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第2章 入社 其の弐 【紅薔薇】

私のために用意された部屋は意外と広く快適で、ストレス無く過ごすことが出来た。

そういえば、私のようにカイさんに助けられた人達──カコちゃんや、シロさん、クロさんも、彼が言うように『僕の忠実な部下』なのだろうか。その割には自由そうで、楽しそうだった。そう考えると私がここに来たのも悪いことじゃないのかもしれない。


「……よく眠れてしまった…。」


今日、私の存在自体を真っ二つにするというトンデモ行事がある。もし、私の存在が再生しなければお釈迦……らしい。それだけは何とか回避したい。コツとかは無いのだろうか。

考えを巡らせていると、コンコン、とノックの音が聞こえた。


「起きてますか?身支度が出来たら部屋を出てきてくださいね。この家では朝ごはんをみんなで食べるんですよ。今日は洋食です。」

「……分かりました。」


女の人の声だ。カコちゃんの声とも違う。大人びていて、優しい声……。何だか落ち着く。

着替えを済ませ、鏡の前に立つ。アホ毛が頭の上にぴょこんと立っているが、これは寝癖ではないので気にしないことにする。

……寝癖なし、服装よし。

確認してからドアノブを回す。ドアの先にはやはり見たことがない女の人が立っていた。黒髪を肩の位置で揃え、優しそうな黒いタレ目でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。……何より。


「……でかい」


豊満な……胸に目がいく。私はいわゆるぺったんこと言うやつだ。AAAカップ……幼稚園の頃から変わりなし。自分にはガッカリだ。


「あの……あまり見つめないで頂けますか…?は、恥ずかしい、ので。」


私の目線がどこにいっているのかを悟ったらしい彼女は、顔を赤らめてもじもじとしている。この人は仕草が可愛らしい。きっとまぁ、おモテになられている事だろうと思う。


「あ、私はセナと申します。よろしくお願いしますね、ローズさん。」

「よ、よろしくお願いします……。」


ふわりと笑う彼女を見て、女子として私が完全敗北していることを察する。確実に負ける相手ならばもう初めから諦めがつく。ガッカリすらしなくなる。むしろ、セナさんを彼女にしたい。


「あの、えっと、朝ごはん…ですよね。もしかして、セナさんが作ってるんですか?」

「……いえ、料理はできる人達で当番制なんですよ。確か今日は……シロさんでしたかね。」

「あの人、料理とかするんですね。」

「女性に人気になりたいようで……雑誌で『料理ができるとモテ度アップ!?』という記事を見た途端に練習をしだして、今ではうちで1番の料理上手になりましたよ。」


もしかして、いや、もしかしなくても、あの人って努力家?なかなかできる事じゃない。1番上手なんだ、朝ごはん楽しみだな。私はセナさんの後ろをついて行き、リビングスペースに連れて行ってもらった。台所が見えるようになっていて、そこにはエプロン姿のシロさんがいた。


