突然の呼び出し
皇太子殿下から贈られた元とほぼ同じ蝶の髪飾りが姉リコリス王女の手に渡ってから数日後、突然離宮に来るようにヴィオラは呼び出しを受けた。講義が終わり次第急いでという時間指定で。
講義が終わると同時に慌てて離宮へ行くと、そこにはリコリス王女が悲しげに顔を曇らせていた。
「それで、これはどういうことかな」
皇太子殿下が表情を変えないまま、リコリス王女に紫の底冷えのする鋭い視線を向けた。
「これは皇太子殿下からの贈り物にございます」
皇太子殿下の手の上には白い絹のハンカチに包まれた蝶の髪飾りが乗っている。
壊れてしまった所が自然に見えるようにとグラデーションを作ったかのような羽の部分が見えている。
新しく作ってもらった方じゃなく、壊れてしまった方の蝶の髪飾りだ。
「蝶の髪飾りを少しだけ預かりたいそうなの。あと少し直したい所があるそうだから」
リリアーナが再び引き取ってお店に持っていってしまったはずだ。あれがなぜここに?
明日にでも取りに行こうと思っていた蝶の髪飾り。
やばい! とヴィオラは内心冷や汗をかく。
どうやってごまかしたらいいんだろう。というか口を出してもいいのだろうか。何と言ったらいいだろう。
ああ、それよりもリコリス王女は私が壊したことにすべての原因があることにするんだろうとちょっと悲しくなる。
「これは、たまたまわたくしの部屋に置いてあった皇太子殿下からの髪飾りを綺麗だからとヴィオラが触って壊してしまったものですわ」
案の定、リコリス王女は涙をためた瞳で皇太子殿下を上目遣いに見つめる。
「……ヴィオラ王女が直接店まで伺ったと聞いたのだが」
地を這うような低音が響く。
「その通りです。自分で壊したものを自分で持っていくのは当然だと思いますわ」
ヴィオラを少しにらんだ後、皇太子殿下を見上げてリコリス王女は小さく頷く。
「……リコリス王女はヴィオラ王女と同じく自分で壊した品物を修繕する時には自分の足で店までもっていくのか?」
リコリス王女は一瞬言いよどんだものの少し微笑んで囁いた。
「ヴィオラは市井に行くことが昔から好きですの。元々市井に住んでいたせいかもしれませんわね。もともと平民ですもの。自分で行くと自分で言ったのですわ。
わたくしはバンゲイ国では王都、バンパー国では離宮と学園からは出たことがございません。平民ではございませんから。市井に行くなどヴィオラと違い無理ですわ。壊したとしても誰かに修繕に出す、もしくは新しいものを手に入れますわ。というより修繕などしたことがございませんわ。
この蝶の髪飾りは修繕したもの。わたくしは修繕などいたしません。壊れたものは使うことはありません。ヴィオラだからこそ修繕など考えたのではございませんか。
わたくしは皇太子殿下からいただいた髪飾りを壊された後、新しい髪飾りを作りましたの。これですわ」
リコリス王女が皇太子殿下に自分の正当性を訴えている間に、ヴィオラは近くにいたリコリス王女の侍女にこっそり殿下がいつ来られたのか聞いた。
皇太子殿下が突然修繕された髪飾りを持ち離宮にこられたのは30分ほど前。新しい髪飾りをつけたリコリス王女は皇太子殿下にその姿をさりげなくアピールしていた。しかし、それを見た皇太子が修繕した髪飾りを手の平に載せてことの次第を聞いてきたのが発端だ。
「口をはさむことをお許しください」
侯爵令嬢のエリオーラ様が足を一歩出した。
「失礼を承知で申し上げることお許しください。いつもヴィオラ様は放課後リコリス様のお部屋まであいさつに来られます。その時に髪飾りが可愛らしいと手に取り、その時羽飾りが壊れてしまったのです。しかもちょうど何かに引っ掛けてしまわれたのか、留め具までもを壊されたのですわ」
「その通りですわ」
近くにいた令嬢も頷く。




