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第1章 入社 其の壱 【紅薔薇】

私はローズ。ローズ・ウィリアムズ。

ごく普通といえばごく普通な女子高生だ。早速だが最近気がついたことがある。この国は──変だ。


私が生まれ育ったこの街は、近代的な普通の街。『(あか)の街』と呼ばれているが''紅''から連想されるような『暑い』や『情熱』などとは関係の無いような街だ。暑いかどうかは四季によるし、どちらかと言えば住人は冷たい方だろう。

しかし、東の隣町まで行けばそこは無法地帯だ。人は武器を持ち、笑顔で当然のように殺戮を楽しんでいる『(あお)の街』。『紅の街』の隣であり、往来も自由であるのに、『紅の街』の住人は『蒼の街』の住人の影響を受けない。

また、西の隣街では大きな城が立っていて、住人は機械などを使わずに生活している。森を多く残しているためなのか、『(みどり)の街』と呼ばれ、こちらの街の影響も受けない。

まあ、こんなふうに少しでも区域が違えば人々は全く違う生活をしているのだ。


因みにそれらの街を含むこの国は『虹霓(こうげい)の国』と呼ばれている。街ごとに色の名がついていて、それぞれの特徴は互いに影響しない。それが何故なのかは誰も知ろうとはしなかったし、きっと意味などないのだと思う。


さて、まぁそこはきっとありえない話ではない。なのでこれからは()()()()()話をしよう。

この国──『虹霓の国』では、度々謎の事件が起こっている。それはミステリーではなく、自然による事故のようなものだ。自然と言って想像されるのはきっと暴風や落雷などの人間の力が及ばないような災害だろう。だが、言っただろう、『謎の事件』なんだ。ある日突然、人が無惨な姿で発見される。それは人為的ではなく、超常的な力が働いているような──そんな感じだ。


超常的、と言えば、超能力というものはご存知だろうか。要するに「サイコキネシス」や「テレポート」、「サイコメトリー」などだ。そんなものは無いと決めつけている人も中にはいる──いや、大多数だろうが、実際、産まれてくる子供が何かしらの能力を持って産まれてくるのはおかしいことでは無い。人間はそういう風に進化している、ということだ…と思う。まぁ、ここでの言及は避けておこう。私も残念ながら全てを知っている訳では無いのだ。


この国ではきっと誰もが知っている昔話がある。

それは要約すると、『神に虐げられ続けていた人類が、数百年にも渡る死闘の末に神の右眼と左眼を奪い取り、神の力の約半分を削ることに成功した。その目を2人の人間に植え付け、その力を使って人類は豊かさを手に入れた。』という感じの内容だ。これは昔話だが、実話なのだそうだ。反対している学者もいるが、一応既に証明されている話である。

まぁつまり、これが史実であるなら、その右眼と左眼はまだ残っているのだろう。それらは今どこにあるのか、少し気になるものだ。


いや、それはひとまず置いておこう。本当に私が言いたいのはそこでは無いのだ。変だ、というのは、隣町から向こうにのみ出現する──つまり、『紅の街』にだけ出現しない謎の獣のことにある。先程言っていた『謎の事件』の話だが、実は『紅の街』では起こっていない。『紅の街』を除いた『虹霓の国』で起こっている。これだけで多くの人は察せると思うが、私はその謎の獣が事件を起こしているのでは無いかと思っている。

ここできっと疑問に思っただろう。「どうして原因が分かっているのに『謎の事件』のままなのか」と。実はそれには明確な答えがある。謎の獣は大体の人には見えないのだ。見えたとして、誰かに伝えようと、信じて貰えるようなものでは無い。この口ぶりから察せると思うが、私は見える。それはもうハッキリと見える。だから『翠の街』の友人に会いに行った時に見てしまったのだ。人間が食い殺される様を…。友人は「突然首がちぎれて倒れた」と言っていたが、私は見てしまっていた。


私が見ているものが現実なのかそうでないのか、今日はそれを知りに来た。唯一、知っているかもしれない人に会いに来たのだ。


その前に私の体験談を話しておこうと思う。


私が6歳の頃、両親に『翠の街』に連れて行って貰ったことがある。今思えば私はその頃から見えていた。両親とはぐれた私を狙って、家より大きい謎の獣に襲われたのだ。私は走って逃げていた。幸い動きが遅かったので、6歳と言えども何とか逃げられそうだった。しかし、つまづいて転んでしまったのだ。痛くて動けない私に謎の獣が近づいてくる…と思いきや、突然謎の獣の首が落ちた。断面は光っていて、まるで宝石の断面の様だった。倒れた謎の獣はやがて崩れ落ち、光として空気に溶けるように消えていった。

