21 私の英雄
最初に感じたのは怒りだった。
彼は私を倒した人間。
ダンジョンによって創られた存在である私は人間と敵対することを定められていた。
私が戦った集団の中の一人が彼だった。
創られた当初は私の存在はまだ不安定で、私の自我は希薄だった。
霞がかった意識のまま、ただダンジョンに与えられた使命を果たすために人間に襲い掛かった。
あの当時のことを私はあまり覚えていない。
ただ、あの集団の中で彼が、彼だけが光り輝いて見えたのを覚えている。
ダンジョンから与えられた試練に立ち向かう意志。
私という試練を乗り越えた力。
曖昧だった私は彼に惹かれた。
――彼は、私の英雄なのだ。
それなのに、どうして彼はこんな目をしているのだろう。
■
人間のことはよくわからない。
私はモンスター――魔物、【魔力によって創られた生物】。
私の糧は彼から与えられる魔力であり、食事は必要ないし、核となるカードが残ればこの肉体が滅んでも再び蘇ることができる。私の本質は魔力に宿っている。
だけど人間は肉の器に心が宿っているらしい。
不完全な肉体で生まれ落ち、親という存在の助けを借りて時間とともに成長していく。
彼の両親という人間を見たが私には何とも奇妙な関係に思えた。
彼の両親は彼を大切に思っているようだった。
だけど、同時に彼に恐怖を感じていた。
そして、彼に従う私にも恐怖を感じていた。
どうして大切なものを恐怖するのだろう。
大切なものは――大切だ。
上手く言葉にできないけど、私は大切なものを怖がったりしない。
彼は、私の英雄なのだから。
■
スタンピード。
人間たちが《第二次ダンジョン災害》と呼ぶイベント。
ダンジョンが人間たちを呼んでいる。
ダンジョンは人を求めている。
なぜダンジョンが人を呼び寄せるのか、私にはわからない。
だけどダンジョンは人がいなければ存在する意味がないのだろう。
彼がいなければ私の存在する意味がないように。
彼の家の近くでスタンピードが起きた。
多くのモンスターが地上に溢れ出て、たくさんの家が壊された。
私は彼に呼ばれた。
彼の大切なものを守るために。
彼の両親を。彼の家族と住んだ家を。彼の育った街を。
多くの物を守るために。
私は彼の刃としてこの身を捧げ。
夥しい数のモンスターを紅い海に沈めて。
彼の守りたかったものを守った。
守ったはずだった。
■
どうして、人間たちは彼から離れていくのだろう。
私にはわからない。
彼の両親は、彼を残して離れていってしまった。
彼の周りから、多くの人がいなくなってしまった。
守り切ったはずの彼の家で、彼と二人きりで。
守り切ったはずの彼の街で、音のない夜を迎えて。
教えて、
教えてください、
どうすればあなたの心を守れるの、
どうすればあなたの憂いを払えるの、
ああ――
私の大切な人。私の全て。
あなたにそんな顔は似合わない。
あなたは、私の英雄なのだから。




