5:黒光りするスライムさんが強すぎるんですが
あらすじ
スライムがあらわれた
【クルワットの森・街道】
◆
この世界で、スライムが初心者用のモンスターと言われるのは主に以下のような理由がある。
1:遠距離攻撃の手段を持たない。
変異種であっても、基本的に体当たり以外の攻撃手段がなく動きも緩慢な為、攻撃を避けやすくこちらの攻撃が当てやすい。
2:弱点が分かりやすい。
弱点となる「核」を破壊する事で、スライムはその体を維持することができなくなり死亡する。
半透明な体は弱点部位が分かりやすいのも特徴である。
スライムの「核」が目のように見える事から「スライムは目を潰せ」という文言は初級冒険者の標語ともなっている。
3:群れることがなく単独で出現する。
弱いモンスターとはいえ群れると脅威である。
1体の大鬼オーガより10体の小鬼ゴブリンの方が冒険者にとっては戦い辛いものだ。しかしスライムには同種、または他種と群れるという習性がない為、基本的に討伐側が有利な条件で戦うことができる。
「んークスクスさ、アレのどこが「核」だか分かる?」
『うーん……さすがにあの色だと、遠くからじゃ「核」が見えないよねー』
しかし今回の相手は黒一色。しかも色が濃く、体内にあるはずの「核」の様子が見えない。
「まぁ近づいて見れば、核がどこにあるのか分かるんじゃないかな?」
と、私が踏み出した瞬間。
スライムの足元に魔法陣が展開した。
『うえ! 確かに魔力は強かったけど、魔法が使えるスライムなんて見たことないよ!』
「クスクス防げっ! 魔法使えるっしょっ!」
『ムリムリ! 私が迷いの魔法しか使えないの知ってるでしょ!』
咄嗟に判断ができない私達を尻目に、黒いスライムの魔法が完成し、2mはあろうかという氷の槍が1本、2本……合計3本が出現する。
「ラナ! 槍が来るぞ!」
出現した氷の槍は、振りかぶるようにひと揺れした後、凄まじいスピード、それこそプロ野球選手の全力投球を軽く上回るスピードで「投擲」される。
氷の槍は、そのうち2本はアルザ、そして少しの時間差で1本が私に。
「ふっ!」
一閃。アルザは邪魔だとばかりに、飛んできた2本の氷槍のうち1本を左の手甲で弾き飛ばし、同時にもう1本を蹴り砕く。
そして私は、飛来する氷槍を驚くほど冷静に見ていた。
細剣である「ウルヴズレイン」では、あの質量は受け止められない。勿論破壊も難しいだろう。
となれば腰から下げたもう1本の剣、小剣でありながら絶大な力を秘めた魔剣「フラガラッハ」の出番だ。
軽く腰を落とした姿勢から逆手に抜き、体を捻るように振り切った。
小剣の刃に氷槍が触れる感覚と、凄まじい重量を感じるが関係ない。今の私の体ならやれる。
「……っせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
私は気合の声を上げ、そのまま「フラガラッハ」を振り切った。
「やるじゃん」
賞賛の声を上げるアルザと、剣を振り切った体勢の私に、塵と砕けた氷が降りかかる。
『ちょ、ラナッ! 落ちる落ちる』
動きについてこれなかったクスクスが『早く助けて』と叫ぶ。
そして戦闘に臨む私には、ゴブリンを突き殺した時とは違う感情が湧き上がっていた。
体の中心に火が点り、アドレナリンが分泌され、閉じていた毛穴が次々と開いていく感覚。そう、この感覚は高揚だ。
凄まじい速度で迫る魔法の槍を、小剣の抜き打ちで粉々に叩き壊す。
リアルにいた頃には絶対にできなかっただろう。システムに守られたゲームでもできなかった。
少年なら誰もが思い描いたであろうヒロイックな動きを、今まさに自分の体が実現させたのだ。
