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真理の宇宙~System of Universe~  作者: 天土 洸一/天土 滉一
第二章 始まりの邂逅~Nothing Mind Nothing Sence~
28/37

5-5

 吸血鬼の哄笑と共に戦場が凶悪なまでの衝撃と烈風が吹き荒れる。

 ヴァンドレッドが拳を振るう度に巨木を薙ぎ倒すかのような突風が巻き起こり、コンクリートで塗装された道路を紙細工のように破砕していく。

 信じ難いが、あの男は生物としての限界を遥かに超えた運動量で動くことができるようだ。

 それも常識という頸木から逸脱した怪物であるが故なのか。

 はたまた世界に悪名を轟かせている吸血鬼が怪物という枠組みの中でも更に規格外であるが故か、真実は分からない。

 そんな凶悪無比な存在を相手取っても彼女は顔色一つ変える事は無い。

 その表情はまるでこれがさも当たり前のものであり、自分にとっては常識の範疇でしかないと言いたげだった。

 蒼い瞳は冬日の凍結した湖の様に静かで凪いだモノで、どのような感情が籠っているのか判別がつかない。

 その静けさを余裕と受け取ったのか、ヴァンドレッドの攻撃には些か苛立ちが募っているようだった。

 奴のコンクリートを軽々と抉るような一撃を紙一重で躱し続ける天元さんの動きは、枝垂桜しだれざくらの様に緩やかで儚い美に彩られた動作だった。

 あれほど凄絶な攻撃を前にして平常心を保ちつつ動作を鈍らせないでいられるのは、きっと生まれ持った素養だけではなく、弛まぬ訓練と実戦経験によって培われたものなのだろう。

 その現実を識った時、彼女の潜り抜けてきた修羅場の熾烈さを想像するだけでも固唾を飲まずにはいられない。

 僕も叔父から剣を始めとした様々な武の手解きを施されているものの、あれ程の練度に至るにはどれ程の修行と苦難を乗り越えればいいのか想像し難い。

 生まれ持った才覚を研ぎ上げるにも相応の環境と本人の意思力が肝心要となる。

 周りの人間がどれだけ修練を強要したところで本人にそれを継続する意思が無ければ鍛錬は続かない。

 体が悲鳴を上げてもそれを時に叱咤し、時に無視してでも鍛錬を続ける。

 それは高い知性を持つ人間という生物には過酷な作業でもある。

 知性が高いという事はそれだけ欲も増すという事なのだから。

 もうやめたい、諦めたい、終わりにしたいという気持ちも一潮というもの。

 それらに自我が流されることなく、制御下に置いて、更に自分を高めるという作業を成し遂げる。

 言うは易し、行うは難し。

 そんな行いを彼女はどれほど続けて来たのだろう?

 一秒が一〇〇年に感じてしまうような苦しみを、何年も何年も……。

 それは…いつか気が遠くなってしまって、自分なんてものが希薄になってしまうのではないだろうか?

 それほどの苦境に、あんな華奢な少女が立たされたという事実を思うと胸が痛む。

 自分の無力さに、腹が立つ―――。

 銀ナイフによって敷設された結界内で悔しさに歯噛みする。

 今はただ、この戦いを観察するしかない。

 少しでも何かの役に立つヒントのような要素が、どこかに転がっているかもしれないのだから。


「どうした、小娘ッ!! 躱してばかりで攻めて来ぬとは勝負を投げ出したか? ならば疾く骸となるがいいッ!!」


 強烈な衝撃を伴う猛攻を躱しながら真理は何かを観察している風体だった。

 物理的な側面を眺めているのではなく、もっと奥深くを…概念的な側面を覗き込んでいるようだった。

 真理の瞳は顕微鏡のレンズの様に徹底した透明さを宿しつつあり、それはあらゆる物事の真実を一目で見抜く老年の賢者のようだった。

 そして次の瞬間―――彼女は決定的な答えに辿り着いた。


「あぁ、要するにお前の手品の種は置換魔術と遠隔瞬間移動アポートの応用か」


「なッ……!」


 彼女の言葉にヴァンドレッドの表情が凍り付いた。

 彼女の口にした言葉に僕は首を傾げるしかない。

 置換魔術に遠隔瞬間移動アポート


「バカな! 貴様…何故その仕組みを!?」


「別に? アンタがあれだけヒントを出してくれてたから、それらの要素(パーツ)を組み合わせて推察と推測と推理で答えを出しただけ。アンタの内臓(なかみ)はココではないどこかに保管されている。だけどアンタは当たり前の様に生命活動を行っている。そうなれば別の領域、空間に存在している心臓から血液を体内に循環させ続ける為に必要な魔術は何か? と問えば、答えは限られてくる」


 淀みなく、スルスルと流れるようにヴァンドレッドの体内の謎を解き明かしていく真理。

 彼女の冷静な指摘の言葉を耳にする度に、ヴァンドレッドは臓腑を鷲掴みにされたかのような恐怖と寒気を覚えた。


「アンタはココではないどこかに保管されている心臓から血液を輸血し続けている。遠隔にある物質を瞬間移動させる魔術を行使し続けることによってね。そうなればもう、答えは自ずと出てくるわ。置換魔術と遠隔瞬間移動アポートを併用すれば地球の裏側に自分の心臓が保管されていようと理論上は血液の輸血は可能でしょうね」


 なかば呆れも混じった言葉を口にしながら敵の真実を突いていく真理の言葉は、さながら触れたものの神経を恐怖で凍りつかせる氷でできたナイフの様に、鋭利で冷たい感覚を覚えさせた。

