12:アルザさんはもっとアホだと思ってました
あらすじ
北に向かうよ
【エメフラ北の街道】
◆
私達は午前中にエメフラの町を出て、今はイバの村へ街道を進んでいる。
道幅は広くないが、クルワットの森の領域と比べると自生する樹木の密度が低い為、森の中よりは開放感がある気がする。
これならゴブリンなど集団で襲ってくるモンスターへの警戒も薄めて良いだろう。
警戒が薄まった事で手持ち無沙汰になった私達は、会話量が徐々に増えていく。
「そういえばラナさ、スキルの話なんだけれど……」
拳闘士であるアルザは瞬動や浸透掌などの特殊なスキルをいくつも使えるのだが、そのスキル発動の為に必須になるのが気功の操作らしい。
「昨日やってくれたみたいな気功を使った傷の回復とかは、一般的な冒険者が備えているスキルになるの?」
「うんにゃ、アレはそうそう出来ないと思うんだわ。そもそも気功にも色々あって、大抵は内気功までしか修められてないんよ」
アルザ曰く気功には4つの段階があるそうだ。
一般的な身体操作のスキルを使用するのに必要なのは、その中で最も簡単な内気功なのだと言う。
「まずアタシの手を握ってみて・・・どう?」
「あれ、右手の方が暖かい気がするんだけど・・・?」
「正解!体内で気功を循環させて、必要な部位での気の操作を行うのが内気功なんだわ」
一般人でも無意識に行っている事が多いが、意図的に循環量を増減させる事がスキルの発現に繋がっているとの事。
「それじゃ次ねー。手を握ったままな、これはどう?」
先ほどまで、ほんのり暖かかったアルザの手は、人肌の持つ本来の柔らかさが消え、金属のような硬質の触感になっている。
「おぉ、なんかカッチカチ」
「これが外気功。気功を自分の体の表面にも循環させて、身体的な強度を上げるんだわ」
運動能力の良し悪しだけではなく、これが出来ないと自分の肉体を武器にする拳闘士にはなれないというのがアルザの主張だ。
外気功は、気の操作における第2段階との事。
「それで、3段階目が連環気功って言うんだけど、これが昨日やって見せた治癒能力に繋がるんだわ」
『それって難しいの?』
話を聞いているだけでは暇になったのか、クスクスが口を挟んでくる。
「難しいねー、結局アタシの集落で出来るのばっちゃとアタシだけだわ」
アルザに教えたのもばっちゃらしい。
「どういった風に難しいのかしら?」
「んー。あぁそうだ、ローザってばスライムだから、単純な打撃はほぼ無効になるよな?」
「そうね。基本的に核になる部分が無事なら、斬られたり殴られたりは、撫でられたみたいなものよ」
「そういう相手にも打撃を有効にするのが連環気功なんだわ」
不定形のスライムや、鎧を着込んだ騎士、果てはレイスなどの霊体も殴れるようになるらしい。
「ちょっと眉唾ねぇ。衝撃が伝わるという意味なら、騎士の鎧程度なら無視できそうだけれど」
「ふん、言うと思ったんだわ。試してみるか?」
アルザの目が挑発的に光り、ローザも応えるように頷く。
「まず連環気功は、相手と接触していないとできないんだわ」
相手と接触する事で、自分自身の気を送り込んで相手の内気功に介入する、または相手の気を取り込んで自分自身と同調させて、変質させた気を送り込むのが連環気功なのだと言う。
「霊体と言っても、死んだ人間やモンスターの残留した気の塊だからな」
そう言いながら、アルザがローザの鳩尾の辺りに拳を軽く押し当てる。
「普通にやると加減が難しいから、この体勢から弱めにやるぞ」
アルザの顔が引き締まる。
クスクスは興味津々、ローザは余裕綽々と言った感じでアルザを見ている。
アルザの体が少し沈み、空気が迸る静電気で震えたように感じた。
「ぐ……」
ローザが口の端から、黒い液体を細く垂らしながら、苦しげに片膝をつく。
「っはぁ……ちょっと、本当に弱くやったのかしら?」
呻くローザに、私は目を見開く。
あの黒いのもしかして血? 流血ですか?