そして私の前に一人の人間が落ちてきて──着地した。その人は肩の長さで揃えた美しい金髪に、家々の隙間から覗く太陽の光を反射させながら振り返った。逆光で顔はよく見えなかった。ただ、あの人は名刺を渡してこう言った。


「人の理解を超える謎、大人も知らない世界の秘密。知りたくなったらいつでもおいで。…僕はいつまでも待ってるよ。」


光の眩さに瞬きをした瞬間、その人は姿を消していた。痛くて動けなかったはずの身体は思うように動いた。というか、転んだ際の傷は、ひとつ残らず治っていたのだ。まるで先程の出来事は夢の中で起きたことのような…そんな錯覚に捕われる。でも夢じゃない。私の手の中にある名刺がそう物語っていた。



「…もう、10年前の話か…。」


独り言を呟いた私は、名刺に目を落とした。少し古い印象を受けるそれに書いてあるのは、私の恩人の名前と、ある住所。


「カイ=フォスター…さん。」


あれから10年も経っているんだ、見た目はきっと変わっているだろうな。優しげな声はそのままだろうか。なかなか勇気が出ずにいた私だったが、ついに今日会いに行くのだ。

よく考えればあの時、まだお礼を言っていなかった。その事も含めて、お話がしたい。


「えっと、この辺だよね……?」


スマートフォンで地図を確認してから周りを見渡す。実は地図を見るのは得意ではない。合っているかはよく分からないのだ。でも、この住所にある建物は……。


「……何これ、大きすぎない?」


…実にシンプルな見た目をした、大きな家だった。


「渡り廊下とか、あんまり普通の家には無くない…?」


頭の中が疑問符で満たされていると、横から声をかけられた。


「ねぇねぇ、何か御用かな?」

「うわぁっ!?」


弾むような声の調子でふらりと話しかけられる。口ぶりから察するに、この家の人なのだろうか。記憶にある声とあまりに違うので、あの時の彼ではないように思う。

明るい金髪に琥珀色の優しそうなタレ目。黒いチョーカーには小さい銀の鈴が付いていて、彼が動く度に心地よくリン、と鳴っている。


「ん〜、俺の顔そんなに見つめてどうしたの?イケメンすぎて見蕩れちゃった〜?」

「いえ、違いますが。」

「ん''、君意外とハッキリ言うねぇ。」

「あの、もしかしてこの家の人ですか?」

「うん!そうだよ。」


やっぱりそうか。…それにしても初対面の人に『イケメンすぎて見蕩れちゃった〜?』とかメンタルどうなってるんだ、この人は。


「あ、その名刺…古いねぇ。…カイくんのお客さんなのか、なんで名刺がそんなになるまで来なかったの〜?」

「えっと、その…勇気が出なくて…。」

「そっか〜、成程ね!じゃあ勇気を出した君にご褒美をあげよう!!」


うーん、何か嫌な予感がする。というか何なんだこの人は。初対面なのにグイグイくる。あれ、これってナンパってやつじゃあ……?


「これ、俺の名刺っ!!連絡先書いてあるから!」

「えっあの、要らないです。」

「そんなこと言わずにさぁ!!ねぇねぇねぇ!!」

「困ります…!」


い、要らない…何なんだこの人!もしかして私騙された?住所間違えたのかな?

そんなことを考えていると、目の前から凄い音が響いた。そしてそれきり、あんなに流暢に話していた彼は喋らなくなったのだ。…というか、意識を失っていた。


「え…?」


ふらりとして倒れた彼の後ろに、小さな女の子が立っている。その子は私のことを見て、申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさいね、うちのバカが…。」