 真理の指摘は的を射ていた。

 ヴァンドレッドの肉体に施された神秘の謎はつまるところ弱点の摘出だ。

 吸血鬼にとっての弱点の一つは心臓。

 白木の杭、聖なる十字架、銀のナイフ。

 種別は違えどこれらを打ち込まれることで、吸血鬼は絶命するという伝承があるが、それらに共通して語られるのは心臓だ。

 数百年に渡って語り継がれる伝説と化す…それ程までに吸血鬼にとって心臓とは重大な要素なのだろう。

 おそらく血液に深い所縁のある怪物であるが故に血を作り、体内に送り出す機構を持った心臓が重大な要素として添えられたのだろう。

 だが、弱点(それ)を何の処置もせずに放っておく程、ヴァンドレッドの肝は据わってはいなかった。

 賢しかった、と評言してもいい。

 彼は吸血鬼としての弱点を可能な限り消去したいと思った。

 怪物の中でも上位の種に位置づけされる程の強大な力を持つ吸血鬼になれたは良いものの、その代償として多くの弱点を抱える事になってしまった。

 日光、流水、神聖な物。

 それら全てをいずれは克服して、より更なる進化を遂げたいと思っていた。

 故に彼は主の盟友に頼み、ある魔術を施してもらった。

 それが置換魔術と遠隔瞬間移動アポートの術式だった。


「もっとも、そんなバカげた理論を実行に移す輩がいるだなんて思ってもみなかったけど。心臓……吸血鬼であれ、人間であれ、臓器の中でも最重要とされる内臓器官の一つを摘出して、あまつさえ別の領域に保管してそこから輸血を続ける…。置換魔術自体は簡単な魔術だけど、高等魔術の一種である遠隔瞬間移動アポートは操作が難しく、非常に神経を削ると言われているわ。それを長時間に渡って行使し続けるのはコスト的にも非常にシビアな筈よ」


 遠隔瞬間移動アポートの魔術は便利である反面、使用の際には精密な操作と多大な魔力を求められる。

 その際に重要視されるのが距離の長さと目標地点の三次元空間における座標位置だ。

 距離の長さが増せば増すほど使用する際に掛かる魔力(コスト)は膨らむ事はもちろん、目標地点にどれだけ正確に目標物を送る事ができるのか? それが重要なのだ。

 出発地点であるA地点から目標地点であるB地点に移動させる際、もしも目標地点の座標位置を誤って算出し、術式を発動しようものならコンクリートの壁の中に目標物を送ってしまうという事にもなりかねない。

 それ程の危険が伴う魔術は到底一人では完遂できない大規模な作業となる。大魔術(アルス・マグナ)は基本的に複数人で執り行われるものだ。

 術者の力量にもよるが、少なければ数人。多ければ数百人から数千人。

 事と次第によっては数万人規模の場合もあるという。

 長期的な高等魔術を使用する以上、魔術を起動させるためのエネルギー源である魔力の供給切れを防ぐためにも、おそらく数十人単位でこの魔術を使用していると見るのが無難だろう。

 だとすれば、こいつには協力者がいる筈だ。

 膨大な魔力を供給し続け、更には術式を展開させている者が。

 元より東京を皮切りに、この国を沈めようとしている連中だ。

 それ相応に大規模な組織、団体が背後にいる事は読めていた。

 だからそれでも心を揺り動かす程の理由ではない。


「まさか、気づかれるとはな…。このヴァンドレッドの真実の一端に。主の盟友たる彼の怪物の所業に! いや、小娘と思って侮りすぎたか…。極東の矮小な島国にこのような逸材が眠っていたとはな! 認識を少し改めるとしよう…。喜びたまえよ、下女風情が。君は食前酒ではなく、前菜ぐらいの価値はあったと認めてやろうさ! ククク、フハハハハハ!!!」


 己が体内に抱えていた神秘の真実を暴かれてもヴァンドレッドは不遜な態度を崩さない。


「そうとも! 確かに君の指摘は当たっているさ! 私の体に施された魔術式の正体は先の君の言葉通りの代物だとも!! ……だが、それで? 私の魔術のカラクリを知ったところで君に何ができるというのかね? 術を見破ることはできても対処出来はしないだろ? んんぅ~?」


 挑発の意か、ヴァンドレッドは顔を下から掬い上げるようにして真理を見上げる。

 あからさまな悪意を隠そうともせず、泥にも似た汚汁を新雪にぶちまけるかの如き卑劣で汚い所作。

 他者を貶め、嬲り、辱める事を心から楽しんでいる者の表情(カオ)だ。


(―――やめろ。そんな汚らしいモノが彼女に向けられていると、)


 それだけで聖条真也(ボク)の頭が怒りで沸騰する。


 ヴァンドレッドからの悪意に満ちた挑発に真理は一瞥をくれると同時に、


「間抜け」


 心底から下らない輩だ、と侮蔑の言葉と共に。


「だからアンタはここで死ぬのよ、三下」


 嘘とは思えぬ実感の籠った死の宣告をヴァンドレッド(カレ)に下した。

 真理の姿が消える―――。

 同時に、彼女はヴァンドレッドの懐深くまで距離を詰め、手にした星の短剣でヴァンドレッドの左胸を深々と突き刺していた。

 刹那―――。


「ォ……ゴ…ァ!」


 ヴァンドレッドの口から苦悶の声が漏れる。

 それはまるで―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






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