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1:ドライアードが能天気すぎて辛い

あらすじ

ネトゲで寝落ちして、気がついたら森の中でした。

【どことも知れぬ森の中】



 意識がうっすらと黒から白に塗り変わっていき、自分の眠りが浅くなってきたのを感じる。

 完全に覚醒して目を開いたわけではないが、目が覚める前の徐々に末端まで血液がいきわたるような感覚がある。


『あれ?もしかしてあの後寝落ちしちゃったのかな……』

 なんて考えていると、なんだか胸の辺りが少し重い気がする。

 それにやけにすべすべしたものが、首元や頬の辺りをさらさらと這い回るような感覚。


 なんだろう? 自慢じゃないが僕こと「月原 哲人つきはらてつと」は、彼女はおろかペットすらいない、職場を出ればぼっち全開のしがないアラサーリーマンである。

 この部屋に住みだして5年になるが、自分以外にこの部屋に入ったことのあるのは……あぁ、母さんが1回だけ来たな、後は人間とか動物ですらないけどゴキブリを退治したことがあるくらいで…………



 一気に意識が覚醒した僕は目を開くより早く、頬の辺りからすべすべしている物を叩き飛ばす。

「ゴ、ゴキキラージェット! どこだゴキキラー!?」

 妙に甲高い声が出たのは多分焦っていたからだろう。

 叫ぶなり上半身を無理やり起こし、ダイニングに常備したゴキジェットと、倒すべきゴキブリの姿を探して周囲を見回す。


「あ、あれ?」

 そこは木漏れ日も明るい……そう、森の中だった。

「ログアウトし損ねたのかな?」

 明らかに自分の部屋ではない風景に少し戸惑っていると、

『いったーい!もう!いきなり叩くなんて酷いわ!いい匂いの人!』

 なにやら抗議の声がする。

 声のしたほうを見やると、子供みたいな大きさの何かがいた。


 サイズ的には子供で、なおかつ人型ではあるのだが、なんだが色々縮尺が変なのだ。

 全高は1mあるかないか程度なのだが、顔と体のバランスなんかは大人のそれだし、何より肌に木目が入っていて髪の毛が生い茂る葉だ。


な・ん・だ・コ・イ・ツ・は!?


「酷いとかじゃなくなんだよお前っ!?」

 つい叫んでしまう。


『あれ? 私の事分からない?いい匂いの人?結構有名だって聞いた事あるんだけど?』

 あれー? と、小首をかしげる緑と茶色の小人。

 知らん、仮に寝落ちしててここがゲーム内だとしても、あんなNPCは記憶にない。


『私ドライアード。森の守護者、霊木の精だよ。よろしくね、いい匂いの人』

 滑るように近づいて来るドライアード。

 うん? ドライアード?


 僕の知っている「ティル・ナ・ノーグオンライン」のドライアードは、記憶にある限りこんな色合いじゃなかった。

 何度かテイムに挑戦したこともある。


 ゲームに出てくるドライアードは、60cmくらいの大きさで、緑の髪に花冠を被った女児型のモンスターだ。

 頭髪は葉っぱではなく毛髪で、もちろん喋ったりもしない。


 それなのに目の前のこいつがドライアード?

 目の前が森である以上自宅では絶対ない訳で、今いるのはゲーム内だと思うが何かおかしい。

 自称ドライアードも勿論だが、なんというか……


『どうしたの?いい匂いの人?』

 気がつくと自称ドライアードは僕のすぐ傍にいた。

 さっきは気付かなかったが、黒いチョコレートのような目に、すらりと通った鼻筋、その下に小さな唇が覗く。人間のそれとは違ってつるりとした造形で、女性型の木人形といった感じだ。

 鈴が鳴るような愛らしい声をしている。


「お前、本当にドライアードなんだよな?」

 ええそうよ? と自称ドライアード。

 座り込んだままの僕に対して、目線の高さを合わせるように腰を曲げ、すんすんと匂いを嗅いでくる。


『いい匂いの人はなんて言うの?』

「え?あ、うん。私はラナ。ラナ・クロガネ」

 ついゲーム内のアバター名で答えてしまう。

 いや、多分ゲーム内でいいんだよね?

 今、つい余所行きで「私」とか言っちゃったけど。


『ラナって言うのね!じゃあこれから貴女の事ラナって呼ぶわね!私のことはドライアードじゃなくて、クスクスって呼んで!それが私の名前よ』

 チョコレートのような目がスッと細くなり、首筋に手を回しながら匂いを嗅いでくる自称ドライアード、改めクスクス。



「ちょっと、近いよ」

 腰の辺りを持って引き離そうとするが、クスクスは首に腕を回したままイヤイヤをする。頭の葉っぱがわさわさと顔に当たって痛い。

『嫌ぁ!だってラナ凄くいい匂いがするんだもの!1000年に1度しか咲かない「ルナリスの花」の蜜のような匂いだわ!』


 ルナリスの花なんて聞いた事がない。というかこんなドライアードも見た事がない。

 もしかしたら新しいイベント用のNPC?

