仕事の前に
王宮のゲストハウスにやってきてから、仕事の依頼が初めてやってきた。
「ロスティ君。S級冒険者としての仕事だ」
王は本当に頻繁にやってくる。
多い時は一日に三回は来る。
その度にミーチャに怒られているが、気にする様子もない。
だが、今回は様子が違う。
「実はな……」
前に王宮内に蔓延る他勢力……商業ギルドや教会の息のかかった者たちの粛清が行われた。
その成果はすごく、王宮内からそれらの勢力が排除されていった。
ちなみに、なぜ、そのようなことをしなければならなかったのか……
今の王が即位した時、王宮は他勢力によって支配されていた。
全ての決定が、いずれかの組織の利益になるようになっていた。
そのせいで、他勢力は肥大化する一方で、王宮の力は日に日に落ち込んでいった。
そこで王は他勢力の力を削ぐことに力を注いだ。
その一つが冒険者ギルドの力を高めることだった。
冒険者ギルドは冒険者を大量に抱える存在だ。
だが、不思議と権力に関わろうとしなかった。
王国内のダンジョンだけの管理権だけで満足している様子だった。
そこで、商業ギルドの一部権利を冒険者ギルドに譲渡したのだ。
もちろん限定的な権利だ。
その時点では商業ギルドから不満が出来ることはなかった。
その理由が冒険者ギルドが権利を得ても、商業ギルドは然程利益を減らすことはなかったからだ。
それよりも王宮闘争に夢中になっていた。
だが、冒険者ギルドはその隙に大きく飛躍することになった。
まずは装備品を開発を進め、冒険者の生存率を大きく向上させた。
一方で、装備品や回復アイテムなどの価格を大きく下げた。
また、ダンジョンで得られたドロップ品の買取価格を上げた。
それはドロップ品を冒険者ギルドで一括で管理できたから実現できたことらしい。
それらは冒険者の装備品の品質を向上させ、ダンジョンで得られるドロップ品がより多く集まるという好循環が生まれた。
商業ギルドが王宮闘争に明け暮れている間に、冒険者ギルドは無視できないほどの大きな組織に育っていた。
強力な冒険者を抱え、王との間も良好ゆえ、手を出しにくい存在となっていたのだ。
このままでは王宮闘争に冒険者ギルドが加わるのではいかと危惧したのが他勢力だった。
商業ギルドと教会は各々が冒険者ギルドの切り崩しを始めた。
王はこのタイミングを待っていたようだ。
商業ギルドと教会が王宮闘争から手を引いた瞬間を見計らって、全ての力を注いで王宮からそれら勢力を駆逐した。
大臣もかなりの数を追放した。
商業ギルドと教会も手を出せずに、今に至る。
当然、王の立場はかなり危ない。
なにせ、王宮の決定が商業ギルドと教会にとって面白いわけがない。
今は冒険者ギルドがその標的となっているが、いつ標的が変わるかは分からない。
そして、話は最初に戻る。
「実はな、公爵と会う予定がある。そこに付いてきてもらいたい」
ん?
