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3:あまり”エロい”と言われるといたたまれなくなります

あらすじ

性的にアピールをされていたら、何かが突っ込んできた。

【クルワットの森・街道】



「ふぁ……だるぃぃ」

 アルザ・ウォルは肩を落とす。

 クルワットの森北部に集落を構える、「北の人狼族」一番の戦士として、集落では戦士長を勤めるほどの猛者であるが、今現在少々悩ましい問題を抱えているのだ。

「結婚相手を探せ、ねぇ……」

 何度目か分からない溜息をついて赤い髪を掻き毟る。


「こう、グッと来るのがいないんだよねー」

 そもそも人狼族はより強い者を(つがい)とするのが暗黙の掟だ。

 特にアルザの場合はあまり弱い者と結婚などしてはそれこそ戦士長の名折れではないかと思うのだ。


 とはいえ集落にいれば求婚者が朝から晩までひっきりなしに来るのが鬱陶しい。

 中には10回以上来るヤツもいる。流石に勘弁して欲しいというものだ。


 そういった事情の為、最近は集落の警備は下の者に任せて、眼鏡に適うものがいないかどうか探すという名目で、森の中に避難しているのだ。

 幸い人狼族は血統にはあまりこだわらない。異種間で子を成しても人狼族の血が濃く出るからだ。

 まぁスライムやドラゴンなど人型をしていないものは除くのだが。


「まぁ人間の冒険者にも、強いやつはいるかもしれないし」

 仮に自分より弱い相手に妥協するにしても、それでも多少歯応えのある相手でなければ結婚などしたくはないのだ。



 ぶつぶつと独り言を繰り返していたアルザが、鼻を鳴らして立ち止まる。

「……何だこの匂い?」

 人狼族の優れた嗅覚が捕らえた匂いは、これまでにない程に魅力的だった。

 そう、吸い込んだ息が肺から甘く内臓を犯して、腰が粉々に砕けそうになるほどに。


「はぁ、何だこれ……んふぅ!」

 匂いの元を辿ろうとすると、徐々に息が荒くなり、アルザは思わず服を掴む。

 思わず背筋が伸び、高まり続ける胸の鼓動に思わず頬が上気する。


「ふぅ……! ふぅ……! あっちだな!」

 息が乱れるのも止められなくなりながらも、アルザの嗅覚が匂いの元を捕らえた。

 蟲惑的な匂いが思考が戦闘に臨むときのように体を熱くしていき、ジリジリと思考を焦がす。

「はぁ……! ダレ? こいつ欲しい!」

 無意識に長い舌で上唇を舐める。

 駄目だ、こんなに淫靡で素敵な挑発をされたら、理性なんか吹っ飛んでしまうじゃないか!


 アルザは目標に向かって一直線に駆け出した。



【クルワットの森・クスクスの広場】



「くっ……! このっ……!」

 私の左脚のあった位置を、突如現れた人狼族の腕が薙ぐ。

 右薙ぎ、返す刀で下からの裏拳、上から蹴り、右下から突き上げ! さらに回転して右から蹴り!

 砂埃とともに現れたそいつ(・・・)は、上下左右あらゆる方向から、間をおかずに攻めたてて来る。

 相手の顔など見る余裕もなく、腕が、脚が、突き出されるのを、回し蹴りをし、爪が薙ぎ払ってくるのを必死に避ける。

 何度か肩や脚に攻撃を当てられた気がするが、ゆっくりと被弾箇所を確認する余裕もない。


 人狼族ってこんなワイルド全開で攻撃的な種族なのか? ドライアード襲わないくらいには知恵があるんじゃないの?

