アニック伯爵家のヴィオラ嬢
「友好国として接してきたつもりだが、私たちの意向を反故にしここまで馬鹿にされるとは思いませんでした」
「それだけではないわ。バンゲイ王がフリージアを側妃にと言われた時必ず幸せにすると言われたではありませんか。こんなに不誠実なことがあるでしょうか。こんなことになるのなら連れて帰ればよかったと何度思ったことか。私の大切な友人だったのですよ。こんなひどい……」
いつの間にか輪の中に入ってきていたバンパー王妃が感極まったように扇を広げて顔を隠す。
「フリージアのことは戦争がはじまり、どうすることもできなかった。敵国の人間であることははっきりしていたため近くにおいておけなかったのだ」
「金銭すら与えずに、ですか。貴族令嬢を市井に送るなどフリージアが何をしたというのです。何もできないのであれば我が国にフリージアを送っていただければよかったのに」
「それはできない話だった」
「話になりません。もうよろしいですわ。バンゲイ国に対してわたくしはよい感情がありません。フリージアだけではありませんわ。ヴィオラ王女の様子を知りたくて私の所の女官長を何度か王宮から使者として出しましたけれど。学園の寮でドレスどころかほとんど服も持たず、それでも明るく勉強に励んで。バンゲイ国はどういうつもりなのかと侍女たちも言っておりましたわ」
皇太子の横にバンパー王が立つ。
「これまでの話を聞いた限りではヴィオラ王女は王女としてではなく我が国の伯爵令嬢として皇室に入ったほうがよいであろうな。
いくらバンゲイ側がリコリス王女を離宮に置き皇太子の側へ送ろうとしても、皇太子はヴィオラ王女を望んでいる。ヴィオラ王女はマナー、ダンス、各国の歴史など学園での評価も高い。それだけでなく我が国で力のある商会の子女や貴族にも友人が多い。皇太子妃、王妃となるには十分だと思われる。
ヴィオラ王女、それでよいかな」
怒涛の展開に目が回りそうだったヴィオラは覚醒する。
覚醒しても頭がついて行かない。
「…えっと、王女ではなく伯爵令嬢になるのですね」
バンパー王がふっと笑う。
「急な展開で頭がついていかないかな」
王は皇太子の肩をたたくと違うほうへと歩きはじめふと立ち止まり振りむいた。
「バンゲイ王よ、バンゲイ国へは友好国としてかなり便宜を図ってきたつもりです。だが王妃、リコリス王女といい我が国を軽んじすぎと思われる。これまでの貿易、輸送等様々な面で図ってきた便宜をなしにするとしよう。友好国としてではなく普通の国として」
「お待ちください。そんなことになれば我が国は」
「もちろんこの措置は永久的なものではないものとするつもりだ。バンゲイ王が速やかに王太子に譲位されるときには今まで通り友好国の状態に戻そう。リコリス王女に関しては我々バンパーの王族として二度と接触できないように。そのように取り計らってもらいたい」
「譲位……すぐには無理です。猶予をいただきたい」
バンゲイ王の必死の言葉にバンパー王は振り返らなかった。
「わたくしがバンパーの方々と二度と接触しないとはどうしろと言われるのです。わたくしは王族である以上は自由ですわ」
「リコリス王女は離宮から速やかに出ていき、留学も取りやめるよう申し渡します。その後の詳細は後より沙汰するつもりですが、バンゲイから一歩たりとも外へ出るなということですから、かなり寛大な措置と思われます」
「待ってください、皇太子殿下。わたくしは何も悪くはありませんわ。まるで罪人のように一歩も外へ出るななど」
リコリス王女を振り返ることもせず、アークライトはヴィオラを見た。
「ヴィオラ王女、すでに伯爵家にて部屋を用意してある。ドレスなどは私が用意した。伯爵家から学園までは馬車で20分もかからないので寮ではなく通いにするべきだろう。なおビオエラ嬢は子爵家で向い受ける準備はできているそうだ。父親や兄が待っている」
「そう…ですか」
「はあ、ありがとうございます……私はヴィオラ様のお側にいたいのですが」
ビオエラが呆けたように呟いた。
「ヴィオラ王女、これからはアニック伯爵家のヴィオラ嬢か。ヴィオラ嬢、少し話がある。ベランダまで行こう」
皇太子がヴィオラの腰に手を回しその場の人をその場所へ残したままベランダへと向かった。
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