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PINK DIAMOND  作者: むーん
1/1

~月の光~

ある人の世界観にどっぷりはまってしまい、こんな物語を書きました。

その方の世界観に私の妄想を織り交ぜて書いたので、ファンの方には「このシーンだ!」と気づいてもらえるかな?と思います(笑)




ブー! ブー!

今までの静けさが嘘のようにけたたましい音が鳴り響く。防犯カメラの映像を眺めていた警備員は驚きのあまりいい塩梅にお菓子置き場になっていた大きな腹から盛大にスナック菓子をばらまいた。

「なんだ!? 何が起きた!」

ここまで困惑するのも無理はない。ここPGLEXと呼ばれる美術館では、警備員は人件費の無駄であるとされるほどに変わったことが起きた試しがないのだ。

警備員は困惑しながらも《あれ》が保管されている部屋へと走っていった。

「これは・・・!」

そこには今まで確かに置かれていたはずの《あれ》がなかった。いや、ないというより明らかに何者かによって盗まれていた。《あれ》が入っていたはずのガラスケースは見事なまでに砕け散っていたのだ。

「一体だれが・・・」

そう言い残して短い脚を必死に回転させながらどこかへ走り去って行った。






Episode 1   出会い


俺にはこれといって大切なものがない。世間的に大切にされているものといえば、家族、金、仕事、名誉、そして恋人。そのどれもが俺にとっては全くどうでもいいものだ。

家族。

俺の両親は早くに離婚し、俺は父親と暮らしていたが、その父も早くに他界してしまった。小さいころに両親を失ってしまったようなものなので、あまり記憶のもないが・・。つまり、今更大切にする家族はいない。

金。

これも確かに大切だ。正直これがなきゃ何もできない気がする。世知辛い世の中だ。でも、金がないから死にたくなったりはしない。ある程度の収入を得ている俺にとってはそれで十分だ。

仕事。

これに関しては大切とか言えるのだろうか、という疑問さえ抱かずにはいられない。仕事を失ったら困るけれど、正直今の俺の一番のストレスは仕事である。

名誉。

仕事がストレスであるといった以上、俺が名誉を欲しがっているなどと誰が思うのだろうか。

恋人。

確かに欲しい。だが今までの俺の経験上、どうやら女にすぐ飽きてしまう性分らしい。今まで何人かとお付き合いはしたけれど、二年続いたことはまずない。つまりは、自分より大切に思える恋人と出会ったことがない。

そんなことをベッドの上で考えている自分に嫌気がさす。せっかくの休みの日にどこにも行かずこんなことを考えている俺。

「つまんねえ男だな・・」

そういって窓の外を見ればあたりはすっかり暗い。このままじゃ本気で休みを無駄にしてしまう気がして、俺はその場においてあったジャケットを羽織い、乱れた髪の毛を隠すようにニット帽をかぶって勢いよく外へ出た。


ボンボンと鳴り響くビート音。

たくさんの人間が酒を飲み楽しそうに踊っている。元々音楽が好きな俺は暇つぶしにいつもこのクラブに来る。そして耳だけをフロアにおいて静かに酒を飲むのが好きだ。

この音いいな、この酒美味いな、あーあ・・あの女あんなに飲んじゃって大丈夫か?なんてことを考えていた時、ふとある女性が目に留まった。

黒髪の高身長な女性。壁際にある小さいテーブルに腰かけている。誰と話すでもなく、ただひたすらに音楽を楽しんでいるように見える。

俺はなぜか彼女から目をそらせずにいた。一目ぼれとかそんなんじゃない。本能的に目をそらしてはならない気がした。

すると、踊り狂う人と人の間から彼女のエメラルドグリーンに光るきれいな瞳がこちらをのぞいた。そして彼女は余裕な表情を浮かべながら微笑んだ。

気づいた時には俺は人込みをかき分けて彼女のもとへと走っていた。何を考えていたのだろう。何を感じたのだろう。その時の自分はまるでほかの人がコントロールしているかのようだった。

『言葉もなく夢中になった。』






Episode 2

車を走らせついた先は、見慣れたなんの優しさも色もない高層ビル。

黒いジャケットを羽織り、地下一階の仕事場へと向かう。

Pururu・・

突然鳴り響く着信音に動じることもせず答える。

「もしもし・・」

「この前言っていた例の話、今日だよな?」

「そうです。」

「わかっているのだろうなローラン。失敗は許されないぞ。」

「わかってます。任せてください。」

そう言って通話を切るや否や踵を返し車に乗る。

いつからだかわからないが、私はこうしていつもお偉いさんから依頼を受け、物や情報を運んでいる。いわゆる運び屋というやつだ。時には危険な場面にも直面するが、この仕事は嫌いじゃない。というか、私はこの仕事をやらなくてはならない理由がある。あの日母と約束したのだ。それを達成するまではやめることは出来ない。

なにも色のなかった景色から一変、鮮やかなネオンライトに照らされている町につき、適当な場所に車を止める。

そして、とあるクラブの中へ足を踏み込んだ。

今回の依頼はUSBデータを運んでほしいというもの。どうやら依頼主はこのクラブのオーナーらしい。

中へ入ると心臓の音をかき消してしまうくらいの爆音と、ミラーボールの光に照らされ反射したグラスの光に満ち溢れていた。うん。嫌いじゃない、この感じ。聴覚も視覚も操られてしまうような感覚に陥り、何も考えずにいられる気がするからである。

それらしき人を探すため、踊り狂う人波をかき分けながら店内を進んでいく。すると、店の中央に位置するあたりに、全身白に包まれたそれらしき人物が立っていた。最近は仕事を受けるうえで、依頼主の特徴などを伝えられないことが多い。最初は苦戦したが今では人の風貌や目を見るだけで、なんとなくわかるようになってきた。これが職業病というものなのだろうか。だとしたらあまり自慢できるものでもないな。

そんなことを考えながらも、その男のもとへと足を向ける。すると、向こうもこちらに気づいたようで静かにこちらに目線を向けた。

「これ、落としましたよ?」

私はそう言って男にUSBデータを手渡した。

「おう。」

男はその一言だけを吐き捨てるように言い、その場を立ち去った。

これで今日の大きい仕事は終わり。運ぶものが無事に依頼主のもとへ届いた時の安心感は凄まじい。その時初めて、自分がどれだけ緊張していたのかを知る。

「よし。一杯だけ飲もうかな。」

私はそう言って店内の端に位置する小さいテーブルに腰かけた。私は仕事終わりに飲む一杯は格別だと思っている。ただ、どうしても心は満たされない。そんな時、店内にふと目をやるとある男と目が合った。

いつもならすぐにそらしていたはずだが、なぜだか今回は目をそらすことが出来ずにいた。何かを感じる。彼から目をそらしてはいけない何かを。私は急に違和感を覚えていてもたってもいられずに、店を後にした。






Episode 3


彼女を追いかけ夢中で走っていると、いつのまにか店外へ出ていた。ふとあたりを見渡すとそこには一台の車が止まっており、ボンネットに寄り掛かる彼女の姿が同時に目に映った。

走ってきたはいいが、彼女に何を言えばいい?