「シロさん、おはようございます。」


セナさんがにこやかに挨拶すると、シロさんが振り返ってにっこりと笑った。


「セナ、おはよ。」

「何か手伝えることはありますか?」

「ちょうど良かった。これとこれと、これ!向こうに運んでって!」

「分かりました。」


なんと言うか、その……新婚夫婦みたいな風景だった。私は一体何を見せられているのだろうか。いや、それより、私もご厄介になるのだ、なにか手伝わなくては。


「あ、あの!私も何かお手伝いを…!!」

「あっ、君、昨日の子だね!カイくんから話は聞いたよ。確か、ローズちゃん、だよね。可愛い女の子を手伝わせる訳にはいかないよ。座ってて。」

「えっ、いや、そういう訳には……!!」


あれ?今この人、しれっとセナさんのことは女の子だと思ってないって言った?女の人が好きなのでは?私に声をかけてくるくらいだし。


「ん?……ああ、セナはちっちゃい頃から一緒だからね、妹みたいなもんなんだよ。」

「あ、な、なるほど。……はっ!何か私にも出来ることを!!」

「えぇ……そんなに言うならじゃあ……難しい任務をお願いしちゃおうかな?」


難しい任務?それでもいい。お世話になっておいて何もしないというのは中々に居心地が悪い。


「難しい任務……?」

「うん!カコちゃんは自分で起きてくるから良しとして……カイくんと兄ちゃん起こしてきてくれる?」

「はい!分かりました!!……お兄さんですか?」

「昨日見たんじゃないかなって思うけど、黒い猫だよ。クロっていうの。時間あったら起こしてきてね。」


えっ!?ご兄弟だったとは……。似ていない。それも絶望的に。見た目もそうだが、中身も、今のところ似ているところは見受けられない。


「も〜、その顔!似てないって思ってるんでしょ!確かに俺、兄ちゃんほどかっこよくないけど、それなりにかっこいいつもりだよ!?」

「あ、はい、そうですね……。」

「言わせてる感出さないでっ!ほら、これこの家の略図!はいはい、行った行った!!」


シロさんに1枚の紙を持たされ、リビングスペースを出た私は、図に従ってカイさんの部屋へ行った。


「カイさん、起きてますか?」


コンコン、とノックを数回してみる。返事はない。


「あの……起きないと開けますよ?」


明らかに聞こえているであろう声量でカイさんに呼びかける。しかしその間、耳が痛いほどの静かさが廊下を漂っていた。その後も何度か呼びかけたが一向に返事がないので、ドアを開けた。


「お、おはようございます!起きてください!!」

「んん……。」


なるほど、難しいと聞いていた理由が分かった。カイさんはどうやら全然起きないタイプの人間らしい。とりあえず揺すってみる。


「カイさん、朝ごはんの時間ですよ?」

「んんん……あと5年……」

「そんなに待てませんよ!」


起きない……。仕方がないので布団をひっぺがすことにする。


「とりゃー!」

「んにゃぁ……」


こ、これでも起きないとは……

どうしても起きないのでカイさんの寝顔をまじまじと見る。まつげ長い……。体を丸めて寝てるから体の大きさも分かりにくいし、女の子に見える。髪綺麗……腰まである髪が今は枕に散らばっている。


「カイさん、起きてくださいよ。」

「んん……」


まだ起きない。起こし続けてそろそろ10分経つ。くそぅ。これは確かに難易度の高い……。本当に、どれだけ起きないんだこの人。


「いい加減起きてくださいよー!」


カイさんがそろそろ起きるんじゃないかと顔を見てみるが、一向に夢の中だ。……肌綺麗だな、この人。自然と頬に手が伸びた。人差し指でつんつんしてみる。


「わぁ……柔らかい……」

「ん…ん……?」


カイさんの長いまつ毛が少し動く。おっ?起きるか?と思ったが、その状態から一向に進展がなかったので、ガッカリした。でもつんつんする人差し指が止まらない。


「おはようございます!朝ですよ!!」

「んん……カプッ」


一瞬何が起こったのか分からなかったが、カイさんが私の人差し指を噛んだらしい。甘噛みなのか、特に痛くはないが、驚いた私は大声で叫んだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「ねぇ、何してんの?」


不意に耳元で話しかけられて、私はまた叫んだ。


「ははは、うるせー。」

「すす、すいませっ……!」

「わー何これ。噛まれてんの?」


今気づいた。誰だこの人。黒髪だからクロさんかと思っていたが、こんな声じゃないし、クロさんは眼鏡をかけていない。よく見ると髪には紫のメッシュが入っていた。白衣を着ている……?お医者さん……?


「ほんと、コイツ起きないよねぇ。」

「えっあのっ……えっ?」

「俺が起こしてあげようか?」


この人が誰かも分からないが、流石にこれ以上時間をかけると遅いと言われかねないのでお願いしよう……。私にはカイさんを起こすことは出来なかった。


「お……お願いします。」

「ははは、いいよー。」


そう言うと彼はカイさんの服の襟を雑に掴んで部屋の外まで引きずり出した。カイさんの口から私の人差し指が離れる。


「新人困らせたらダメだろー?」


笑顔かつ、あくまで子供に語りかけるような口調だが、やっていることは優しくない。彼はカイさんを頭上まで持ち上げて振り回したと思ったら壁に放り投げたのだ。すごい音が鳴り響く。