「え、あぁ、はい……。」

「あなた、お客さんでしょ?着いてきて。」


彼女は倒れた彼を雑に掴むと、ズルズルと引きずりながら歩き出した。どうやら私が住所を間違えたわけでは無さそうだ。


「力持ち…なんですね。」

「あたしの方が見ての通り歳下だから、敬語じゃなくていいわよ。」

「そ、そうだよね。…えっと、ふたりは兄妹か何か…?」

「違うわ。似てないでしょ、全く。」


確かに…彼女の髪はで栗皮色でくせっ毛で、キリッとしたツリ目も海のように青い。共通点は特に無かった。


「ご、ごめん、うちのって言ってたから…。」

「まぁ、同僚みたいなもんだし。」

「そうなんだ…お手伝いしてるの?」

「あたしはまぁ、基本的にお手伝いって名目ね。あ、そうだ、まだ自己紹介してなかったわね。あたしはカコ。こいつはシロ。」

「うん、よろしくね、カコちゃん!私はローズ。さっきはありがとね。」

「別に、大したことしてないから。」


見た目に相反して凄くクールだこの子…。ポニーテールとショートパンツで、明るく元気そうなイメージがあったのに。


「ほら、入って。」


私に話しかけてきたシロさんを玄関に投げ捨てた少女──カコちゃんに招かれて入った家は、民家と言うよりはどちらかと言うとホテルのような印象が強かった。


「広いでしょ。ここにはシロやあたし、他にも沢山の人が住んでるの。皆、カイくんが拾ってきた人達よ。」

「拾ってきた?」

「そう。身寄りが無かったり、人身売買に出されてた人とかをカイくんが拾ってきて、ここに住ませてるの。」

「そうなんだ…。」

「まぁ…アンタもってことになるかもだけどね。」

「私も?」


身寄り…確かに私は数年前に両親を亡くした。病気で母を亡くし、その後を追うように父は自殺をした。私はというと、引き取り手がおらず、孤児院にも人数制限で入れず、国からの補助を受けながら生活していた。


「でも生活できてるから、大丈夫だよ。」

「さぁ、どうなるかはアンタの出方次第かな。」


そう言うとカコちゃんはある部屋の前で立ち止まった。


「ここよ。カイくん!お客さんが来てるわよ!」


無遠慮にガチャリと音を立ててドアを開けた先には、書斎のような間が広がっていた。その奥の大きな窓が午後の柔らかな光を送り出している先、机には、美しい金髪がふわりと広がっていて、キラキラと太陽の光を反射させていた。

…あの時と同じ輝きだった。


「もう!寝てんじゃないわよっ!!」


つかつかと机に向かって歩いて行ったカコちゃんは、凄い勢いで机をバンッと叩いた。一瞬机の上に置かれている本やファイルが浮いたような気がした。そして寝ていたらしい彼がゆっくりと起き上がる。


「ん…?」

「『ん?』じゃないわ!お客さんが来たわよ!なんで寝てるのよ、さっきまで事務仕事片付けてたじゃない!」

「ずっと…文字追ってたら…眠くなっちゃって…。」

「いいから早く目を覚まして!顔洗ってきて!!」

「はいはい…。」


のそっと立ち上がって、私がいるドアとは別の方向にあるドアから出ていった。またカコちゃんが申し訳なさそうな顔をしてこちらを見た。


「ほんと…ごめん……。」

「いいよいいよ…。」


何か…まだ小さいのに苦労してるんだなぁ、この子。

そんなことを考えていると、足元で何かが動いた感覚があり、目を落とすと、そこには黒い猫がいた。シュッとした見た目で、空色と琥珀色のオッドアイをしている。


「…猫がいる。」

「クロよ。」

「触ってもいい?」

「んー、やめた方がいいんじゃないかしらね。」

「もしかして引っ掻く?」

「いや、引っ掻かないけど。」


猫は好きだ。もふもふで愛くるしくて、可愛い。是非とも触りたい。あまり猫には触れる機会がないので、このチャンスをふいにしたくはない。


「どうしても…だめ?」

「いや、ほんとにどうしても触りたいなら止めないわよ。だからそんな顔でこっち見ないで…。」


私、どんな顔してたんだろう。


「クロ、お客さんよ。ローズっていうらしいわ。」


カコちゃんが黒猫に向かって話しかける。


「触りたいって言ってるの。」


黒猫が私の方を見る。可愛い…。でもなんでだろう、猫の表情ってあんまりよく知らないんだけど、凄く嫌そう。っていうか、カコちゃんの言ってること理解できるのかな。


「にゃー」

「…ちょっとだけならいいって。」


カコちゃん猫の言葉分かるの!?猫と意思疎通ができるって羨ましい…。

でも、許可はとった。これでもふもふできる!まずは手を出してみる。黒猫はさっきと変わらない表情で私の手を見ている。その手で頭を撫でてみた。ふわふわの毛が私の手に触れる。


「んんん〜!!!カコちゃん!可愛いね!」


カコちゃんの方を振り返ると、なんだか苦笑いをしていた。でもそんなことが気にならないくらい私は今幸せだ。うう、もう我慢できなぁぁい!!

