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真理の宇宙~System of Universe~  作者: 天土 洸一/天土 滉一
第二章 始まりの邂逅~Nothing Mind Nothing Sence~
35/37

6-2

「種明かしをして差し上げたいところですが、我々も予定が立て込んでおりましてね。今宵はここで退場とさせていただきます。」


 (うやうや)しく芝居がかった礼をしながら帰参の旨を伝える魔術師。


「つまるところ逃げると?」


「ええ、そのように捉えていただいて構いませんとも。」


「誰が逃げていいと許した?」


「私達が、私達に許しを与えたので何も問題は無いかと。」


 言葉遣いは丁寧に、しかしどこまでも自身の都合を通そうとする慇懃無礼な姿勢。

 魔術師にとってはそれが幾度も繰り返した手慣れたか作業のようで、とても板についた様子だった。

 先の魔術師を断ち切った一閃。相応の力を込めて放った斬撃は中堅程度の怪物であれば即死している一太刀だった。

 となればこちらも相応に渾身の姿勢で立ち合う必要がありそうだ。

 それにこの魔術師、先ほどから会話をしていて全く人間性を感じない。

 底知れぬ、何か得体の知れない概念の塊が人の形をしているかのようで…。

 それは一種の現象と会話をしているような気分だった。

 もしこの二人を逃がせば日ノ本に、ひいては世界に大きな災いがもたらされる可能性がある。

 それは(やしろ)間者(スパイ)を潜り込ませた手腕を鑑みてもほぼ間違いない。

 魔術師が斬撃による死から蘇った事実も加味した上で理道は神剣を抜くことを決意する。

 神剣に宿る全ての権能を用いるとまではいかずとも、人の業をもってしては目の前にいる者達を仕留める事はおろか、この場にとどめる事も難しいと判断したからだ。

 それは先の頃、白法衣の男が口にしていた八岐大蛇―――それに匹敵する難敵だと認識した証でもある。

 山をも吞み込む巨大な洪水、一つの都市を崩落させる地震、雨のように降り注ぐ落雷。

 古代の日本で実際に起こったあらゆる災害現象。

 日本三大妖怪に伍する、あるいは更に上級の災いをこの二人は巻き起こす事を理道は予感した。

 これを放置し続ければ人類が自滅へと至る道筋を辿る可能性も十分にありえる。


「さぁ、陛下。帰参の支度は整っております。こちらへ……」


 魔術師が展開した転送魔術の方陣。淡く輝く光に包まれて魔術師の姿が徐々に薄れていく。

 魔術師の言葉に従い、白法衣の男もここから逃走を図るのかと、そう思われたが。


「断る。」


 短い一言と共に男は真也へ豪然と襲い掛かる。

 再び始まった戦闘に魔術師が驚愕した気配を感じた。


「陛下、なにをなさっておられるのです! これ以上は…!!」


「言った筈だぞ、盛り上がってきたと! そしてそこの小娘も戦いに加えるとなァ!! (オレ)は自分の決めた事を変えはしないと貴様も知っているだろうが!」


「ですがそれは…!」


 白法衣の男の進撃はは止まらない。

 次々と繰り出される拳と蹴りの乱打。

 満身創痍でありながらもそれに応戦する真也も限界に近付いている。

 手足は既に重度の打撲から重傷化を辿り骨折しかけており、動かすだけでも激痛が走っている。

 肉体の過酷な行使に彼の意識は何度も明滅を繰り返していた。


「さぁ、小僧! もっとだ! もっともっともっともっともっともっと!!! (たたか)って、(たたか)って、(たたか)い続けろ!!! 限界を迎えたというならそれを超えてさらなる進化を果たせ! それでもだめなら死んでも限界を超えろォ!! 限界を超えられないその不出来な命などさっさと手放して次の領域に足を踏み入れろ!!!」


 支離滅裂な命令を下しながら殴打を止めないその在り様は狂気の沙汰でしかない。

 あまりにも人倫を度外視したその発言に真也の意識は怒りで白熱していき、精神の混濁を拭っていく。

 肉体は既に休養を求めているのに精神は未だ活動する事を強く求める。

 骨が軋み、ヒビが入る感覚があった/だからどうした?