カイさんは頭から落ちると、やっと目を開いた。


「いったぁぁぁっ!!?」

「お・は・よ♡」

「おはようじゃねぇよ!!殺す気か!?」

「うん♡」


殺す気だったのか。この人、ニコニコしてはいるけどすっごい胡散臭いな……。笑顔が上辺だけというか何と言うか……。


「君のとこの新人さんが困ってたから助けてあげようと思ってねー。」

「えっ……?」


カイさんがやっと私の方を見た。カイさんは慌てた様子で私の前に立ち、頭を下げた。


「ごめん……。」

「いいんです!頭上げてください!!」

「新人ちゃん、優しいねぇ。指噛まれてあんなに絶叫してたのに。」

「えっ!?」


こっ、この人……!要らないことを……。


「僕寝ぼけて指噛んだ!?大丈夫?怪我してない!?」

「あ、あぁ、いえ。甘噛みみたいな感じだったので……。」

「ほんとごめんね……。」


カイさんがしゅんとした顔をしている……。可愛い、なんてね。でも何となく、なんで皆がカイさんと一緒にいるのかが分かった気がする。


「大丈夫ですよ、カイさん。元はと言えばカイさんのほっぺたつんつんしてた私が悪いんですから。」

「へ……?ぼ、僕が寝てる間に!にゃ……にゃにしてんの!?」


カイさんの顔がみるみる赤くなっていく。意外とウブなんだろうか。やっぱり可愛らしい。


「ねぇ、それはどうでもいいんだけど、あっちからセナちゃん来てるよ?行かなくていいの?」

「はっ!朝ごはんだから起こしてきてってお願いされたんでした!!」


向こうから怒った顔のセナさんがつかつかと歩いてきている。仕方がない。起こしに行ってから既に20分は経ってしまっている。諦めて怒られよう……。


「ご、ごめんなさい」

「あ、ローズさん、起こすの早いですね!皆30分くらいかかるのに!」

「へ?」


予想外の言葉に間の抜けた声が出てしまう。


「ちょっと、起こしたの俺だよ?褒めてくれてもいいよー?」

「あ、静かにしていてください、雑音は聞きたくないので。」

「酷くなーい?」


あ……あんなに優しかったセナさんが、めちゃくちゃ辛辣だ!なんてことだ。この人……可哀想に……。


「セナちゃんは相変わらず塩対応だなぁ。」

「朝ごはんですよ、カイさん、ローズさん。」


すごい、セナさんが無視を決め込んでいる。どうしてこんなに嫌われてるんだろう、この人。


「あの……この人は……?」

「この人のことは害虫とでも思っておいてくださいね。」

「えっ?」

「ローズさんは害虫の名前を逐一覚えているんですか?」

「あの……。」

「つまり、覚える価値も無いってことです。」


ほんと、誰なんだろう、この人。助けを求めてカイさんに視線を送る。あ、呆れ顔だ……。


「ローズちゃん……後で教えたげる。」

「後でじゃなくても本人に聞けばいいじゃない。」

「害虫の羽音がうるさいですね、リビングに行きましょうか。」


半ば無理やりセナさんに連れられてリビングに向かった。例の彼は先程と何も変わらない笑顔のまま、私たちに手を振っていた。


「あっ!やっと起きたの?兄ちゃんは連れて来といたよ!」

「ん''ん''ん''に''ゃぁ……」


リビングに着くとシロさんがまた笑顔で出迎えてくれた。シロさんに抱えられた黒猫のクロさんは嫌そうな声を出している。


「お、遅くなり、申し訳ございません!」

「んにゃ、いいっていいって!!起きなかったカイくんが悪いんだし!」

「ローズちゃんごめんね?」


カイさんが手を合わせて上目遣いで私を見てくる。こんな顔見せられたら許さずにはいられない。


「い、いいですよ、私が起こせなかったのも悪いですし。」

「ローズちゃん、優しいねぇ。良かったねカイくん、カコちゃん2号にならなくて。」

「あたしが何だって?」


先に席に着いていたカコちゃんが、シロさんに睨みをきかせる。少し「ひっ」と声を上げてシロさんは口を噤んだ。


「ローズ、おはよ。」

「お、おはよう、カコちゃん。」

「ローズの席はあたしの隣。座って。」

「うん、ありがとう。」


朝からクールだぁ、カコちゃん。このかっこよさは見習いたい。私が席に着くと、続々と他の人たちも席に着いた。クロさんは人間になっている。獣人も、ご飯はみんなと同じものを食べるらしい。