思わず黒猫を持ち上げ抱きしめる。猫ちゃん可愛い!!


「あっ!ちょっと!!」


カコちゃんの声が聞こえた瞬間、黒猫が質量を増した。耐えきれずに黒猫を下敷きにして倒れ込む。

何が起きたのかと顔を離してみると、そこにあったはずのもふもふは無く、黒いシャツの生地が目に入った。


「ちょっとだけって言っただろうが…」


顔を上げてみると明らかに不機嫌そうな男の人が私を見下ろしていた。あまりに突然な出来事に私が固まっていると、その男の人は私を抱えて元の位置に立たせてくれた。

男の人は少しボサっとした黒髪で、頭の上にはフワフワとした猫耳がちょこんと鎮座している。先程こちらを嫌そうな目で見ていたオッドアイは、バツが悪そうにこちらを見ていた。

獣人。聞いたことがある。何でも、大昔に神が創った獣人が、今もごくごく稀に先祖返りで産まれることがあるらしい。世間では一種の都市伝説の様なものだ。

そこではっと我に返る。私、今多分とんでもないことした。


「ごごご、ごめんなさいっ!?」

「…別にいい。カイの客だろ、触らせたのはサービスのうちだ。こちらこそ、急にヒトの姿になって倒れさせてしまってすまん。怪我はないか?」

「あああ、あの、大丈夫…でしゅ……」


恥ずかしい!いたたまれない!!私、今、知らない人に抱きついてた!!顔が熱い……。


「もう!ちょっとだけって言ったでしょ〜!?」

「ご、ごめんねカコちゃん…ちょっと、もふもふの波動が抑えきれなくて…。」

「も…もふもふの波動……?」


そうこうしているうちに顔を洗って戻ってきた彼──カイさんが、先程の机ではなく、接客用のソファに腰掛けた。


「おまたせ、よく来たね。僕にご依頼かな?」


カイさんが私をじっと見据える。あの時見えなかった顔が今はよく見える。優しそうな若葉色の目は吸い込まれそうな美しさだった。


「あ、あの、私、昔あなたに助けられて…!」

「んー?……あぁ、確か君みたいな子がいたような…?」

「お礼を言いたくて…!」

「お礼?なんで?」

「えっ?だって…命を助けていただいて…。」


何故かカイさんは不思議そうな顔をしている。いつの間にかカコちゃんは部屋を出ていったようで、私がズレているのかカイさんがズレているのかの判定が出来ない。黒猫ことクロさんは猫の姿に戻って眠たそうに欠伸をしながら『クロ専用』の張り紙があるクッションの上に寝転がっていた。


「君には、僕の忠実な部下として、これから働いてもらうんだよ?君のことを助けたんだし、残りの人生、ゆっくり時間をかけて僕に恩返ししてよね。」

「え?」

「住み込みでいいよね!実はもう君の家はここになってるんだよ。家具一式は既に運んであるんだっ!」

「なんで…いつの間に…?」


朝、家を出る前は昨日と何も変わらず最低限の家具が一式揃ってたのに。


「本来ならあの時に終わってた君の人生をここまで延ばしたのは僕なんだから、どうしようと僕の勝手だよね〜!」


そ…そんなぁ……。これから学校と仕事に忙殺される日々が待ってるのか…。うぅ、これからが青春だと思ってたのに。


「おっ、未練があるっぽい感じだね?」

「それは…まぁ…。」

「なるほどなるほど。ただの1度命を救ったくらいでは足りないってことかな?」

「いや…そういう訳じゃ…。」

「ところでだけどさ、君ってユーレイとか信じるタイプ?」


え、この人なんなんだろう。突然働けだの幽霊だの、もしかして頭がイッちゃってるのだろうか。昔に見た私を救った英雄像が崩れていく音がした。


「何か…憑いてるなって思ってさ。」

「えっあの…。」

「引き剥がさせてくんない?…ローズ・ウィリアムズさん。」

「…ほんとさっきから何言ってるのか分からないんですけど、カイ=フォスターさん…。」


フルネームで呼ばれたのでフルネームで呼び返す。私の恩人──カイさんはニコニコと笑いながらとんでもないことを言う人だったのか。なんだか色々とガッカリだ…。


「んーと、つまりね?君に何か取り憑いてるんだよ、白いのが。それでね、上手いこといけば''生きている幽霊''が作れるんだ。」

「生きている…幽霊?」

「そうそう。一度肉体から抜けた魂が、別の肉体に入ってまた活動を再開すると出来るの。でも、君の身体はひとつしかないから…やり方としては肉体の存在自体を真っ二つにして、両方とも再生すれば成功って感じかな。」

