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第3章 入社 其の参 【紅薔薇】

カイさんは、ニコニコしながら私にコツ……の様なものを教えてくれた。一応あるはあったらしい。


「コツ……だったっけ?痛みは無いはずだし、強いて言うならそうだねぇ、んー、自我をしっかり持つことかな?まぁ、そんなに難しく考えなくてもいいよ。あっそうだ、ローズちゃんから出てくる幽霊に名前でもつけてあげなよ、とびきり可愛いやつをね。」

「おい、カイ。そろそろ始めるぞ。」

「そうだね。しくじったらコロスからな。」

「うっせー馬鹿。」


リョウさんの言い返し方って何だか子供っぽいところがあるなあ。……と、リョウさんがこっちをムッとした表情で見てるからこれは置いておこう。


「まず僕がローズちゃんの存在をふたつに分ける。そしたら、魂を片方に寄せて、もう片方には憑いてた幽霊の魂を入れる。そしたら……リョウが2人の存在を両方実体化させる。これでおーけー!」

「ほ、ほんとですよね!?」

「ほんとだよっ!!」


カイさんが私の目の前に立つ。


「じゃあローズちゃん、目を閉じて。開けちゃダメだよ、多分綺麗に分けられないから。」


言う通り目を閉じる。真っ黒の視界の中でカイさんの声だけが聞こえる。リョウさんは今何をしているんだろうか。……と、いけないな。何だか姿が見えないとリョウさんのことばかり考えてしまう。


「じゃあ、始めるよ。」


幾分か真面目なカイさんの声が聞こえる。心の準備は充分だ。視界は黒いままだが、私の周りには風が吹き始めた。段々強くなっているが、私の髪や服がたなびいている感覚はない。


「─────!?」


……な、何これ!?意識が、持ってかれる!だめ、意識を保たないと!えっと……、あ、そうだ!名前!!可愛い名前……!!