「皆席に着いたね〜?いただきます!!」

「「「「「いただきます!」」」」」


皆がご飯を食べ始めたので私も、と料理に手をつける。1口食べると、感動に近い何かを感じ取った。


「……美味しい。」


ポロリと零すように告げた言葉に、カコちゃんが得意気に応えてくれる。


「シロは料理だけは上手いのよ。」

「だけはって何!?」

「褒めてるのよ、しっかり聞き取って。」

「褒められてる気がしない!」


このやりとりは面白いな、私には今までにない経験だ。大人数での食事はこんなに楽しいなんて。……思ってもみなかった。


「……っ。」

「ローズ?」

「ローズちゃん?」

「……大丈夫か。」


だんだんと目から涙が零れていく。


「ご、ごめんなさい、何か嬉しくて……。」

「ローズ、これ使って。」


カコちゃんがハンカチを差し出してくれる。私はそれを素直に受け取って目に当てた。水分が繊維に染み込んでいく感覚があった。


「わ、私、お母さんとお父さんが死んでから、ずっと1人で……こんなに人に囲まれて食事ってしたことなくて……。」

「……大変だったのね。」

「学校も……私、『疫病神』って言われてて、ずっと友達出来なくて……。」

「……寂しかったわね。」

「ここの皆はこんな私にも優しくて、嬉しくて……。」

「……大丈夫よ、夢じゃないわ。」


カコちゃんは落ち着くまでずっと私の頭を撫でてくれた。


「もう大丈夫そうね。」

「うん、ごめんね。」

「ローズ、違うわ。こういう時は、『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言うのよ。」

「……うん、ありがとう。」


また涙が出そうになるのをぐっと堪えて、感謝を伝えた。

すると、カイさんが2回手を叩いた。恐らく、注目、という意味だ。


「よし、新入りのローズちゃんのために、1人ずつ自己紹介しようか。ご飯食べながらでいいから聞いてね。」

「はい!」


なるほど、確かにまだよく知らない人達だ。


「まず僕。カイ=フォスター、ここの社長さんだよ。そして皆の保護者でもある。気軽にカイくんって呼んでもいいんだよ?」

「あ、えっと、カイさん、で、お願いします……。」

「無理強いはしないから、それでもいいよ。」


カイさんは金髪が綺麗だ。目も綺麗だ。そして可愛らしい。


「次は私です。セナ・ツユツキと申します。特にご紹介することはございませんが、分からないことがあったら何でも私に言ってくださいね。」

「はい!」


セナさんは優しい人だ。さっきの人には凄く冷たかったけど、他の人には凄く優しい。あと、胸が大きい。正直羨ましい。


「次俺ー!!シロだよ!料理上手で、かっこいいでしょ!兄ちゃんの弟で……あ、俺も獣人なんだよ!ほら!」


シロさんから猫の耳と尻尾がぴょこんと飛び出す。クロさんとは違い、黄色がかった白い色をしている。


「昨日兄ちゃんに抱きついたって聞いたよ!俺はいつでもウェルカムだからね〜!!」

「……あ、はい。」


シロさんは、何と言うか、残念な人って感じだ。でも努力家で、もちろん優しい。……今度モフらせて貰おうかな。


「次は俺。クロ、そいつの兄で猫の獣人だ。シロを触りたいなら俺を呼べ。危なくなったら止める。」

「は、はい……。昨日はスミマセン……。」

「……別にいい。」


クロさんは愛想はお世辞にもいいとは言えないけど優しくて、猫姿が多いらしい。もふもふ。


「あたしはカコ・ローラン。小学生だからアンタより年下ね。気軽に声掛けてくれて構わないわ。」

「うん!」


カコちゃんはいい子だ。そして、むしろ私がお世話をされてしまっている。クールだけど、やっぱり優しい。


「あ……カイさん、さっきの人は……」

「あー、あいつの話は後にしよう。」


カイさんにやんわり話を流される。まぁ、仕方がないか。だってセナさんの周りの空気が凍ってしまったし。


「……そうですね。」

「賢明ね。」


そのまま団欒を楽しんだ後、私はセナさんに連れられて家の案内をしてもらった。昨日から思っていたことだが、やはり家が広すぎる。最後に連れてこられた場所は、どうやら私が真っ二つにされる所らしい。