ぶるりと体が震え、自然と口元が緩む。
「んふー、いい顔してんねラナ」
油断なくスライムに視線をやりながら、アルザがニヤリとする。
「ありがと、でもどうする? また新しい魔法陣出してるよ?」
「うん、炎の魔法とか使われると面倒だし、コレを使う」
アルザが取り出したのは、ゴブリンどもが持っていた武器「手斧」だった。
どうやら死体から1つ拝借していたらしい。
「どこが弱点か分からないなら、一旦バラバラに吹っ飛ばして、元の形に戻る前に核を潰せばいい……っしょ!」
大きく振りかぶって投擲された斧は、先ほどの氷槍を上回る速度で飛ぶ。
そしてスライムぶつかった瞬間……手斧は跡形もなく消滅した。
「……は?」
「……え?」
手斧の投擲によって魔法の詠唱が中断されたのか、黒スライムの足元から魔法陣は消えているが、こちらが投げた攻撃も消滅している。
呆気に取られる私達にクスクスが警告する。
『やっばい! あれアシッドスライムだ! しかも魔法が使えるなんて……エルダー種だよ!』
この世界において魔法は比較的身近に利用されるものである。
火種を作る、飲み水を浄化するなどの簡単な魔法は、それこそ少し魔法を学んだ一般人でも使える。
もちろんエルフやドワーフ、人狼族といった亜人と呼ばれる者たちも、日常的に魔法を行使する。
例外はモンスターだけだ。
野生動物に近い彼らには、魔法を理解し、大地に満ちる魔力に働きかける術式を構築させるだけの知性がないからだ。
しかし、種族の限界を超えた長寿からか、突然変異なのか、原因は定かではないが、稀に高い知性をもつ個体が出現する事がある。
これらを総称して「エルダー種」と呼び、本来の種族とは別格の戦闘力を持つモンスターとして区別するのだ。
ちなみに各国の騎士団や冒険者ギルドに寄せられる討伐依頼において、種族特有の特殊能力に加え、強力な魔法を操る『エルダー種』の討伐難易度は、最高レベルのS~SSSクラスに設定されている。
中型のドラゴン種と同等以上のレベルで、脅威があると判断されるのだ。
「うげっ! アシッドスライムはマズいな」
アルザはこれまで見る限り、自分の手足で直接攻撃する「格闘家」タイプだ。
確かに自分の手足で攻撃すれば溶かされる危険を犯して攻撃しろというのは無理があるだろう。
『……だめ、私の幻術も弾かれたっぽい』
クスクスもひそかに攻撃をしかけていたらしい。
そして私の武器も剣しかないので、斬りつけて攻撃したとしても、武器を溶かされてしまう可能性が高い。
『どうする? 逃げる!?』
「いや、でもここを通らないと町まで行けないよね!?」
退却するか、駆け抜けるかのか。
意見がまとまらない私達に対して、容赦なく魔法が襲ってくる。
「こんのっ……!「アイスランス」程度なら壊せるけど、風とか火とか使われると壊せないぞ」
アルザの声が厳しくなる。
そして再びスライムの足元に展開される魔法陣。
『あ、やば、アレ炎系の魔法陣だ!』
クスクスが指差した先には、先ほどまでの白い魔法陣より、2まわりは大きい赤い魔法陣が構築され始めていた。
「あの……あれ、もしかしてさっきの氷の魔法より強力なんじゃ……?」
「ちっ!仕方ない、アタシが突っ込んでふっとばして来るしかないか……」
『ちょっと! ダメだよアルザ! 溶かされちゃう!』
「他にないっしょ! |気功()オーラを滅茶苦茶分厚くしてから殴れば、腕溶けないかもしれないし!」
魔法を使うだけならなんとかなっただろう、アシッドスライムなら放置して逃げても良かった。
だが、今回は魔法を使う強酸性のアシッドスライム。この3人とは相性が悪過ぎた。
緊迫した空気が私を包み、額を、首筋を、背中を、だらだらと汗が流れていく。