そんなことを考えていると、一層強い風が私を包んだ後、風は止んだ。何だろう、体の感覚がない。私は今、生きているのだろうか。


「まだ目を開けちゃダメだよ。」


カイさんの優しい声が聞こえる。それだけで私はまだ生きているという実感が湧いた。カイさんが焦っていないのできっと上手くいっているのだ、と。

──しかし。


「おいバカ!!どこ飛ばしてんだ!!」

「あ、ごめん。」

「ローズちゃんは見たとこ大丈夫!直ぐに実体化する!!向こうは……怪しいかも、追いかけるから後はよろしくな!捕まえたら戻ってくる!」


んー?どうしたんだろう、とりあえず私は大丈夫らしいが、分けた方が飛んでいってしまったのだろうか。


「ローズちゃん、もう大丈夫、目開けていいよ。」

「カイさん……。」

「実体あるでしょ?何か変わったところは無い?」

「特に感じませんね。」

「ごめんね〜、わがまま付き合ってもらっちゃって。」

「いいですよ。」


それより、飛んでいってしまったかもしれない私のもう片方が気になる。ちゃんと実体化して戻ってこられるだろうか。


「僕、ちょっと失敗しちゃったかも。どこまで飛んでいったかな。リョウが追いかけたからすぐに追いつくと思うんだけど。」

「あの……名前、考えつきませんでした。」

「えっ、ほんとに考えてたの?」

「はい、でも、やっぱり顔とか……見た目を知ってからの方が名前をつけやすいと思うんです。」

「冗談のつもりだったんだけどね。」


そうか、冗談だったんだ。急に名前とか言い出すからどうしたのかと思った。


「で、ですよね。生前の名前でいいですよね!」

「それでもいいけどね。まぁ、彼の意見を聞いてからだね。」

「彼?」

「そう、彼。君に憑いてたのは男の子だったよ。髪も肌も白かった。目は綺麗な蒼だったな。」


私に憑いてたの、男の子だったんだ。あれ、それって大丈夫なのだろうか。中身が男の子でも、身体は私なら、女の身体になっているかもしれない。


「私の身体で大丈夫ですかね……?」

「んー、生前の姿と混ざると思うよ、不確かな存在ふたつがしばらく重なり合ってたら。」


混ざる……。私寄りになるかな、生前の彼寄りになるかな。少し楽しみだ。


「とりあえずさ、待ってるだけでやることないし、ちょっと散歩しようか。」

「えっ、散歩ですか?私の半身が消えるかもしれないのに?」

「だって、じっとしてても暇でしょ?リョウ追いかけようにも、どこに行ったのか分からないからどうしようもないし。」


確かに、じっとしていると気になりすぎて精神的に悪影響を及ぼしそうだ。


「分かりました、行きましょうか。」

「うん!」


家を出た私たちは、色々なところを見て回った。近所の公園や、よく買い出しに行くスーパー、私の通う学校への道などだ。


「私、ちょっと疲れてしまいました……。」

「いっぱい歩いたからね。もう暗くなっちゃったし、帰ろうか。」


カイさんに言われるままに家に帰ると、まだリョウさんは帰ってきていなかった。私の半身がどうなったのかも不明だ。


「カイさん……どうしましょう、消えちゃってたら……。」

「ローズちゃんは心配性だねぇ。大丈夫だよ、リョウが失敗するなんて有り得ないから。」


私が落ち着きなくアワアワとしている間、カイさんは余裕そうな表情を浮かべている。リョウさんへの信頼は一体どこから湧いて出ているのだろうか。


「リョウさんって、人の心が読めるんですか?」

「んー、まぁね。僕の心は読めないらしいし、意識をしっかり傾けてないと何を思ってるのかはよく分からないみたいだけど。」

「私の心を勝手に読むだなんて……プライバシーの欠片もありませんね。」

「遊んでるんだよ。アイツの趣味。全く、酷いやつだ。」


私がリョウさんと会話をしているところに、カコちゃんがやってきた。


「あ、ローズじゃない。お疲れ様。」

「カコちゃん!」

「カイくん、さっきセナが呼んでたわよ。明日までの書類がどうとかって。」


カイさんの顔がさっと青ざめる。忘れてた、と独り言を残して、カイさんの姿がパッと消えた。──テレポート。カイさんは一体幾つの能力を持っているのだろうか。神という存在に大いに祝福されて生まれてきたとしか考えられない。


「カコちゃん!……その、一緒に考えて欲しいことがあるんだけど……。」

「何よ、何かあるなら遠慮なく言ってちょうだい。あたしの出来る範囲で力になるわ。」

「一緒に……名前、考えてくれないかな?」


カコちゃんはキョトンとした顔で私を見た後、すぐにもとの調子に戻った。


「動物でも飼うの?」

「ううん、違うの。私の半身の名前を考えたくて……。男の子らしいんだ。」

「何か……母親みたいなことを言うのね。」

「あ……確かに。彼が生前の名前でいいって言ったらその名前でいいんだけど、もしも新しい名前の方がいいなら何か考えたいなって。」


なるほどね、とカコちゃんが考える姿勢に入る。


「でもローズ、やっぱり本人見てからじゃないと……」


カコちゃんが言いかけた瞬間に彼女のスマホがピロリーン♪と鳴った。


「……あ、ローズ、コレ見て。今リョウさんから送られてきたの。」


カコちゃんが見せてきたスマホの画面には、私の髪や肌を白くして、目をつり目で蒼くした様な見た目の少年……?がいた。少し緊張した面持ちで、リョウさんのものと思しき膝にちょこんと乗っている。


「あんまり私には似てないね。髪型と背格好だけかな。」

「そうね。でも結構可愛らしい見た目してるわね、この子。」

「だね!相応の可愛い名前を考えなきゃ!!」


私たちの謎のスイッチが入り、時計のふたつの針がてっぺんを過ぎ、寝落ちるまで議論が続いた。



「……はっ!」


気がつくともう明け方になっていた。誰がかけてくれたのか、私の肩には毛布がかかっている。ふと見るとカコちゃんも机に突っ伏して寝ていた。顔を上げて部屋を見渡す。すると、セナさんがキッチンに立っているのが見えた。


