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リコリス王女の頼みごと

侍女ですら行くことのできない危ない場所へ妹である王女を一人で行かせるということがどういうことなのか、リコリス王女には分からないのだろうか。

いやヴィオラが王女であるということすら認識していることすら怪しい。

ヴィオラは立場上リコリス王女の声には嫌と答えることができない。

「ならば侍従は……」

「侍従はたった一人しかいないの。その点あなたなら大丈夫でしょう。ヴィオラの侍女は一人しかいないから何でも自分でしているという話ではなかったかしら。なら一人でお店まで行くのは大丈夫なのではなくて。それに皇太子さまからの贈り物ですのよ。誰もかれも預けることなどできないわ」

「リコリス王女、……分かりました」


実はヴィオラはバミーダを訪れたことがある。

バミーダの店構えを思い出す。バミーダは基本一点ものしか置いてない店で、それを売りにしている。

蝶の髪飾りを見ると翅の模様が細い線で形作られていて繊細な作りとなっている。同じものは二つとはないだろう。

「同じものはないと思います。修理してもらいましょうか」

バミーダは奥に職人がいて作業をしている。


一瞬、眉を寄せた姉は扇で口元を隠した。

「同じものがいいのよ。お金は出すわ。同じものを作ってと言ってきて」

修理したものを使うなど、多分リコリスには考えることなどできないだろう。

だがバミーダでは同じ髪飾りは作れない可能性が高い、といくら言ってもリコリスは聞かないだろう。ヴィオラは言いかけた口を閉じて息を少し吐く。

「…分かりました。バミーダまで歩いていくと時間がかかるので明日でよろしいでしょうか」


市井とはいえ城下、日中はかなり安全だ。だが薄暗くなってくると一気に治安は悪化する。女性が一人で歩いていい場所ではない。

窓に視線を向けると、もうすでに薄暗くなり始めていた。走っていけば15分くらい。行けない距離じゃない。けれど明日なら講義は1限少ないし早くに学校も終了する。いつも学園から帰ってすぐにする課題も夜にするとして、講義が終わり次第走っていけば何とかなるはず。


「しょうがないわね。早くよ」

リコリス王女の言葉に続き、側に控えていた侍女からもくれぐれも早くお願いしますと言付かって退室する。

本来なら修理もしくは同じものを購入するために店を訪れることは侍女や侍従のする仕事だとはヴィオラもよく分かっている。

バンゲイ国にいるころからこういった小間使いが多かった。だから慣れている。

誰もがやらないことをヴィオラはリコリス王女から頼まれる。

ヴィオラはリコリス王女からの頼み事は断らない、決して。

ヴィオラがリコリス王女から頼まれてやっていることに対して、こっそりと王女のすることではないと忠告されることもある。それは十分に分かっている。


だが、8歳の時に市井で母が亡くなったとき、ヴィオラは王城に連れられて義母や姉と兄の善意で生活に困らないようになった。それどころか家庭教師をつけられて勉強、マナーなどみっちりと教えてもらった。突然できた妹など悪意ある人たちなら、王家ということもあり悲惨な結果になったこともありうると知っている。


生かしてもらった。王女という地位を与えてもらった。食べるもの着るものに困ったことはない。それは素晴らしいことではないだろうか。そう理解している。

だから姉の頼み事はできるだけ叶えるようにしている。

それで頼まれごとがうまく言ったためしは多くはないのだけれど。


これまで何度もリコリス王女からの頼まれごとがあった。解決できたものはよかった。だが多くは解決していくうちにどうすることもできない状態になることが多い。リコリス王女と相手方との板挟みになった挙句、問題はすり替えられ、いつもヴィオラが悪いとして糾弾されるのだ。

リコリス王女の相手だった人も最終的にはリコリス王女ではなくヴィオラに対して悪意を抱く。


間に立つということはそういうことだと分かっている。

間に立つのは権力があったり力を持っていたり、解決能力があったり、そういう人でなければ解決は難しい。それもヴィオラは理解はしている。

だがリコリス王女から頼まれることは多い。そしてリコリス王女の頼みごとをヴィオラは断らない。ヴィオラが断らないからリコリス王女は自分で解決できないことをヴィオラへ託す。ヴィオラが解決できないことを分かっていながら。それが一番ことを荒立てない方法だからだ。


今までは相手は令嬢や教師などがほとんどだった。今回は皇太子様だ。

結果は惨憺たるものだろう。

多分髪飾りを壊したものとして原因はヴィオラということになる可能性が高い。侍女が壊したのではなく王女だから謝罪の言葉を言わされるだけで済む。リコリス王女の差し金によって。

「蝶の髪飾りをバミーダまでもっていったのはヴィオラですわ、壊した人はわたくしは言えませんわ」

リコリス王女は言うだろう。

深い深いため息が出る。


皇太子殿下の紫の瞳が冷たくヴィオラを射抜く。

その瞬間を思い浮かべるだけで、おなかの深いところがシクシク痛み出した。

次の日の朝、帰宅するとき市井にある自宅まで戻るリリアーナに一緒に市井まで行く旨を話した。髪飾りの事情を聴きこんだリリアーナからバミーダが知り合いのお店だからと蝶の髪留めを預かってもらうことになった。

ヴィオラは預かったものだから自分もバミーダまで行くと言ったがリリアーナは大丈夫よと笑った。私に任せなさいと。

「これが問題の蝶の髪留めね。誰のものなの」

「お姉さまのものなのよ。ある人からプレゼントされたらしいけれど留め具と蝶の羽の部分が壊れているでしょう」

白いハンカチで包んだ蝶の髪留めは手に触ってみると留め具も外れていた。

「ヴィオラ様のじゃないの」

太陽の光で蝶が生きているようにキラキラと輝く。

綺麗ね、とリリアーナは鼻をならした。

「違うわ。リコリス王女がある人から贈られたものだけど、同じものが欲しいとおっしゃって」

「ヴィオラ様のお姉さまの、か。これだけ繊細だと同じものを作るのは難しいでしょうね。何と言ったらいいかわからないけれど、同じものを作れと言うなんてお姉さまはわがまま王女様ね。ヴィオラ様とリコリス王女は性格的に姉妹とはとても思えないわ。

ただ、実はバミーダはうちの商会のお店なのよ。作っている職人も私の知っている人だから同じものを作るにしろ、修理にしろ私に任せてちょうだい」

リリアーナは笑って請け負ってくれた。



読んでいただき、ありがとうございます。


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