クロフト王太子からの謝罪
「突然の入室申し訳ありません。当事者であろうリコリスもつれてまいりました」
赤の華やかなプリンセスラインのドレスを着たリコリス王女の腕を引きずりながらクロフト王太子が現れた。
「バンゲイ国のクロフト王太子です。先日の訪問に引き続きご迷惑をおかけしております。
実はバンパー訪問後、私も色々国内を調べてまいりました。王の侍従など周囲から分かったことなどをすべて話していきたいと思います。そして私からの謝罪も受けていただきたいと思い参りました」
一礼すると、リコリス王女の腕をつかんだまま兄は父王の横に立つ。
「父はビオラの母上には金銭を援助するよう侍従に伝えていたようです。ですが、ヴィオラの母上にそれが渡る間に邪魔が入っていた。それは王妃による横やりです。そのため何一つ、それこそヴィオラが8歳になるまで援助も何もなかったことは間違いありません。
ビオラの母上は最初の頃は自分のドレスや宝石を売って生活をしていたようでしたが、それもいつまでも続くものではなかったようです。フリージア様でしたね。フリージア様は刺繍の名手だったという話です」
「そう。そうよ、刺繍が素晴らしかったわ。糸のさし方だけではなくって色の配色も素晴らしくて」
「そのようです。フリージア様は刺繍をしたハンカチなどを売り始めたそうです、最初は。そのうちその腕を見込まれて貴族令嬢、ご婦人方から自分が刺繍する代わりに刺繍してほしいという要望で様々な刺繍をするようになった。最初は思い人へのハンカチの刺繍の依頼、服への刺繍、そのうちその腕は評判になり、パーティー用のドレス、結婚式用のドレスの刺繍までされるようになり。ビオラの生活はある程度は普通になっていったようです、貧しくはあったが。
それでも、令嬢だったフリージア様にとって平民としての暮らしは簡単なものではなかったようです。その点ヴィオラは最初から平民だった。買い物などはフリージア様ではなくヴィオラが率先して行っていたようです」
ヴィオラは困ったように頬に手を当てる。
その通りだ。母は悲しそうに俯いていることも多く、そのたびに母を喜ばせるため楽しい気持ちにさせることができるように笑顔でお手伝いを申し出、自分のたわいもない失敗話や笑い話をしていた。
周りを見る。
ここにいるのは王族しかいない。買い物すらしたことない人たちばかりだ。
ヴィオラは根っからの平民。買い物どころか値切ったり、駆け引きもしていた。物々交換だって慣れたものだった。お金がないことがどれだけ辛いかも知っている。
何もないときは食べられる草と余裕がある時に買いためておいた小麦の粉で薄いかゆを作ったりしていた。 小さな庭で近所のおばさんからもらった苗を使って野菜も作っていた。
フリージアは「ヴィオラが作ってくれたものは何でもおいしいわ」と言ってくれたが食べられるようなものではなかった。それでもそれしかなかったのだ。
「ごめんなさいね。わたしがもっと早くに手を回せばよかったのよ。ヴィオラ王女だって、こんなつらい思いをせずに済んだのに。フリージアだってこんなことにはならなかったはずなのに」
恨みますわ、とバンパー王妃がバンゲイ王を見る。
「……」
バンゲイ王がうなだれたように視線を下げる。
「金銭どころか品物も何一つフリージア様へは届いていません。息子として本当に申し訳なく思います」
「王太子殿下からの謝罪はもうよろしいのよ。実際にその時点であなたも子供であったはず。それよりもバンゲイの王妃様からはこのことについて何もありませんの」
「何を言えばよろしいのでしょうか。わたしは何一つ悪いことはしておりませんわよ。側妃でもなんでもない市井の女に王が金銭を与えるなどあってはならないことですわ」
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