「……もう、揉めてる暇ないよっ!」
黒スライムの上には、直径5mはあろうかという火球が完成していた。
そして、覚悟を決めたアルザは、己の最速の攻撃を仕掛けるべく4つ脚の姿勢を取った。
その瞬間。
『ぺしゃ』
魔法陣が霧散し、火球が掻き消え、黒いスライムは縦に潰れて溶け出したように広がり始めてていた。
◆
「何があったんでしょうかね、これ」
3人の目の前には、溶けたチョコアイスのようになったスライムがいる。
『んー、感知できるような魔法の発動はなさそうだよ』
霧散した魔法陣に、最初は警戒したものの、クスクスの魔力探知が決め手になった。
第3者が現れるでもなく、追撃や罠が仕掛けられている様子もなかった為、現在はスライムのすぐ傍まで来ている。
ここまで来てもまったく動く様子はない。
『ん? すんすん。あー……原因分かった』
クスクスが呆れたように言ったのと同時に、アルザも黒スライムが潰れた原因に気付く。
「あー、ラナの匂いにやられたか。アタシらは多少慣れたけど、初めてだときっついだろうねー」
あれ? 私のせいですか? さすがに7~8mは離れてましたし、あの距離で効果あったりするの?
『私達風上にいたしねー』
「んー私が本気出したら、ラナの匂いなら2,000エーカー離れてても分かるよー。全力で抑えられてたら500エーカーくらいまでしか分かんないと思うけど」
1エーカー=約1mらしい。というかスライムにも効果あるんですね。
いや、そういえば「ティル・ナ・ノーグ」でもスライムのテイムはできたな。
ゲームとの共通項がどこまであるのか気になるところだ。
「まぁ、さっさと核見つけて潰しちゃおう」
『そーそー! あんな火球使われたら、森が燃えちゃうとこだったし』
2人の言葉に私は少し悩む。
黒スライムを最初に見た時、私達は「所詮雑魚のスライム」と、軽く叩き潰そうとしたけれど、実際は『エルダー種』という高い知性を持つ固体だった。
本来は問答無用で人を襲うモンスターではなく、これまで人に襲われてきた結果、正当防衛を兼ねた先制攻撃をしただけなのではないだろうか。
「ねぇクスクス。この子の事さ、森の奥で匿ってあげられない?」
『はぁ? 何言ってるのさ! この子森を燃やそうとしたじゃんー』
「それはほら、攻撃されると思ってさ、やられる前にやれ的な感じだったのかもしれないし」
足元でスライムがもぞもぞと動くが、まだフェロモンが抜けきっていないのか、本来の丸餅シルエットには程遠い形だ。
ぷるぷると震えている姿がなんとも哀れを誘う。
『これじゃ集中できなくて魔法も使えないでしょうねー』
と言うのはクスクスの言だ。
しかし、私の匂い……というかフェロモンは、魔法キャンセルさせるくらい強烈なのか。
さすが『モンスター服従Lv10』といったところだが、戦闘中に関してはできるだけ抑えられるようにしよう、うん。
「キミさ、私の言ってること分かるかな?」
気を改めて黒スライムに声を掛ける。
中央の少しだけ盛り上がった部分に核となる赤い玉が現れ、頷くように上下に動く。
きっと核を出したのは黒スライムなりの誠意、もしくは降参のサインなんだろう。
「うん、キミのこと酷く言っちゃってゴメンね」
黒いスライムは、体表がふるふると震えているが反応はない。
「ここにいるちっこいのさ、こう見て森の長なんだ。森の奥の方ならさ、人間に襲われたりもしないと思うんだ」
ちらりとクスクスを見る。
『むー……そうよ!森の深いところは、私でも解除できないくらいの幻惑の魔法がかかってるもの。人間は勿論、亜人デミだって来れるような所じゃないわ』
どうやらクスクスが幻惑の魔法で「回れ右」させていたのは、森の中ごろまでらしい。