「それって…再生しなければ…?」


カイさんが両手を合わせてニコッと笑う。つまりご愁傷さまって言いたいんだろうな。


「大丈夫だよ、そうならないように助っ人は呼んでおくからね!」

「…っていうか肉体の存在自体を真っ二つってどうやるんですか?」

「最近たまーに話題に上がるじゃん?『超能力を持った人間の誕生』ってさ。実は僕も使えるんだよね〜。」

「でも、使えるったって…」


存在自体を操る超能力とか、それに相当する名前のものを私は知らない。


「僕の超能力ってさ、万能なんだよ。」

「……何でもできるってことですか?」

「いや?何でも出来るってことはないんだけど。でも、1万も能力があったら、名前なんて付けてらんないでしょ?まぁ、だから能力名は無いんだけどね。」


うーん、いまいちよく分からない。


「まぁ、僕みたいなのは他にいないと思うから、考えなくても大丈夫だよ。普通、使える超能力は1人につき1つか2つなんだ。」

「…そうですか。」


カイさんはやっぱりすごい人らしい。って、いや、そういう事じゃなくて…話が逸れてしまった。


「私、存在自体真っ二つとか嫌なんですけど!」

「えぇ、生きてる幽霊作らせてよ〜!」


カイさんが子供のように駄々をこねる。カイさんは確かに子供っぽい可愛らしい顔をしてはいるが、身長は意外と大きく、大体175cmはあるだろうか……まぁ、そのくらいはあった。……ので、なんというか、ギャップというか、違和感があった。


「そもそも、何のために生きている幽霊が必要なんですか!?」

「何のため…?んー、まぁ、強いて言うなら貸しを作るのが目的かな。」

「貸し…?」

「うん。貸しを作りたいやつがいるんだよね。あ、今度紹介するよ。うちで働くなら知っといた方がいいから。」


いや…まだ働くとは言ってないんだけど。強引な人だなぁ。どうやら私に拒否権は無さそうだ。


「…分かりました。ここで働かせてもらいます。真っ二つもまぁ、許しましょう。ただ、少し聞きたいことがあります。」


そういえばこれを聞きに来たんだった。真面目な顔で向き直すと、カイさんは子供っぽい表情から少し大人びた表情になり、座り直した。


「昔、私を助けてくれた時に言ってたこと…その意味を教えてください。」

「…あぁ、それはね。」


カイさんが神妙な面持ちで私と目を合わせる。


「……何か言ったっけ、僕…?」

「……え?」

「いや、覚えてるわけないじゃん、多分10年くらい前でしょ?10年前に言った、たった一言を覚えてるはずがないじゃん?」


確かに、カイさんの言う通りだ。私にとっては大きな出来事だったのだが、カイさんにとっては沢山救ってきた中のたった1人なのだろう。覚えてるはずがなかった。


「あ…そうですね。えっと、『人の理解を超える謎、大人も知らない世界の秘密。知りたくなったらいつでもおいで。』って、言ってました。」

「君…よく覚えてるねぇ。」

「私にとっては大きな出来事でしたから…。」


カイさんは少し考えるような仕草をしてから、また口を開いた。


「多分あれでしょ?あのでっかいバケモノが何なのか知りたいんでしょ?」

「…まぁ、そうです。あれって、私以外にも見える人がいるんですか?」

「いるよ。っていうか、うちにいる人たちは皆見えるんだよ。そんでもって超能力も持ってる…やつが多いかな。」


私だけじゃなかったんだ。その事に安堵する。


「それで、あの謎の獣は何なんですか?」

「んー、獣か。ちょっと違うね。アイツらはね、獣の見た目をしてるけど、生きるための器官は無いんだ。それに、昔にちょっと見た程度だから覚えてないかもしれないけど、中身は宝石みたいな見た目で、実際には触れないんだ。」

