅雪の姿が浮かぶ。

 あの強く美しいモンスターを、俺も手に入れることができる。

 目の前の現実を置き去りにして、加藤は素晴らしい未来を信じ込んでいた。


「来い!!! 俺のモンスター!!!!!!」


 加藤が勢いよくカッターを振り回し、少年の胸元に大きく斜めの切り傷が走った。


「ぎゃああああああああああ!!!!」


 痛みに少年が泣き叫ぶ。カッターの傷は浅かったが、人間に切られたという事実が彼の精神を揺さぶり、本当の痛み以上の衝撃を与えていた。

 流れ出た血が制服を染め、すぐにダンジョンの床に滴り落ちた。






【ダンジョン内での『暴行』『流血』を感知しました】




「来た!! 来た来た来た来たああああああ!!!」

「ぎゃああああああ!! 痛い痛いイタイイタイ……!!」

「……っ!?」




【ペナルティを発動します】




 加藤たちの目の前に魔法陣が出現し、その中から赤い小柄な影が飛び出してくる。


 一瞬で肉薄した影がゴブリン・ソードマンの懐に入り込む。

 ろくに魔石強化もされていなかったゴブリン・ソードマンはそのまま喉を切り裂かれて死亡した。

 吹き出る血を浴びながら、赤い影が斥候職の少年に近づき、両手に持ったナイフを振るう。


「あ……え……?」


 HPがごっそりと削られた。

 その事実に反応する前にさらに影が追撃を行い、斥候職の少年のHPが0になった。


 HPバリアがなくなり、無防備な姿をさらす斥候職の少年。

 本来ならばHPが0になった時点でモンスターのヘイトがなくなり、次の獲物へ向かうはずだった。


 だが、これはペナルティ。

 罪を犯した者たちへの罰。

 ダンジョンを愚弄した者へ与えられる苛烈な裁き。


 HPをなくしたまま呆然と立ち尽くす少年に、小柄な影は無慈悲にその刃を振るう。


 ――溢れ出る血潮


 ――響き渡る絶叫




 【ペナルティ:鮮血の(ブラッド)魔物モンスター召喚】




 人間の血を求めて襲い掛かる怪物が、ダンジョンに解き放たれた。

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