「どうかな? その、勝手な言い分だけど、折角エルダー種まで進化した子をさ、殺してしまったりしたくないんだ」
レア種なものはできるだけキープしたい、モンスターテイマーだからというより、ゲーマー的な発想でもある。そしてこの世界はゲームとは違う。
世界最後の1匹なら、生きていて欲しいと思ったのだ。
黒いスライムは少しの間ふるふると震えた後、核を少しだけ頷かせて、引きずるようにして木々の間に消えていった。
「ま、ラナが良いならいいんだーわんっ!」
まだ漂う匂いに当てられたのか、少し顔を上気させたアルザが後ろから抱きついてくる。
『……もうっ、お返しに今日の夜は一緒に寝てもらうんだからね』
いや、お前お返しでなくても引っ付いてくるじゃん。
「ありがとうね」
そう言って私はクスクスの頭を撫でた。
◆
「ねぇアルザ、エメフラの町まではあとどれくらいなの?」
本日2度の戦闘を終えて、日がかなり傾いている。
「んー……今からだと真夜中になっちゃいそうだね」
『街道とはいえ夜中に出歩くのはちょっとオススメしないかなー、私も分身のままだしモンスターが襲って来る可能性高いよ』
黒スライムは例外として、この辺りのモンスターなら大丈夫だとアルザは言っていたが……
「いや、少し歩いた所に旅人用の小屋があるから、今日はそこで泊まっていった方が良いと思う。人狼族は夜目が利くからいいんだけど、ラナは人間族だからそうでもないっしょ?」
確かに、身体能力に頼った戦い方になっている現状、周囲の見通しが悪い状態での戦闘は危険だ。
「うん、分かった。じゃあ今夜はその小屋に泊まろう」
◆
【クルワットの森小屋周辺】
◆
街道の途中が少し広くなったような場所があり、そこに目的地の小屋「クルワットの森小屋」があった。うん、そのまんまの名称ですね。
パッと見は、おおよそ10m四方のロッジだ。
「モンスター避けの魔法がかかってるから、それこそ個人レベルで結界を張れる魔族でもない限り入ってこれないんよ」
その為、森の真ん中という立地であっても安全に泊まれる施設として、旅人が利用できる。
「結界って、クスクスは大丈夫なのか?」
『私はモンスターじゃないわよ! 最初に言ったでしょ、木の精って!』
気を悪くしたクスクスが、頬を膨らませながらぐいぐいと私の髪を引っ張る。
種族的には「半精霊」という扱いになるらしく、モンスター避けの魔法は効果がないらしい。ちなみに妖精も問題ないそうだ。
「あら?お客様ね」
私達が小屋に入ると、長身の大人っぽい女性が出迎えてくれた。
いやいや、アラサーリーマン的に言えば、ものすごいセクシーなお姉さんだ。
「うん? ここは旅人用の小屋で、普段は住人いないはずだけど……」
「ふふ、私も客よ。1人で退屈していたから、ついね」
よろしくねと微笑むお姉さん。
ゆったりとしたウェーブのかかった髪が、赤い瞳にかかっている。
薄く口紅が引かれた口元はに黒子があり、たいそうエロい。
『えいっ!』
「そりゃっ!」
ちょっと顔が緩んだ私に対して、クスクスが髪を引っ張り、アルザがお尻を撫でてくる。
「あひぃっ!」
こら!変な声出たじゃないか!
外は完全に日が落ちている。
こうして私達は先客の女性とともに、一晩を「クルワットの森小屋」で過ごすことになった。
セクシーなお姉さんは「ローザ・エルネフラム」さんという、旅の魔法使いらしい。
ローザさんはかなりの聞き上手で、クスクスやアルザがどんどんと声をエスカレートさせながらお喋りをしている。
そんな中、私は戦闘で予想以上に消耗していたんだと思う。
わいわいと騒ぐクスクス達をよそに、一足先にまどろみの中に落ちていくのだった。
つづく