「目が覚めましたか?」

「んん……、セナさん、あの子は……?」

「あの子……ああ、ローズさんに取り憑いていらした幽霊さんの事ですね?今は寝ています。先程、リョウさんと一緒に来られたのですが、大層疲れた様子でして。」


寝てるんだ、あの子。リョウさんが助けてくれたんだよね。私をからかったりカイさんを投げ飛ばしたりするけど、本当は良い人なのかもしれない。


「リョウさんは……?」

「さぁ、私が気づいた時にはもう出ていった後でしたから。」

「……そうですか。お礼をしなきゃですね。」

「お礼なんて、いいでしょう。あちらも仕事でやっているようなものですし。」


仕事……そうだ。興味深そうにしてたから、きっと研究するためなのだろう。


「あの、見に行ってもいいですか?」

「いいですけど、起こさないようにしてくださいね?」

「はい。毛布かけてくれてありがとうございました。」

「毛布…私ではありませんよ。」

「えっ、そうなんですか!?」

「静かに。カコさんが起きてしまいます。」


はっとして口元をおさえる。幸い、カコちゃんは少しまつ毛が動いたくらいで、起きることはなかった。


「じゃあ誰ですかね。」

「んー、私の推測ですが、クロさんかと。」

「クロさんですか?」

「ええ。その毛布はクロさんのものですから、おそらく。」

「お礼を言いたい相手が増えてしまいましたね。」


2人で微笑みあった後、私は眠っている半身を見に行った。どうやら空き部屋にいるらしい。


「失礼しまーす……。」


そろり、そろりと起こさないようにベッドへと近づいていく。ベッドの隣には、リョウさんが座っていたのであろう椅子があった。そこに腰を下ろすと、寝顔を拝むことにした。


「……可愛い……。」


ポツリと零れた独り言は、明け方の冷えた空気に溶けて消えた。

……白い。綺麗だ。私なのに私より美しい。なんというか、人形のように整っている。本当に生きているのか疑いたくなるレベルだ。


「ぅ……。」


しまった、起こしてしまっただろうか。と思ったが、そうではなかったようだ。彼の目から涙が伝っていく。


「…ぅう……ん……。」


何があったのだろうか、きっと辛かったのだろう。私に取り憑いていたのも理由があるように思えた。

自然と手が伸びて、彼の頭を撫でる。


「……おやすみ。」


いくらか緩んだ表情になったように思える顔を見ていると、だんだん私の瞼も重くなってくる。しばらく抗っていたが、遂に視界は暗くなった。心地の良い暗闇に身を寄せて、私は眠りについた。



再度気がついた時にはもう明るくて、白い彼はもう目が覚めていた。顔を上げた私とバッチリ目が合う。


「あ……おはよう。」

「ん……おはよ。」


気まずそうに挨拶をした彼に、ふにゃりと笑って返す。

なんとも言えない幸福感を感じていると、ドアが開いた。


「ローズさん、おはようございます。」

「ローズ、その子の名前、決めたわよ!」

「昨日、カコさんと挙げてらした案から皆で選んだんですよ。」


カコちゃんとセナさんがドアから覗いてこちらを見ている。結局何になったのか気になりつつも、まずはこれを聞かねばと白い彼に向き直す。


「あのね、せっかくまた実体を得たから名前を変えようかなって思って考えたんだ。でも、君が嫌なら元の名前でもいいし、他のを考えてもいいんだ。……どうかな?」


少し俯いた彼の顔を覗き込むと、考えた後に決心したように顔を上げた。


「まえのなまえ、いやです。なんでもいい、ほかのなまえをつけてほしいです。」


彼の言葉を聞いたカコちゃんは、私の横まで来て耳打ちをした。……なるほど、良く似合う、いい名前だ。


「ローズから伝えてやんなさいよ。」

「うん!」


私はできる限りの笑顔で、彼に手を差し伸べた。


「これからよろしくね!……ユキ!」


彼──いや、ユキはふわりと笑って私の手を取る。私のことを真っ直ぐに見つめる瞳は潤んでいるように見えた。


「ユキ、いいなまえです。うれしい……。こちらこそ、よろしくおねがいします。」


ユキは私の形をしているのに、何だか気持ち小さい。私と並ぶと、若干私の方がお姉さんに見える。そしてすごく可愛い。あれ、もしかしてこれ、女子として負けてるんじゃ……?