 混乱がさらに焦りに拍車をかける。

 先ほど抱いた『この世界でもやっていけそう』などという自信は、早々にぐらつき始め、必死に動いている筈なのに背中のあたりが冷たくなってくる。

「武器を・・・」

 下からの大振りな攻撃をバックステップで回避し、その勢いのまま手近にあった木を蹴って襲撃者から距離を取る。


「ハァ……! ハァ……! ガァァァッ!」

 距離が開いたことで追撃が止まり、再び相手は四つ脚の戦闘態勢に入る。

『いつ飛び掛ってくるか分からない』

 私は目の前の人狼から視線を外さないよう注意しつつ、強く息を吐きながら「ウルヴズレイン」を抜く。


 剣を構え、距離を取ったことで、私は初めて相手の全体像を認識することができた。



「……あれ? 女の子?」


 燃えるような赤い髪と、ピンと立ったイヌミミに、胸や腰などの主要部のみを守るだけの軽鎧。

 浅黒い肌は鍛え上げられて引き締まってはいるが、主張の強い胸とやや筋肉質ながらくびれた腰などは、これで男だと言われたら詐欺だろう……まぁ私も中身は男ナンデスケドネ。


「ガゥッ……!」

 見惚れてる場合じゃなかった!

 再び飛び掛ってきた人狼族の少女を、手持ちの細剣で牽制しながら再び距離を取る。


 先ほどまでと比べると、幾分気持ちに余裕が出てきたのが分かる。

 武器を持ったのもそうだが、正体不明の襲撃者が、なにやら可愛らしい女の子というのが効いたのかもしれない。


「ガァ! ワゥッ……!」

 目の前の少女は変わらず凄まじい速度で攻めて来るが、一度落ち着いてしまえば一つ一つの動きがかなり大振りなことに気付く。

 目の前に突き出した剣を避けながら攻撃をしようとしてくる事が、よりその動きを単調にしており、これなら避けられないことはない。



 上! 下! 左! また下! 次々と襲ってくる手足は、そのことごとくが空を切る。

 攻撃を避けながらも、多少息を整える余裕ができ始めた頃、いかにも『私つまんなーい!』といった感じでクスクスの声が割ってくる。


『……ねぇ、いつまで2人で遊んでんのー?』

「遊んでるわけじゃねーよ!」

 つい言葉が乱暴になる。

 気持ちに多少余裕ができたとはいえ、追い立てられているような状況を遊んでいると言われるのは甚だ心外だ。


『んもー! アルザったらちょっと興奮し過ぎ!』

 立ち上がったクスクスが、意外に軽やかな動きで私と人狼族の少女の間に滑り込み、何かを吹きかけるような動きをする。

「はふ……んにゃ!あれ?クスクスじゃん?何してんの?」

 四つ脚で地面に踏ん張った格好で、人狼族の少女が毒気のない声を出す。あれ? 今の今までカタコトでしたよね? 貴女?



『だぁーってアルザったら、私もいるのに興奮しちゃってラナしか見てないんだもん!腹立つから、ちょーっと沈静効果のある花粉を撒いて落ち着いて貰ったのよ』

 腕組みをして頬を膨らますクスクス。

 おぉ! 森の長よ! 正直ちょっと疑ってました! アホっぽいし……


「うみゃ……すまん、クスクス。つい、こう……かつてないエロい匂いを嗅いでしまって、大人気なく興奮してしまったみたいだわ」

 アルザと呼ばれた少女は、四つん這いから「お座り」のポーズに移行し耳をうなだれる。

 先ほどまでの攻撃的な気は完全に消えてしまっているが、「かつてないエロい匂い」という単語は、ぶっちゃけ冷や汗をかかされた一連の戦闘が一気にやるせなくなるので止めていただきたい。


『まぁ仕方ないわよ!ラナは私が認めたくらいエロい匂いだもん!』

「ほほー! 道理で胸がキュンキュンするエロい匂いをさせてるわけだわね!」

まだ言うか!?

 ていうか今、私に対する表現酷くないですか!? エロの総本山みたいに言われるのはかなり心外なんですが!

 2人の間抜けなやり取りに、完全に気が削がれる。

 剣を突き出した構えを解き、手慰みに軽く剣先を振り回した後、鞘に収めるのだった。



 クスクスとのやり取りで落ち着いたのか、アルザはこちらを伺いながら立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。

「うー……急に襲い掛かってごめん。私の名前はアルザだ。アルザ・ウォルっていうんだわ、許して欲しいんだわー」

 あれほどピンと立っていた尻尾と耳は完全に垂れており、その様子は完全にご主人様に怒られて気落ちしたワンコである。

 しかもクスクスと会話を始めてからの様子はなんというか、こう、類友というかこの娘も大変アホの子っぽい。

 しかもあれだけ敵意……というか性欲? むき出しで襲ってきていた直後の姿が、目の前のワンコ姿というのが少し笑える。

 もう許すしかないよね、これ?