王国には公爵家はそんなにいない。
それに殆どが王家に連なる家柄ばかりだ。
つまりは敵になるような存在ではないはずだが……。
「ふむ。ミーチャ。あとでロスティ君に説明しておいてくれ。ラグスター家だ。あとで迎えのものを寄越そう。その者に従うがいい。よいか? これは仕事だ。いつもの調子では困るからな」
それはこっちの台詞なような気もするが……。
「分かりました。仕事ということで依頼を受けますが……ちなみに、これはギルドを通しているんでしょうか?」
「ん? これは私からの直接の依頼だ。問題はあるまい」
やっぱり、窓から出ていくのね。
今日くらいは……まあいいか。
「ミーチャ。仕事前に何か食べておく?」
「ええ。そうしましょう。食べながらでも、話をするわね」
ここ数日は『焼き』に力を入れている。
なるほど……料理系スキルは料理をするという上ではかなり使い勝手が悪い。
料理は、全ての技術を使う。
何かひとつだけということはない……。
だが、一つの工程を残して、すべての下拵えが終わっている食材があるとすれば別の話だ。
ここに完璧に下拵えが終わっているストーンドラゴンの肉がある。
あとは焼くだけ。
ステーキとしてしか食べれないが……これがなかなか病みつきになってしまう。
『焼き』という工程だけは、前の『料理』スキルより遥かに高い熟練度になっていると思う。
焼くこと自体は難しくはないが、微妙な調整を追求すると切りがない深い技術だ。
特に火の通りが一様ではないため、最高のタイミングが常に異なる。
脂肪や水分の偏り、肉質、フライパンの材質、火を起こしている木炭の品質……あげれば切りがない。
……やはり完璧に出来てしまう。
「ロスティ。これを待っていたわ。もう手に入らないものと思っていたけど……頑張ったわね」
「そうだね。僕もまたミーチャに出すことが出来て、嬉しいよ。『焼き』はほぼ完璧と言ってもいいかもしれない。他の技術も少しずつ身に着けていけば……きっと面白いことになると思うよ」
二人の世界の視界の隅にステーキに食らいつくティーサの姿が。
「美味しいですぅ。もう、死んでもいいかも」
まぁ……いっか。
ミーチャはティーサのように乱れることはない。
ゆっくりと静かに食事を終わらせ、紅茶を一飲み。
それが本当に優雅で、何度見ても惚れ惚れする。
「ラグスター家についてね……その前に、ティーサ!」
「……(もぐもぐもぐ)」
……いつまで食べているんだ?
大切に食べてくれるのは本当に嬉しいことだけど、冷めるほど時間は掛けてほしくないな。
「ティーサ!!」
「は、はいぃ!」
やっと気付いたか。
これがメイド接客レベル11の相手への対応か……。
「お茶をお願いね。それと……王族の家系図ってあったかしら?」
「もちろんです。すぐにお持ちしますね。お茶は……いつもので?」
ミーチャは頷くだけだった。
「ティーサは本当にいい子だね」
「あら? ティーサのことを気に入っちゃたの? ダメよ。彼女は貴族の養女になるんだから。それからなら考えてもいいけど……」
別にそんなつもりはない。
「そうじゃないんだ。なんというか、ミーチャに普通に接してくれるのが、嬉しいんだ。ただ、それだけだよ」
「ふうん」
しばらく沈黙が流れた後、ティーサが太い巻物を抱きかかえて持ってきた。
これが王族の家系図か……思ったよりもでかいな。
「まずはラグスター家なんだけど……この家は王国建国からしばらく経ってから興された家よ。王国の中では最古参と言ってもいいわ。ただ、この家は一度断絶しているのよ」
なるほど。確かに家系図を見る限りだと途中で切れているな。
しかし、このヘスローという人物から復活しているようだな。
「そうなの。彼はその代の王の兄に当たる人なの」
兄?
つまり、弟に王の座を奪われたということか。
「ええ。それからラグスター家は事あるごとに王家に楯突いたの。もちろん、王家のほうが力があるから、それほど脅威ではなかったみたいなの。その時に噂が流れたのよ。実はヘスローが王家の血を引いていないって。その真偽は分からないけど、王位を受け継げなかった理由の一つだったかもしれないわね」
公爵ラグスター家は王家と血の繋がりがないかもしれない。
または、弟に王位を奪われた恨みがあった。
「だけど、それは随分前の話だろ? 今も王家に楯突いたりしているの?」
「いいえ。大人しいわよ。王家とも関係は良好よ」
ん?
だったら、護衛なんて必要ないんじゃないのかな?
「うーん。そうなんだけどね……私がまだ、ここにいた頃、一度だけ王家と対立したことがあるのよ。リマールの街の領有についてなんだけど……」
どういうことだ?
確か、リマールは王国の南東に位置する港町だ。
大きな街と聞いたことがあるが……。
「リマールの街の管理が一度、宙ぶらりんになったことがあって、その管理にラグスター家が名乗りを上げたの。だけど、王宮はそれを一蹴したの。なんで、あそこまで固執したのかしら?」
ちなみにリマールの街はラグスター領からみれば、かなり遠方の土地となる。
リマールの街は結局、隣接する伯爵家が管理することになったらしいが……。
それからどうなったかはミーチャは知らないらしい。
ラグスター家の経緯、そして、都市への渇望……
護衛が必要な理由がこの辺りにありそうだな。