「えと……ぼく、なんてよべばいいですか?」

「えっ!?あぁ、うん!ローズでいいよ!」

「ローズさん、ありがとうございます。なまえ、うれしいです。ユキ、ローズさんが、かんがえたんですか?」

「私じゃないよ?」


そういえば……あれ?ユキって昨日の案にあったっけ?カコちゃんの方を見てみると、『あたしじゃないわよ』と言いたそうな顔をしていた。


「昨日書かれていたメモにはありますよ?ほらここ、『ユキ』って書いてます。」

「本当ね。」

「でも、本当に私じゃないですよ。」


セナさんが持ってきた紙には、確かに『ユキ』と書かれている。しかしその筆跡は、私ともカコちゃんとも違うものだった。それに、他はシャーペンで書かれているのに対し、その文字だけ万年筆で書かれていた。


「この筆跡……、誰のですかね?」

「知らないわよ……。」

「私も、筆跡を見ただけで誰の字か分かるような特技は持ち合わせておりませんし……。」


それに、カタカナ2文字で判別するのは難しい……。結局、きっと誰かがたまたま紙を見かけて書いていったのだろうという結論に落ち着いた。


「へぇ、名前、ユキになったんだね。」

「うわぁぁああ!!」


急に私のすぐ後ろから声をかけられて、心臓が口から飛び出しそうになる。


「ははは、うるせー。」

「リョウさん!びっくりした……。いつからいたんですか!?」

「今さっきだよ。ユキ迎えに来たの。」

「そうですか……って、あれ?」


何か凄く嫌な声と、何を喋っていても胡散臭い喋り方でリョウさんだと分かったが、振り返ると全然知らない人がいた。


「えっと……リョウさん……ですよね?」

「失礼だなぁ、ちょっと髪の色落として眼鏡外しただけで。」

「いや……本当に誰かと思いましたよ。」


リョウさんの黒髪紫メッシュだった髪色は、輝くような美しい銀髪になっていた。それに加えて眼鏡を外したらもう誰か分からない。更に、今のリョウさんは胡散臭さMAXのニコニコ顔じゃない。初めて見た気すらする菫色の瞳は、鋭いながらも深く澄んでいた。


「髪の色落としたってことは……こっちが地毛ですか?」

「そうだけど?」

「むしろ何でアレだったんですか……。」

「何でって……。いつものやつ、カイが嫌がるからかな。カイが嫌がるならやるしかないよね〜♪」

「うわぁ……。」


昨日見たアレより絶対今の姿の方がいい。断言出来る。


「でもね、いつものだとユキと歩いてたら通報されそうで怖いから泣く泣く戻したのさ。」

「あぁ……確かに……。」


あの黒髪紫メッシュのリョウさんが天使のようで可愛いユキと歩いてたら……完全に誘拐の絵面だ。私だったら通報する。


「……そうだ、リョウさん。ユキは私と一緒にいられないんですか?」

「というと?」

「あ、いや、その……一緒に住めないかなって。」

「無理だね。」


そ……即答……。


「ユキは男性恐怖症なんだ。そっちには……いっぱいいたろ、確か。カイと、白猫と黒猫……だったか?俺の家には俺しかいないから。」

「えっでも、リョウさんって男性……ですよね?」

「そうだけど?」

「じゃあ、何でユキは一緒にいられるんですか?」


リョウさんは割とガッツリ見間違えることも無くどう見たって男の人だ。カイさんみたいな可愛らしい、パッと見女の人かと思う様な見た目ならまだしも、何故リョウさんなら大丈夫なんだろう。


「さぁ……?金髪がダメなんじゃない?まぁ、そこも研究対象にするか。」

「そ、そんな雑な……。」

「あの、リョウさん、こわくないひとです。だから、きっとだいじょうぶです。」


ユキが私の袖を引きながら言った。くそう、そんな可愛い顔で見られたら反論できないではないか。


「ユキ、じゃあ帰ろうか。」

「はい!リョウさんのおうち、ですね。」

「そうだけど、ユキのお家だからな?」

「……はい!ぼくたちのおうちです!」


ユキは嬉しそうにリョウさんの元へ駆け寄って行った。白髪のユキと銀髪のリョウさん、並んでいると家族みたいだ。……家族、みたいだなぁ。


「ちょっ!?ローズ、また泣いてるわよ!?」

「あわわ、大変ですっ!あの、このハンカチ使いますか!?」

「なになに?なんの騒ぎ!?」


大粒の涙が私の頬を伝っていく。皆の慌てている声が聞こえる。その声につられて、カイがやってきたのが分かった。でも、私はただ、リョウさんとユキが手を繋いで笑いあっているのを遠巻きに見ていた。


