あふれる気持ち
ずっとずっと心の支えだった人。
小さなころから。
長い時間、待っていた。
母が亡くなって引き取られて離宮に住むようになってから。
一人っきりの暗い夜の部屋で、
誰にも話しかけらず誰にも話しかけなかった時も、
汚れた服を洗いながら、
敗れた服を繕っている時も、
何気なく窓から外を見ている時も、思い出すのは母の悲しげな優しいほほえみと少年の言葉と。
いつか必ず迎えに来るよと言ってくれた紫の瞳の綺麗な少年。
ずっと窓の外からいつか迎えに来てくれるのか待っていた小さなころ。
周囲が自分に対していい感情を抱いてはいないとはっきり分かったころには、あれは夢だったのだと何度もあきらめるよう努力した。それでも夢見ることは止められなかった。
何時か来てくれるかもと何度も思いながら、その思いを打ち消した。
あれは夢だったのだとおもう気持ちと相反する待ち人が現れるという期待の気持ち。
留学して姉の婚約者として出会った人はあの時の少年とよく似た紫の瞳をしていて、あふれ出す気持ちを抱くことをやめようと思うのに止められなかった。王宮で出会うたびに優しい言葉をかけてもらうたびになくなっていたはずの気持ちが風船のように膨れ上がった。
膨れ上がった風船は必ず大きなはじける音を立てて破裂する。痛みを伴って。
そうなるのが怖かった。
破裂するかもしれない気持ちをどうしたらいいのか予想するだけで怖かった。
自分の気持ちにふたをするだけじゃ飽き足らず、自分の気持ちを見ないように目をそらしていた。
「さっきも言ったけど私の気持ちは初めからヴィオラにしかなかったから。ちゃんとヴィオラと婚約できるようにバンゲイ側には申し込んでいた。リコリス殿は考えたことすらなかった。
二人が留学してきて二人の待遇の差に驚愕して、それまでも分かってはいたんだが君の父上に話を聞くべきかと思ったんだ。国の間の交友関係もある。こじらせるわけにもいかないと思ったから穏便にね。だが、返答がない時点で私の両親や議会とも話し合いをした。これまでバンゲイ国との交友関係はヴィオラとの婚約ということを踏まえて優遇していた」
「何と言っていいのか……わかりません」
「周囲のごたごたは私たちがどうにかしよう。ヴィオラに考えてもらいたいのは婚姻を正式に了承してほしいということだよ。本来なら1年の婚約期間を経て婚姻としたいところだがヴィオラは学園生活をかなり楽しんでいるという話もあって、ならば学園に在籍している間は婚姻は待つことにして婚約継続で構わないだろうということになった。卒業と同時に結婚ということになる」
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