「私を追いかけてきたの?」

俺が言葉を発するより先に彼女が口を開いた。

「追いかけ・・た。」

「どうして?」

彼女は少しだけ眉をひそめながら聞く。

どうしてか?・・そんなの俺が聞きたい。俺が今彼女に何を求めているのか、何を感じてここに来たのか。そのすべてが俺にもわからないのだ。ただただ、追いかけなくてはならない気がしてここまで来てしまった。するとすぐに彼女が口を開いた。

「ねえ。あなたには大切なものはある?」

大切なもの・・? 特にない。今日家を出るときにもそんなことを考えてたな。

「いや、とくには・・」

そういうや否や彼女は俺の腕をつかみ車の助手席へと乗せた。

「私もこれといって大切なものがあるわけじゃないの。いつかきっと自分にとって大切なものが何かってわかる時が来るのかな?」

そう言って、彼女はひたすらに赤く光る信号を見つめていた。何を考えているのか俺にはさっぱりわからなかったが、どういうわけか彼女のその横顔を見つめずにはいられなかった。

思えばこの時から、彼女はこうなることをわかっていたのかもしれない。

『あの時から物語は始まっていた』






Episode 4

雪がちらつく季節を超え、少しばかり暖かなにおいが感じられるようになってきた。

私は優雅に車に乗っていた。だがいつものドライブとは違う。私の目に映るのは左側の景色ばかり。右を見れば見慣れたきれいな横顔がある。

あの出会いから数か月。私たちがひかれあうのにそこまで時間は必要なかった。私も彼もなぜだかお互いに引き込まれ、自然とそういう流れになった。

今日はいつもの場所に彼と向かう。


「もうすぐ着くよー。」

少し意識が遠のいてきていた私の耳に心地いい声が響く。少し倒れた体を起こし窓から外をのぞくと、見慣れた私の好きな場所があった。

何の色もない、硬いコンクリートで作られた建物。でもここは私にとってのあの場所とは違って、たくさんのやさしさで溢れている。

「はやくこいよー」

そう言って彼は重そうに持っているたくさんのビニール袋をかかえながら建物のカギを開ける。

そう、ここは彼の家。私が一番好きな場所。いちばんのやさしさをくれる場所。

「ごめん今行く!」

そういって私は彼の持つ袋を一つだけ取り上げ足早に中に入った。






Episode 5


あの衝撃的な出会いから数か月が経とうとしている。俺は今あの時の彼女と自分の家に向かっている。何度かデートを重ね、最近は家でダラダラ過ごすことが多くなった。俺はたまに不安になって、それでいいのかと彼女に聞くが、彼女がそれを望むのだから仕方がない。

俺は今日までに彼女のことについて、たくさんわかったことがある。

彼女の名前は。ローラン・レイ。俺たちが出会ったとき、そう。俺が彼女の横顔に見とれていた時に突然言い放った。そのあと彼女は自分自身のことについてたくさん語ってきた。

親が早くに亡くなってしまったこと、仕事は郵送関係の仕事についていること、そして彼女が俺に興味を抱いた理由についても事細かく。

彼女の話を一通り聞き終えた俺は初対面の人にも明るく話す子なんだなあと、ただただ感心していた。

そんな様子を見た彼女は、「あなたのことも知りたい。」と言ってきたけれど、俺は名前を述べるまでにとどめておいた。

そんな出会い方をした彼女と今こうして自分の家に向かっていることが不思議で仕方がないが、俺は今間違いなく幸せである。

そんな思い出に浸っているときふと隣を見ると、今にも眠ってしまいそうな彼女の姿。いとおしい。このまま起こすことなく眺めていたいが、そんな気持ちとは裏腹に目的地にたどり着いてしまった。仕方なく彼女の肩をゆする。彼女は眠たそうな目をこすり、窓の外に視線を移した。すると瞬く間に彼女の表情が晴れる。俺の家に来ただけでここまで明るい表情を浮かべることが出来るのは、たぶん彼女だけだと思う。

荷物を持ち家に入ろうとすると彼女が俺の荷物を重そうに運ぶ。無理しなくてもいいのに。


家に帰ったらまずベッドにダイブ。それが彼女のルーティン。その様子を見ることもなく俺はさっき寄ってきたスーパーの袋から缶ビールとピーチサワーを冷蔵庫に移した。もちろんピーチサワーは彼女の分。

「もう飲むー?」

そう寝室のほうへと声をかけると彼女からの返事はなく、代わりにだれかとのしゃべり声が聞こえてきた。話の内容までは入ってこないが、何やらかしこまっている。仕事の電話だろうと思いそのときは気にも留めなかった。


少したって彼女がリビングに戻ってきた。

「どうした? 仕事の電話?」

そう尋ねながら彼女の顔を見ると、何やら暗い顔をしている。

「・・・おい。なんかあっただろ。」

「・・・私、行かなきゃ。」

「行かなきゃって・・どこに」

その答えにこたえることなく彼女は家を出た。

そして彼女は二度と戻らなかった。






Episode 6


あれからどれくらいたったのか。あたりはすっかり暗くなってしまった。

私は彼の家から必死に走り続け、ここまで来た。私が彼に何も告げずに家を飛び出してきてしまった理由がここにある。

住宅街から少し離れた雑木林の中にゆっくりと足を踏み入れる。彼と会うためにおしゃれをしてきた靴なんて構っていられないほどに、私は混乱していた。そして少し開けた場所で足を止める。そこには一つの墓石がある。

「お母さん、とうとう来ちゃったみたい・・。私迷いはない。お母さんとの約束必ず果たすから!」

そう。ここに来た理由は私と母親の約束にある。


私がまだ小学生の時、母は突然他界した。なぜ死んでしまったのか、その理由については誰に聞いても教えてはくれなかった。大人はみんな口をそろえて言っていた。

「ローランにはまだわからないかもな・・」

子供ながらにその言葉には腹が立った。

しかし、母親が旅立ってしばらくたったころ、差出人不明の手紙が私のもとへと届いた。そこには母からのメッセージが記されていた。どうやら死ぬ直前に自分の住所あてに出されたものらしかった。そこにはこう記されていた。

「ローランへ。この手紙を読んでいるということはそういうことなのね。これから話すことは今のあなたには難しすぎるから、あなたが20歳になるときにここに記されている番号に電話をかけてください。今はなしてもきっと忘れてしまうでしょうから、この手紙は大切に撮っておいて。これはママとローラン二人の大切な約束です。」