「いや、私の方こそ、剣なんか抜いてごめんね? 怪我しかなった?」

 出された右手を両手で掴んで握手する。

 やや垂れ気味の大きな目と、大きくも愛らしさを感じさせる口が、人好きのする感じでニカッと笑う。

「大丈夫だ!アルザは強いからな!」

『まぁ人狼族の血が濃すぎると、食欲と性欲が混ざっちゃうコもいるみたいだしね』

 クスクスが言うと、手を離したアルザが匂いを執拗に嗅いでいる。

 えーと、これもしかして貞操か命の危険がありますか?

「にゃふん……大丈夫、オマエクスクスとトモダチなった。アタシともトモダチ。トモダチ大事にするのトウゼン!」


 あの、また軽くカタコトになってますよアルザさん?

 クスクスとアルザの視線に良からぬものを感じて、ぶるりと震える私だった。



「いやー!このところ戦闘面でも、そっちの面でも欲求不満だったから、ついねー!やっぱり欲求不満なのはダメだわ」

 カラカラと胡坐をかいたアルザが笑う。

『分かる分かる! 私会ったばっかりの頃は、もう濃厚過ぎる匂いで私も酔っ払っちゃったもん!』

 でしょー! と、力強くクスクスが手を叩く。

 2人の会話が弾んでいるのを横目で見ているが、アルザの仕草は一つ一つが、こう男子高校生っぽいというか、色々ラフだ。かなり可愛いイヌミミっ娘なのだが、あまり女の子っぽくは感じない。


『でもさー! ラナもダメだよ? そんな濃厚な匂い出してたら』

「そーそー! モンスターや亜人(デミ)にとっちゃ毒だわー。常に発情期のフェロモンを嗅がせてるみたいなモノだよ。私らならともかく、頭の悪いゴブリンだのオークあたりは見境なく襲ってくるんじゃない?」

 いや、既にさっきガッツリ襲われてますから! 命とか貞操とか色んな危険を感じましたから!


 ゴホン、それはそれとして、言われた内容に心当たりがなくはない。


 その理由は「モンスター服従Lv10」だ。

 私が「ティル・ナ・ノーグオンライン」で取得していたスキルで、Lvが上がれば上がるほどテイム成功率が上がるというものだ。

 こっちの世界に来て、実際に人体機能として備わったと考えると「モンスターに対する強力なフェロモン」が備わっていると考えるのが自然だろう。


 とはいえ、クスクスとアルザの言うとおり、そんな強力なフェロモンが出ているとなると迂闊に集落に入るのは難しそうだ。

 モンスターは別としても、人体にどの程度影響があるかどうか分からないからだ。町の住民全員に追い回されるような事態は勘弁願いたい。


『んー? まぁその心配はないと思うよー?』

「人間には効果薄いの、私のコレ?」

『それもそうだけど、あくまで匂いを出してるのはラナだもん。匂いの量を抑えれば、私も酔っ払ったりしないよ?』

 いやいや、そんなコントロールができたら襲われたりしないと思うんですが?


『そうかな? でも寝てる時のラナは匂いちょっと減ってたよ?』

 そういえば、昨日は寝る直前までクスクスがと首元にひっついていたが、朝起きた時には近くにいなかった気がする。

「うんにゃ、そのリクツは分かる。人狼族も春の求愛期にはフェロモンの量を増やすようにしてるヤツもいるしね」

 つまり、意図的に増やす事ができるなら、無意識に出ているものを減らすこともできるってことですね?


 アルザ曰く、フェロモンは耳の裏側辺りに分泌器官があるらしい。

 フェロモンの分泌を減らす方向でコントロールするには、なんというか毛穴を少しずつ閉じていくようなイメージをするのが効果的だそうだ。

 元々自覚できていなかったので、ぶっちゃけできているかどうかは分からないのだが。


「お、ちょっと匂い薄くなったね」

 マジで!?