 血管が水風船のように破裂した/それでもまだ動けるじゃないか。

 筋肉が断裂していく/千切れても止まる理由にはならない。

 真也はこの時、何故か目の前にいる男を絶対に許す事が出来なかった。

 たとえ国が滅ぼうが、世界が滅ぼうが、それでもこの男は自分が倒さなければならないと直感していた。

 だってそうしないとこの人は、()()()()()と思ったから。


「絶対に…諦めない……あき、らめる…もんか…!!」


 内臓にも傷が生じたのか、口の端から血が(こぼ)れはじめた。

 いかに強固な精神で己を支え続けてもいずれ必ず辿り着く結末というものがある。

 どんな物事にも限度というものはあるのだ。

 決死の防戦も虚しく、決着は訪れる。

 男の槍の刺突にも似た足刀蹴りが真也の腹部へ叩き込まれた。

 防御が間に合わず、文字通り血反吐を吐きながら地面を水切り石のように勢いよく跳ねながら転がっていく。

 立ち上がろうと地に手をつけるものの、すぐに力なく折れ曲がり動かなくなる。

 真也の奮起を嘲笑うかのように男は襲撃を続けんと前に進む。

 が、そこへ―――


「やめなさい! これ以上、彼に手を出す事は認めないわ!!」


 彼を庇う様に飛び出した真理の横槍により男は歩みを止める。

 それを(わずら)わしいと思うのではなく、むしろそれをこそ待っていたと言わんばかりに喜悦の気配を漂わせる。


「なんだ、やればできるではないか。焦らしが過ぎると気を揉んでいたところだったが…。(オトコ)の喜ばせ方も分からないような未通女(おぼこ)というわけではないのだな。重畳(ちょうじょう)重畳ちょうじょうだよ。」


 獣の眼光が嬉しそうに細くなっていく。

 目深に被ったフードの所為で表情を把握できないが、粘つくような喜びの感情を垂れ流して悦に浸っている事は見て取れる。


(アルギロス)の気に掛ける(おんな)。どれほどの器なのか…一つ鑑定してやろう。(とも)に相応しき器量であるならそれで良し。そうでなければ――――――ここで、滅ぼすのみだ。」


 膨張する欲望の渦の中に友を真摯に(おもんばか)る情…即ち友情のような気質が顔をのぞかせている。

 この男は信じ難い事に人を本気で殺める事を楽しめる人格破綻者でありながら、隣人を思いやる真っ当な人間の感性も備えているのか。

 次から次へと破戒したその在り方に理解が追い付かず、真理達は当惑する。


「そうさな…まずは一度、心臓を抉り出して殺してやろうさ。そこから黄泉返ってくるくらいの荒唐無稽なまでの奇跡を体顕してみろ。」


 獣は悪夢にも似た残酷な言葉をなんの気負いもなく口にする。

 それが嘘ではなく、真実である事を真理は直感で察知した。


「その狼藉をワシが見過ごすと思うてかぁ!!!」


 怒号と共に理道が駆け出す。

 愛し子に手を出そうとする輩を誅戮せんと烈火の如く怒りを滾らせて神剣を引き抜き獣の気配を纏う男へと突進する。

 だが―――、


Η γήρανση(老 齢 は) είναι( 明 ら ) σαφώς πιο(か に 迅 ) γρήγορη(速 だ 。) . Επειδή(わ  れ) βρισκ()όμαστε(に必) πιο() γρήγορα(以上に) από ό(速く) , τι(切  迫) είναι( す る の ) απαραίτητο(だから) . 」