その当時はこの手紙の内容を全くと言っていいほど理解することが出来ずにいた。だが、何か大切なものであるということは気づいていた。

そして私は、20になった。

母との約束通り、私はここに記されている番号に電話を掛けた。

「もしもし・・」

出てきたのは男の声だった。見知らぬ番号からの電話であるはずなのに、妙に落ち着いている。

「母親が亡くなった時に、ここに電話を掛けろと言われたのですが・・」

「事情は全部把握している。ただ、お前に一つ確認したいことがある。」

「何ですか?」

「お前に、この話を聞く覚悟はあるか?」

覚悟・・。その言葉を聞いた瞬間私の心に、何か思い物がのしかかったような感覚に襲われた。だが私の心とは裏腹に

「あります。」

と、とっさにこたえてしまった。

「では、話そう。」

そう言って男から告げられた話は、衝撃的なものであった。

その男が言うには、母親の死因は『殺人』であったらしい。母親の仕事は郵送関係だと聞いていたが、実際は運び屋であったこともこの時初めて聞かされた。

ある時母は、ある依頼を引き受けた。ある美術館にある、《あれ》を盗んでほしいというもの。ここで勘違いしないでほしいのが、運び屋というものはふつう盗みなどの依頼は一切ない。なぜ母が突然そのような依頼を引き受けたのか、その理由については不明であるという。

母は、そんな危険な依頼であるにも関わらず、たった一人でその美術館へと乗り込んだ。いや、正しくは乗り込もうとした。母は、美術館に潜入する間もなく、射殺されてしまったらしい。

その話を聞いて、私は悲しみを通り越して、怒りがふつふつと湧き上がってきた。

「なんでっ! なんで何も関係ない母が殺されなくちゃならなかったのよ!」

私は電話越しの男に思わず怒鳴り散らした。

「・・・ばれてしまったんだ。その盗みの計画が。いまだにお前の母親を殺した犯人は捕まっていない。」

「つっ!・・・」

「ただ、お前の母親は死ぬ直前に俺に電話をかけてきた。お前が20になる頃に俺のもとに電話がかかってくる手はずになっている。その時になったら、おまえに《あれ》を盗んできてほしいと。」

何を言っているのかわからなかった。母親が死んでしまうほどの危険な案件を、なぜ私に頼むのか。そんな危険な依頼は真っ平ごめんだ。

「何を言っているの? そんなことできるわけない! 殺されるかもしれないってことでしょ?」

「そう思うのも無理はない。だが、お前の母親は、こうも言った。『《あれ》を盗めば、彼女の父親のことがわかるはず。』とな。」

私の・・父? 確かに私は父のことを何も知らない。知らないというより、父は私が生まれてすぐに他界してしまったと聞いていた。それは子供だましの嘘だったとでもいうのか。私の父親もまた、母と同じように何か隠された真相があるとでも?

「まあいい、この依頼を実行するかはお前次第だ。その時が来たらまた連絡する。実行したくないのなら、俺の電話には出るな。」

そう言って、受話器からは何も聞こえなくなった。


私はあれからたくさん考えた。最初はたとえ父親のことが知れるとしてもそんな危険な思いはしたくない、というのが素直な気持ちだった。だが、今は違う。母親は私に何か伝えたいことがあったはずだ。母親の死を無駄にはしたくない。

そんな気持ちで私は母と同じく、運び屋の仕事をすることにしたのである。


そして、彼の家にいるちょうどその時あの男から連絡が入ったのだ。私は迷うことなく応答した。

「一週間後に美術館で感謝祭が行われる。その時に計画を実行しろ。俺の電話に出たということはそういうことだよな?」

「了解しました。」

私はその一言だけを言い放ち、電話を切った。

今となっては迷いなどない。私が生まれてきた意味がここにあるのかもしれないとさえ思う。ただ、私はこの計画のせいで命を落とすかもしれない。そんなことをわかっていながら彼に寄り添い続けることはできない。

だから私は、彼のもとを離れていった。






Episode 7


あれからの俺はどうかしている。まるで自分が自分ではないかのようだ。

彼女が俺の前から消えた時、今までにないほどふさぎ込んでいた。真っ暗な部屋でただただ時間だけが過ぎていく。日の光も浴びることなく今が昼なのか夜なのかさえわからずにいた。

人間というものは不思議なものだ。時間が解決してくれる、というのは案外嘘ではないのかもしれない。いつからか、彼女が戻ってきてくれるのではないかという希望はほとんどなくなっていた。代わりに、空っぽな冷たい心が俺を支配する。何もかもがどうでもいい。女なんて俺には必要ない。いわゆる自暴自棄というやつだ。彼女がいなくなってからの数日間は、体調を崩したとかいう理由をこじつけて仕事を休んだ。だが、次第に勤務先に連絡をすることすらもしなくなった。

そして俺は思いついたように、何週間ぶりに外の街へと繰り出した。行く当てもなく歩いていたはずだが、いつの間にか俺の足は彼女と出会ったクラブに向かっていた。なんで来てしまったのか。いやなことを思い出してしまうじゃないか。そう自分に叱責しながら、来た道を戻ろうとしたその時、

「おい。」

その声に振り向くと、スキンヘッドの男が立っていた。何やら不敵な笑みを浮かべている。

「てめえ、あの時の男だろ。」

「あの時?」

俺には全くと言っていいほど思い当たる節がなかった。

「ローランとかいう女とここで仲良さそうに話してたじゃねーか。」

ローラン。今その名前は一番聞きたくない名前だ。

「俺はあの日、あいつに依頼してこいつを受け取ったんだ。なのにこれには何のデータも入ってなかった。すぐにあいつに連絡したけどちっともつながらねえ。そんな時お前に出会ったってわけさ。お前あいつの居場所知っているだろ?」

そう言って男はUSBをこちらに投げてきた。

「どういうことだ? あいつがお前にこれを?」

「ああ。そうさ。あいつはれっきとした運び屋だからな。」

耳を疑った。運び屋? 彼女の仕事は運び屋だったのか? 頭が混乱する。俺はあいつに嘘をつかれていたというのか。いや、きっとこいつがでたらめを言っているに違いない。

「俺は知らない。あいつは運び屋なんてやってないぞ!」

そういうと、男は切れ長の顔をゆがめ、俺の胸倉につかみかかった。

「てめえあいつをかばうってのか!!」

その時、俺の中にはいろいろな感情が沸き上がってきた。彼女が俺に嘘をついていたという事実に悲しさがあふれる。次第にその感情は怒りへと姿を変え、本気で何もかもがどうでもよくなった。

俺は夢中で男に殴りかかった。どうでもいい。あの女のことも、俺自身のことも。何も怖くない。今更失うものなんて何もない。

何発殴ってしまったのだろうか。俺は自分のこぶしにつく大量の赤を見て我に返った。その時すでに男は気を失っていた。こんなことをしてしまった自分に嫌気がさす。俺はいつまで彼女に振り回され続けなければならないのか。もう終わりにしたい。何もかも手に入れる前の、ここで彼女に出会う前の俺に戻りたい。そんなことを考えていると自然と涙があふれ出た。ふと空を見上げる。大きな暗闇の中に、月が煌々と赤色に染まっていた。







Episode 8


〇月〇日。とうとう今日という日が来てしまった。そう思いながらカレンダーにつけられた赤丸を指でなぞる。この日が来るまでの一週間、たくさんの計画を練り、たくさんの道具をそろえた。きっと私だけの力ではここまでの計画は立てることはできなかったように思う。何もかも母のおかげだ。