「ここ、今度はどうしちゃったのよ!?」

「……両親のこと、思い出しちゃって……。」

「ご両親ですか。」

「ローズちゃんがご両親のことを忘れる必要は無いけど、そうやって泣いてちゃ彼岸のご両親も浮かばれないなぁ。」


カイさん……分かってます。分かってますけど、やっぱり寂しくなるんです。数年前、ひとりぼっちになってから、時々。


「あっ!そうだ!!今だけは、僕がお父さんって思っていいよ!!ほらおいで!甘えていいよっ!!」

「あ、カイさんがお父さんなら、私がお母さんに立候補してもいいですか?」

「えっと、あたしは……じゃあ妹!妹になるわ!!」


あぁ……皆私のことを思ってくれているって分かる。きっとこの人たちは、私の新しい家族なんだなって思える。


……お父さん、お母さん、私はこんなにいい人たちに恵まれたよ。これから、少しずつ恩を返すために働くんだ。きっとまた2人のこと思い出して泣いちゃうけど、それでも大丈夫だって言ってくれる人たちなんだ。私、幸せだよ。


「……えへへ、カイさんはお父さんって感じしないですけどね!」


こうしてきっと笑い合える日々が続くから。



──後日。


次にリョウさんと話せた機会は、生活も落ち着いてきた時だった。


「そういえば、ユキってどうして喋り方がぎこちなかったんですか?」

「んー、ユキはねぇ、外国人なんだよ。ローズちゃんに憑きながら頑張って学習してたってこと。」

「外国人ですか?じゃあ一体どこの国から来たんですか?」

「それはまだ研究中。教えられないな。」


ユキはリョウさんと元気にやっていけているようだ。今はどうやらお留守番中らしい。


「……。」

「……。」


会話のネタが尽きてしまった。話すことが驚くほど何も無い。確かにリョウさんと会ったのは今を含めたったの2回目だ。いや、でも何かあるはずだ。えっと、えっと……!!


「ご趣味は?」

「……は?」


だよねーーー!!分かってた!!急に話振られてこれ聞かれたらビックリするよね!!


「……んー、山とか、見るの好きかな。」

「山、ですか?」

「うん、山。」

「どうしてです?」

「俺の出身は『虹霓の国』よりもずっと北にあって、一年中雪が溶けない所もあるんだ。ずっと雪景色で、山は白いものだと思ってたから。未だに緑の山を見ると綺麗だなって思う。」


成程……。ずっと視界が真っ白だったら、なんだか目がチカチカしてきそうだ。緑の山を初めて見た時、きっと感動しただろうな。もしかしたら本当に心の底から笑っていたかもしれない。


「でも雪も綺麗だからな、たまに恋しくなる時もある。」

「じゃあ、ユキがユキって名前になったの、誰かがリョウさんにそんな思いをさせないようにしたかったから…なのかも知れませんね!!」

「……さぁ、どうかな。」


リョウさんは窓から庭を見ながら何かを考えるように頬杖をついた。何か思い出したくないようなことを思い出させてしまっただろうか。


「……リョウさんって、カイさんのこと嫌いなんですか?」

「どうしたの、急に。」


ちょっと気になって、と言うと、リョウさんは面倒くさそうに目線だけこちらに向けて、またすぐに戻した。彼の黒い髪が揺れる。


「嫌い嫌い。大っ嫌い。」

「でもこうやってカイさんの家に来たり、協力したりするじゃないですか。」

「……前協力したのは俺の利益のため。今こうしてここに来てるのはカイに会いに来たんじゃない、ローズちゃん、君に会いに来たんだよ。」


リョウさんが私のことを真剣な顔で見つめてくる。相変わらず綺麗な顔だ。……そんなに見つめられたら顔が赤くなって……こない?


「……あれ……?」

「やっぱりね〜。ユキがよく顔を赤くするから変だと思ったんだよ。ローズちゃん、君の恋愛的な感情は……全部、ユキに取られちゃったみたいだね?」

「え……?」


そんなっ!?私、青春の真っ只中なのに恋愛出来ないってこと!?


