プロローグ
-天界特区役所 婚礼課-
「リンレーンさんのお相手は天界にはいませんね」
「……ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない」
「ですから、このバグったステータスで紹介できる人は天界にはいません」
「バ、バグったって何よ!そりゃちょっと普通より劣っているかもしれないけど、バグって失礼ね!」
「あなたご自分の仕様ご確認なってないのですが?」
「当たり前よ。なんで!あたしが!自分の仕様をいちいち確認しなきゃなんないのよ!」
「……はぁ」
婚礼課の担当者は溜息をつき、タブレットに映し出されたリンレーンのステータス表を差し出した。
リンレーンは自分のステータス表を食い入るように見て、凍り付いた。
「お分かり頂けましたか?」
「……分かるかぁ!!なっんじゃこれぇぇぇ!!」
リンレーンは白目をむいて絶叫した。
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-昨日 実家の居間-
リンレーンは何時もの様に、ソシャゲ片手にビールを煽っていた。時刻は昼の2時。
タンクトップに短パンで胡坐を組み、SSRキャラを当てる為ガチャを回し続けている。
「くそ乱数調整が足りなかったか。いやでもぼちぼち来るはず。私なら!引ける!もう一本!」
廃人廃課金者の、目も当てられない昼下がり風景。
「リンちゃんリンちゃん。もう少し声を抑えてね。ご近所の迷惑になるわ」
「母さんゴメン!でもあと少しなの!」
「そ、そう。頑張ってね。ところで郵便が届いているわ」
「郵便?明細書は全部メールで来るようにしてるから何だ金演出キタ!勝った!!」
「あら、天界局からだわ。珍しいわね。開けましょうか?」
「お願いってそっちじゃないよバカー!!SRは出てくんなよバカ!期待させんなバカ!もう虹演出だけ来い!」
自分の娘がそこそこガチャに狂った様子に、母親は動じない。もう何年もこのようなやり取りをしており、日常になってしまったのだ。
「えーと、なになに―――リンちゃん、あなた今期の『被授胎遂行者』に選ばれたみたいよ」
「虹キター!!完全勝利!!えっ何それ?」
「だから『被授胎遂行者』。リンちゃん結婚しないと……」
「いよっし!PU仕事した!愛してるよ運営!ん?けっこん?どういうこと?」
お目当てのSSRが手に入ってご満悦のリンレーンは、聞き流していた不可解な単語に引っかかる。
「えぇ結婚よ。だって子供を産むのが目的だから……」
「けっこん……こ…ども……こども?」
話の流れが不味い方向に進むと思ったリンレーンは、とぼけてこの話をなかったことにしようとする。
質の低い演技力で誤魔化そうとする愚かな娘に、母親は溜息が漏れる。ただ、こうなってしまったのも自分の責任だ。
それでも可愛い我が子に付き合ってやろうと、情操教育を始めることにした。
「いいかしら、リンちゃん。まずオシベとメシベがあって―――」
リンレーンは突如始まった情操教育に、母親の本気度を垣間見た。仕方がないので話を聞きつつ、新キャラの育成を開始するのであった。
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※)『被授胎遂行者』について
・全界統治者(いわゆる神様)が定める人間界との約定の一つ。
・人間界周期で、100年に一度、天界魔界より七元徳、もしくは七大罪は刻まれた魂を人間界に与える役目のこと。
・代わりに、人間界で七元徳や七大罪を背負った者の魂を貰いうける。
・天界魔界に住むものから無作為に選ばれ、選ばれたものは必ず役目を遂げなければならない。
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「何それ?そんなカビの生えた決まり事の為に、私は結婚して子供産まなきゃならないの?」
リンレーンは母親から、オシベとメシベから始まり『被授胎遂行者』の内容まで説明を受けて憤慨した。
「今時人間界でも、結婚とか出産なんて選択制の時代じゃない!そんなの強制されてやるものじゃない!」
「リンちゃん逆よ。天界や魔界で出来たシステムが、人間界に降りるのよ。だから人間界には選択の権利があっても、天界には続ける義務があるの」
「そんなの私には関係ないし!てか明日からイベント始まるから無理でーす!」
いい歳をした女性が、知性のカケラも感じられない駄々をこねる。母親は既に諦めており、夕飯の支度にとりかかっている。
食材を刻みながら淡々と返す。
「無理っていっても駄目よ。お役目遂げないと死刑になるわよ」
突然の死刑!!
リンレーンは聞き覚えの無い単語に、駄々をこねることすら忘れる。
「決められたのは全界統治者ですからね。役目を遂げない事は全界統治者に逆らうことを意味するのよ」
リンレーンは、見たことも無い全界統治者を憎む。ピックアップより排出率の低い所持済みのSSRがすり抜けてきた時と大差ない表情をしている。
(お偉いさんは気まぐれに命令するが、困るのは何時だって現場なんだよ。どうせ『あっ、いいこと考えた。こうすれば世界上手く回るぜ』とか言うノリなんだろ?
ふざけんなよ。そうやって上の気まぐれが余計な仕事が増えるんだよ。しかも子供を産ませるって時代錯誤な決め事。そら昔は必要だったかもしれないが、今はそうじゃないだろ?
時代と共にシステムや決め事は改修されなければならない。ではないと息苦しさしか感じなくなる。結果離職率が高くなるんだよ!
古臭い奴らはそれが分からず自分が生きた時代が全能だと思ってやがる。滅びてしまえ!)
リンレーンは納得がいかない。一理ありそうな考え方だが、働きもせず親の金でガチャを回す自分のことを棚に上げて、ブツブツと現行批判するその様はあまりにも醜い。
「文句はその辺にして、明日天界特区役所の婚礼課にいってらっしゃいな。父様も勤めている天界随一の区役所なんだから、きっと良いご縁を紹介してもらえるわ」
天界に住む天使は、七元徳を基本ステータスとしており欲が少ない。故に恋愛結婚は無い為、役所で結婚相手を斡旋している。
リンレーンは不満が収まりきらない様子だが、待てよと考え直す。
(流石に死刑は避けたい)
(こうなったら高スペックを紹介してもらって、さっさと役目とやらを終わらせよう)
(ぼちぼち親の貯金も底が見えてきたし、次は旦那の金で課金したら良いのか)
(仕方ない、結婚してやるか)
どこまでも上から目線で、清々しいクズな思考で、気持ちを切り替える。
確かに天界特区区役所で、父親のコネがあれば優秀なスペックを紹介してもらえるだろう。
ただし選べられるとは限らない。更に言えば、リンレーンは紹介してもらえる資格すら無い。
なぜなら今のリンレーンに天使たる証左、七元徳が備わっていないのである。
これまで両親に甘やかされて育った彼女は、そんなこと微塵も考えない。
第二の人生も順風満帆だと言わんばかりに、意気揚々に新キャラの使い込みを始めるのであった。