計画の実行日を告げられた日、男はこうも言った。

「お前の家に物置部屋があるだろ? そこにある棚と棚の間に一冊のノートが挟まっているはずだ。そこにはお前の母親が練った計画がすべて記されている。参考にするといい。」

私は言われるがままに物置部屋に行き、棚の間に手を突っ込んだ。するとすぐに指先に硬いものが触れた。そのノートには信じられないほどの情報が記されていた。

どうやら《あれ》が保管してある場所はとても厳重になっているらしく、コントロール室に潜入し、その部屋に張り巡らされたレーザー光線の電源を切断する必要があるらしい。そんなことできるはずがないと思いながら次のページをめくると、そのための潜入通路から何からが事細かく記されている。母親の計画は失敗に終わったがなんせほかに頼るものが何もない私は、書かれている通りのものを準備することにした。


やるべきことはすべてやってきたつもりだ。私は最小限にまとめた荷物を背負い、車に乗り込んだ。エンジンをかけ、アクセルを踏もうとする足が止まる。やはり怖い。怖くないわけがない。このアクセルを踏んでしまえば、もう後戻りはできなくなる。そんな時脳裏をよぎるのは、彼の優しい笑顔だった。このまま私が殺されてしまったら、彼にはもう二度と会えない。さよならを一度も告げずに。でも、私は間違っていないと信じている。もし彼との関係を続けながらこの計画を実行したら、私にもしものことがあった時、彼はきっと壊れてしまう。そんなのは耐えられない。今頃きっと幸せに暮らしていると信じているから。


そして私は覚悟を決め、アクセルを踏んだ。






Episode 9


なんてひどいことをしてしまったんだ・・。次の日冷静さを取り戻しつつあった俺は、自分のやってしまったことを深く後悔していた。何もあそこまでする必要はなかったはずだ。またあの男と会う時が来たら謝ろう。・・いや、次ぎあうときは俺があいつにぼこぼこにされる番かもしれない。会うのはやめておこう。

そう自分の中で勝手に話を完結させ、ベッドから立ち上がり、キッチンへお湯を沸かしに行く。すると、昨日の夜つけっぱなしにしてしまったテレビの音声が、とぎれとぎれ期越えてくる。俺は無意識のうちにテレビが見えるリビングへと足を進めていた。そして俺は衝撃的なものを目にした。遠い世界にいるような人間が移るその画面に、見慣れた顔が映し出される。間違いない。この顔はローランである。思わずテレビの音量を最大に上げる。

『今日午前10時ごろ、PGLEX美術館に保管されているピンクダイアモンドを盗んだ疑いで、ローラン・レイ被告が指名手配されました。今もなお捜索中ということです。』

どういうことだ? 彼女が指名手配? 自分の目を疑った。だが何回見てもそこに映る人物は、まぎれもなく彼女の顔であった。

俺はすぐに外へ出た。彼女を助けたい。ただそれだけの気持ちだった。彼女と連絡を取らなくなってから、もうすぐで一年の月日が経とうとしている。今となっては彼女のことを何も知ることが出来ない俺だが、迷うことなくあの場所へと向かった。彼女はそこにいるはずだ。なぜか確信めいたこの気持ちが、俺の体を動かした。


ネオンライトが明るく街を照らし続けるこの場所に、影を落とすかのように車を止める。

そう、ここは彼女と俺が出会った場所である。俺はすぐに店内に入ろうと、扉に手をかけた。しかし、そこには【close】の札がかかっている。時計を見ればまだ12時。こんな時間に空いているわけがない。しかし彼女はそこにいる。そんな確信が消えないままでいる俺は、いつか彼女を追いかけて出てきてしまった裏口へと回った。扉に手をかけると、鈍い音とともに扉が開いた。

俺は必死に店内に走った。夜の景色とは全然違う。光はどこにもなく、寂しげな雰囲気が漂う。そんな店の壁際に、彼女はいた。うずくまって座っていた。俺はすっかり上がってしまった息を整える間もなく彼女のもとへ駆け寄った。

「ローラン!」

彼女は少し体をびくつかせてから、恐る恐る顔を上げ、その声の主が俺だと気づいた瞬間、一瞬和んだ表情がたちまちこわばった。

「なんでここに・・?」

「おまえ・・何してたんだよ。なんでこんな所にいるんだよ・・・。」

そう言い放ち、いままで抑えてた感情が爆発しそうなのを必死にこらえながら、彼女のもとへと歩み寄る。

「来ないで!!」

彼女は泣き叫ぶような、それでいて力強い声で言った。

すると、彼女の横に置かれたアタッシュケースが目に入る。

「おまえ・・それって・・。」

彼女はそれを見るなり突然興奮した様子でこちらにそのケースを渡してきた。

「お願い! 私が捕まるには時間の問題なの。私の代わりに行ってほしいところがある。これがあれば、私の父親に隠された秘密がわかるはず!」

俺は訳が分からないままそれを受け取らざるを得なかった。

「目的地についてはこのノートに記されている。これを頼りに行ってほしい!」

混乱した頭を必死に落ち着かせる。

「おい。それだけじゃ分かんねえよ! ちゃんと説明し・・・」

そう言い終わらないうちに背後から銃声が鳴り響いた。目の前の彼女の胸元が見る見るうちに赤く染まる。俺は訳が分からぬまま後ろを振り向くと、黒ずくめの男が視界に入った。俺は今にも倒れそうな彼女を抱きかかえようと歩み寄る。

「行って・・早く!」

「そんな場合じゃないだろ‥!」

「お願い・・私からの最後の頼みごとなの・・。頼りはもうあなたしかいない。」

そう言って彼女の握る手から力が抜けていった。俺は必死に彼女に声をかけたが、その声は本日二発目の銃声によって妨げられた。俺はその音を合図に我に返り、彼女から託されたケースとノートを持ち、彼女の頬に唇を落としてから、その場を後にした。






Episode 10


ついに、ついにやった!

私は鳴り響くサイレンを背中で聞きながら必死に車のエンジンをかけ発進させた。

この時は、母親との約束を無事果たせたことが、自分が無事に脱出できたことがうれしくて、喜びの心で満たされていたように思う。

しかし、美術館から離れていくにしたがって不安は募るばかりだった。この後どうしたらいいのか。私は捕まってしまうのだろうか。そのような不安は思ったよりも早く現実のものとなってしまった。

『ニュース速報です。今日午前10時ごろ、PGLEX美術館に保管されているピンクダイアモンドを盗んだ疑いで、ローラン・レイ被告が指名手配されました。今もなお捜索中ということです。』

車で流していたラジオから聞こえてくる衝撃的な事実。警察にばれないと思っていたわけではない。ただ、こんなに早くばれてしまうなんて。。私は一気に落ち着きをなくし、それと同時に涙がこぼれ出る。そうだ、あの男ならこの先のことを教えてくれるに違いない!

