紫の瞳の少年と母の思い出
その紫の瞳をいつか見たことがある……ヴィオラは既視感を覚えた。
「わたくし、皇太子さまに昔お会いしたことがありますか」
昔見たことがある紫の瞳の少年を。
「……おぼえていたのか」
「……覚えていらっしゃったのですか」
「君は泣いていたね。城に来てから独りぼっちだと」
迷っていた。そこがどこなのか分からず泣いてしまった。不安と恐怖と寂しさと。
「そうです。ここから出ていきたいと泣いていました」
出ていきたいというか元の場所に戻りたいといったのだ。ヴィオラより年上の少年に向かって泣いたのだ。
「だから必ず助けると言った」
『必ず助けに来るから待っていてね。必ず助けるから。必ずだよ』
最初の2年ほどは待っていた。いつか必ず助けてくれるはずだと。
2年、3年、すぎてあれは夢だったのだろうかと思う気持ちが出てきた。
4年目には待つことを諦めてしまったような気がする。
そして毎日を精いっぱい過ごすうちに、自分で王宮からバンゲイから抜け出すためのことだけを考えていたような気がする。
「助けると言っていたのに、随分遅くなった、すまない。間に合っただろうか」
「そんな。ここまでしていただけただけでも……ちゃんと間に合いました。ですが……」
「平民になりたいのは官僚になるためなんだろう」
「母と一緒にいて思ったのです。女性が独り立ちするのは本当に難しくて。難しいからこそ官僚になって国の政治を少しずつでも変えることができればと。自分の国ではできませんが」
「女性のために国を変えたいということであれば、王宮の中にいてもできるよ。王妃を見ているとバンゲイ国では無理に見えるにけれど、リコリス殿や王妃があれではね。
だが私の国なら私の側にいるのであればできる。その手助けもできるよ。君の思う存分にやればいい。まあ、できないことも多いだろうし反発も多いだろうが」
ふっと皇太子が笑う。
「そろそろ3曲目だね。2曲目が終わったら踊るのをやめよう。もし、ダンスを申し込まれることがあれば、疲れたからと断りなさい。ほかの人と踊ってはだめだよ。私と一緒にいてももらうが護衛を2名つけておこう。ほかの者との対応は彼らがする。一応彼らも貴族だからね」
「リコリス王女は皇太子殿下と踊りたいと思っていらっしゃいます」
「私はそうではない」
周囲をちらりと見渡した皇太子は2曲目が終わり3曲目が始める前にダンスフロアーからヴィオラを連れて抜け出した。
「紹介したい人たちがいるんだ」
連れていかれた先、正面には年配のご夫婦と一人の令嬢と令嬢の父親と思われる貴族がいた。
令嬢の姿にヴィオラの釘付けになった。
はちみつ色の髪と青い瞳がヴィオラと一緒だった。
驚きでヴィオラの目が大きく見開いた。
『ヴィオラはお母様の宝物よ』
ぼやけ始めていた記憶が鮮やかによみがえる。
ヴィオラを見ていつも微笑んでいた。優しい笑顔の母がそこにいた。
「……どうして? お母様?」
ウエーブのかかった髪も、微笑んだ頬にえくぼがうっすらと浮かぶのも目じりに黒子があるのも。
よく見ると母よりずいぶん若く、ふっくらとしていることに気づいた。
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