18 二つ名
ダンジョンの通路を進むと男女二人組が武器を持ったゴブリン三匹に襲われているのが見えた。
最初はただ押されているだけかと思ったがよく見ると違う。
制服姿の女子を背後に庇って、鎧を来た男子が一方的にタコ殴りにされている状態だった。
「あの女子、ジョブカードを纏っていない! HPが0になったのか!」
どういう経緯か不明だが、女子生徒のジョブカードが消えてジョブの恩恵がなくなったようだ。ジョブの力がなければ普通の人間がモンスターと戦えるわけがない。
「紅雪!」
「はい!」
俺はかなり先行してゴブリンたちに肉薄しかけていた紅雪に声をかけ、その場で足を止めさせた。
「いやあああああ!!」
「やめろ! やめろお! やめてくれ!! うわああああ!!!」
大声で泣きじゃくる女子と、武器を落としてろくに抵抗もできないまま殴られ続ける男子を少し離れた場所で見守る。
そして、ついに男子のHPが0になり、ジョブの力が消える時が来た。
「い、いや……ああああ……!」
「だ、誰か……助けて……!!」
鎧を失いブレザー姿になった男子と女子が床にへたり込む。自分たちを囲む三匹のゴブリンを見上げて絶望の表情を浮かべた。
そして――。
「え……?」
「は……?」
くるりと男女から背を向け、近くに立って待っていた紅雪に向かって襲い掛かった。
「ガアアアア!!」
「遅いです」
紅雪はゴブリンナイフを振るって先頭にいたゴブリンを切り倒すと、残り二体を引き付けて更に男女から距離を取った。
完全にゴブリンたちの注意が紅雪に向かっているのを確認して二人に近づいていく。
「おーい、大丈夫か? 二人だけ? 他の人はいないのか?」
「え……う、うん……僕たちだけだけど……」
「わ、私たち、助かったの……?」
「あの二匹はうちが倒しちゃうから安心していいぞ。でも早めにダンジョンから出た方がいいだろうな」
「……あ、あの……さっきのゴブリンたちが攻撃をやめたのは、もしかして君が……?」
「え? 違うよ。授業でやっただろ?」
「「……授業で……?」」
二人してぽかんとした顔を見せる男女。
こいつら真面目に授業受けていないのか?
「ダンジョンの法則だよ。『ジョブカードが機能停止した人間にはダンジョンは危害を加えない』って奴。モンスターも襲うのをやめるし罠も発動しないっていう」
「あ、ああああああ!!! あれか!!!」
「……そういえば、先生がそんなことを言っていたわ……」
「おいおい、探索者になる為にまず一番最初に覚えないといけない基本中の基本だぞ……?」
ダンジョンの法則① 『ジョブカードを持っていない人間はダンジョンに入れない』
ダンジョンの法則② 『ジョブカードが機能停止した人間にはダンジョンは危害を加えない』
ダンジョンの法則③ 『ただし、機能停止後もダンジョンへの戦闘行為を続ける場合はその限りではない』
この三つは要約すると『HPが0になったら余計なことをしないでさっさと帰りましょう』という結論になる、ダンジョン探索の基本ルールだ。
このルールさえ守っていれば探索者は命の危険や怪我に怯えることなく、安全にダンジョン探索を続けることができる。
だからこの探索者学校でもまず真っ先に教えられるし、ダンジョン内でHPが0になった時はどのように行動したらいいか何度何度も教えている。
だが、ゴブリン相手に負けて集団リンチにあった時点で二人の頭から大事なルールがすっかり抜けてしまったいたようだ。
「下手に反撃とかしなくて良かった……危なかった……」
もしも二人が錯乱してジョブカードがなくなった後にゴブリンたちに襲い掛かっていたら……まあ、気分の悪い結果になっていただろう。へたり込んでいたのが全員にとって幸運だった。
というわけで、ダンジョン法則を思い出した彼らに改めて声をかけた。
「不安だし入口まで送ってもいいけど、俺たちと一緒にいると戦闘に巻き込まれる可能性がある。どうする? 送ろうか?」
ゴブリンたちがスルーするのは二人だけ。俺や紅雪は普通に襲われるので一緒に行動すると意図せず戦闘に巻き込んでしまう可能性もある。
心情的なものを除けば、二人だけで入口まで向かわせた方が安全だろう。
「で、できれば入り口ま…………あれ、もしかして、美少女ゴブリンを引き連れた噂の魔物使いじゃ?」
「え……噂の魔物使いって――あの【退学送り】の人!?」
「おい」
なんだ【退学送り】って。
え……もしかして、俺って【退学送り】とか呼ばれているの……?
■
二人組は俺の送迎も断り逃げるように入口まで戻っていった。というか普通に逃げていた。
二人の姿が通路の向こうに消えるのを見送ったが……どうしてこんなことになった……。
「今週になってから休み時間に話しかけてくる奴がいなくなったから、なんか変だなぁとは思っていたんだ……」
月曜のLHRの影響で大人しくなったのかと思っていたけど違った。
みんなが俺のことを【退学送り】と呼んで恐れていただけだった。
「気がつきたくなかった、こんな事実……」
肩を落とし、紅雪と二人で入口に戻る。今日の探索はもう終わりだ。
「加藤だって謹慎処分だろ……まだ退学にしていないのに【退学送り】ってなんだよ……」
「『まだ』……?」
「こんなのおかしい。このあだ名考えたの誰だよ……根も葉もないあだ名をつけやがって」
「マスター。大丈夫です、マスターの優しさはきっと皆さんに伝わりますから」
「紅雪ぃ……」
紅雪の優しさが染み渡る……。本当にいい子だ……。
■
――この時の俺たちは知る由もなかった。
今回の探索で出会った二人がモンスターを怖がるようになり、探索者を諦めてしまうことも。
探索者学校も辞めて、学校からいなくなってしまうことも。
そして、なぜか俺が二人を退学に追いやったと噂されて、【退学送り】の二つ名がさらに広まってしまうことも。
この時の俺たちには想像すらできなかったのだ――。