そう思い男の番号に電話をかける。

プルルルル・・・プルルルル・・・

『もしもし?ローランか?』

でた! 私は藁にも縋る思いで、今の状況を伝えたうえで、今後の行動についての指示をあおいだ。

『そうか。とりあえず、盗み出すことはできたのだな。そのあとのことは心配するな。俺がどうにかしてやる。ただそのためには、一度お前に直接伝えなくてはならないことがある。今から〇〇橋の下へ来い。』

そう聞き終わると私は電話を切り、すぐにその場所へと向かった。

そこまでの距離はそう遠くはない。ものの三十分で到着した。

自分の乗っていた車のナンバーが警察に知れていることを警戒し、車は橋と少し離れた雑木林の中に止めた。そこから歩いて目的地まで進むと、あたりに人影は一切見当たらない。ましてや民家ですら一つもない、殺風景な場所だった。私は合点がついた。なるほど、ここで集合といったのはそういうわけか。

そんなことを考えていると、橋にたどり着いた。そこにはスーツ姿の男が一人立っていた。わたしが想像していた感じとは少し違っていたが、守ってくれそうな、強そうなオーラを醸し出していた。

「あの~・・すみません。ローランといいます。」

すると男はすぐにこちらを振り向き、足元から何かを試すように私を見た。

「話というのは、なんでしょうか?私はこれからどうしたら・・・」

すると男はさっきまで吸っていたのであろう足元に落ちている吸い殻を踏みつけながらいった。

「例のものは?」

私は背後からアタッシュケースを見せた。さっき電話をしたときにこの橋に来るときも【あれ】を肌身離さず持っていろ。と言われていたので、この場にも持ってきていたのだ。

「持ってきました。車からここまで少し歩いただけですがその間盗まれるんじゃないかって不安で・・・」

私は驚きのあまり口を止めた。

「それを今すぐこちらに渡せ。」

何が起こっているのかわからない。私の眉間には銃口が向けられている。

「なにがおきているのかわからないって顔をしてるな。」

彼はほくそ笑みながらそう言った。

「まあ・・俺を恨むにはやめてくれよ?恨むなら俺を簡単に信じた自分を恨め。・・あ、あとお前の母親もな。」

「母親?」

そう聞き返すと彼はにやりと笑いながらこう言った。

「お前の母親は、計画に失敗して殺された。しかもまだ美術館に入ってもいない段階でだ。なぜだかわかるか?」

私にはこの男が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。

「盗みを働く前にお前の母親の居場所がわかるもの。そいつがきっと母親を殺したんだろうなぁ。」

わたしは震えが止まらなかった。だまされたんだ。私も母親も。私の母は私への伝言をこの男に託していた。つまり、母にとってこの男は味方であったはず。そして、味方であったかれは母の計画についても細かく把握していたはずだ。

「やっとわかったようだな。そうさ、お前の母親を殺したのはこの俺さ!」

私は自分を恨んだ。自分の身を守ることに必死になりすぎて一番身近な存在であるこの男を一ミリも疑うことが出来なかった。

「そして・・あのバカ母親の娘も俺の手であやめる。そしたらこれは俺のものになるよな?」

そう言って男は私の左手にあるアタッシュケースをゆびさした。

この男は本気で私を殺す気だ。怖い怖い怖い。でも・・私がここで諦めたらどうなるの?母の思いはどうなるの?

でも私には頼れる人なんていない。信用できる人なんて・・いや。一人だけいた。

脳裏に暖かなイメージが浮かび上がった時、私はとっさにアタッシュケースで男が持つ銃めがけてあてた。

そのあとは一度も振り替えることなく、ただただ彼のもとへと走った。雑木林の中に止めてあった車へ乗り込み、私はあの場所へと車を走らせた。






Episode 11


意味が分からない。なんだというのだ。ローランが俺の目の前で撃たれた。そして意味の分からないことを言い残して俺に逃げろといった。だから逃げている。でも俺はいったい何から逃げてるんだ?

そんなこともわからないままがうしゃらに走って逃げた。逃げている途中頻繁に聞こえていた銃撃の音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

まいたか・・・でもまだ安心はできない。俺はすぐ近くにあったバイクにカギが刺さっていることを確認し、またがった。一瞬これは盗んだことになるんじゃないか?とエンジンをかける手をためらったが、足元にあるアタッシュケースを見て我に返る。こんな大きなものを盗んでおいてよく言うぜ。

俺はいつもより大げさにエンジン音を鳴らしながら発進させ、人目のつかないどこか遠くを目指して走り出した。


どのくらい走っただろうか。あたりはいつの間にかオレンジ色に染まっていた。しかし影は大きな木を何本か移すのみ。殺風景なところに来たもんだ・・・。

後ろを振り返ってみるも、人、いや動物の気配すら感じられないことを確認し、休憩がてらバイクを止めた。

俺はこの先どうしたらいいだ・・・。必死で逃げてはきたものの俺には逃げることしかできない。そううなだれながら視線を足元に向けると、見慣れたアタッシュケースの下から何かが顔をのぞかせている。

「これは・・」

それはローランが俺に託した大切なものだった。

『目的地についてはこのノートに記されている。これを頼りに行ってほしい!』

手にしたノートを見つめながらローランが言った言葉を思い出す。

俺は恐る恐るノートを開いた。

そこには今までの事件が起こった経緯や目的、それらを行うにあたっての作戦が事細かに記されていた。

「自分の母親のためにやったのか?なんでそんな大切なことを俺に言ってくれなかったんだ・・・。」

今になってやっとローランを失ってしまった悲しみが俺を襲う。俺が早くこのことに気づいていたら・・止めることはできなかったとしても、一緒にいて彼女のことを守ることが出来たかもしれない・・。様々なたらればが俺の心をかき乱す。

次のページを開くと、そこにはピンクダイアモンドを盗んでからの計画が記されていた。

『サリバ地方の南の海岸沿いに教会がある。そこへピンクダイアモンドを持っていきなさい。きっとあなたの知りたいことがわかるはず。』

あなたの知りたいこと・・つまりはローランがしりたいことか? あいつが何を知りたいのか俺にはわからないが、あいつがいなくなってしまった今、それを確かめに行けるのは、この俺しかいない。

充電が残り少ないスマホでマップを開き、現在地から教会までのルートを調べる。必死でここにたどり着いたから正直ここがどこなのかもわからない状況だった。

スマホには【目的地まで五キロ】と記されている。意外と近くまで来てしまっていたようだ。

俺は迷うことなく目的地へバイクを走らせた。


しばらく走り、目的地まであと二キロ地点に到達したころ、ふと一つの疑問が脳裏に浮かんだ。

このノートに記されていることはローランと彼女の母親しか知らないはずだ。なのになぜ二人とも狙われたんだ? ローランはまだしも、母親のほうは計画を実行する前に殺された。それってつまりは内通者がいたってことにならないだろうか。そして計画がもしばれて先回りされていたとするのなら、参考にするのはきっとこのノートだ。このノートに記されている目的地に向かったら相手の思うつぼなのかもしれない。

そう考えながらバイクを走らせていると突如目の前を、黒い車が阻んだ。

やっぱり。あ~おそかった。俺はすぐにUターンをしてバイクをぜんそくで走らせる。

後ろからたくさんの銃声が聞こえる。これはまずい。

すると、球がバイクの後輪にあたった。後ろのほうで火花が上がる。まずい。このままでは捕まってしまう!