 相当寝ぼけていて、オーダインの外れで落ちたつもりが、実は郊外に出てから寝落ちした可能性もある。


「なぁクスクス」

 まとわりつかれるのは少々鬱陶しいが、離れる気もなさそうなので、首元に巻きつかせるままに問いかける。

「ここオーダインのどの辺?えっと、イベントの概要とか教えてもらって良いかな?」

『オーダインなんて知らないよ?ここはクルワットの森。人間の町なら東に行くとあるって聞いたわ』

 クルワットの森? オーダインを知らない? イベント用NPCなら概要の案内役も兼ねている筈だ。

 現在位置の座標か、少なくともおおまかなゲーム内での地理くらいは返答する仕様になっている。


「えっと、その近くにあるっていう人間の町の名前は分かる?」

『うん知ってる!前に迷い込んだ旅人に聞いたわ!』

 良かった、これで最寄の町が分かる。

 もしかしたらイベントに参加するプレイヤーの転送魔法陣に巻き込まれただけかも知れない。


『人間の町の名前は「エメフラ」よ』

 相変わらず匂いを嗅ぎまくるクスクスの回答に、僕の脳は少々フリーズをする。

「エメフラ?」

『間違いないわ。クスクス嘘つかないよ?』

 そんな町の名前はアプデ情報含めて、これまで「ティル・ナ・ノーグ」で聞いた事なかった。


 謎の自称ドライアードに抱きつかれながら、僕は先ほど覚醒した筈の意識が、再び遠くなるような気がしたのだった。



 自称ドライアードことクスクスとの出会いからしばらく経過。

「今何時か分かる?」

『お昼を過ぎたくらいだと思うわ』

「離れてくれない?」

『どうして?いい匂い好きよ?もうちょっとこうやってる!』

「この辺に転送魔法陣はある?」

『人間の魔法?そんなのは良く分からないわ。私が使えるのは迷いの魔法だけよ?』


 いくつかのやり取りを経て、僕はひとつの事を確信する。

 コイツ、使えねぇ! と。


 もうひとつ分かった事は、ここはどうもゲームの世界ではないらしいという事だ。

 最初は驚きの方が勝っていて気付かなかったが、手に、足に触れる草の感触、時折強くなる風が頬に当たる感覚は、リアルとまったく同じだった。

 フルダイブ型MMOとはいえ、今の技術でここまで再現できるものは聞いた事がない。


「それに……」

 軽く脚を撫でる。ほっそりとした女の子の足だ。

 最近の不摂生でお肉が付き始めた僕とは違う、引き締まった腰のくびれ。

 風に揺らされてさらさらと頬や首筋をなでる、ロングボブの髪。

 声はボイスチャット用に設定した声優ボイス「YUKARI」さんの声そのもの。

 あ、もちろん課金アイテムですよ?

 胸……は、流石に何かに負けた気がするので「まだ」触っていないが……



「異世界召喚の上に、アバターが生身の体になっちゃったっていうのが、一番有力な線かな……」

 ほんとラノベ展開だなと笑う。


 指を伸ばして中空をフリックしてみるがメニューアイコンが出てくるなんて事もない。

 どう考えてもゲームアバター「ラナ・クロガネ」の体なのだが、これではステータスやレベルというものがまったく確認できない。

「こういう状況でも、システムログ的なサポートがあるっていう展開が多いはずなんだけどな」

 すがる物の少なさに、ついため息がでる。


 とはいえ、元々のゲーム世界で「ラナ・クロガネ」というアバターにオーバースペックな性能があった訳でもない。

 モンスターテイマーとして固有スキルは、パッシブを含めて全て最上レベルまで上げており、アバターレベルも99まであと2と迫るが、純粋な戦闘力としては30レベル下回る前衛職にも劣る。


 アニメの主人公のように、世界の救世主のような活躍ができるかと言えば、そんな事はないだろう。

 一般的に考えて、騎士団長や上位モンスターレベルにはステータスでは負けている可能性が高い。

 まぁこの世界のレベルに、元々のゲームのキャラ性能が反映されているか不明なのだが。


 大して期待はできないが、自称……もう名前で呼べばいいや、ドライアードのクスクスに聞いてみるか。

「ねぇクスクス」

『はぅん、なぁに?いい匂いのらなぁ?』

 なんだか酔っ払いみたいになってきているぞ、おい。

「レベルって分かるかな?こう、戦闘の強さとか、ジョブとか?」

『んー?わかんなぁい!レベルとか聞いたことないよぉ?』

 ぱぁっと両手を広げて、クスクスが後ろ向きで地面に倒れこむ。ダメだ、完全に顔が緩みきっている。


 期待はしていなかったが、思わず顔をしかめる。

 見た目こそ女性型だが、酔っ払ったオッサンそっくりだ。自由すぎだろコイツ?