「うん、加減は難しいんだけどな。普通に殴るときの、半分の半分くらいの力しか乗ってなかった筈だぞ」
「……核にヒビが入るかと思ったわ」
無抵抗に殴られて失敗した、といった感じでふらつきながら立ち上がる。
「まぁコレが連環気功の上位スキル浸透掌なんだわ。慣れれば足からでもできるらしいぞ」
アタシはまだ足では出来ないけどな! と、アルザ。
少なくとも実践で運用が出来て、気功の第3段階を修めたと言えるとの事。
相手と触れている時間が長いほど気を練りやすい為、接触時間が短い突きや蹴りに乗せるのはかなり難易度が高いのだそうだ。
そして最終段階にあたるのが大連環気功と呼ばれる段階だ。
「自分で出来るわけじゃないから説明が難しいんだけど、ばっちゃが言うにはアタシらの周りにある空気とか、地面とかにも気の流れって言うのがあるみたいなんだわ」
掴み辛いそれらの気の流れを取り込んで、自らを活性化させたり外気功や連環気功に取り込む事を、大連環気功と言うらしい。
「大地のみんな!私に元気を分けてくれ!みたいなイメージかな?」
「多分そうだなー。アタシじゃまだ空気中の気の流れなんかは、ほとんど分からないんだわ」
少年漫画とかでも良くある技だよなぁ、大抵奥義扱いだからできるようになったら相当強そうだ。
「ラナは内気功を意識してみるといいと思う。今より動きやすくなると思うぞ」
うん、いずれスキルを使う人間ともやりあう可能性もあるわけだから、時間を見て訓練をしよう。
「少し休ませて貰えないかしら?」
ローザが鳩尾の辺りをさすりながら言う。
スライムの体になってからと言うもの、強力な酸を扱える事から物理ダメージを食らう事がなかった為、久しぶりのダメージで体がふらつくのだそうだ。
「ラナちゃん、足元が辛いわぁ。街道沿いの小屋までお姉さんを支えてもらって良いかしら?」
ローザが苦しげに肩に手を回してくるのを抱きとめる。
アルザはこちらを見やるが、さすがにローザのダメージを慮って絡んでは来ない。
朝方は意気投合してたし、少しは仲良くやってくれると助かるかな?
いや、まぁ気が合ってたのは、主に私のお尻の話題でだけど。
◆
私達は予定よりひとつ手前の街道沿いの小屋で早めに休息を取り、翌日の朝早めに出発する事にした。
翌日になっても相変わらずモンスターの襲撃などはない。
私は一晩経ってダメージの抜けたローザに、気になっていたことがあるので聞いてみる。
「そういえば、イバの村の調査を選んだ本当の理由ってなんなんですか?」
討伐任務にいい顔をされないというのは建前だった気がしていたので、時間を置いて聞いてみたのだ。
「あら、ラナちゃん鋭いわね。そうよ、本当に気になったのは”村人による反乱および殺害等の場合は鎮圧は国軍で行う”という一文ね」
たかだか一役人が戻らない程度で、反乱や殺害なんて大げさだし、仮に調査をするにしてもイバの村に向かう街道に出るモンスターを考えても、態々高い報酬を設定してCランクの任務にする理由が気になったというのが、ローザの見解だった。
「あーそう言えば、人間族はあまり知らないのか。イバの村近郊には昔から月の女神の遣いとも呼ばれる、白狼族が住んでるぞ。住民とも仲がいいらしいんだわ」
白狼族は狼人族とは違って完全に狼の姿型をした種族だが、神獣とも呼ばれ、高い知性を持ち魔法も使える者もいるそうだ。
しかも成体となった白狼族は3エーカー近い巨体になる、まさにイバの村の守護神ともいえる存在なのだ。
これが目障りだったのではないか? というのがアルザの見解だ。
エメフラの町やイバの村の所属するオズワルド王国は、信教の自由のある国家だ。
しかし、王都にはアグナ聖教の教会がある為、騎士団や高官の一部に月の女神への信仰の篤い地方の町村に対する警戒心の強いものがいる。
それらの人間族至上主義の者たちからすれば、「月の女神の遣いなどと呼ばれる魔獣と結託し、反逆を企てているのだ」などと言った、歪んだ思想に行き着いてもおかしくはないだろう。
偉いヤツほど亜人や知性のある神獣を嫌う……それがこの世界の共通認識だと言う。
うーん、現代日本的な感覚を持つ私からすれば、あまり気持ちのいいものではないな。
火をおこして昼食を取った後、再びイバの村へと向かうが、道中何かおかしい。
「イバの村って農村なんですよね?」
「ええ、畑もちらほらと見えるのだけれど・・・農作業をしている人間が、誰もいないのはおかしいわね」
まだ日も高いのだが、ちらほらと見え始めた畑には誰一人としていないのだ。
『天気がいいんだもの、仕事なんて休んでるんじゃない?』
それはないだろう。というか農家の皆さんを、お前基準で考えるんじゃありません!