すると、銃弾が俺の脇腹をかすめ、俺はバランスを崩し地面に強く頭を打ち付け気を失ってしまった。






Episode 12


「おい・・・おい・・おい!!」

耳元で聞こえる大きな音で目が覚めた。

ここはどこだ? ことの状況を整理しようとすると、右側頭部に感じた鈍い痛みによってすべてを思い出す。あの時銃撃戦に巻き込まれて頭を打って気絶したんだ・・。

ふと我に返りあたりを見渡すと、そこは真っ白な壁に囲まれた、殺風景な部屋だった。左手側にはこちらからは何も見えないが、ガラス戸のようなものがある。無意識に手を動かそうとしたときはじめて、自分が今身動きが取れない状態になっていることに気づかされた。

「やっと目覚めたか。」

その言葉に導かれるように、視線を正面に戻す。

そこにはスーツを着て眼鏡をかけた男が座っていた。

「お前がなぜここに連れてこられたのか、わかるな?」

この時初めてここがどこであるのかを理解した。俺は警察に捕まってしまったのか。俺はいままで普通の人間として生きてきた。もちろん警察にお世話になったことなど、一度もない。テレビなどで、犯罪者が黙認しているというニュースを聞くと、バカだな。早く罪を認めれば刑が軽く済むかもしれないのに。と思っていた。しかし、今は彼らの気持ちがわからなくもない。

今罪を認め、刑が軽くなったとしても、俺には何が残されるのだろうか。俺には戻るべき場所などない。そして、今罪を認めたら、すべての計画が警察にばれてしまう。そしたら彼女の知りたかったことを知ることが出来る奴は、いなくなってしまうのではないか?

俺はここでつかまるわけにはいかない。俺にはやるべきことがあるのだ。そう考えた俺は、黙認することにした。


それから何時間も取り調べは続いた。

何度聞いても答えない俺に、彼らは何度も同じことを聞く。

「お前は母親の敵をうちたかったのだろ?」

意味が分からない。俺の母親? こいつらは何かを勘違いしているみたいだ。俺にはさっぱり身に覚えがないことなので、唯一この質問にはNoで答えていた。

取り調べの途中、看守のもとに一人の警官がやってきた。

「例の【あれ】ですが、美術館に返却する前に、一度本物であるかを確認するため、こちらで預かっております。」

どうやら【あれ】はまだこの建物内にあるらしい。しかしどこにあるのだろうか。こいつを見つけないことには、たとえ逃げることが出来たとしても、目的を果たすことはできない。

そんなことを考えていると、さっき用件を伝えに来た警官がまた何かを伝えに来た。どうやらここでは話せない内容らしく、俺のことをちらちらと気にしながら看守に手招きをした。

すると看守は立ち上がろうとして持ち上げた腰をもう一度椅子に卸して、俺のほうに向きなおった。

「お前はいったい何者なんだ?」

あきれたような表情で言い放ち、扉の向こうへと消えていった。






Episode 13


警官が扉を閉めた音で我に返る。

ここには誰もいない。逃げるのは今しかないのではないか・・。

しかしピンクダイアモンドのありかはいまだにわからない。しかも俺は身動きが取れない状態だ。一体どうしたらいいのか・・・。

そう考えていると、さっきの看守の言い捨てた言葉が頭をよぎった。

『お前は一体何者なんだ?』

俺はいったい何者なのだろうか。自分でもよくわかっていなかった。というか、そんなこと考えたことすらなかった。もちろん記憶ははっきりしているし、自分がどこで生まれて、どこで育ったのかなんてことは当たり前に分かる。

『お前は母親の敵を取りたかったんだろ?』

・・・そういえば俺の母親って今何をしているんだ? 俺が小さいころに母と父は離婚した。俺に物心がついた時にはいなかったから、顔もよく覚えていない。でも、母親がいない生活に全くと言っていいほど不自由ない生活を送っていた。そうさせてくれたのは紛れもなく、父親の存在である。しかし、今その父親もいない。もし今父が生きていたのなら、このタイミングで母について尋ねていたに違いない。母親は元気でやっているだろうか。

そんなことを考えながら、ふと反射した光に目を向ける。殺風景なこの部屋のある唯一の透明。そこには今の自分が映し出されていた。俺は何かに引き寄せられるように椅子に縛り付けられた状態のまま、椅子ごとガラス戸の正面まで移動した。そこには不安の中にどこか戸惑いのある自分の顔が映っている。しばらくガラスに映る自分を見つめていると、向こう側にいた俺が問いかけてきた。

「お前は今なんのために生きている?」

何のために? わからない。俺は何のために生きているのだろうか。

「お前の人生を変えたのはなんだ?」

まぎれもなく彼女だ。ローランだ。ローランと出会うまで俺は何も守るべきものを持たない、空っぽでつまらない男だった。

「お前はいつもこうして逃げる。お前に誰かを守る力などない。」

違う。確かに前の俺はそうだった。でも今の俺は違う!

思わず俺は、ガラス越しに映る過去の弱い自分に向かって椅子を投げていた。パリン!!と音を立てガラスは見事なまでに砕け散る。ガラスとともに、過去の自分は消え去り、代わりに鮮やかに光る何かが見えた。そのなにかは蛍光灯の光を反射させ、俺の目をも輝かせる。

これは、ピンクダイアモンドだ。間違いない。アタッシュケースから出た姿を俺は初めて目にした。

遠くから足音が聞こえる。ガラスの割れた音で、警官たちが戻ってきたのだろう。

俺は足元に落ちたガラスの破片で、椅子とつながれていた縄をほどき、【あれ】を手にしてひたすらに逃げた。

俺がどうなろうが構わない。でも、この目的だけは絶対に果たさなければ。

だってこれは、彼女との大切な約束だから。






Episode 14


俺は必死に走った。向かう先はただ一つ。海沿いにあるとされる教会だ。でもこの刑務所がどこにあるのかさえ分からない状態で、たどり着けるのだろうか・・・。でも、足を止めるわけにはいかない。あいつらに捕まってしまっては一貫の終わりだ。

すると俺はあることを思いついた。

待てよ。あいつらはきっとノートを持っているはずだ。つまり、俺が逃げて真っ先に向かう先はあの教会だとわかっているはず。だとしたらあいつらは教会へ先回りしようとするのではないか。そう考えた俺は、走らせる足を止め、たまたま通りかかった小さな店に入った。