「そんなに気にすることないよ、ローズちゃん。青春の過ごし方は人それぞれ。1回しかないんだし、好きに過ごしなよ。友達との青春でも良し、恋愛感情の無い君が誰かと付き合っても良し。俺にとっては面白い観察対象だ。」

「ち、ちなみに、一応ですが……一応!聞いときますけど……。」

「そんなに念押ししなくていいよ……。何?」

「ユキのこと、リョウさんはどう思ってますか……?」


まさかとは思うが、ユキはリョウさんのことが好きなんじゃないだろうか。そしたら、リョウさんがユキのことをどう思っているのか、聞いておきたい。


「どうって、どうも思ってないけど。」


リョウさんはキョトンとした顔で首を傾げた。

ユキ頑張って!本当に脈ゼロからだけど、私は応援してるからね……!


「リョウさんのこと、信じてます。私の半身を、よろしくお願いしますね!」

「了解。面倒見させてもらうよ。」


胡散臭い顔だなぁ〜。何考えてるやら、分からないなぁ。


「もう、酷いなぁローズちゃんはっ!」

「勝手に心読まないでくださいよ。」

「別に心を読んでるわけじゃないんだよ。何考えてるか何となく分かるってだけ。」

「……そんな分かりやすい顔してます?私。」

「ローズちゃんに限ったことじゃないよ。皆、分かりやすすぎるんだ。……でも、ユキはよく分からないかな。」


そうか、ユキの気持ちに気づいてないってことは、ユキが何を思ってるのかも分からないってことだ。確かにユキは表情は読み取りにくいし、言葉からは『言葉を発そう』という必死さしか感じられない。


「まぁ……そっちの方が面白いかな。」

「ですね。」


リョウさんが席を立つ。どうやら用事があるらしい。


「じゃ、俺はここで失礼させてもらおうかな。」

「お送りします!」

「いや、いいよ。そろそろカイが起きてきそうだ。」

「そうですか。」


リョウさんの背を見送った直後、カイさんの声がした。


「おはよ〜。」

「おはようございます、カイさん。」


欠伸をしながらのそっと起きてきたカイさん。誰が起こしても起きなかったため放置されていたのだ。


「あれ、この紙……。」

「ユキの名前決めた時のやつです。まだ置いてあったんですね。」

「ん?この字、リョウのな気がする。」

「えっ!どれですか?」

「これ。『ユキ』ってところ。これ、リョウの字じゃないかな。」


つまり、『ユキ』という名前をつけたのはリョウさん、ということになる。そこで少し思い出す。


『でも雪も綺麗だからな、たまに恋しくなる時もある。』


そしてユキの綺麗な白髪と白い肌を続けて思い出す。白くて、雪みたい。


「ま、断定はできないけどね!」

「……そうですね。」


ふふっ、と笑いながら、私は先程帰っていたリョウさんがユキと仲良く暮らしていける事を祈った。



──リョウの家。


「ただいま。」

「おかえりなさい。」


パタパタと走ってくるのは白い、白い、子供。


「ユキ、仕事するから、入ってきたらダメだぞ。」

「はい。」

「いい子だ。じゃあ、俺は部屋行くから。お腹空いたらドアをノックして呼んでな。」

「はい。」


ユキ、と呼ばれたその子は、帰ってきた黒髪の大人に『はい』と従順に答えるだけだが、酷く満足そうだった。


「リョウさん、ぼく、ひろってくれてありがとう、ございます。」

「……どういたしまして。」


調子が狂うな、といったような表情を浮かべた彼は、そのまま振り返らずに彼の部屋へと入っていった。

残された子供の視線は、ずっと彼の入っていったドアへと注がれていた。


「リョウさん……すき、ですよ。」


その視線に秘められた熱に気づいてもらえる日がいつになるか、そんなことを考えながら、子供はリビングへと戻って行った。


「……ユキには、普通に育ってもらいたいんだけどな?」


…と、独り言を呟いた、実はとっくに気づいている彼は、ニヤリと怪しく笑う口を抑えながら椅子に座る。


「まぁでも……面白いか。」


目の前に広げた書類に万年筆を走らせながら、これからの生活が自分にどのような刺激を与えてくれるか考えていた。

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