村に近づくにつれて、異質な空気が漂ってきたのが分かる。一番最初に気付いたのはアルザだ。
「嫌な匂いがする。これは血と腐った肉の匂いだわ」
軽く鼻を鳴らして顔をしかめる。
「急ぎましょう!」
村まであと少しといったところで私達の前に現れたのは、腰の辺りから上下に分断された壮年の男性の死体だった。
エメフラの町民達と比べて、明らかに生地の良い服を来ている。役人というのはこの男だろう。
「何か強い力で、腰の辺りからへし折られたような死体ね。死因は出血多量、もしくはショック死でしょうね」
死体を検分したローザが、表情少なに言う。
「もしかして、白狼族に襲われた・・・のかな?」
「獣の牙というには切り口に鋭さがないのだけれど……」
「ラナ、ローザ!警戒だ!」
思案するローザと私に、アルザが強い言葉を発する。
「白狼族じゃないぞ、殺したヤツがそこにいるぞ!」
アルザの指す方向を見ると、そこには1.5エーカーはある、巨大な昆虫型のモンスターがいた。
全身が黒く硬い外殻で覆われており、巨大な顎がギチギチと音をたてている。
「ギーガアントだ!」
声をあげたアルザに気付き、巨大な蟻が6本の足を凄まじいスピード動かす。
ギーガアントと呼ばれたモンスターは、リアルなCG映画をコマ送りで見ているような、不自然なスピードでアルザに迫る。
アルザは巨大な顎が挟み込んでくるのを、飛び上がって回避し、ギーガアントの目の部分に蹴りを入れる。
「むぅ、やっぱり昆虫型はちょっと硬いな……!」
ギーガアントは少し頭を揺らしただけで、大きなダメージを受けた様子はない。
「ギチギチギチギチッ!」
アルザを見失ったギーガアントは、私とローザに攻撃目標を定め、顎を鳴らしながら突進してきた。
「ローザとクスクスは下がって!」
肩の上に座っていたクスクスをローザに投げて寄越し、私は剣を抜く。硬い殻を持つ相手なら「ウルヴズレイン」より「フラガラッハ」だ。
「アルザより全然遅いよっ!」
挟み込もうとする顎を回り込みながら回避し、目標を失ったギーガアントの顎に「フラガラッハ」を叩きつける。
ギーガアントの顎が砕けて折れるが、これだけで倒せる訳ではない。斬り下ろしから手首を返し、そのままギーガアントの複眼に叩きつける。
ギーガアントの頭がひび割れ、体液が飛び散るのを更に横にステップを踏んで回避する。
『気をつけて! まだ生きてるよ!』
クスクスが警戒の声を飛ばす。そう、まだ相手は死んでいない。
破壊された顎をきしませながら、潰されていない方の複眼で敵を捉えようと、ギーガアントが頭を回す。
「ラナ! しっかり気を練って斬るんだわ!」
私はアルザの言葉に従い、体中を駆け巡る熱を右腕に込めて、ギーガアントの胸に「フラガラッハ」を叩き込んだ。
ぐちゃりと、生々しい音をたててギーガアントの胸部が弾け飛ぶ。
腹と頭を繋ぐ部位を完全に破壊され、二つ折りになったギーガアントは、剣の勢いに押されてそのまま裏返り、2、3度足をひくつかせて絶命した。
「おーラナお疲れ! 汚れなかった?」
ギーガアントから飛び散った体液は無事回避した。濁った体液が周辺に飛び散っており、青臭い匂いが漂ってくる。
「これは……ちょっと嫌な展開しか考えられないわね」
ローザがギーガアントの死体を見やりながら呟く。ギーガアントの頭部が血まみれだったのだ。
『ギーガアントって虫だからね、人間と一緒に生活するようなモンスターじゃないよ……』
「そうね、村がギーガアントに襲われて、役人はとばっちりといったところかしら。なんにせよ調査任務は、村の調査だから現地を全く見ないわけにもいかないのだけれど」
ローザがうんざりしたように息を吐く。
「でも、生き残った人がいるかもしれないですよね・・・」
私の言葉に3人が頷く。
「まぁギーガアントはオーガと比べても強いモンスターだけど、拳で倒すならワケないぞ」
蹴りだと気功が使えないって言ってたもんね。
「私もそうね、魔法に抵抗力のあるモンスターでもないし、なんとかなるわ。問題はラナちゃんなんだけれど・・・」
アルザとローザの視線を受けて考える。この中で一番戦闘力が低いのはクスクスを除けば私だ。
今しがた倒したギーガアントが2匹だったら戦えるだろうか?3匹だったらどうだろう?
いくつもの未来予想が頭をかすめていくが、程なく私の中で回答が出る。
「大丈夫です。2、3匹程度なら同時に来られてもなんとかできます」
うん、多分なんとかなるだろう。
ローザが静かに頷き、アルザが私の肩を軽く叩く。
「ま、ラナなら大丈夫!蟻なんかよりアタシの方が5倍は速いからな!」
そう、森で見せられたアルザのスピードの方が何倍も速かった。
ギーガアントの速さは直線以外は大したことがない。恐らくエメフラにいたエロロリ変態野郎と比べても、単体での強さは下回るだろう。
ス キルが使えない不安はあるが、所詮は知性のないモンスターなのだ。
「急ごう!」
村に近づくにつれて血と、腐った肉の匂いが強くなる。嗅覚の鋭いアルザは、ギーガアントを倒してからこっち、ずっと渋い顔をしている。
1匹、2匹、3匹、4匹……同時に遭遇する蟻の数が、徐々に増えてくる。
私達は、殴り、叩き斬り、そして燃やしながらイバの村へ向かう。
そして私達は村で、巨大な蟻の群れと、驚くべきものを見る事になるのだ。
つづく