あいつらがここを通り過ぎるのをまとう。そしてあいつらのばれないようにあとをつければ・・・きっとたどり着けるはずだ。

そして俺は、静かに身をひそめた。

「お客さん、何か用?」

振り向くと、若い女が経っていた。

「そんな警戒した顔しないでよ。どっちかっていうとこっちが怖いんだから。」

そう言いながら立っていたのは、ショートカットの女だった。

「あ、ああ。ちょっとお茶をしに・・・。」

女はいぶかしげな顔で、注文は?と言い返す。俺は一番安いアイスコーヒーを頼んだ。

幸いポッケには一杯分くらいの金は入っていた。カウンターに座りながら、外のほうへ目を向け、追っ手の姿を探す。

「あんた、なんかずっときょろきょろしてるけど・・・何かあったの?」

随分と勘の鋭い女だ。

「いや別に・・・:」

俺は落ち着きを取り戻すために、出されたコーヒーを一口飲んだ。

カランカラン・・・

突然店の扉が開いた。俺はとっさにカウンターの下へ姿を隠した。

「おう! 直美! 相変わらず客がいねーな!」

「うるせー! 客なら一人いるぞ、怪しい奴が。」

そういって女はこちらを指さした。俺は恐る恐る顔を上げる。そこには長身のスカジャンを羽織った男が経っていた。

「おまえ・・なんでそんなところに隠れてたんだ?」

「こいつここに来たときからなんかおかしいんだよ。誰かに追われてるみたいな。」

「そうなのか?」

男は俺のもとへと近づき、目線を合わせるようにしてしゃがみこんだ。

「今は知らねー男に話してる余裕なんてないんだ。」

俺は男の熱い目線から目をそらした。

「あー・・。」

男は不機嫌そうに立ち上がった。こいつの機嫌を損ねてしまっただろうか。これで喧嘩なんてはめになったらたまったもんじゃない。ここから出よう。そう思い立ち上がると、男に腕をつかまれた。

「俺の名前はヤマト! これで知り合いだろ?」

こいつはバカなのだろうか・・・。すこし呆れはしたが、怒っていないことを知った俺は半分安心し、逃げることをあきらめた。

「あんまり深いことまでは話せねー。長くなるしな。・・・でもとりあえず、俺は警察に追われている。いわゆる犯罪者だ。」

「お前人を殺したのか!」

一気に表情をかえたヤマトに「そうはいってないでしょ!」と女がこぶしを食らわせた。確か直美といったか。

「いーや、人殺しなんかしてねー。むしろ俺の大切な人が目の前で殺されたんだ。俺はそいつに言われたことをやるために、警察から逃げてきた。しかしここがどこなのかもわからねー、移動手段もないんだ。」

すると直美がカウンターに置かれていたキッチンペーパーを広げ、ペンを持った。

「あんたが向かいたいのはどこなの?」

「サリバ地方の南の海岸沿いにある、教会だ。」

すると直美は納得したような表情で紙にペンを走らせる。

「そこだったらこっから結構近いよ。あ、でも歩きだと相当かかるかな・・・」

すると直美に怒られてからおとなしくなっていたヤマトが口を開いた。

「俺バカだからよくわかんねーけど、お前が悪い奴じゃないことだけはわかった。バイク貸してやるよ。」

そう言いながらヤマトは店の外を指さした。小窓からいかついバイクが顔をのぞかせる。

「俺の愛車。乗れんだろ? バイクぐらい。」

俺はこくりとうなづく。

「ただ、こいつを失うのはごめんだ。もしもの時のために教会のそばの駐車場に止めておけ。お前に何かあったらおれがそこまで取りに行くからよ。」

ありがたい話だった。俺にバイクを貸すということは犯罪に手を貸すということになりかねないのに。そう彼らに伝えようとした矢先、ヤマトが俺に突然何かを渡した。

「ほら。カギだよ。早くいかねーとなんじゃないの?」

俺はそいつを受け取ってしばらく考え込んだ後、彼らにお礼を告げ、勢いよく店を出た。

バイクのエンジンをかける。ものすごい音が鳴る。その音が俺の心の奥底に眠っていた不安を一基にかき消す。アクセルを踏んだ。後ろからヤマトの声が聞こえる。

「気―付けて行けよ!」







Episode 15


俺は全速力でバイクを飛ばし、目的の教会へと向かっていた。ふと脳裏に過去の記憶がよぎる。教会へと向かう途中、銃撃戦に巻き込まれ、俺は捕まってしまった。しかし、今回は失敗するわけにはいかない。何より、ヤマトや直美のしてくれたことを無駄にはしたくない。

ずっと続いていた商店街を抜け、真正面に海が見えてきた。きっとあそこだ。あそこの海の近くにあるに違いない。俺はアクセルを踏みつける足に力を込めた。そこから物の五分ほどで教会にたどり着いた。もちろんヤマトに言われた通り、バイクは駐車場に止めた。俺の形跡が残っていたらきっとヤマトに迷惑がかかる。そう考えた俺は、グローブをはめながらハンドルを握っていた。

バイクを置きその場を離れようとしたが、忘れ物に気づき、踵を返す。

サドル部分を開けると、そこには銃が隠されていた。

「ほんものじゃんかよ・・・。」

実はヤマトにバイクを借りた際、身を守るためのものがケツのところに入ってるからよ、と言われたことを思い出したのだ。

まさか本物の銃だなんて思いもしなかったが・・。そう思いながらも、俺はジャケットの中にそいつを忍ばせた。

駐車場から少し歩く。やっと着いた。目的の場所。ここで一体何が俺を待ち構えているのだろうか。

アタッシュケースを持つ手に力がこもる。







Episode 16


あたりはいつの間にか真っ暗になり、月が煌々と水面を照らしていた。

恐る恐る教会の入口へと足を進める。怖くないわけはない。だが、やらなくてはならないのだ。俺はもう逃げない。過去の自分とは違う。

自分に言い聞かせるな言葉を投げかけると、あたり一面にちりばめられた砂利を踏みつける音がした。俺の鳴らした音ではない。誰かいる・・・。俺はジャケットの中に思はず手を添えた。

「ようやく来たようだな? 随分と待っていたよ。」

そう聞こえた先を見ると、スーツ姿の男が経っている。・・・警察か?

「勘違いしないでもらいたい。俺はそこらの意地汚い警察なんかではないさ。」

男は俺の心を見透かすように告げた。

「何の用だ・・・?」

俺は恐る恐る尋ねる。俺の身を追っているのは警察だ。ここで警察と出くわすのではないかという覚悟は決めていたが・・・警察以外の人物に待たれる義理はない。

「俺はお前に用があるわけじゃない。それに用があるんだよ。」

そう言って男は俺の左手にあるアタッシュケースを指さした。こいつはこの中身を知っているのか?

