騎士になりたかった少年
「君は誰?」
アメジストが瞬いた。
「私はヴィオラ。迷ったの。戻れない」
「どこに戻ろうと思っている? 君の家はどこにあるの?」
王宮に連れて行けばいいのかな、と少年は小さくつぶやいた。
「私のおうちはここからまっすぐ行ったところ。お父さんは……一緒に住んでいない。お母さんはなくなったの。ヴィオラ一人だけだよ。一人で住んでる」
「一人だけ……一人で、か。じゃあ、ちょっと僕と話そう」
アメジストの瞳の少年の優しい笑顔を見てヴィオラは理由もなく安心する。
それからヴィオラは自分の身の上を話した。お母さんがなくなり引き取られたこと。一人で住んでいること。話しかけても誰も話をしてくれないこと。いつも一人きりなこと。
少年も騎士の中に混じって剣の練習をしていること。誰にも負けない強い剣士になりたいと思っていることを話してくれた。
「ここはとてもきれいなところよ。お姉さまもいるんだって。リコリスお姉さまっていってすごくきれいな人なんだって。会ってみたいけどヴィオラは平民だからダメだって。お兄様は会ったことがある。この前来てくれた。『汚い家だな。なんで侍女もいないんだ』って言ってた。ちょっと意地悪だった。だけどね、もう帰りたい。元のところに」
「元のところがいいのか、ヴィオラは」
「うん。ここはね誰もヴィオラのことに気づかないの。話しかけても笑いかけてもヴィオラのこと見てくれない。この前ね、頭が痛くてダイニングで倒れちゃったの。次の日の朝、掃除をしに来たお姉さんに怒られちゃった。具合が悪いときは言ってくださいって。でも誰に何を言っても聞いてくれないんだよ。ヴィオラが話すこと聞いてくれたのお兄様だけ。それと今話を聞いているからお兄ちゃんもだね」
首を横に傾げたヴィオラがその少年に話しかけると少年は困ったように笑い俯いた。
「……じゃあ、もうしばらくして僕がヴィオラを迎えに来たらヴィオラは僕のところに来る?」
「お迎えに来てくれたら、ヴィオラともっとお話ししてくれる?」
「今も話をしているよ」
「本当だ。こんなに話したの久しぶり。ヴィオラのこと意地悪しない?」
「しないよ。ヴィオラはどこの誰よりもかわいくてきれいだよ。だから絶対に意地悪したりしない。もうしばらくして僕が誰よりも強くなったらヴィオラを守る騎士になるよ」
「本当? 騎士になるの? すごいね」
ヴィオラは少年に向かって満面の笑みで笑った。
ヴィオラが王宮にやってきて初めて浮かんだ全開の笑顔だった。
それからヴィオラが今どうやって過ごしているのかを話した後、市井にいるときの暮らしや母のことを話した。
しばらくして少年を探しに来た侍従に付き添われてヴィオラは自分の小さな家に戻ることができた。あの少年が一体誰だったのかヴィオラは知らない。
夢だったのかもしれない。
夢じゃなく現実だったのかもしれない。
何度も何度も思い出して、少年と出会った場所まで何度も足を運んだ。また会いたくて。
けれどもう二度と少年と出会うことはなかった。
しばらくして、あれは誰かに助けてもらいたいという願望が見せた夢だったのだとヴィオラは思うようになった。だってすごく綺麗な少年だったから。妖精だったのかもしれない。