「触れないんですか?」

「うん。超能力を使うのに必要なエネルギー──僕ら超能力者は分かりやすいように『魔力』って呼んでるんだけど、アイツらはその魔力の塊ってとこかな。因みに魔力っていうのは、感じ取れないだけで少なからず人間にはあるものだよ。まぁ…それが濃すぎると光獣と接触出来てしまうんだけどね。」


魔力の塊。じゃあ、何でそんなヤツらが人を襲っているのだろう。今の説明からするととても意志を持っているとは思えないが。


「どうして『紅の街』だけにいないんですか?」

「それを説明するには、前提から話さないとね。アイツらは光獣(こうじゅう)って言うんだ。それでね、光獣は神が作ってるんだよ。」

「神…?昔話にあるような、あの神ですか?」

「いや、そうじゃないんだ。君の言うような昔話に出てくる神は『絶対神』で、僕が言ってる神はもっと下位の神だよ。そうだな、規模でいえば、ひとつの地域をまとめてるってくらいかな。」


神にもランクみたいなものがあるのか。


「で、神の力が弱くなってくると光獣を操って、人間を襲わせて魔力を補充するんだ。何かだんだん『虹霓の国』の神が弱ってるみたいでね……。だから最近、光獣の被害が多いわけ。」

「…つまり、『紅の街』は神の力が強いから被害が出てないってことですか?」

「んー?違うよ。この街はね、神がいないんだよ。」


……え、神がいない?なるほど、確かに神がいなければ光獣が作られることもないし、人間が襲われることも無いだろう。


「あ、何か勘違いしてる顔だね?」

「はい?」

「この街はね、()、神がいないだけで、少し前まではいたんだよ。」

「……少し前?」

「うん。そうだな……大体……50年前くらいまでは少なくともいたかな。」


私はカイさんが長考の末に口にした年数に驚いた。50年前!?カイさんはまだ産まれてないんじゃ……?だって見た目からしても20代前半みたいな感じだし……。


「えっ…?あの、失礼ですが、年齢をお伺いしても…?」

「年齢〜?んー、そうだなぁ、もう数えてないや。幾つなんだろうね。僕にも分からないな。」


いやほんと…何歳なんだこの人…。


「ま、まぁ、話を戻しましょう。つまり、『紅の街』にいれば安全っていうことですか?」

「安全なんてことは無いよ。むしろ危険かも。」


私がキョトンとしていると、私が察せないことを察したらしいカイさんが口を開いた。


「君は疑問に思ったこと無いの?」

「何がです?」

「この国のこと……。何で特色が交わらないのか、とか。」


私が元々聞こうと思っていたことのひとつだった。


「あのね。それは神がそういう風にしてるんだよ。無駄な戦争を避けるためにね。まぁ……昔、結構な戦争があったのさ。今この国があるところでね。それで、神達は長い間それぞれ7つの地域を統治して、今に至るのさ。結果、出来た7つの街は各々の文化を発展させていった……っていうこと。」

「なんか本当に見てきた人みたいな言い方しますね。」

「ふふ、皆よりは長く生きてるだけだよ。」


ふわりと笑ったカイさんはすぐに真面目な顔に戻った。


「つまりね、『紅の街』に神がいなくなった今、均衡が崩れる可能性があるんだ。だから、新しい神が出来るまで、僕は色んな街に行って、光獣が『紅の街』に影響を及ぼさないようにしてるわけ。まぁ、ここでまた戦争が起きるのは神達も本望ではないだろうし、ね。」

「……なるほど。」

「これで仕事の内容は分かったかな?」


えっ?これ仕事の説明だったんだ。そんなふうには聞いていなかった。つまり、全然分からない。


「わ、分かりません。」

「あー、んー、つまりね、『紅の街』の住人に影響を及ぼしそうな光獣を先に倒してしまおうっていう仕事!理解出来た?」

「あ、分かりやすいです。」

「なら良かった。」


はぁ、ここで仕事をするのか。でも私は超能力者じゃないし、何も戦力にはなりそうにない。どうせ働くならしっかりと役に立てる人物になりたい……そう考えていた私の耳に、忘れていた言葉が飛び込んできた。


「じゃ、お祓い兼生きている幽霊作りは明日。昼頃、案内係を置いておくから、連れてきてもらってね。」

「あ……はい。」


そ、そうだった……。仕事云々の前に、私は生き残ることが出来るのだろうか……?

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