「そいつが必要なんだ。俺はお前に何の危害を加えるつもりはない。渡してくれないか?」

「こいつは・・・渡せねー。目的を果たすまでは・・・。」

「あいつの知りたいこととやらがそいつでわかるんだろ?」

男は俺に挑発するような目を向ける。

なぜそれをこいつが知っているんだ。俺は困惑した。

「そんなに不思議か?俺がそのことを知っていることが。」

男は俺にじりじりと近づく。それに伴って俺も後ろへと下がる。

「俺がお前に合うのは初めてじゃないぞ?」

「何を言っている。俺はお前にあったことはない!」

「何週間か前に、お前はローランとクラブにいたよな?」

ここで俺はすべてを理解した。こいつがあの時俺の目の前でローランを打ったのだ。こいつがローランの母親を殺したとしたら、すべてに合点がつく。計画を実行する前、つまり犯罪を起こす前に彼女の母親は殺された。そんなこと警察がするはずないと思っていたが、こいつだったのだ。

「全部が一つにつながったか??」

男は嬉しそうに聞く。

「すべては俺の計画通りだよ。ローランのことも、その母のことも・・そして、お前がここに来ることもな!」

そういって男は俺に銃を向けた。俺はとっさに逃げた。こいつにだけは取られてはならない。なんとしてでも、逃げるんだ。

そして俺は、ジャケットから銃を取り出し、人生で初めて打った。しかしその球は、男の頬をかすめただけ。うまく銃のコントロールが出来ない。男はなおも打ってくる。俺は柱の陰に隠れた。

「隠れても無駄だ。お前のいる場所はわかっている!」

その声とともに足音が近づく。これ以上こいつから逃げることは不可能だ。戦うしかない。ここで逃げてはいけない!

俺は不意を突き男の目の前に立ちはだかり、ひたすらに銃を撃った。銃声で耳鳴りがひどい。頭痛もする。あまりの痛さに俺は目を閉じた。


しばらくすると銃声はやみ、あたりは静けさを取り戻した。目の前には腹から血を流し倒れている男の姿があった。そして俺も同じく、腹を撃たれていた。意識がもうろうとする。

しかし男の声によって、俺の意識は引き戻された。男にはまだ息がある。今にも立ち上がりそうだ。俺は鈍く痛む腹を抑えながら、必死で外へと逃げ出した。

いつのまにか外は雨が降っていた。







Episode 17


意識がもうろうとする中、雨の降る音に何度も意識を引き戻されながら、俺は教会の壁にもたれかかった。そこは、昔はきっと屋根があった場所のように思う。

俺の正面にもでかい立派な壁がそびえたち、そこから屋根へとつながる骨組みのようなものがむき出しになっていた。

ふと空を見上げる。そこには月が光輝いていた。雨は降っているのに月の周りには雲が一つもない。おかしな天気だ。ぼーっと月を眺めていると、【あれ】のことを思い出し、アタッシュケースを開ける。そして、月の光に導かれるように、ピンクダイアモンドを月にかざした。

すると、月の光がピンクダイアモンドに反射し、向かい側の壁に反射した。

キラキラと輝いている。

ゴーン・・・ゴーン・・・

突如協会の金が響いた。すると壁に反射していた光が、何かの姿に形を変え、映像を映し出した。







Episode 18


そこに映し出されたのは、一人の女性だった。年齢は三十歳くらいだろうか。その女は男の子を連れて歩いていた。男の子は女の人の手を取り、嬉しそうに歩いている。どうやら親子のようだ。しかし、二人の顔は見えない、後ろ姿しか映らない。これは誰なのだろうか・・・。

すると、光の反射が角度を変え、映像は変わった。女が大きな荷物を持って家を飛び出していった。それを追いかける男。降りしきる雨が視界を阻み、顔がよく見えない。目をこすりながら、男の顔を見る。

「父さん・・・?」

そこに見えた男の姿は紛れもなく、俺の父親だった。じゃあここに映る女は俺の母親だというのか? しかし顔を見てみても、その疑問を確信に返ることはできない。俺は母親の顔を覚えていないからだ。

また、映像が変わる。

女は。赤子を抱いていた。母親は父と離婚した後、新しい家庭を持ったのか・・・。なにやら複雑な気持ちになるが、母が幸せであることを願っていたので、これでよかったようにも思う。

映像が変わる。

女が父に会いに来た映像だ。二人の間には険悪なムードが漂っている。しかしそれは男と女の関係とはまた違ったもののように感じられる。

「明日、私は行くわ。あなたたちを巻き込まないために私はあなたと別れた。後悔はしていないわ。」

女は告げた。一体どこに行くつもりなのだろうか。しかし父は何の疑問も抱いていない様子で、「気を付けて。息子のことは心配するな」とだけ告げた。息子・・つまりは俺のことだろう。この女はどうやら俺の母で間違いなさそうだ。すると女は妙なことを口にした。

「私にもしものことがあったら娘に会いに行って。娘あてに手紙を出したから。」

娘? 誰のことを言っているのだろうか。

「わかった。あの子は明日お前が叔母のところに預けにいけ。」

俺に兄弟がいたって言いたいのか?

それにこたえるように、再び映像が変わる。

そこに移されたのは母と、一人の少女だった。俺は目を見開いた。そこに映っていたのは、ローラン、彼女だった。一体どういうことなのか。頭が混乱する。

「いい? ローラン。私は今から大切なお仕事をしてくるわ。それが終わるまで叔母さんの家にいてくれる?」

今確かにローランといった。母の口から、ローランという名前が挙がった。

「わかった、ママ。きをつけてね!」


ここで映像は途切れた。頭の中がごちゃごちゃしている。今のは何だったのか。もう一度確かめてみたくて、ピンクダイアモンドを月の光に重ねようとする手を止める。月は雲に隠れて見えなくなっていた。なんの光も差し込まないこの場所に、ひたすらサイレンの音が混ざり合う、冷たい雨だけが降り続いていた。





Episode 19


目を覚ますと、いつか見た真っ白な部屋にいた。

どうやら俺はまた捕まってしまったらしい。捕まってからここに来るまでの間、俺は意識を失っていたわけではない。腹に傷を負ってはいたが、意識が飛ぶほどではなかった。きっとあの時見た映像のショックが出かかったのだと思う。そのせいで俺は、ここに来るまでの間の記憶がほとんどない。

「お前は自分が何をしたのかわかっているのか?」

そう尋ねるのは、前にも見た眼鏡の男。もういいか。黙っている必要もない。目的は果たしたのだから。

「俺は・・【あれ】を盗んだ」

「なぜ盗んだ?」

「それは・・・。」

言えなかった。ローランのためにやったなどと、どうしても言えなかった。母親から託されたあのメッセージ。あれは多分、ローランに父親の存在を伝えたかったのだと思う。彼女はそれを知らずに帰らぬ人になってしまったが、俺はこの事実をしっかりと彼女に伝えたい。そのためにも、今は亡き彼女を悪者にはしたくなかった。

看守はあからさまにため息をついた。

「また黙るのか・・・。お前はいったいなにものなのか。そう聞いてるんだ。いい加減答えろ」

俺はふと左に目をやった。俺が割ったはずのガラス戸。きれいに直されている。そこに映るのは、この前見た自分の姿ではなかった。

「俺は・・・神坂広大。あいつの・・・兄だ。」

ガラス戸に映る自分に言い放つように、力強く言った。






















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