「いよいよ、来てしまった……。」

「では、私はこれで。」

「はい、ありがとうございました!」


セナさんも去ってしまった。大きな扉の前で1人、立ち尽くす。でも、私は今とても幸せなのだ。きっと今死んでも悔いはない。そっと片手をドアノブに当てる。


「でも……怖いな。」


私が考えていたことは直ぐに言葉に出たが……それは、私からではなかった。声がした方を見ると、例のあの人がいた。


「はーい♪」

「……あ……え……?」

「怖いんでしょ?」

「……何で」

「分かったのかって?それは秘密。でも事実でしょ。皆と仲良しなこの空間を手放すのが惜しくなった。そうでしょ?」


な、何か鳥肌が立ってくる。何だかこの人、怖い。


「んー、傷つくなー。俺の事、怖いだなんて。」

「あ、あの……あなたは……」

「あれ、まだ自己紹介してなかったっけ?」

「……。」

「そんなに睨まないでよ、こ・わ・い、なぁ。」


やだこの人……。


「あれ、ちょっと意地悪しちゃったかな?俺はリョウ。リョウ=ジェニシエフ。職業はサイエンティスト……?かな。ね、そんなに怖がらないで。別にとって食ったりしないからさ。」

「……え…と…私は……」

「ローズ・ウィリアムズ、でしょ?さっきカイから聞いた。」


凄く話しづらい!この人!!で何を話せばいいのかも分からない!!カイさん助けて!


「カイに助け求めるんだ。うん、正解だと思うよ。」

「せ、正解って……。」

「カイの相手してる間は君へのちょっかいを出してる暇が無くなるからね。セナちゃんは……面倒だけど、俺に対する嫌がらせは無視か皮肉ばかりなんだ。だから君へのちょっかいは継続される。」


んん、なんなんだほんとこの人。凄く独特の嫌な感じがある。何となくセナさんの気持ちがわかる気がしてきた。


「はは、冗談だよ。からかってごめん。」

「謝ってる感じがしないです……。」

「んー。そう見えるかな?」


リョウさんはヘラヘラしている。なんか負けた気がする……。


「ちょっと〜!ローズちゃんに迷惑かけちゃダメだろ!!」


やっと待ち望んでいた声が聞こえた。リョウさんと話していた時間はとても短かったはずだが、私には数時間にも感じられた。


「カイさん!!」

「大丈夫?リョウに何か言われてない?」

「いえ……。ちょっとだけ、ちょっかいを出された、だけです。」


カイさんの視線がリョウさんに向けられる。リョウさんは相変わらず笑顔でこちらを見ていた。


「お前……その顔やめろよな。気色悪い……。」

「何で?こっちの方が皆接しやすいでしょ?」

「僕はお前のその顔が見たくないんだってば!!」

「あの……カイさん、大丈夫ですから……。」


私を挟んで喧嘩されると居心地が悪い。


「ローズちゃん、悔しくないの!?」

「えっ?」

「とっておきの仕返し教えてあげる!」


カイさんは私にこっそりと耳打ちする。いや、こっそりしてもリョウさんはこっちをガン見していますけどね。


「仕返しってそれだけですか?」

「そそ。ほら、行ってらっしゃい!!」


カイさんに背中を押されてリョウさんの前に立たされる。


「カイに何吹き込まれたのか知らないけど、そんな簡単に仕返しされたりしないからね。」

「えっと……。」


リョウさんの顔に改めて視線を向けてみる。

……わっ、怖くてちゃんと見た事なかったけど、よくよく見てみると凄くかっこいい……。まつげ長い……、髪も綺麗だ……。身長もすごく高いし、モデルさんにいても違和感ないよ……。むしろ、大人気になりそう……。


「……褒めてくれてありがと。そんなに俺の顔好きなの?」

「えっ、はい。」


カイさんに言われたこと……それは、『見た目を褒めること』……!!