『でも大体の強さならわかるよぉ?強い人には幻術が効かないから、逃げないと殺されちゃうしぃ?』

 ごろごろと草の上を転がりながら答えてくる。

 ほぉ、大体の強さなら分かるらしい。


「うーん、という事はクスクスは私より強いの?」

 気心の知れた人の前だと一人称は「僕」でもいいのだが、異世界という事でついつい構えてしまう。

『うー?ラナはどうだろー?結構強いと思うけど、いい匂いの人に悪い人はいないから、怖くないもーん』

 いい匂い云々のくだりは意味が分からないが、結構強いという言葉に少し安心する。

 この世界でちょっとモンスターに襲われたくらいなら、なんとかなりそうだ。


 しかし基準がドライアードだけというのも少し怖いので、もう少し突っ込んで聞いてみる事にする。

「例えば、そうだな……ワーウルフとかヴァンパイアと比べて、どう?」

亜人デミは私たちを襲わないから気にしたことないわぁふ』

 肝心なところが適当だ。


「じゃあ、えーと人間の狩人とか比べてどうかな?」

 それなりの狩人や冒険者ならワーウルフ程度に負けはしないだろう。

『んーと、多分ラナの方が強いと思うよ?今まで会った人間でラナより強いの、多分2人くらいしかいないよ?』

 2人とはまた微妙な人数が出てきたが、どうやら異世界に来てもそれなりの強さはあるらしい。

 いや、「こんな森の中に来る物好きに2人もいる」という解釈もできるのだが。



 口元に手をあててウンウン唸っていると、


『くぅ』


 と、可愛い声がする。

 いや、訂正しよう、僕の腹の虫が鳴いたのだ。

『お腹が鳴ったね、いい匂いのラナ』

 いや、無邪気な顔で追い討ちをかけるのはやめてくれ。

 ある意味自分の理想の少女像を詰め込んだゲームアバター「ラナ・クロガネ」の姿で、腹の虫が鳴くというのはなんとも言えない気持ちになる。


『人間は食べないと死んじゃうんだよね?』

 クスクスがパチリと指を鳴らすと、目の前に木の実が落ちる。

『森の木に命じて落とさせたの。前に人間が食べているのを見たことがあるから、きっと食べられるものだと思うわ』

 赤っぽい洋梨のような形をした果実を、クスクスが運んできてくれる。


「ありがとう」

『どういたしまして』

 クスクスはコロコロと笑う。

 さっきまでの酔っ払いぶりは嘘のように消えていた。

 意外にタフなヤツだ。


「いただきます」

 洋梨もどきの味は、まぁリンゴだった。

 糖度の高いリンゴではなく、少々水っぽい味だったが悪くはない。

 海外出張で食べ物が合わず、激ヤセして帰ってきた同僚のことを思い出すと、かなり恵まれている環境だろう。

 そしてちょっと驚いたのは、リンゴによくある「芯」がない。

 クスクスが持ってきた「リリフ」という果実は、食べ終わったら種を吐き出して終わりという、非常に楽な食べ物だった。


 甘酸っぱい果実を飲み込み、一息つく。

食 べ終わるのを待っていてくれたのだろう。彼女の言うところの「いい匂い」から、個人としての僕に興味が移ったようで、クスクスがこれまでとは違う話題を出してくる。


『ねぇねぇ、ラナは旅をする人? この後は人間の町に行くの?』


 ふむ、そういえばどうなんだろう?


 王様が現れて「世界を救ってくだされ」というような、古典的展開は今のところない。

 人間種や亜人デミはいるようだが、今のところはドライアードのクスクス以外誰とも会っていないしな。

 話を聞く限り、少なくともクスクスの認識では、異世界という概念はあくまで「精霊や大精霊の世界」か、「天使や悪魔のすむ世界」といった認識しかないようだ。


「あー……どうしよう?」

 全く知らない土地で、行動の指標がないというのは確かに困る。

 私知らなーいと、参ったのポーズをするクスクス。


『だめだこりゃ……』

 僕は肩を落とすことしかできなかった。



つづく

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