「うんにゃ、段々匂いが薄くなってきてる」

 すんすんと鼻を鳴らしながらアルザが近づいてくる。


「あの、アルザさん!」

 近づいてきたアルザが両肩に手を置き、耳裏にキスをしそうな勢いで匂いを嗅ぐ。

 あの、かなりこうボリュームのあるお胸が当たってるんですが! 男子高校生みたいとか訂正しますから! アラサー童貞には刺激強過ぎるから離れてください!


『はいストーップ! いくら匂いが減っても、そんな近いとアルザまたアテられちゃうよ!』

 硬直する私と、鼻を鳴らし続けるアルザを、クスクスが間に入って引き剥がす。

「むぅ、すまんクスクス。ちょっと興奮したわ」

 なんというか、色々と直線的すぎる娘だな……

「で、ラナはクスクスとここで何してるん?」

 私から離れたアルザは右手に胡坐をかいて、クスクスは左手に両足を投げ出して座る。

「何というか、ちょっと森で迷ってたところをクスクスに保護されてただけだよ」

 ゲームだの異世界だのの話は意図的に伏せておく。

 特に理由があったわけではないが、なんとなく隠しておいた方が良さそうな気 がしたからだ。

 昨日のクスクスとの会話では少しボロが出ていた気がするが、まぁ気付かれてなさそうなので問題はないだろう。


『ラナはエメフラの町に行きたいみたいだよー』

 クスクスがぷっくりと頬を膨らます。最初は気付かなかったが、木製の人形っぽい感じの外見に対してコイツはかなり表情豊かだ。

「ふーん……まぁこのくらい匂いを抑えられたら、普通のモンスターはそうそう襲っては来ないだろね」

 まぁフェロモンにアテられて襲ってきた本人が大丈夫と言うなら、問題はないんだろう。

 正直、ちょっと引っかかるものはあるけど。



「よし! じゃあアタシが町まで付き合ってやるよ!」

 どうもクスクスは自分の本体になる樹木からはそれほど離れられないらしい。

「酔っ払ってたとはいえ、アタシの攻撃を捌けてたオマエにも興味あるしな!」

 実にいい笑顔である。なんだか視線が熱っぽい気がするが、フェロモンは抑えられている筈だから、まぁ道中一緒でも問題ないだろう……道も分からないしね!


『えー! やだー! アルザがラナのいい匂い独り占めするのはダメだよ!』

いや、独り占めとかでなく物理的にここから離れられないなら仕方ないんじゃない?

『だってだって! 私が最初にラナを見つけたんだよ!』

 まぁ色々話をしてくれたのは有難いけど、そこまで義理に感じる必要はないと思うのだが。

『私との事は遊びだったのね!昨日はあんなに私を弄んだのに!遊びだったのね!』

 ちょ! それ酷い言いがかり!


 捨てただの体目当てだのと、発言をエスカレートさせながら、私の胸に飛び込んでくる。

『あ!そうだ!裏技があったんだ!』

 ぽんと手を鳴らすと、開いたクスクスの手から小ぶりな何かが現れる。

 よく見るとそれは……木製の指輪?

『そうよ。これは樹霊(じゅれい)の指輪っていうの。これを身に着けると、私の分身を森の外に連れて行くことができるわ』

  はいどうぞと、クスクスが私に指輪を渡してくる。

「えと、これ付けろっていうことかな?」

『勿論よ。最低でもちゃんと受粉して貰えるまでは付いていくわよ!』

 小さな体を逸らして言う……あ、その話蒸し返すんですね。


「なんだ?ラナはドライアードに受粉とかできるのか?」

「できません!」

 仮にそんな機能があったとして、1m未満のちびっこいいヤツに欲情できるとかどんな変態だ!……いや、欲情してませんよ?



 ご覧のとおり町に向かうために私に同道するのはドライアードのクスクスと人狼族のアルザということになった。

 騒がしい2人の声を遠くに聞きながら、「ゲーム的にはPT組んだ状態になるのかな」などとぼんやり考える私だった。



つづく

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