 聞きなれぬ異国の言葉を魔術師が口にすると同時に理道の動きが空間に縫い付けられたかのように静止してしまった。

 否、僅かではあるが着実に、ゆっくりと理道の体が白法衣の男に向かって進んでいる。


「星の流れを変えるための時空操作の魔術をもってしてもまだ停止しないとは…。流石は神剣の担い手、まったく…」


 これは骨が折れる。と、愚痴るように呟く様は真実、憂鬱さに満ちていた。


「この展開も予想はしていましたが、やはり辛いですな。ましてや相手は神を屠った事のある稀代の益荒男(ますらお)なのですぞ? 私のような朽ちて枯れゆくだけの独活(ウド)の大木ではとてもではありませんが相手を務める事は叶いませんとも。彼の持つ神剣は私にも貴方にも有効である事をお忘れか?」


「たまには英雄と(しのぎ)を削る悦楽も堪能してみる事だ。身も心も魂も(なま)って腐るぞ。魔術の祖としての神髄、その一旦をここで見せてみろ。その間にお前の(おんな)の器を試す。これは王としての命令でもあるが…(オレ)なりの友への心配りと思え、(アルギロス)よ。」


「……よろしい、そう言われてしまっては無下にも断れませぬ。では、御意のままに。」


 嘆息と共に了承の意を伝えると魔術師は理道へかけた魔術の制御に意識を集中する。

 そうして余計な横槍を難なくいなし、空間が歪むほどの横溢する殺意を引き連れて男が近づいてくる。


 ――――――殺される。


 間違いなく自分は、


 この男に、


 殺される―――。


 これまで何度も闘いの中で死にかける事はあった。

 それでも恐怖を抱いた事はこの男と出会うまで一度も無かった。

 戦力が勝っているから、戦術で勝機を得られるから、戦略で貶める事が出来るからとそんな分かりやすい恐怖を緩和する都合のいい理屈(いいわけ)を抜きにしても戦いで恐怖を抱いた事など真理は一度も無かった。

 元々、自分がこの世界で生存しているという感覚に乏しい真理にとっては現実の中であれ、夢の中であれ、どのような物事を前にしても生の実感を抱き辛い(さが)だった。

 だから対化物を想定した苛烈な訓練で重傷を負っても、辛いという感情も希薄だった。

 自分がこの世界に存在している事を感じ取ろうにも、その感覚さえも曖昧だから生きているのかも死んでいるのかも判らない。

 喜怒哀楽の情が欠けているきらいがあるそんな自分が初めて明確に知覚できた感情は不服にもこんなにも怖いという気持ちだった。

 そんな不愉快な贈り物をした目の前の男を、精一杯の敵意をもって()めつける。

 恐怖で体が動かせなくても、屈する事は絶対にないと示さないと気が済まなかったから。

 それを見た(けだもの)は喜悦の元に更に殺意を(たぎ)らせる。

 目の前の標的がただ死を受け入れるだけの伽藍洞の空っぽな存在ではなく、気骨のある活きの良い獲物である事に喜んでいるのだ。


「では採点をしようか。(かんば)しい結果になる事を期待しよう。」


 標的である私の心臓を鷲掴みにする為に、手を(たか)鉤爪(かぎづめ)ように象り、一息で振り抜く。


 ゴギリ、と胸の骨が砕かれる音が聞こえた。


 同時に生暖かい液体がピシャリと私の顔を盛大に濡らした。


 その赤い液体はとても暖かく、柔らかな生気に満ちたもので。

 それが私を庇うように(けだもの)の前に立ちはだかった聖条君の胸元から噴き出した血液だと理解するのに数秒の時間を要した。

 呆然とする私の前に、砦の様に佇む聖条君(カレ)の胸元からは(けだもの)の手が生えていて。

 その手には丸々とした鮮やかな宝石にも似た彼の心臓が掴まれていた。

 ドクン、ドクンと脈打つその心臓から目が離せない。

 ゴボッと口から臓物交じりの血の泡を吹かす彼の顔が目に焼き付く。

 苦痛に耐えている筈の彼の表情はしかし、


「あぁ―――よかった。」


 とても穏やかな、


「キミを…守、れた…のな、ら…死んでも…後悔は、ない…なぁ…。」


 充足感に満たされた幸福な笑顔だった。


 その穏やかな日の光にも似た笑顔から生気が完全に消えた瞬間。


 私の、意識も、消え去った――――――。






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