「あー、なる程ね。でもさ、そんなホイホイ褒め言葉出てくるなんて、もしかしてローズちゃんってば嘘つきのプロ?」

「いや……事実ですが。」

「え。」

「事実ですって。リョウさん、かっこいいです。」


リョウさんの顔が気持ち赤くなったのが分かった。リョウさんが顔を隠すようにそっぽを向く。


「えっ……あぁ……うん……。」

「あ、少し赤くなってますね!私の勝ちです!!」

「お、俺より……」

「?」

「俺より……ローズちゃんのほうがかっこいいし……。」


か……かっこいい?可愛いじゃなくて?何それ。もしかして張り合ってきてる?リョウさんって負けず嫌いなのかな。


「……可愛いところもあるんですね。」

「ろっ、ローズちゃんの方が可愛いって!」

「ねー、僕は〜!?」


ちょっと離れたところで私たちのやり取りを見ていたカイさんが間に割って入る。


「心配しなくても、カイさんが1番可愛いです!」

「やったー!!」

「俺、カイより下なんだ……。」

「リョウさんはかっこいいです!」

「はぁ、俺が悪かったから、もうやめて!」


リョウさんが降参したので正式に私の勝ち!……というか、何だったんだろうこの勝負。まぁ、可愛らしいリョウさんが見れたので私は満足だ。


「話を本題に戻してもいいかな。」

「えっと……何でしたっけ?」

「君は記憶力が乏しいねぇ。カイが言うところの生きている幽霊?を作ろうってことだろ。」

「そうでした!」


そうだった。私は今から死ぬかもしれない実験に参加させられるんだった。でも悔しい気持ちのままだったら、それこそ私が幽霊になっていたかもしれないし。きっと、さっきのはカイさんなりの配慮なのだろう。


「さぁ、ソイツがそこまで考えてるとは思えないけどね。」

「あっ、そうだ、聞こうと思っていたことがあったんでした。」

「僕に?リョウに?」

「あ、どちらでもいいんですけど……。」


忘れるところだった。これを聞かないことにはこの実験は怖くて参加できない。


「あの……死なないコツとかあります?」

「……え?」

「……は?」


えっ何その反応……。私、何かおかしなことでも聞いたのだろうか。


「えっ……とね。ローズちゃん、まだ説明してなかったかもしれないんだけど、僕だけでこの実験をやったら成功率は50%ってとこ。でも、リョウがいれば成功率はおおよそ100%なんだ。」


じゃあ、私は死ぬことは無いのかな。でも、カイさんと仲悪そうなのによくリョウさんは手伝ってくれたな。


「コイツ、深夜に突然電話かけてきやがって、『どうしても手伝って欲しいことがあるの!』とかほざいて、言いたいことだけ言って電話切りやがったんだ。」


え、それだけで嫌いな人のところまで来てくれるの、優しいな。実はリョウさんも良い人なのかもしれない。


「ローズちゃんを死なせる訳にはいかないからね〜!だから割いた半身をあげるって言って、来てもらったんだ!!」

「カイの話にあった、生きている幽霊……まだ例がない。研究のしがいがありそうなんだ。来た理由はそれだけ。」


わぁ、もしかしてマッドサイエンティストってやつ?


「否定はしないけどね。」


あの、心の声にわざわざ応えてくるの、やめてもらっていいですか?傍からするとリョウさんの方が変な人ですよ?


「ふふ、失礼。」

「もー!2人で何話してるの!?僕置いてけぼりなんだけど!!」

「カイさんは可愛いですね〜。」

「そればっかり!!」


っていうか、リョウさんはカイさんの可愛さには気づいてるのだろうか。リョウさんって、カイさんのこと投げ飛ばしたりするし、仲もあんまり良くなさそうだし、可愛くもないのかな。


「そうそう、カイは可愛いからな〜。」


リョウさんは今までで聞いたことも無いような棒読みでそう言った後、手を伸ばしてカイさんの頭を雑に撫でた。


「知ってる。触んな。」


カイさんも鬱陶しそうに低めのトーンでリョウさんの手を払い除けると距離をとるように離れた。


「じゃあ、いい加減始めようか!!」


仕切り直すようにカイさんが声を上げた。

ついに始まってしまう。成功率は高くともやはり怖いものは怖い。うぅ、私はどうなってしまうのだろうか……。

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